第17話 「キノコの生命の残滓を感じるわ」
「まさか・・・人間がここまで来るなんて・・・答えなさい人間、どうやってここに?!」
そのエルフの少女は、木の枝にしか見えないものを私に突き付けるようにして構えた。
長い耳、細い身体、人間への態度・・・どれを取っても私の知るエルフのイメージそのものだ。
・・・って、感心してる場合じゃない!
「ご、ごめんなさい・・・あ、足が・・・すべ、滑って」
「・・・」
必死に説明を試みるけれど・・・私もよくわかってない・・・事故みたいなものだよね。
その間もエルフは油断なく私を睨みつけていて・・・怖い。
「わ、私・・・何も、しない・・・エルフ、ともだち・・・大丈夫」
「・・・私がエルフなのは、わかるのね」
コクコク…
必死に頷くと・・・エルフは警戒を解いたのか木の枝を下げてくれた。
そればかりか、私を部屋の中に入るよう誘ってきた。
「・・・いいわ、入りなさい」
「は、はい・・・おじゃ、まします・・・」
そこはエルフの寝室らしく、ベッドのようなものが見えた。
布団の代わりに葉っぱ? たぶん葉っぱだ、葉っぱがベッドの上に散乱している。
そこへエルフは腰掛けると、私もそこに座るようにと促しているのか、隣をポンポン叩いた。
「あ、あの・・・ええと・・・」
「・・・ほら、ここ、座って」
「は、はい・・・」
やっぱりそこに座るらしい・・・他に椅子のような物もないし、良いのかな。
そういえば先生も言ってた、エルフが人間を嫌っていたのは過去の話だと。
きっと友好を示してくれてるんだ・・・そうに違いない。
私は言われた通り、彼女の隣に腰を下ろし・・・えっ?!
なんか木が身体に巻き付いてきて・・・身動きが・・・出来ない。
「もう逃がさないわ人間、いったい何が目的か、洗いざらい話してもらうわよ」
「ふぇ・・・ぇ・・・」
こうして私は、エルフに捕らえられてしまった。
・・・のだけど。
「本当の本当に、それだけなの?」
「は、はいぃ・・・私は、足を・・・滑らせた、だけって・・・何度も・・・」
「ただの人間が私の『隠蔽』を破って来るなんて・・・わけがわからないわ・・・」
「いん・・・ぺい?」
たぶんだけど、魔法か何かであの入り口を隠していたらしい。
他にも中庭にはそういった隠された出入口がいくつかあって・・・それが例の噂話の原因だったのだ。
「本当に偶然?・・・たしかにこの人間、鈍くさそうだし・・・名前は?」
「な、撫子・・・です・・・」
「そう、ナデシコ・・・貴女から変な匂いがするんだけど」
「え・・・私・・・」
オナラなんてしてないのに・・・いや、この匂いは・・・
「人間、エルフに隠し事はお勧めしないわ」
「ナデシコ・・・です・・・この、匂いは・・・キノコです」
「キノコ? 森に詳しいエルフの私にそんな嘘が通じるとでも・・・」
嘘じゃない・・・厳密には嘘かもしれないけど。
制服の内ポケットに入っているんだ・・・『キノコの山、期間限定トリュフ味、小分けパック』が。
この匂いの原因はきっと小分けの袋が、どこかで破けたんだ。
「本当、です・・・これ、ほどいて、くれたら・・・あげます、から・・・」
「まさか本当に・・・私の知らないキノコが・・・でもこの匂いは・・・」
エルフは明らかに興味を惹かれていた。
そういえばトリュフはキノコの仲間だっけ・・・エルフ独自の感覚で感じ取ってるのかも知れない。
そのまましばらく迷った後・・・ふと私の身体に巻き付いていた木が離れ・・・拘束が解かれた。
「さぁ、約束通りキノコを出しなさい」
「あ・・・はい・・・どうぞ」
袋から『キノコの山トリュフ味』をひとつ取り出して差し出す。
傍目にはすごく・・・ばかばかしい光景だ・・・怒られるんじゃないかと思ったけど・・・
「調理した後みたいだけど・・・わずかにキノコの生命の残滓を感じるわ」
あ・・・本当に感じ取れるんだ。
トリュフ味で良かった・・・通常のキノコだったら怒らせていたかも知れない。
エルフはしばらくキノコを観察した後、口に入れた・・・トリュフ味は人によって好みが分かれる・・・彼女の口に合うと良いんだけど。
「・・・」
果たして・・・エルフは整った顔をしているけれど、表情は乏しく反応が読めない。
私はキノコ派として、気に入ってくれている事を祈るしかない。
「わた、私・・・嘘つかない・・・エルフ、ともだち・・・仲良く、したい」
「・・・フィーラよ」
「え・・・」
「私の名前・・・エルフは友達、嘘じゃないのよね?」
「・・・」
エルフは表情が乏しい・・・けれどこの時、私は彼女が微笑んだように・・・
こうして、エルフ族の少女フィーラと私はお友達になった。
そして・・・
「そのキノコ、まだあるのよね?」
「あ、はい・・・どぞ・・・」
「全部は貰えないわ、人間は友達同士で一緒に食べるのでしょう?」
仲良く2人でキノコを食べる・・・異種族と一緒にキノコ食べるなんて人類初かも知れない。
「美味しい・・・こんな物を作れる人間もいるのね」
「人類史に残る偉大な発明だと思います」
「・・・急に早口になったわね」
「き、きのせい・・・じゃ、ないかな・・・キノ、コだけに」
「・・・」
私の放った渾身のギャグは、残念ながらエルフ族には通じなかった。
・・・人間相手でも通じた事はないけど。
「軸の部分は麦ね・・・傘の部分からはキノコ以外に何か、私の知らない植物を感じる」
「そこまで、わかるんだ・・・すごい」
どうやらカカオも知らないらしい・・・私もカカオがどんな植物なのか知らないけど。
けど食べただけで材料がわかるなんてすごい、まるで美食家みたいだ。
「ふふ・・・実は私、エルフの中でも特別な存在・・・ハイエルフなのよ」
「はい・・・えるふ?」
褒められて気を良くしたのか、フィーラはエルフ族の秘密っぽい事まで話してくれた。
彼女はハイエルフという、普通のエルフと違う特別な力があるエルフなんだとか・・・エルフ自体が初めての私には、その辺の違いとか分からないんだけどね。
小分けパックのキノコは量が少ないので、2人で食べていると・・・すぐになくなってしまった。
「・・・もう、なくなってしまったわ」
「あ、あの・・・他の味なら、まだ部屋にたくさんあって・・・」
「他の味?・・・それ詳しく聞かせて貰おうかしら」
「ええと・・・材料に・・・キノコが、入ってないやつ、なんだけど・・・」
けれどさすがはエルフ・・・フィーラはすっかりキノコ派になってくれた。
トリュフ味以外のキノコにも興味を持ってくれて・・・今度持っていく約束をすると、私は外に出して貰えたのだった。