第32話 「おん・・・がく?」
朝すっきりと目覚めるには、太陽の光を浴びると良いらしい。
昔から人間というのは太陽と共に生きてきた。
『朝日を浴びて目を覚ます』というのは、長い人類の歴史の中で刷り込まれてきた本能なのだ。
そこで私はローゼリア様にお願いしてみた。
もしも私が寝坊した時は、太陽の光を浴びせて起こすように、と。
いつぞやみたいな電撃魔法で起こされるのは、さすがにもう勘弁してほしかったんだ。
起こされるなら、もっと健康的な方法で・・・その結果が、こちらになります。
「目が!・・・めがああぁ・・・」
魔法によって収束された太陽光を一身に浴びせられた私は、ベッドの上でのたうち回っていた。
太陽の光って眩しいを通り越すと痛いんだね、ちょっと勉強になったよ。
さすがにやり過ぎたと思ったのか、傍らで心配そうに見守るローゼリア様を安心させるべく。
私は勢いよく起き上がると、彼女の方にぐっと親指を立てて見せた。
・・・もっとも今は目がチカチカしてて、彼女の顔もよく見えてないんだけど。
「目が・・・覚め、ました・・・おはよう・・・ございます」
「・・・おはようナデシコ・・・本当に大丈夫?」
「だ、だいじょーぶ・・・」
あまり大丈夫そうじゃない気がするけど、おかげで眠気はしっかりと吹き飛んでいた。
太陽の光にすっきり目覚める効果があるのは事実のようだ。
先日、思わぬ形で生徒会に属する事になってしまった私だけれど。
今のところ生徒会からの呼び出しはなく・・・いきなり助っ人を頼るのはジルノのプライドが許さないのだろう。
その日は何事もなく、平和な時間が流れていた・・・昼休みまでは。
「アクア・・・ちゃん?」
「・・・はぁ・・・はぁぁ」
今日はアクアちゃんと一緒に昼食を取っていたのだけど、今日はちょっと様子がおかしい。
とてもだるそうに・・・やる気なさそうにため息を吐く彼女は、いつになく陰鬱な表情を浮かべていた。
あんまり明るい顔をする子でもないけれど・・・いつものような覇気が感じられないのはちょっと心配になる。
「な、何か・・・あったの?」
「ああ・・・午後の授業を思うと、ね・・・はぁぁ」
「え・・・」
・・・勉強も運動もすごく出来るアクアちゃんから、そんな言葉が出てくるなんて。
アクアちゃんはテーブルに体重を預けるように片肘をつくと、だるそうに姿勢を崩し・・・冗談で言っているのではなく、心底嫌そうなのが態度からも伝わってくる。
彼女がそこまで嫌がるような午後の授業って・・・なんだっけ?
「ナデシコはずいぶん余裕そうだけど、出来るの?・・・音楽」
「おん・・・がく?」
その言葉を聞いた瞬間、私は石化したかのように固まった。
音楽?・・・今、そう言ったのか?
数ある学習科目の中でも体育と並んで私が苦手とする、あの、音楽?
私の歌唱力は、小学校の時点で終わっていた。
国民的子供向けアニメのガキ大将に例えられ、シャイ子と呼ばれ恐れられた程だ。
・・・リサイタルなんてしてないのに。
なので、私は中学に入ってからは3年間、歌は口パクだけでやり過ごしてきた。
とても人様にお聞かせできる代物ではない。
もちろん歌わずに済むポジション・・・伴奏のピアノや指揮者をやろうと考えた事もあるよ。
けれど、どちらも私には荷が重すぎた。
片手だけならともかく、両手で違う動きを求められるピアノの演奏は不可能、指揮者は注目される立ち位置の時点で無理だった。
そうか・・・異世界の学校にもあるのか・・・音楽の授業が。
「あ・・・ああ・・・あ・・・」
絶望に打ちひしがれる私を見て、逆にアクアちゃんは調子が戻ってきたらしく。
「ふふっ・・・そうよね、ここに仲間がいたわ」
がしっと私の手を握ってきた。
そっか、音楽に関してはアクアちゃんはこっち側なんだね。
出来ない子同士の連帯感・・・まさかそれをアクアちゃん相手に感じる事になるなんて。
「うちは田舎だから・・・楽器とか触ったこともないのよ、ナデシコは?」
「楽器の方は、その・・・少し・・・だけ」
音楽そのものに苦手意識があるので、吹奏楽とかの楽器に関わるような事は一切なく。
私に出来るのはせいぜいリコーダーとピアニカくらい・・・あれらはまだ人並みだった気がしてる。
とはいえ、この異世界にそれらがあるとはとても思えないんだけど。
「楽器を扱った事はあるのね・・・努力でなんとかなりそう?」
「う・・・難しい、かも」
それでもアクアちゃんは頑張ろうという気になっているのか、えらい。
けど、音楽は・・・個人の才能って感じがすごくする。
でもアクアちゃんの事だから才能がないとも思えない、すぐに追い越されるんじゃないかな。
午後は音楽の授業ということで、昼休みが終わる前に音楽室に向かう私達。
廊下には同じように音楽室へ向かうクラスの生徒も見かけるんだけど・・・
「・・・なにあれ?」
アクアちゃんの視線の先には、ゴロゴロと音を立てながら台車のような物を押している生徒がいた。
やはり同じクラスの男子で・・・名前はたしか・・・ペイター君だったかな。
男子の中で身長が一番低い男の子なので、身長順に並ぶと私の隣に来るから覚えていた。
「・・・くそっ」
ペイター君が小さく悪態をついた。
どうやら廊下の石畳に車輪がひっかかって、進まなくなったらしい。
台車のような物には厚手の布が掛かっていて、中身はよくわからないけど・・・なんとなくどこかで見覚えがあるような。
ペイター君は動かなくなった台車をどうにかしようと押したり引いたりしているけれど、なかなか上手くいかない様子だ。
通りかかる生徒達も台車をチラッと見るだけで、そのまま通り過ぎていく。
私達もそのまま追いついて、通り過ぎる所だったけど・・・
「・・・ナデシコ?」
「あの・・・アクアちゃん・・・」
なんかその台車が気になってしまって、立ち止まった私が視線をそちらに向けると。
アクアちゃんは面倒くさそうな顔をしながらも、ペイター君に声を掛けてくれた。
「しょうがないわね・・・ペイター、手伝ってあげるわ」
「な、なんだよお前ら・・・」
「嘘でしょ?!同じクラスの美少女を知らないの?!」
アクアちゃん・・・自分で美少女って・・・たしかにアクアちゃんは可愛いとは思うけど。
ペイター君の方も別に私達の事を知らないというわけでもなく、単に驚いただけだと思う。
「そ、そうじゃなくて!何してんだよ!」
「勘違いしないでよ、そこのナデシコがアンタを助けて欲しいって言うから・・・ほらナデシコもそっち持って」
「あ・・・うん」
「せーのでいくわよ、せーの!」
アクアちゃんに言われるまま台車の片側に手を掛ける。
3人がかりというのもあってか、台車は思ったよりも簡単に持ち上がった。
そのまま車輪が引っ掛かりそうなエリアを抜けるまで3人で運ぶ・・・低身長3人組なせいか、すごく運びやすかった。
「あ、ありが・・・」
「これでもういいわね、ナデシコ行きましょ」
「あ・・・うん」
「ちょっ・・・お前らっ!」
お礼を言わせる隙も与えないとばかりに、アクアちゃんは私の手を引いて音楽室へ入って行く。
私もそれに抗う事なく、引かれるまま音楽室へ・・・
けど、あの台車・・・実際に触れて運んでみた事で、私はなんとなくその正体に気付いた。
実際に使った事はないけれど、私の知っている楽器だ。
この異世界にもあるんだね・・・木琴。




