第14話 「二人組を作ってください」
___その日、私は朝から憂鬱だった。
「・・・はぁ」
昨日学園から支給された学生鞄(大)を見つめてため息を吐く。
革製の大きなリュックで、構造は至ってシンプル。
私の体格からしたら大きいけれど、大半の生徒にとっては背負うのにちょうどいい大きさだ。
外側にポケットもついていて使い勝手は良さそう、別に私もそれに文句はない。
問題はその中身、というか・・・
「はぁ・・・」
「どうしたのナデシコ、朝から浮かない顔をして・・・」
あんまりため息を吐いているものだから、ローゼリア様が心配そうに声を掛けてきた。
いやローゼリア様に心配される程の事でもないんだけど・・・いや、私としては充分深刻な問題というか。
あまり心配されても申し訳ないので、私は正直に話すことにした。
「あ・・・その・・・今日の、授業が不安で・・・」
「あっ・・・」
そう言いながら、私は体操服の入った鞄の方に目配せした。
察しの良いローゼリア様だ、それだけで私の言いたい事は伝わった。
「ナデシコは・・・運動が苦手なの?」
「はい・・・すごく・・・」
地方の出身・・・そう言うとすごく体力がありそうに見える。
幼い事から自然あふれる野山で遊んで育った健康優良児、みたいな。
だがそれはまやかしだ、幻想なんだ・・・わかってほしい。
たしかに、そういう子もいる。
地方は土地が余ってるからか、自然公園とかアスレチックとかがある、そういう所で元気に育った子はいるよ。
けれど私は、そういう子ではなかった。
身体が小さい、というのも大きなマイナスポイントだろう。
短い手足は何をするにも不向きで・・・アスレチックなどもってのほか、普通に手が届かない遊具だらけ。
身長制限のある物には必ず引っ掛かってきた・・・これで運動が好きになる方がおかしいよ、うん。
決して私が鈍くさいってわけじゃない・・・じゃない。
「なので・・・もう、どうしようもなく・・・ど、どうかご心配なく・・・」
「そ、そう・・・無理しないでね」
こっちの世界の体育のレベルが高そうな気がするのも、私を不安にさせていた。
今目の前にいるローゼリア様だって、すらっと手足が長くて・・・なんと言うか、運動神経を感じる。
クラスの子達だって、みんな・・・と思い浮かべて、私はアクアちゃんの存在を思い出した。
私と同じくらいの身長・・・それに友達がいなそうなあの感じ・・・きっと私と同じで運動も苦手に違いない。
私達は似た者同士だ、この体育の授業はアクアちゃんと仲良くなるチャンスに違いない。
・・・その時の私はそう思っていた。
支給された体操服は日本製・・・しかも旧式のブルマだった。
国内ではもう使われなくなったって聞いた事があるけれど、余り物を異世界に押し付けたのだろうか。
なんか私が着ると子供感が増すんだけど・・・ちょっと恥ずかしい。
「それでは体育の授業を始めます・・・まずは近くの人と二人組を作ってください」
出たな、悪魔の言葉『二人組を作ってください』
中学時代の私は、この言葉が出てくるたびに孤独を味あわされてきた。
でも今は・・・違う! 私は先生がその言葉を発すると即座に動き、アクアちゃんの手を取った。
「・・・な、何?!」
「わた、私と・・・く、組もう?」
ぎゅっと手に力を入れて、逃げられるのを阻止する。
これは合理的な提案でもあるはず・・・こういうのは体格が近い方が良いんだ。
アクアちゃんが戸惑っている間にも、周囲では二人組が形成されて・・・私と組まない選択肢は自然と消え去った。
「もう・・・仕方ないわね」
「よ、よろ・・・よろしく」
ちょっと嫌そうな顔をしながらも、アクアちゃんは私と二人組になってくれた。
運動音痴コンビ結成の瞬間だ。
出来ない者同士でマイペースにやっていこうね。
全員が二人組になったのを確認すると、先生は体育の授業を始めた。
学校の授業らしく、準備運動からしっかりやっていく流れだ。
「まずは柔軟から始めます、教科書に書いてある順に二人で行ってください」
教科書の最初の方には柔軟運動のやり方が図解入りでわかりやすく書かれていた。
まずは一人が両脚を開いて地面に座り、もう一人がその背中を押すやつだ。
どっちが先にやるかを決めないといけなんだけど・・・
「・・・さっさと始めて」
私が相談する前に、アクアちゃんは動いていた。
地面に座ると両脚を広げて・・・え・・・そんなに開くの?
アクアちゃんは170度くらいまで脚を開いて・・・うわ、すごく身体柔らかい。
おそるおそる後ろから背中を押す・・・大丈夫かな。
「あ、あくあちゃん・・・痛く、ない?」
「・・・ちゃんと押して」
「は、はい・・・」
言われるまま、ぐっと力を入れて押すと・・・アクアちゃんの上半身はぺたんって地面についた。
続けて右足側、左足側・・・どちらもしっかりと足先まで伸びる・・・アクアちゃんすごい。
身長が同じくらいだから勝手に親近感を覚えてたけど、全く別の生き物だよこれは。
その後もひと通りの柔軟運動を行うも、アクアちゃんの身体の柔らかさに私は驚かされるばかり。
そして・・・柔軟を終えたアクアちゃんは私と交代、今度は私が地面に座る番だ。
あんな身体の柔らかさを見せつけられた直後とあって、私の身体の硬さを見せるのは恥ずか・・・
「むぐぅ?!!」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
いたいいたいくるしい・・・ぎ、ぎぶ・・・あ・・・ああああああああ!
さすがにこの状況を理解するのに時間は要らない。
私の背後に回ったアクアちゃんは容赦なく、背中を思い切り押してきたのだ。
「あ、あくあ・・・ちゃ・・・やめ、やめ・・・しんじゃ・・・う」
「・・・」
必死に嘆願するも・・・アクアちゃんは決してその手を止める事はなかった。
私と同じで小柄なはずの彼女の力は思ったよりも強く・・・私は抵抗する事もかなわない。
「はう・・・う・・・」
「・・・力抜いて、息を吐く」
そ、そんなこと言われても・・・勝手に身体に力が入ってしまう・・・きっと生存本能か何かだ。
呼吸もうまく出来ない・・・息を吐くのは良いけど、いつ吸えるの?!
「・・・はぁ、はぁ・・・はぁ・・・」
いつしか柔軟は終わり・・・永遠のように感じられた苦しみから私は解放されていた。
なんか体中が、関節が痛い・・・私はしばらく立ち上がることが出来なかった。