第16話 「・・・人間?!」
王立学園の中庭には妖精が住むという___
校舎の2階から見降ろすことが出来る中庭は、色とりどりの花が咲く美しい庭園だ。
中でも赤、白、黄・・・それぞれの色の花を集めたかのように植えられた3つの花壇は目を惹きつけるものがある。
それら花壇に囲まれた中央には、庭園の主とも言うべき大きな樹が生えている。
樹齢を感じさせる太い幹から伸びる深緑の枝葉は、上から見ると緑の絨毯のよう。
そして下から見上げた時は、まるで神木のような荘厳な雰囲気をもたらしていた。
だが驚くべき事に、この中庭はもう何年も人の手が入っていないという話だ。
封鎖された出入口には錆びついた鎖が張り巡されて・・・何年もの間、生徒達の立ち入りを拒んできた。
しかし整えられた花壇は、毎年綺麗な花を咲かせている、大樹も枯れる様子はない。
・・・誰が世話をしたというわけでもないのに。
だから、いつしか生徒達は噂するようになった・・・王立学園の中庭には美しい妖精が住んでいる。
その妖精こそが、中庭の植物たちを統べる真の主なのだ、と。
私はあの日・・・中庭の大きな樹の下で、妖精・・・エルフと出会った。
「今日は森に住むエルフ族について、学んでいこうと思います」
エルフ族・・・古今東西のファンタジー系作品の中でも定番とされる亜人種だ。
森の中に集落を作って住んでいて、人間よりも遥かに寿命が長く、見た目が美男美女で、耳がぴんと長い。
これらに加えて魔法の達人だったり、優れた狩人だったり、菜食主義だったり・・・その辺りは解釈が別れる所。
そのルーツは古く、古代西洋の神話の時代になるという話だけど。
この異世界に実在しているという事は、その時代にゲートのようなものが現れていたのかも知れない。
その辺の詳しい所は専門家の研究が待たれる所だ。
それで現在、フレスルージュ王国でのエルフ族はと言うと・・・
「長きに渡り広大なアンサルド大森林を支配していたエルフ族ですが、近年のニホン国との接触が彼らにも大きな変化をもたらしました」
ニホン国・・・先生の口からその言葉が出た瞬間、視線が集まって来るのを感じた。
私はそこから来た留学生だから仕方ないんだけど・・・相変わらず注目されるのは苦手だ。
皆もっと授業に集中しよう? 私とか見ても何もないよ?
実際私には当時の日本人が何をしたとかわからないんだけど・・・外務省の人達なら知ってるのかな。
学生寮で事務員をやっている長久保さんのちょっとチャラい顔が脳裏に浮かぶ。
あの人に聞けば教えて貰えるのかも・・・いや、長久保さんも若いから当時の事は知らないかも。
「かつては人間を嫌っていたエルフ族でしたが、今では彼らの手で森が切り開かれ、我々とも積極的に交流を持つようになっています」
森が・・・切り開かれ・・・?
その後の授業によると、ここ十数年でエルフは随分文明化したらしい。
街道を整備して、森に交易路を通して・・・その辺りには日本の技術とか関わっていそうだ。
ともあれ、今では広大な大森林は彼らの領地として、一つの国家のように扱われているのだとか。
ここで通商条約がどうとか、王国歴がどうとか出てくると、私の頭はたちまち理解を拒み始める。
大事な内容なのはわかるんだけどね・・・うう・・・頭が・・・
隣の席を見ると、アクアちゃんは相変わらずノートに細かい字でびっしりと・・・すごいなぁ。
でもエルフ族という存在には心惹かれるものがある。
私秘蔵のナデシコノートにも、エルフの人物が度々登場しているのだ。
なんだか久々に創作意欲が刺激されてきた・・・ここらで第4部を書き始めようかな・・・なんて事を考えていた矢先に。
・・・私はその話を耳にしたのだった。
「エルフ族・・・ですか?」
「ええ、中庭の噂話があるでしょう? 少し気になって・・・」
「中庭の?うわ・・・さ?」
それは、いつものようにローゼリア様を昼食を食べている時の事だ。
『中庭の妖精』の噂話・・・封鎖されていて誰も出入り出来ないはずの中庭に、長い髪の女性らしき姿を見たというもの。
この話の不思議な所は、目撃されたのは放課後のごく短時間に限られ・・・そのどれもが目を離した僅かな隙に綺麗さっぱり姿を消していたという点だ。
あ、これ学校の七不思議ってやつだ・・・異世界にもあるんだね。
ローゼリア様も年頃の少女らしく、すっかり好奇心を刺激されてしまったらしい。
ちょうど私がアクアちゃんと勉強してた頃に、色々と調べて回ったのだとか。
「それで今日の授業を聞いていて・・・エルフ族なんじゃないかと思ったの」
「そ、その、妖精が・・・ですか?」
「ええ・・・学園から植物の世話を任された庭師なんじゃないかって」
たしかに森に住むエルフ族なら、植物に詳しそうな感じはする。
人間と関わるようになったエルフが就く仕事として、庭師はありそうに思えた。
けれど・・・それならそれで、謎は残る。
「それなら・・・なんで、あんな噂が・・・」
庭師ならもっと普通に仕事中の姿が目に付くはずだし、突然姿を消すなんて消失トリックみたいな事もないはず。
でもまぁ、噂話なんて尾びれ背びれがつくものではあるから・・・謎の真相なんて些細な事だったりするかも知れない。
ローゼリア様は思いついた自説がだいぶ気に入っているらしく、瞳を輝かせながら私の手を取ってきた。
「だから放課後、私達でそれを確かめに行きましょう?」
「え・・・」
確かめる? どうやって?
中庭の出入口には今も鎖が張られていて、立ち入りが出来ないと思うんだけど・・・
しかしそんな私の心配は僅か数秒で吹き飛んだのだった。
「・・・『開錠』」
「あっ・・・」
チャラチャラ音を立てて、張り巡らされた鎖が地面に落ちていく。
なんて事はない、この出入口の鎖は魔法を使えば普通に通れるのだった。
って・・・いや、いくら王女様だからって・・・いいの?
「い、いいんですか・・・これ・・・勝手に・・・」
「大丈夫よ、ここが立ち入り禁止だという話はどこにも存在しないもの」
「そ、そうなん・・・ですか?」
「ええ・・・調べたのだけど、ここが封鎖されたという記録もどこにもなかった・・・」
そうなんだ・・・鎖の見た目のせいで、ここは立ち入り禁止だとばかり・・・
迷いなく中庭に足を踏み入れるローゼリア様を追って、私も恐る恐る足を進めた。
「いつからこうだったのかはわからないけれど・・・綺麗な所ね」
足元には大きな平べったい石が点々と、通路のように敷かれていて。
その両脇から丸みを帯びた生垣が大樹のある方へと延びている・・・自然にこんな形になるとは思えない。
花壇の花も、高さの順に段々と植えられていて、そういう風に植えた人の意思を感じられた。
今の所おかしな点は何もない、普通に綺麗な中庭だ。
テーブルや椅子があれば、ここで寛いでいきたいくらい・・・どこかにあってもよさそうなんだけど。
特に何事もなく、私達は中央の大樹まで辿り着いた。
二階から見た時も思ったけど、中庭に植えられた木にしては、すごく大きい・・・
直径数メートルもある太い幹は、中をくり抜けば家になりそう・・・そういうの何かで見た気がする。
「・・・だ、誰も・・・いませんね」
「どこか、見落としてないかしら・・・」
この木の裏側・・・とか?
考える事はローゼリア様も同じだったらしく、木の左側へと足を進める。
なら私は反対側・・・右側へ・・・やっぱり誰かがいる感じはしない・・・けど・・・
「??」
・・・木の根っこの方に、変な窪みを見つけた。
窪みと言うか、穴? 40センチくらいあるかな・・・私の身体なら入らなくもなさそうな・・・
それこそ、この穴の向こうに空間が広がってたりして・・・いやいやさすがにそれは・・・でも気になる。
「ろ、ローゼリア様・・・」
中を覗く前にローゼリア様を呼ぼうとしたけれど・・・私の声は届いたかどうか。
まぁ、あのままぐるりと木を回って行けば、そのうちここには辿り着くはず・・・
穴の周りは木の根っこで出来ていて、乾いていた・・・特に汚い感じもしない。
ちょっと怖いけど、私は少しずつ顔を近付けて・・・あ・・・奥の方になんか光が見える。
なんだろう・・・よく見えない・・・もう少し、穴の中に頭を入れて・・・
実は私、視力もそんなに良くない・・・眼鏡こそかけてないんだけど・・・やっぱりよく見えないな。
気付けば、穴の中にだいぶ身体を入れていた。
ここで一度穴の外に戻ろうと、私は足を動かして・・・あ。
今、私の頭は穴の中にあって、足元が見えないんだけどね。
・・・たぶん、根っこの上にあったと思うんだけど・・・私の足の裏が、今つるっと・・・滑ったのを感じた。
ここまでが私の体感で1秒くらいかな・・・そして・・・
「ああああああああああ!」
足を滑らせたことで変な勢いがついた私の身体は意図したのとは逆方向、つまり穴の奥へと滑り込んでいった。
穴の中はなんかつるっつるの滑り台みたくなってて・・・私の身体はなかなか止まってくれない。
もちろん、私は絶叫マシンとかそういうのは苦手だ・・・すごくこわい。
「ああぁぁぁ・・・・・・?!」
絶叫と呼ぶには圧のない私の声が枯れてきた頃、目の前が一気に明るくなった。
さっき見えていたのはこの明かり? うわ、眩しい・・・視界が真っ白に染まった、次の瞬間___
「ふぐっ・・・」
・・・私の身体は、何か、クッション性のあるものに当たって停止した。
とはいえ、あちこちが痛い・・・肘とか膝とか擦りむいたかも・・・
「うぅ・・・」
身体を動かせる・・・空間がある?
次第に明るさに目が慣れてくると、そこは不思議な空間・・・木で出来た・・・部屋?
触れた壁からは、確かな木の質感を感じる・・・滑り落ちてきた私を止めたのは・・・と振り返ると、大きなキノコ?
「な・・・なに、ここ?」
まさか本当に木の中に家・・・と言うか、秘密基地めいた建造物が?
天井の方で明るく光るもやっとしたものは見た事がある・・・魔法による明かりだ。
部屋の大きさはそんなに大きくないけれど、奥の方に通路が伸びているのが見える。
とりあえずはこの通路を進んでみるしかなさそうだ。
・・・私が落ちてきた滑り台は、ちょっと・・・登れそうには思えなかったので。
明かりの魔法は何処にでもついてるわけではないらしく、通路は薄暗かった。
私が小柄なせいか、空間には余裕を感じるんだけど・・・視界内が木の色だけなのは圧迫感を受ける。
木の中をくり抜いて作ったのかな・・・そんな事を考えながら歩いていると、通路の脇から明かりが漏れ出していた。
何かの部屋かな・・・通路はまだ続いていて明かりは脇道のような所から・・・
私は頭だけ出す感じでそちらを覗・・・
ゴツン
「「いたっ!」」
二人分の声が通路に響いた。
片方はもちろん私で・・・もう一人・・・ちょうど部屋の中から出てきた所だったらしい。
運悪く出会い頭に、私達は頭をぶつけてしまったのだ。
「いたた・・・」
ぶつかった衝撃で思わず尻もちをついてしまった私だけど、相手の方は堪えたらしい。
明かりを背に、こちらを見下ろして・・・頭をさすった・・・向こうも痛かったみたいだ。
逆光になってて表情はよくわからない・・・けど、目の前の人物には明らかに普通の人間とは違う特徴が備わっていた。
「・・・人間?! どうやって、ここに?!」
サラっとした金色の髪から横方向にぴょこんと伸びた耳。
それは私のイメージするあの種族のトレードマークとも言える特徴。
そうだ・・・きっとそうに違いない・・・この女の子は・・・
「え、える・・・ふ?」
それが私と、学園の中庭の木に住むエルフ、フィーラとの出会いだった。