第35話 「これの事は秘密にしておいてね」
「それが・・・ニホン国の楽器なの?」
「ええ・・・まぁ・・・」
部屋に戻った私を見て・・・正確には私の持ってきたピアニカを見て、ローゼリア様は不思議そうな表情を浮かべた。
この反応・・・ひょっとしてこっちには無いのかな・・・ピアニカ。
日本の楽器かと言われると正直自信がないんだけど、異世界から見たら一緒だろうし・・・うん、日本の楽器って事にしておこう。
「不思議な形・・・どうやって使うのかしら・・・」
たしかに、従来のピアニカと比べても、ちょっと不思議というか。
鍵盤の上に、もう一列鍵盤が置けそうなくらいに縦方向に厚みがある理由は、私でもよくわからない。
最新型の最新な部分なんだろうけど・・・それはともかくとして。
「ええと、こう・・・持って・・・」
こういうのは実演するのが早い、左手にピアニカを持ってマウスピースを口に咥える。
このへんは中学まで使ってたのと同じ、なんだかちょっと懐かしい感覚だ。
息を吹き込み、鍵盤を押すと・・・笛のような音が鳴り響いた。
「・・・あれ」
「音は、この笛と一緒なのね」
そう言われてみれば、学園の笛と同じ音色な気がする。
けど・・・私が知ってるピアニカの音じゃない。
念のため他の鍵盤を押してみるけど・・・やっぱり笛の音が鳴り響いた。
「・・・」
「・・・押す場所で音の高さが変わるのね、面白いわ」
なんかどうしても違和感がつきまとう・・・最新型って言ってたから、音色も違う・・・のかな。
釈然としない私とは対照的に、ローゼリア様は瞳を輝かせていた。
この世界では見慣れないこの楽器・・・ピアニカに興味深々といった感じだ。
「あ・・・弾いて、みます?」
「えっ、良いの?」
ピアニカを手渡すと、ローゼリア様は慣れない手つきで左手に構えると・・・
「こ・・・こうで良いのよね?」
「はい・・・息を、吹き込みながら・・・鍵盤を・・・」
私の指示通りにローゼリア様はマウスピースを咥えて、鍵盤に添えた指を動かす・・・
・・・・・・
・・・
「・・・鳴らないわ」
「息が・・・足りて、ないとか?」
「そうかしら?」
もう一度、ローゼリア様はピアニカを構え。
今度は傍目にもわかるくらいに思い切り息を吹き込みながら・・・
すぅぅ…
なんか、すごく小さく音が鳴った・・・気がする。
「はぁはぁ・・・この楽器、私には難しいわね」
「え・・・」
そんな馬鹿な。
まさかこのピアニカも壊れて・・・不安になった私は返されたピアニカを構えた。
マウスピースから息を吹き込み、鍵盤をひと通り弾くと・・・軽快に音が鳴った、別にどこも壊れている様子はない。
「・・・あれ?」
「やっぱりニホン人のナデシコにしか扱えないのかしら・・・すごいわ」
いやいやそんなわけが・・・こんな簡単な楽器なのに。
ローゼリア様ってば、私が自信を無くさないように、わざと弾けないフリを?
その心遣いは有り難いけど・・・いや、ローゼリア様の気持ちを踏みにじっちゃいけない。
「え、えへへ・・・何年も、前から・・・使ってて・・・」
「じゃあ私と一緒ね・・・実は王宮から持って来ているの」
そう言って、ローゼリア様は悪戯っぽく微笑むと、机の中から一本の笛・・・いや、一本と呼んで良いのかな・・・とにかく、笛を取り出した。
その笛は見た感じ、長さの違う3本の笛が三脚のようにくっついた形をしている。
ローゼリア様は一番長い笛の部分をフルートのように構えると・・・『演奏』を始めた。
「・・・!」
今度は私が驚く番だ。
こんな楽器、地球には存在してるのだろうか・・・少なくとも私は見た事がない。
3本の笛部分から同時に、それぞれ異なる音が出ている・・・演奏しているのはローゼリア様1人なのに音は三重奏だ。
これは、いったいどうやって・・・
指の動きを追ってみるけど、そんなに複雑な動きはなく、長い笛部分の範囲でしか動いていない・・・ように見える。
それなのに音色は実に多彩で・・・その笛だけで、ひとつの楽曲が完成しているようだった。
「・・・すごい」
「ふふっ・・・これの事は秘密にしておいてね」
この笛こそが、王家に伝わる4名器のひとつ『ウィンドヴォナ』だという事を、私は後から知る事になるんだけど。
この時の私は、ただただ目の前の不思議な出来事と、美しい演奏に心を奪われていた。
そして迎えた2回目の音楽の授業___
うっかりしていた私は気付いていなかった。
私のピアニカが、クラス中の注目を集める事に。
「なんだあの楽器は?!」
「すまない・・・俺もあの楽器は見た事がない」
「ライゼン?!お前でさえ知らないのか?!」
ケースからピアニカを取り出した瞬間、音楽室にどよめきが起こった。
どうやらこの異世界にピアニカは存在していないらしい。
いや、それにしたってこの反応は・・・
「あの白と黒・・・ただの意匠ではないぞ?!」
「それに、なんて複雑な指の動き・・・さすが大和撫子だわ」
ひょっとして・・・ひょっとしてなんだけど・・・
この異世界・・・『鍵盤』が存在していない?!
いやいやそんな・・・でもそこで私は気付いてしまった、この音楽室・・・何か物足りないと思っていたけど、無いんだ。
・・・ピアノが。
そ、そんな事ってあるの?!
ピアノなしで伴奏とか・・・どうするの?
その疑問は、タチアナ先生が授業で示してくれた。
その日の音楽の授業は、楽器で音を出しただけの前回から進んで、ごく簡単な曲を弾いてみるというものだった。
単純な音で出来たごく簡単な・・・日本で言う所の童謡とかそういう系の曲だ。
そしてその伴奏の為に先生が取り出したのは・・・笛だった。
今度は4本の笛がくっついたような・・・大きさもかなり大きい。
先生は杖のようなその笛を構えると・・・やはり同時に4つまでの音を鳴らした。
その伴奏に合わせて生徒達が笛を吹いていく。
前日にローゼリア様の笛を見せて貰ったおかげで、そこまでの衝撃はなかったけど・・・
これはこれで・・・どこぞの少数民族の音楽に初めて触れた時のような・・・音楽文化の違いをまざまざと見せられた気分だ。
そして、カルチャーショックを受ける私に、されなる追い打ちがかけられた。
生徒達の笛の音に混ざって聞こえてくる琴の音・・・フィーラの琴が、琴とは思えない程に音色を変えてきて・・・
それもそのはず、琴そのものの形が様々に変わっているのだ・・・演奏中に。
「ふ・・・ナデシコの楽器を見ていたら、私もつい張り切ってしまったわ」
そんな言葉を呟きながら、フィーラはドヤッとした表情を浮かべる。
張り切ってって・・・フィーラ、そういうのアリなの?!
さすがにズルだよね? 先生に怒られるんじゃ・・・そう思ったのもつかの間。
「エルフ族の霧弦琴・・・相変わらず見事な腕前ね」
えええええええ?! 許されてるどころか褒められてる?!
異世界の音楽って・・・私が思った以上にトンデモな世界だったり?
「はあああぁ・・・はあぁぁ」
隣を見ると、暗い顔をしたアクアちゃんが大きなため息を吐いていた。
「ナデシコ・・・アンタはこっち側だと思っていたのに・・・」
「え・・・ち、ちが・・・」
「なんなのよ、その仰々しい楽器は!この裏切者~」
「ご、ごめ・・・ごめん、って・・・」
アクアちゃんが笛でポカポカと叩いてくる・・・そんな事してたら笛壊れるよ?
私のピアニカってそんなに仰々しいかな・・・やっぱり知らない人が見たらそうなのかな。
「あ、アクアちゃんも・・・これ、弾いて・・・みる?」
「?!」
アクアちゃんも実際に弾いてみれば、そんな大したものじゃないって気付いてくれるかも・・・
そう思って勧めてみたんだけど・・・アクアちゃんは顔を真っ赤にして、ますます怒らせてしまったみたいだ。
「な・・・何言ってんのよ!バカッ!」
「ふ、ふぇぇ・・・」
だからアクアちゃん、笛で叩いたら壊れちゃうって・・・
こんな感じで2回目の音楽の授業が終わり・・・その後、私のピアニカについて、様々な噂が飛び交う事になるのだった。
『無銘の魔笛』だとか『空色の翼』だとか異名まで・・・でもちょっと良いかも知れない。
ピアニカの名前かぁ・・・A-37Pという型番?・・・は味気ないし、何か考えておこうっと。




