第33話 「この笛・・・壊れているわ」
小さな穴が無数に空いた壁に、過去の偉人の肖像画・・・準備室らしき小部屋も付いている。
王立学園の音楽室は、かつて私の通ってきた小学校や中学校の音楽室と変わらないように見えた。
室内にはクラスの人数分の譜面台と、入学式でも使われていた日本製のパイプ椅子が並べられていて・・・まるで日本に帰ってきたかのよう。
何か・・・妙に違和感を覚えるのは、肖像画の髪型のせいだろうか。
過去の音楽家と言えば、みんな派手なカツラを被っていて、頭から威圧感が溢れ出ているものだけど。
こっちの音楽家は皆ごく普通の髪型をしていて、覚えるのが大変そうだ。
クラスでの席順と同じく、アクアちゃんと並んで一番前の席に着く。
ふと男子の方を見ると・・・同じ先頭列にはペイター君が、例の木琴を設置する為に譜面台を動かしている所だ。
見渡すと他にも楽器を持ち込んでいる生徒が何名か見られ・・・フィーラもひと抱え程の大きさの琴のような物を持ち込んでいた・・・エルフ族の楽器なのかな?
私やアクアちゃんのように楽器を持っていない生徒もたくさんいたので、そこは安心した。
ローゼリア様も・・・見た感じ何も持っていない。
「・・・意外ね、王家に伝わる楽器とか持ってくるのかと思ってたわ」
私が思った事を先回りしたかのように、隣でアクアちゃんが口を開いた。
王家に伝わる楽器かぁ・・・それはいかにもって感じだけど、きっとそういう楽器は国宝とかで・・・
「も、持ち出し・・・禁止、なんじゃ・・・」
「ああ、たしかに・・・気軽に持ち出せるような物じゃないか」
そんな事を話しているとは知らずに、私達の視線に気付いたローゼリア様が手を振ってきた。
ええと、こういう時は手を振り返せば良いのかな・・・などと思っていると、準備室の扉が開いた。
タチアナ先生だ・・・慌てて正面に向き直り、姿勢を正す。
「前の列の生徒から、順番にこちらへ」
「あ・・・はい!」
前の列から、と言われたら私達からだ。
慌ててそちらに向かうと準備室には教科書と、何やら木製の箱が人数分用意されていた。
それらを1つずつ受け取って席に戻る・・・箱は簡単な留め金で閉じられていて、中身は赤い布に包まれていて・・・
「これは・・・笛?」
布を解くと、銀色の羽根をくるりと巻いたようなデザインの短い笛が現れた。
側面に吹き口が見えるからたぶん横笛だ。
縦笛ならわかるんだけど、横か・・・大丈夫かな。
「・・・これが、私の楽器」
隣ではアクアちゃんも私と同じように笛を観察していた。
アクアちゃんの場合は楽器そのものに初めて触れるらしいので、また違った感覚なのだろう。
すごく真剣な眼差しで、細部まで確認しているようだった。
勝手に音を鳴らすわけにもいかないので、笛は一旦箱に戻して。
教科書の方を開いてみると、日本でも馴染みのある、五線の上に音符が散りばめられた譜面が。
ト音記号といい、音符の形といい・・・日本のそれと何も違わないように見える。
「これ・・・日本と・・・同じ?」
「そう、近代フレスルージュ音楽はニホン式が主流になっているのよ」
思わず漏らした私の呟きを、耳聡く先生が聞きつけた。
20年ほど前、ゲートが開いたばかりの頃にカノンという日本人の音楽家がこちらで活躍した影響なのだとか。
カノン・・・残念ながら知らない名前だ、日本ではそんなに有名な人じゃないのかも知れない。
「ミストルティア式もまだ根強いのだけど、ここでの授業はニホン式を中心にやっていくので・・・良かったらナデシコさんも皆に教えてあげてくださいね」
「え・・・」
クラスの生徒達の視線が私に集まって来る・・・ひぇぇ。
注目されるのはもう何度かの経験になるけど、慣れるわけがなかった。
「ナデシコ・・・アンタ、この譜面読めるの?」
「ええ、まぁ・・・読む、だけ・・・なら」
「「?!」」
「そうか、これが『歌を読む』という・・・」
「ライゼン?!何か知っているのか?!」
「聞いた事がある・・・大和撫子は『歌を読む』と・・・歌は歌うものだろう?、と長らく疑問だったが・・・難解なこの譜面を容易く読めてしまうという意味だったのか」
クラスが騒めき、アクアちゃんまで信じられない物を見る目で私を見つめてくる。
いや・・・五線譜読むだけなら、誰でも出来るんじゃないかな・・・アクアちゃんも読み方覚えればすぐだと思うよ?
難しいのは、譜面から読んだ通りの音を歌なり演奏なりする事の方で・・・実際にやればわかると思うけど。
そして授業内容の方も、譜面の読み方は後回しで、まず笛を吹いて音を出す所から始めるようだ。
始めに手本としてタチアナ先生が笛を構えて・・・小さい楽器らしい高い音が鳴り響いた。
さすがと言うか、見た目も様になっている・・・リコーダーと違って横笛ってちょっとかっこいいよね。
「始めは指の位置等は気にせず・・・軽く息を吹き込んで音を鳴らしてください」
次は私達生徒の番。
ただ音を鳴らすだけなら、抑える指とか関係ない。
でもなるべく正しい形で構えたい・・・確か先生は・・・こうだったかな。
私が持ち方を気にしている間にも、他の生徒達が笛を鳴らす音が次々と音楽室に鳴り響く。
アクアちゃんもその一人で、緊張しながらも初めて出す楽器の音を噛み締めているようだ。
ローゼリア様は・・・すっと構えて一音だけ控えめに・・・これは結構な経験者に違いない。
私が手間取ってる間に、クラスの皆は音を出し終えていって・・・次第に周囲が静かになる。
あ・・・まずい。
これ私だけになるやつだ・・・持ち方とか気にしてる場合じゃない。
私は慌てて笛に口を付けると、息を吹き込んだ。
キーン…
一瞬、耳鳴りがしたような感覚。
しかして笛の音は・・・鳴らなかった。
「・・・え」
慌ててもう一度笛を構えて、思い切り息を吹き込む。
すーすー
・・・空気の漏れる音が聞こえるのみ。
え・・・なんで・・・なんで鳴らないの?
何度息を吹き込んでも、笛は鳴らなかった。
さすがに周りも私の異常に気付いたようで、一生懸命息を吹き込む私を何事かと・・・は、恥ずかしい。
まさか音も出せないだなんて・・・
「ナデシコさん、手を止めて」
「あ・・・あの・・・その・・・」
とうとう先生にも止められてしまった。
私、何か間違えたのかな・・・持ち方とか?
しかし先生は笛の方に注視しているようで・・・私の手から笛を取り上げて驚愕の表情を浮かべた。
「この笛・・・壊れているわ」
「?!」
あ・・・なんだ・・・壊れてたんだ。
それで音が鳴らなかったのなら、私は何も悪くない・・・よね?
「ごめんなさい、すぐに代わりの物を持ってくるわね」
そう言って、先生は準備室から笛をもう一つ持って来てくれた。
これなら大丈・・・
キーン…
また耳鳴りのような感覚。
そして笛の音が・・・出ない。
「え・・・」
「こ、これは・・・」
音の出ない笛を手にした先生の目が見開かれる。
まさか代わりの笛も、壊れてる不良品だったなんて・・・なかなか起こらない確率の現象だ。
「ナデシコさん、ごめんなさい・・・もう代わりの笛がないの」
すごく申し訳なさそうにタチアナ先生が謝ってきた。
さすがにこればっかりは仕方ない・・・先生は何も悪くないもの、責められないよ。
まさかこんな事態になるとは誰も思わなかっただろう。
でも笛がない事には授業が・・・ど、どうしよう。
まさかとは思うけど、代わりに歌とか言い出さないよね? そ、それだけは・・・
不安に暮れていると、思わぬ所から声が掛かった。
「先生、僕の笛、使わないんで・・・」
そう言って自分の分の笛を差し出してきたのは・・・ペイター君だった。
使わないって・・・確かに箱は未開封で、笛はまだ赤い布に包まれている。
でも・・・これはペイター君の分だから、私が使うわけには・・・
「ペイター君、それはいけません・・・この笛は貴方のものでしょう」
「けど、先生・・・僕は・・・」
「友達を思うその気持ちは素晴らしいと思いますが、担任として、それは認められません」
「・・・」
まぁ、そうだよね。
私も他の誰かの分を取ってまで笛が吹きたいわけじゃないし。
「あ、ありが・・・とう・・・その、気持ち・・・だけ・・・」
「?!・・・べ、別にそういうのじゃないからな!・・・これはさっき手伝ってくれた分と言うかっ!」
ああ・・・木琴運ぶの手伝ったからか。
あれはどっちかと言うとアクアちゃんの功績だと思うんだけど。
ペイター君的には木琴が得意だから、この笛はやりたくないって事なんだろうね。
さすがにその魂胆には先生も気付いたらしい・・・だからか逆にこんな事を提案してきた。
「・・・でしたら、今日はそれをナデシコさんにも使わせて貰えるかしら?」
「え・・・こいつを?!」
「それならナデシコさんにも扱えるはず・・・それで良いですか?」
「まぁ・・・僕はいいけど・・・そっちはいいのか?」
「ナデシコさんもそれで良いですか?」
「は、はい・・・」
私に異論などあるはずもないけど・・・ちょっと申し訳ない。
とりあえず椅子を動かしてペイター君の隣に座る。
ペイター君の木琴は、やっぱり私の知ってる木琴で・・・叩けば普通に音が出た。
「あの・・・よろし・・・おねが、します」
「・・・よろしく」
ペイター君は意地でも笛は使いたくないようで・・・箱しっかり閉じたまま。
木琴の叩き棒?を2人で1本ずつ使って、今日の授業を受ける事に。
幸い授業の内容は簡単な音階の確認みたいなものだったので、それでも何とかなった。
楽器持ち込み組はミストルティア式という、この世界独自の音楽様式を学んできてる生徒が多いらしく。
慣れないニホン式には結構困惑しているようだ。
一緒に授業を受けたせいかな、ペイター君はそれらの生徒より飲み込みが早い感じがした。




