第26話 「のくてぇ~!」
・・・あまりの事に、私は鞄を取り落としてしまっていた。
地に落ちた鞄から乾いた音が響き・・・私の心臓はそれ以上に高鳴る。
「・・・ナデシコ?!」
私に気付いたローゼリア様がこちらへ振り返った。
激しい後悔・・・どうして私は2人の会話なんて気にしてしまったんだろう。
だけどもう何もかもが遅い・・・私は聞いてしまったし、ローゼリア様に気付かれてしまったのだ。
「邪魔が入ったようだな・・・今日の所は引き下がるとしよう」
「・・・」
こちらに背を向けて歩き去っていく男子生徒に対して、ローゼリア様は一瞬、何か言いたげに見えたけど。
結局、何も言葉を発する事はなかった。
なんだかすごく意味深な感じで・・・気になってしまう。
「ナデシコ・・・補習は終わったのかしら?」
「あ、はい・・・」
「ずいぶん掛かったわね、疲れたでしょう?・・・はやく帰りましょう」
ローゼリア様はまるで何事もなかったかのように振舞って、いつも通りの表情を向けてくる。
本当なら補習の事とか、勉強の事とか・・・色々話したい事があったはずなのに、私は何も言えなくなってしまった。
あの男子生徒はいったい何者なんだろう・・・ローゼリア様にあんな事を言って・・・まさか恋人とか?
・・・気になって頭から離れないよ。
「・・・」
すごく気にはなるけど、直接ローゼリア様本人に聞いて良いものなのかどうか・・・
あんまりプライベートな事を聞くのは失礼だし。
何かこう、ごく自然に、さりげな~く聞き出せると良いんだけど。
「ナデシコ? どうしたの?」
「あ・・・いえ・・・その」
まずいまずい、考え事をしていても視線がついローゼリア様の方に。
あんまりジロジロと見ていたせいで、不審に思われてしまったかも知れない。
何か・・・何かないか・・・救いを求めるように天を仰ぐけど、そこにあるのは寮の天井と・・・あ。
「明かりの魔法・・・たしか、光素・・・6つの基本元素って、先生が言ってた」
「ああ、補習は元素についてだったのね・・・6元素は魔法の基礎でもあるから、ちゃんと覚えなくてはダメよ」
「魔法の・・・基礎?!」
魔法・・・そういえば授業で教えてくれるみたいな話を聞いたような。
ひょっとして、もう魔法の授業が始まっていた?・・・私が気付かなかっただけで。
じゃ、じゃあ・・・先生が言ってた、『次に進めない』の次って、まさか・・・
「ローゼリア様・・・ちょっと・・・勉強、見て貰えますか?」
「さっきから様子が変だと思ったら、そういう事だったのね・・・よっぽど補習が厳しかったのかしら」
あの男子生徒の事も気になるんだけど・・・魔法と聞いては興味が勝ってしまった。
せっかく異世界に来たわけだし・・・やっぱり魔法って憧れるわけで。
そう思うと勉強への意識が全然変わって来る・・・そっか、この元素が魔法になるんだね。
わけのわからない言葉だったものが、魔法を前提に考える事で見え方が変わった。
そうだ、属性なんだ・・・それなら私の知ってる多くのゲームや、ナデシコノートにも書かれてるよ。
ローゼリア様もわかりやすく教えてくれたので、この元素に対する私の理解度は一晩で大きく成長したのだった。
「じゃあ・・・この、水素と熱素で・・・お湯を出したり?」
「その通りよ、もうすっかり理解したわね」
もう、そういう事だったなら最初にそうと教えて欲しかったよ。
・・・こっちの世界じゃ常識過ぎて、誰も気にしなかったんだろうけど。
「ふ・・・ふふふ・・・」
理解した、理解したよ・・・これでいつ魔法の実技みたいな授業が始まっても大丈夫。
お母さん・・・私、異世界で魔法使いになります。
魔法の授業が始まるのが楽しみ過ぎて・・・もう私の頭からは、例の男子生徒の事など忘れ去られていたのだった。
___だが、しかし。
「あ、あくあちゃん・・・あれ・・・だ、誰・・・」
翌日のお昼休み。
例によって一緒に昼食を食べようと集まった私達・・・だったんだけど。
「ローゼリア・・・今日は色よい返事が聞けるのだろうな?」
「・・・」
忘れたばかりの例の男子生徒が・・・ろ、ローゼリア様を壁際にしてドン!って・・・ドン!って・・・
「・・・ああ、ナデシコは知らなかったのね」
「私も知らないんだけど? 何あの偉そうな人間の男」
どうやら知らないのは私とフィーラだけらしい。
普通に考えて、一国の王女様に対して、無礼極まりない態度・・・のように見えるんだけど。
周囲の生徒は特に騒ぐこともなく・・・ただ遠巻きに様子は伺っている。
「しょうがないわね・・・彼の名前はジルノ・トランツ・シュタードラー・・・シュタードラー公爵家の長男で」
私とフィーラの為に渋々といった顔で説明してくれるアクアちゃん。
なんとなくだけど、機嫌が悪そうな声に聞こえた。
「・・・第一王女ローゼリアの婚約者よ」
「こ、ここっ!」
恋人かも・・・なんて思ったけど、恋人飛び越して婚約者だった。
そうかー、もう婚約してるのかー・・・さすが王女様と言うか、さすが異世界と言うべきか。
けれど、その割にはあまり仲が良さそうには・・・むしろローゼリア様は嫌がってるように見える。
「・・・そのお話は、お断りしたいと申し上げたはずです」
「ふん、相変わらずつれない女よ・・・だが、それで俺が納得するわけもあるまい?」
「ですが・・・」
顔を近付けて迫って来るジルノを前に、凛としたローゼリア様の姿はなく・・・とても弱々しく感じられた。
ひょっとしてこれは・・・モラハラ彼氏、もといモラハラ婚約者か。
少女漫画でよくあるやつ、よくあるやつだけど・・・まさか目の前でそれと遭遇するなんて。
こういうのは良い感じのタイミングで助けが入るものだけど、今の所そんな気配はない。
だ、誰か・・・いや、助けようなんて生徒はいるわけもない・・・正式な婚約者だし。
「お前も自分の立場はわかっているだろう?」
ジルノはそう言いながら、また壁にドン!って・・・両腕に挟まれ、ローゼリア様は逃げる事も出来ない。
くぅ・・・誰か、じゃない・・・行かなきゃ、私が行かなきゃ!助けなきゃ!
「え・・・ナデシコ?!」
私はローゼリア様の前に立ち、ジルノの腕を掴んだ・・・もちろん貧弱な私の力じゃピクリとも動かない、けど・・・けど!
「ろ・・・ローゼリア様・・・から、離れて!」
「小娘?・・・何のつもりだ?」
「は、はなれて・・・この・・・のくてぇ~!」
思わず私の口から出てしまった、地元地域の方言に・・・
「「??」」
ジルノも、ローゼリア様も・・・意味が解らず首を傾げたのだった。




