第30話 「間違いない・・・里の物・・・」
「・・・」
その日の夕食を終え部屋に戻ると、ローゼリア様は机に向かってお勉強中だった。
厚手の難しそうな本を広げてすごく真剣そうに・・・とても声を掛けられたものじゃない。
後ろで突っ立ったままでいる私を不審に思ったのか、ローゼリア様はふいに手を止めてこちらを振り返った。
「・・・ナデシコ?どうしたの?」
「あ・・・な、なんでも・・・ないです」
せっかく向こうから話しかけてくれたけれど・・・生徒会の事を聞けるわけがない。
ローゼリア様に聞いてみよう・・・と、思うだけならすごく簡単、私でも出来る。
けれど、いざ実行するとなると、これは果てしないハードルの高さ・・・いやハードルどころか壁、断崖絶壁だ。
仕方がないので私も勉強するかな・・・自分の机にノートを広げた。
学生寮備え付けの2つの勉強机は、間に部屋の窓を挟んで設置されている。
その距離は1メートルくらい? チラッと横に視線を向けるだけでお互いの様子がよく見える距離だ。
基本の6元素について理解出来た事を改めてノートに纏める。
・・・ちょっとレイアウトとか考えて、魔法っぽいデザインを意識して・・・これ良い感じかも。
『ナデシコノート』の新章に採用しても良いくらいの出来栄えに、私が心の中で満足していると。
「・・・やっぱりナデシコも、私が副会長になるべきだと思うわよね」
「え・・・」
ローゼリア様が視線を本に向けたまま、私に話しかけてきた。
それも生徒会の話・・・私が気にしている事など、ローゼリア様が気付かないわけがなかった。
「別にいいのよ、誰だってそう思うはずだもの」
「あ、あの・・・ローゼリア様はなんで・・・やらないんですか?」
ようやく理由を聞ける・・・いったいどんな理由が出てくるのか。
その答えはすぐには返ってこない・・・しばらくの間、静寂が流れた。
・・・やっぱり言いにくい事なのかな、私も無理に聞くつもりはないんだけど・・・
「そう・・・ね・・・」
質問を取り下げようかと思った所で、ローゼリア様は口を開いた。
少したどたどしく・・・と言ってもぜんぜん私程じゃないけど・・・言いにくそうに言葉を続ける。
「まだ早い・・・というのがあるわね、まだ入学したばかりで何もわかっていないのに、生徒会なんて務まらない」
「・・・」
うん、正論ではある。
王女様と言っても新入生、生徒会が学園の運営にどれだけ関わるのか知らないけど、もう少し学園に馴染んで・・・来年とか?
それなら、引き受けてくれるのかも・・・
「生徒会はあの2人がいれば充分・・・というのもあるわ、どちらも優秀だもの・・・私はもっと他の事で学園に貢献した方が良いと思うの」
「・・・」
人員が足りている・・・優秀な人間を一カ所に集めてしまうのも勿体ないという事か。
それはそれで有効かもしれない・・・けれど。
私にはどちらの理由もしっくりこないというか・・・ローゼリア様の本心とは違うように感じられた。
だから私は聞いてしまった、あんまり踏み込んじゃいけない気はするんだけど・・・
「まだ・・・ありますよね?」
「・・・!」
「ば・・・バイオラ先輩が、言ってました・・・昔のように3人で力を合わせたいって・・・」
「そう・・・バイオラがそんな事を・・・」
バイオラ先輩の話を出してみたけれど。
それでローゼリア様が考えを変えてくれるような事はなさそうだった。
・・・この感じ、やっぱり何かが?
「何か、あったんですか?・・・あの2人を、避けるような・・・」
「そういうのじゃないの、そうじゃない」
ローゼリア様は語気を強く否定してきた。
本当に何もなかったんだろうか・・・あるいは、私が触れちゃいけない領域の話か。
さすがにこれ以上聞き出すのは無理・・・私にしてはよくやった方だと思うよ。
「私は2人を嫌ってなんかいないわ・・・単に私には重い、というだけよ」
「あ・・・その・・・ごめんなさい」
たぶん『何か』はある・・・だけど私なんかがどうこう言える事じゃない。
先輩達にはちょっと申し訳ないけど、これでも私はローゼリア様の味方なので。
「私こそごめんなさい、お茶でも入れるわね」
「じゃあ私も・・・」
気分直しに『キノコの山』を・・・キノコの箱はもう残り少なってしまっていた。
来る時は一年分くらいのつもりでリュックに詰めてきたんだよね・・・減ったなぁ。
あの時は誰かと一緒に食べる事なんて考えてなかったから・・・これは嬉しい誤算、そう思っておこう。
「そんなに開けてしまって大丈夫なの?」
ローゼリア様も残量には気付いているらしく、心配そうに言ってくる。
けど・・・良いんだ。
無くなったらちょっと寂しくはなるけど、やっぱり1人で少しずつ食べるよりも・・・
「い・・・一緒に、食べた方が・・・美味しい、ですから」
そう言って私はキノコの山をまた1つ開封した。
内袋を破った瞬間に広がるミルクチョコレートの豊かな香り。
しかし、次の瞬間・・・私は違和感を覚えた。
「こ、これは・・・」
見た目も可愛らしいチョコのキノコ達・・・その中に『異物』を見つけてしまったのだ。
「ナデシコ・・・それは?」
さすがローゼリア様もすぐに気付いたらしい、『異物』を見て不思議そうな表情を浮かべた。
落ち着け・・・混入した『異物』はそれ1つだけ・・・1つだけだ。
手が震えそうになるのを、私は鋼の意思で抑え・・・その『異物』を摘まみ上げた。
「間違いない・・・里の物・・・」
それは・・・かわいいキノコと違って、実に殺意の高い姿をしていた。
まるで銃弾のようなシルエット・・・それも通常よりも危険な特殊弾頭を思わせる形。
モチーフとなったのはキノコ同様に日本にある植物だけど・・・こっちでは見た事がない、きっとローゼリア様も初めて見るのだろう。
長らくお菓子界の王者の座に君臨していたキノコを追い落とした、我らキノコ派の宿敵。
その名を・・・『タケノコの里』と云ふ。
「ナデシコ・・・それも、キノコなの?」
「いいえ・・・これは異物混入、キノコを箱に入れる時に紛れ込んだんです」
ローゼリア様の問いかけに、私は真顔で答えた。
異物混入・・・製造工場で発生した、あってはならないミスだ。
キノコとタケノコは同じ工場で製造される事が多いから、ごく稀に起きる・・・と私も聞いた事はあった。
それがまさか、こうして実際に遭遇する事になろうとは・・・それも異世界に持って来たやつで。
「同じようなお菓子に見えるのだけど?」
「ぜんっぜん違います!!」
「?!」
「あ、ごめんなさい・・・つい、興奮してしまって・・・」
反射的に大きな声が出てしまった・・・でもキノコとタケノコは別物、これは大事な事なんだ。
けれど、おかげでローゼリア様を怯えさせてしまった・・・おのれ里の物め。
摘まみ上げたまでは良いけれど・・・こいつはどうしてくれようか。
私は眉間にしわを寄せて、宿敵タケノコを睨みつける・・・うーん。
「・・・まぁ、いいか」
私は考える事をやめて、それを無造作に口に放り込んだ。
所詮は1つきりの混入だ・・・よく考えたら大袈裟に反応する事もなかった。
ビスケット生地を噛み締めるとサクサクとした食感が・・・相変わらずこしゃくな。
べ、別にこんなの美味しくも何とも・・・いや、ちょっとは美味しいかな・・・キノコの宿敵だし。
宿敵たるもの、これくらいでないと・・・うん、たまに食べるなら悪くない。
あくまでも、たまーにだよ? スタメンじゃなくて補欠選手、常勤じゃなくて非常勤・・・あ。
そこで私は思いついてしまった。
生徒会とローゼリア様を巡る今回の問題・・・その解決策を。




