第28話 「お、おにぎり・・・」
基本的に、他人から声を掛けられるような人生を歩んでこなかった。
・・・それが私、田中撫子である。
なので、不意に呼び止められた時は思わずビクッと震えてしまう。
「ナデシコさん」
「・・・は、はひ!」
その放課後も、私は反射的にビクッとなってしまった・・・こればっかりはどうしようもない。
こっちに来てからはお友達と呼べるような人が出来たとはいえ、なかなか人間は変われるものじゃないんだ。
私の名前を呼んできたのは、落ち着きのある柔らかい女性の声・・・
うっすらと聞き覚えがあるその声の主は・・・
「あ・・・バイオラ・・・先輩」
「良かった、私の事を覚えていてくれたのね」
先日、街で出会い・・・昼休みに食堂でも遭遇したばかりのバイオラ先輩だった。
今は街で会った時と同じく柔らかな物腰で、優しいお姉さんといった雰囲気。
ジルノと一緒にいた時のようなキッチリさは感じられない・・・こっちが素なのかな。
「お昼はごめんなさい・・・せっかくまた会えたのに無視したみたいで」
「い、いえ・・・私の、方こそ・・・お、お礼も申し上げず・・・」
すっかり恐縮してしまった私は、ペコペコと頭を下げた。
中学時代が中学時代なので、私は先輩後輩の付き合い方みたいなのもよくわかっていない。
・・・失礼がないと良いんだけど。
「じゃあ、お相子ね・・・まんまるモッチーズケーキは美味しかったかしら?」
「は、はい!・・・ローゼ・・・お友達と、分けて食べたんですけど・・・皆も、美味しいって」
「うふふ・・・仲が良いのね、羨ましいわ」
バイオラ先輩が楽しそうに微笑んだ・・・やっぱり感じの良い人だなぁ。
私は一人っ子なので・・・こういうお姉さんが欲しかったよ。
「それでね、ナデシコさん・・・良かったらこの後、少し時間を頂けないかしら?」
「え・・・ええと・・・だ、大丈夫です」
今日は特にこれといった予定はない。
都合が合えば・・・だけど、アクアちゃんかローゼリア様に勉強を見て貰えたら良いな~、ってくらいで。
それも別に今日である必要はなく・・・先輩のお誘いを断る理由はなかった。
「実は気になっているお店があるの、もちろん代金は私が持つわね」
「そんな・・・悪い、です」
「可愛い後輩は、そんな事気にしなくて良いのよ?」
い、良いのかなぁ・・・でも先輩の顔を立てる、みたいな話も聞いた事あるし。
バイオラ先輩に連れられるまま、ついて行った先は・・・湖の近くにある小さなカフェだった。
テラス席からは湖と、その向こうに私達が通う学園が見える・・・湖畔の方から緩やかに吹いて来る風が心地良い。
「こ、こんな所に・・・こんなお店が」
この前の休日では、気付かずに馬車で通り過ぎてしまったのだろう。
白く塗られた木造のテラスは、ちょっぴり大人の雰囲気でバイオラ先輩に良く似合っていた。
「ニホン人向けに作られたお店だって聞いたのだけど・・・ニホン人のナデシコさんとしてはどうかしら?」
「え・・・私の事、知って・・・」
驚いた私が目を瞬かせていると、バイオラ先輩は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「うふふ・・・ナデシコさんの事は上級生の間でも噂になっているよ」
そう言えばジルノも言ってたっけ・・・どんな噂になってるんだろう。
知りたいような・・・ちょっと知るのが怖いような。
日本人向けと言うだけあって、カフェのメニューは日本人に馴染みのあるものが多い。
中でも特に目を惹いたのは・・・
「お、おにぎり・・・」
お米・・・あるんだ。
こっちに来て初めて見たお米のメニュー・・・具も鮭、梅、ツナマヨと・・・おシャレなお店の雰囲気とは随分ミスマッチだ。
「それは、ニホン国の食べ物なの?」
「あ、はい・・・」
せっかくだから頼んでみた・・・出てきたのは、私のよく知っている普通のおにぎり。
しばらく食べていなかった、懐かしい味・・・特別美味しいわけではないけれど、なんかホッとする。
ここはゲートが近いから、日本から仕入れてるのかな。
「・・・不思議な食べ物ね、ニホン国ではこういう物が食べられているの?」
「え・・・ええ、まぁ・・・」
この質問には、ちょっと返答に困った。
ありふれてはいるんだけど、日常的におにぎりが食べられているかと言うと・・・そうでもなく。
日本食自体がそんなに食べられなくなってきてるしなぁ・・・
「もっとニホンの話を聞かせて貰えるかしら?」
「わ、私も、先輩の・・・事、知りたい・・・です」
正直、喋るのはあんまり・・・いやぜんぜん得意じゃないから、出来れば聞く側に回りたい。
それに、あのジルノって人の事も気にはなる。
ローゼリア様から聞いた限りだと、昔からの付き合いらしいし・・・
「そう? 私の話なんて特に面白い事もないと思うのだけど」
「そんな事・・・ない、です・・・あの、ジルノって先輩?の事とか・・・」
ジルノの名前を出した瞬間・・・バイオラ先輩の表情が変わった。
どこか懐かしむような・・・寂しげな雰囲気で・・・なんだか切なくなるような。
「そうね・・・ジルノ様の話なら、少しは面白いかも知れないわね」
それもごく一瞬の事・・・バイオラ先輩は元の優しいお姉さんの顔になっていた。
ひょっとしたら私の気のせい・・・だったのかな?
「少し長くなるかも知れないけれど・・・聞きたい?」
「は、はい・・・」
「ふふ・・・何から話そうかしら・・・うーん」
顎に人差し指を当てて、考え込むような素振りをする事しばし・・・
そして、バイオラ先輩はおもむろに語り始めた・・・とある貴族と従者の物語を。




