第24話 「なん、ですか・・・これ・・・」
「な・・・なん、ですか・・・これ・・・」
思わず発してしまった私の問いかけに・・・
「昇降機よ」
「昇降機ね」
「昇降機、らしいわ」
・・・三者三様の返事が返ってきた。
昇降機・・・エレベーターの事をそう読んだりもするらしい。
けど、おかしいな・・・私の目の前にあるその乗り物は・・・決してそんな平和そうな見た目をしていなかった。
まず全体のシルエットとしては、大きな円柱状・・・丸太と言っても良い。
その丸太の一部がくり抜かれていて、人が乗る所?が付いてるんだけど。
なんというか・・・その丸太は・・・川に浮かんでいた。
「ええと・・・船、じゃ・・・なくて?」
こんな物を船と呼ぶのもどうかとは思うけど・・・それならまだ納得がいく。
丸太をくり抜いて作られた船、というのは存在しなくもない。
けれど・・・
「ナデシコは、昇降機に乗るのも初めてなのね」
「いや・・・その・・・」
エレベーターなら乗ったことあるよ?
けど、こんな形の昇降機?はさすがに・・・見たのも初めてだ。
昇降機と言うからには、上ったり下りたりがあるんだろうけど・・・どこを?
うん・・・さすがの私も薄々気付いてはいるよ。
今私達がいるのは、王都を一望出来るような・・・高い所だ。
結構な長さの坂道を馬車で上ってきた、その記憶もあるよ、しっかりと。
そして目の前の川、その流れていく先には・・・何も見えなかった。
これらの事実が導き出す結論は・・・嫌だ、理解したくない。
「ここでこうしていても仕方ないわ、乗りましょう」
「え・・・乗る・・・の?・・・これに?」
不安しか感じないこの怪しい乗り物に・・・ローゼリア様は何のためらいもなく乗り込んだ。
「よくわからないけれど・・・こうで良いのかしら?」
フィーラ?! わからないなら乗るのやめとこうよ?!
仰向けに寝そべるように乗り込んだ二人の姿勢を見て、私の心の中で真っ赤なランプが点灯して危険を訴えていた。
だって・・・どう見ても・・・それは・・・
「ほらナデシコもはやく乗りましょ?・・・コレ結構楽しいわよ?」
「あ・・・ちょ・・・」
アクアちゃん?! 嘘でしょ?!
アクアちゃんが私の手を引いて・・・相変わらず力が強い。
「やだ・・・こわい・・・」
「はいはい・・・最初はちょっと怖いかもね」
この後の事を想像して私が涙目になっているのに構うことなく。
アクアちゃんは備え付けのロープで私の身体を『昇降機』に括り付けた。
そうだよね・・・振り落とされないように固定するやつだよね。
「ふ・・・ふぇ・・・」
そして係留していたロープが解かれ『昇降機』が動き出した。
川の流れの、そのままに・・・そして川は予想通り、途中で途切れて・・・一瞬の浮遊感、そして重力が容赦なく引っ張って来る。
「あああああああああああ!」
私達を乗せた丸太は、滝壺へと一直線に落下していった。
うん、わかってた・・・わかってたよ・・・これが絶叫マシンだって・・・
丸太は魔法か何かで減速するような事もなく、物理法則に従って順当に滝壺へと落下。
しかし着水した次の瞬間・・・目の前に不思議な光景が広がった。
「え・・・え・・・」
水中なのに呼吸できる・・・と言うか空気がある?!
丸太は結構深く沈んだらしく・・・水面はだいぶ上の方にあるんだけど、太陽の光がキラキラと降り注いでいて・・・なんか綺麗だ。
さすがに魚の姿は見えないけれど、水底に生える藻の緑色もはっきりと見える。
やがて丸太は滝壺の中の水流に揺られながら、ゆっくりと浮かんでいって・・・
ここで私は、この丸太のような『昇降機』が大きな泡みたいなのに包まれている事に気が付いた。
呼吸が出来るはずだ・・・空気に包まれているんだもの。
「・・・ね?結構楽しいでしょ?」
「あ・・・うん・・・」
アクアちゃんの言う事も確かにわかる・・・この水中を漂う何とも言えない感じは・・・楽しい。
水面に近付きながら、ふわふわと流されていくと・・・さっきまではいなかった川魚の姿も見えて・・・
そう・・・だね・・・ここだけなら楽しい、かも知れない。
丸太が水面の上まで浮かんだところで、スタッフの人達が回収に来てくれた。
ようやくここから解放されるらしい。
ここから上を見上げると、かなりの高さの断崖絶壁・・・そこを滝となって川の水が落ちてくるのが見えた。
うん・・・二度と乗りたくはないよ。
ちなみに、なんでこれが『昇降機』なのか・・・もちろんそれは下りるだけではなく、上る方もあるからだ。
パシュン!
ペットボトルロケットみたいな音と共に、私達が乗っていたのと同じ形の丸太が空高く打ち上げられていく。
風の魔法で上に飛ばすらしい・・・上に届いた後は、やっぱりあの泡みたいなのがクッションになるのだとか。
「ふぇ・・・ぇ・・・」
「ごめんなさいナデシコ・・・今日の所は下りるだけなの、上るのはまた次の機会に・・・」
いやいや、絶対に乗りません!もう乗りませんからね!
私の思った通り、この『昇降機』は絶叫マシン的な人気がある名所で・・・一日に何往復もする人がいるのだとか。
川沿いに少し歩くと、王都の街並みが見えてきた。
この辺りは観光用のルートらしく、お土産屋や食べ物の屋台が建ち並んで賑やかな雰囲気だ。
美味しそうな匂いがあちらこちらから・・・ちょうどお腹も空いてきた。
きゅるる・・・とここで誰かのお腹の鳴る音・・・私じゃないよ?
誰だろう・・・他の3人を見てみると・・・意外な事にローゼリア様が顔を赤く染めていた。
「あっ・・・」
「・・・これは・・・その・・・ごめんなさい」
余程恥ずかしかったのか、ローゼリア様はもじもじと身を捩って・・・ちょっと意外な光景だ。
でも本当に美味しそうな匂いしてるからね・・・お腹が鳴るのも無理もないと言うか。
軽く屋台を覗いてみると、焼き鳥のような肉の串焼きや、チーズの塊が刺さった串焼きなんかが美味しそうだ。
中には焼きそばのような麺類や、たこ焼きや今川焼きのような加工がされた鉄板を使う屋台もある。
それらの屋台の前を通る度に、タレやソースの香ばしい匂いが、もわっと私達を包み込んできて・・・
「あの・・・これ・・・ください」
「はいよ!」
・・・気付いたら身体が勝手に動いていた。
もちろん私だけじゃなく、みんなで食べるよ・・・その方が種類も食べられるし。
ありがとう長久保さん、お小遣いがあって良かったよ。
「これ美味しい!もう一つ買おう?」
「待って、他にも美味しそうなお店がたくさんあるわ」
屋台が気になっていたのは皆同じらしく、食べ始めたら止まらない。
ここの全ての屋台の制覇を目標に、私達4人は食べ歩いたのだった。
どれも美味しかったけど・・・パンを焼いてくれる屋台があってね、隣の串焼きを買って挟むというコンビネーションにはやられたよ。
そして屋台には、当然のように甘いものもあって・・・そこで私達は意見が分かれた。
「ここはクレープよ、トッピングで好きなフルーツを乗せる事が出来るわ」
「それは無難過ぎる!まんまるモッチーズケーキにチャレンジすべきよ」
「私は別にどっちでも・・・」
主にローゼリア様とアクアちゃんなんだけど・・・
そろそろお腹も限界、最後の一品という事でこの二品が候補に上がったのだ。
私もよく知ってるクレープと、丸い鉄板で焼かれたまんまるモッチーズケーキ。
見た目は今川焼に似てるけど、名前の通りモッチリとした食感を売りにしている・・・モッチリか。
「ナデシコはクレープよね? 信じてるわ」
「ナデシコ、王家の威光に屈する事はないわ、モッチーズケーキにしなさい」
「あ・・・あ・・・」
どちらを買うか、その決断は私に委ねられてしまった・・・ど、どうしよう。
クレープも良いんだけど、モッチリにも心が動かされてもいて・・・だってモッチリだよ。
私の中の日本人の心が絶対美味しいやつだって言ってる・・・けどクレープも・・・うーん。
「ど・・・どっちに・・・」
「クレープください!」
「モッチーズケーキ3つ!」
「え・・・え・・・」
「そこの人、並んでないならどいて」
「あ・・・ごめんなさい」
私が迷ってる間に人が集まってきて・・・迷ってた私は押しのけられてしまった。
くぅ・・・どちらもすごい人気だ、もう迷ってる場合じゃない。
私は意を決して列に並んだ。
「すいません、トッピングのフルーツがなくなりましたんで、今日はここまでって事で・・・」
「ええ~!」
私が並んですぐ、クレープ屋さんの方からがっかりした声が上がる・・・人気のあまり売り切れてしまったようだ。
幸いな事に私はモッチーズケーキの方に並んでいるんだけど・・・こっちも雲行きが怪しい。
たくさん並べてあったまんまるモッチーズケーキがすごい勢いで減っていく・・・追加が焼かれる気配がないのはこちらも終わりなのかも知れない。
「まんまるモッチーズケーキ5個」
「はいよ」
「私は7個で」
なんか前の方でたくさん買われていってるのだ。
皆そんなに食べられるの? 後ろの人が買う分も残してくれないかな・・・
そしてついに私のひとつ前の人で・・・モッチーズケーキは売り切れてしまった。
「悪いね、今ので完売だよ」
「そ、そんな・・・」
私が迷っていたばかりに・・・ひとつも買えないだなんて。
皆のがっかりする顔が浮かぶ・・・私・・・なんて役立たずなんだろう。
「うっ・・・うぅ・・・」
「お嬢ちゃんそんなに食べたかったのか・・・ごめんなぁ」
お店の人が申し訳なさそうに言ってくる・・・これ以上ここに居るのも迷惑だ、戻らないと。
私は皆の待つ方へと踵を返し・・・た所で誰かに呼び止められた。
「ねぇ君、良かったら、これ・・・」
「えっ・・・」
差し出されたのは、売り切れたばかりのまんまるモッチーズケーキ。
次いで視線を上げると・・・なんか優しそうなお姉さんだ。
「これが食べたかったのよね? よかったら私のを1つどうぞ」
「い・・・いいん、ですか?」
「私はもう1つあるから大丈夫・・・なんだか申し訳なくて」
「あ・・・ありがとう、ございま」
お礼を言おうとしたら、急に頭をなでられた。
「その制服、王立学園よね? 私も学園の生徒なの・・・新入生かしら?」
「は、はい・・・な、ナデシコって言います」
なんと、お姉さんは学園の先輩だった。
制服は着てないけど、なんか上品な服装だから、それなりの身分の人なんだろうな。
私は代金の銀貨を渡して、モッチーズケーキを受け取った・・・やっぱりもっちもっちだ、手に持った感触だけでもわかる。
「そう・・・面白い名前ね、私はバイオラよ」
「バイオラ・・・先輩」
「うふふっ、じゃあね・・・良い休日を」
バイオラ先輩はローゼリア様とはまた違った優雅さで微笑むと、そのまま歩き去って行った。
来てからずっと自分の周りだけでいっぱいいっぱいだったけど・・・学園にはあんな先輩もいたんだ。
モッチーズケーキはまだほんのり温かく・・・あ、早く持っていかなきゃ。
「ナデシコ、遅・・・モッチーズケーキにしたのね、わかってるじゃない」
不機嫌そうにしていたアクアちゃんは、モッチーズケーキを見た瞬間に機嫌を直してくれた。
現金だなぁ・・・けど1つしかないのはすぐにわかってしまう。
「その・・・ごめんなさい、売り切れちゃって・・・こ、これしか」
「ナデシコが悪いんじゃないわ・・・私達こそナデシコに選ばせるような事して、ごめんなさい」
「けど・・・これ、どうしたら・・・」
たった1つのモッチーズケーキを手に、私が所在なさげにしていると。
「・・・なら、こうするしかないんじゃない?」
「え・・・あっ・・・」
アクアちゃんはモッチーズケーキを奪い取ると、真ん中から2つに割いた。
そしてさらにもう1回・・・だいぶ小さくなったけれど、四等分だ。
「ほら早く取りなさい、コレ意外と熱いんだから」
「あっ・・・ホントだ」
中の方はだいぶ熱が残っててアツアツだった。
知らずにそのまま食べてたら火傷する所だよ・・・結果的に4人で分けたのは正解かも知れない。
少し息を吹きかけてから、ほぼ一口サイズとなったモッチーズケーキを口に放り込む・・・
モチュモチュ…
やっぱりお餅のような弾力があって、噛むごとに濃厚なチーズの味が・・・美味しい。
モチュモチュ…
他の3人も私と同じように、もっちゅもっちゅさせて味わっている。
皆して噛むたびにほっぺたが動くのが、なんだか・・・
「ふふっ・・・」
「あっ、ローゼリア様ずるい、私は笑わないようにしてたのに」
「だって・・・皆の顔が面白くて・・・」
「ふふっ」
笑いはあっという間に全員に広がっていった。
すごく些細な事だけど・・・それがなんだか楽しい。
その後も私達は街を歩いて回り、色んなお店を覗いたり、演劇を観たり・・・
初めての休日を楽しく過ごしたのでした。




