第04話 「キノコの・・・山?」
「いったい何事か? と私は問うているのですけど」
「「ロ、ローゼリア様・・・」」
ローゼリア様、というらしい・・・もう名前からして悪役令嬢っぽい。
それにこのセキュリティ達の反応・・・やはりこの学園を牛耳る権力者のご令嬢だ。
「はぁ・・・同じ事を何度も言わせないで頂きたいのですけど?」
煩わしげにローゼリア様がため息を吐くと、私の腕を掴んだセキュリティの男が恐る恐るといった様子で説明を始めた。
「まだ子供のように見えますが・・・背中に大きな鞄を背負っている所から、おそらく金目の物を盗みに入った盗賊の類かと」
「・・・そうなの?」
なんか泥棒だと思われてる・・・弁明しないと・・・
しかし命が掛かっているというのに、私の口は上手く動いてくれなかった。
「い・・・ちが・・・ち・・・」
「その膨らんだ鞄の中身を見ればはっきりします! さあ、その鞄をよこすんだ!」
「?!」
男が無理矢理リュックを奪おうとしてきた。
もちろんリュックの中に盗んだ物なんて入っていない・・・入っていない、けど・・・
この中には私の大切な・・・人に見られるのは恥ずかしい物体が入ってるんだ。
「こ、こいつ・・・抵抗するんじゃない!」
「や、やだ・・・それだけは・・・それだけ、は・・・」
必死にリュックにしがみつくも、男の力には敵わない。
むしり取るようにリュックを奪われ・・・
「おやめなさい!」
「ローゼリア様?!しかし・・・」
「おやめなさい、と言っているのが聞こえないのかしら?」
「は・・・」
ローゼリア様の声に気圧されるように、男はリュックから手を離した。
私は縋りつくようにリュックを抱きしめた、もう死んでも放さない構えだ。
「ごめんなさい・・・な、なんでも・・・なんでもしますから・・・これだけは・・・」
「・・・まったく、これではどちらが悪者かわからないわ」
そう言ってローゼリア様は深くため息を吐くと・・・
「・・・もう良いわ、あなた達は下がりなさい」
「「は?」」
一斉にぽかんとした顔を浮かべたセキュリティ達に、ローゼリア様は厳しい視線を浴びせかけた。
「下がりなさい・・・3回目はないわよ」
「・・・ハッ」
蛇に睨まれた蛙のように、身を強張らせた後。
男達は逃げるようにその場を走り去っていった。
た・・・助かった・・・の?
「それで貴女・・・いつまで、そうしているのかしら?」
「え・・・あ・・・あぅ」
私に話しかけるローゼリア様の声には、先程までの圧力がなくなっていて・・・やっぱり助けてくれたのかな。
とはいえ、私の方はすっかり腰が抜けてしまって・・・動くに動けない。
とりあえずリュックを前に背負う形にして、空いた手を使って立ち上がろうと試みるも・・・すぐに体勢を崩してしまった。
「ごご・・・ごめ・・・ごめんなさ」
「もう・・・しょうがないわね・・・じっとしてなさい」
「え・・・きゃっ」
いきなりローゼリア様が私の背中に手を回してきたかと思えば・・・次の瞬間。
「え・・・ええぇぇぇええ!」
私の体は彼女に抱えあげられてしまっていた・・・俗に言う所の、お姫様抱っこである。
もちろん、こんな事をされたのは生まれてきて初めてで・・・それも同性の美少女に。
整った顔立ちだと思っていたけど、こうして近くで見ると本当に美人さんで・・・って?!
「か、かか・・・顔が・・・ちち、ちか」
「じっとしてなさい・・・3回目はないわよ」
「は、はい・・・」
悪役令嬢に逆らってはいけない。
彼女がその気になればセキュリティを呼ばれて、私は今度こそ・・・
ローゼリア様の腕の中で私はぎゅっと身を強張らせた。
「・・・軽いわね」
「え・・・あ・・・」
妙に真剣そうな顔でローゼリア様が呟いた・・・今抱えてる私の体重の事だろうけど、いったいどう返せば良いのか。
確かに私は小柄で肉付きも悪い・・・幼児体型というやつだ。
校庭に整列する時はいつも一番前で腰に手を当てる姿勢になるやつ、もちろん体重もクラスで一番軽かった。
・・・だとしても。
リュックを抱えた私を、軽々とお姫様抱っこしながら廊下を歩くローゼリア様・・・出てきた言葉が「軽いわね」
ものすごいフィジカルの持ち主に感じられる・・・さすがは悪役令嬢?
「・・・ここで良いわ、『開錠』」
何かの部屋の前に辿り着いたローゼリア様がひとこと、言葉を発すると・・・
カチャリ
鍵が開く音がして、部屋の扉が勝手に開いた。
とてもクラシカルな見た目だったけど、自動ドア?
部屋に入ると、私は中にあったソファーの上に降ろされた。
目の前には高そうなテーブルを挟んで、ソファーがもう1つ。
壁にはこれまた高そうな絵画が掛けられていて・・・ひょっとして校長室?
あるいは生徒会室の可能性も・・・悪役令嬢の統べる生徒会・・・うん、それっぽい。
「しばらくそこで休んでいなさい・・・」
ローゼリア様はそう言いながら、部屋を見回すと・・・奥の戸棚に目を止めた。
戸棚には色とりどりの装飾のされた食器が美術品のように飾られている・・・扱い的にも美術品なんだろう。
下の方には引き出しが何個かついていて・・・彼女は何かを探すように開け閉めしていた・・・そして。
「ええと、確か・・・あったわ」
ここからでは見えないけど、お目当ての何かを見つけたようだ。
それからしばらく、がさごそと何かをする物音が聞こえていたかと思えば・・・
「さぁ、これをお飲みなさい」
「?!」
戻ってきたローゼリア様は、そう言いながら私の前のテーブルにカップを置いた。
うっすらと湯気が立ち上る・・・紅茶の入ったティーカップ。
水色の線で彩られたカップの淵には金色の蔦が絡みついて、持ち手に小さな花が咲いている芸術的なデザイン・・・どう見ても飾ってあったやつだ。
「薬効のあるハーブが入っているの、飲めば落ち着くわ」
「は、はは・・・はい・・・」
優しい声で勧めて来るローゼリア様、悪役令嬢に見えたけど実は良い人かも知れない。
けど、こんな高そうなカップ・・・もし落としたりしたら・・・あ、手が勝手にプルプルと・・・
「・・・大丈夫?」
「?!」
震える私の手にそっと添えるように、ローゼリア様の手が触れた。
不思議と、彼女の手が触れた瞬間に私の手の震えがぴたりと止まった。
けれどその綺麗な手から伝わってくる柔らかさと体温に、私は気が気でない。
こ、これが悪役令嬢?! いや、もっと恐ろしい何か・・・油断していると変な扉が開いてしまいそうだ。
そのままカップを口に運ぶ・・・紅茶の味なんて全く分からないよ。
「・・・ふぅ」
なんとか紅茶を飲み終えると・・・さっそく薬効成分が効いてきたのか、身体に自由が戻ってきた。
けれど心の方は大変な事になっている、落ち着け・・・落ち着くんだ私。
私が紅茶を飲み終えたのを確認すると、ローゼリア様はティーポットからもう一杯・・・そして自分用にもう一つのカップに注ぐと、私の向かいのソファーに腰を下ろした。
「・・・」
真正面からじっと見つめて来る・・・吸い込まれそうな綺麗な瞳で・・・いやいや。
吸い込まれる前に私は慌てて目を逸らした、平常心平常心。
「では改めて・・・何が目的か、話して貰えるかしら?」
「え・・・」
「ただの盗賊ではないのでしょう? 王弟派の手の者かしら?」
ローゼリア様の声が再び鋭くなった。
何か疑われてる? 単に助けてくれたわけではなかった?
やはり悪役令嬢、睨まれただけでものすごい重圧感・・・全身から冷や汗が出て来るのがわかる。
「貴女みたいな子供が拷問にかけられる姿は見たくないの、ここで全て話してしまいなさい」
ご、拷問?! 拷問にかけられる?!
「ち、ちが・・・私は本当に何も・・・」
「まだ白を切るつもりなのね・・・でも、この中に・・・」
そう言うとローゼリア様は私のリュックに手をかけた。
あれ・・・いつの間に・・・さっきまでしっかり抱えて・・・あ、紅茶を飲んだ時だ。
「まって、その中身は・・・」
「そうやって必死になるからには、余程の物が・・・証拠が入っているに違いない・・・わ?」
「あっ・・・」
リュックを取り戻そうと伸ばした手は間に合わず。
繊細な指先は無慈悲にリュックの留め金を外して・・・パンパンに詰められていた中身が零れ落ちた。
「これは・・・」
ローゼリア様の翡翠の瞳が驚きに見開かれる。
ころんと軽い音を立ててテーブルの上に転がったのは、紙製の小さな四角い箱。
手荷物検査をクリアして異世界への持ち込みが許されたおやつ、日本のお菓子だ。
パッケージには、のどかな山の風景のイラストと共に実際の商品が描かれている。
ローゼリア様は困惑した表情を浮かべながら・・・その商品名を読み上げた。
「キノコの・・・山?」