閑話 シュトローネ家の娘
(何が大和撫子よ・・・ばかばかしい)
ニホン国からの留学生を中心に、教室が妙な盛り上がりを見せる中。
私は1人、冷めた目でため息を吐いていた。
私の名前はアクア・ヴィ・シュトローネ。
私が生まれたシュトローネ家が名門と呼ばれていたのは、私が生まれるよりも遥か昔の出来事。
今ではすっかり落ちぶれて・・・両親は辺境の小さな領地で、自ら畑を耕している・・・そんな有様だった。
貴族どころか、土の匂いがすっかり染み付いて・・・でもそんな両親の匂いも私は嫌いじゃなかった。
もちろん私も小さい頃から両親の作業を手伝った。
家畜のバッフターロはみんな私の言う事を聞いてくれる賢い子達。
マルコ、ポルタ、ケティ・・・どの子も人懐っこくて・・・売りに出す度に私は泣き出して両親を困らせていたのを覚えてる。
私が魔法を使えるようになってからは、作業効率も上がってきて、時間に余裕の出来た両親は私に勉強を教えてくれるようになった。
私は頭が良かった・・・別に自慢じゃないけれど。
両親の教えてくれた内容をすぐに覚えた私は、都から取り寄せた教本で学ぶようになっていた。
今日は教本のここを覚えたと私が報告するたびに、両親はすごく喜んでくれて・・・私も嬉しくなって俄然やる気を出した。
けれど王立学園に通うように言われた時は、さすがに両親の正気を疑った。
いくら家業が順調と言っても、王立学園の学費を払うには少々無理がある。
でも私は頭が良かったので、隠された両親の真意を見抜くことが出来た。
私はすごくかわいい・・・別に自慢じゃないけれど。
一族の血が色濃く出たらしく、私の髪は綺麗な水色で、瞳は青晶石のような澄んだ青色。
小柄な身体は一見子供っぽく見えるけれど、凹凸の方はしっかりと出ていて、男好きする事請け合いだ。
王立学園はただの学校じゃない、王族も通う名門中の名門校。
そして私はそこに通う第一王子と齢が近かった。
同じ学園に通い、王子の目に留まって正妃となれば、名家の再興も夢ではない。
お父様、お母様・・・そういう事ですね、わかりました。
両親の、一族の悲願を果たすべく・・・私は辺境の地を離れ王都へ、王立学園へとやって来た。
・・・それなのに。
私が都に到着するのと同じタイミングで・・・
学園に通っていた第一王子レオニール殿下は、遠い異国の地・・・ニホン国へ旅立ってしまった。
王女殿下こそ残っているものの・・・私の魅力は同性には通用しない、むしろ妬まれ嫌われるに違いない。
そして王子の代わりにやって来た、あのナデシコとかいう小娘が傍にべったりと。
もはや、私の入り込む隙など全く無い。
王家に取り入るという目的は・・・名家再興の悲願は夢幻と消えてしまった?
いや、諦めてはいけない。
王子も永遠に留学しているわけじゃない、何年かすれば帰ってくるはず。
その時に私が王子の目に留まる位置で待っていれば・・・まだチャンスは十分にある。
目指すは主席か、次席か・・・大丈夫、私ならやれるはず。
王立学園に通う良家の子息達は皆暢気なもので、真面目に学問に取り組む意識は薄かった。
私のライバルとなり得る存在は少ない・・・いける。
「お、おは・・・よ・・・」
例の小娘、ナデシコが声を掛けてくる。
傷一つない綺麗な手・・・皆が言うような高貴な姫とも思えないけれど、良家のご令嬢には違いない。
「・・・」
プイ…
こんな子に関わっている場合じゃない。
私とは住む世界が違う・・・下手に関わっても、お互い良い事は何もないはず。
「・・・」
すぐ傍で視線を感じる・・・勉強に集中出来ない。
露骨に無視したのに、ずっと怯えた目でチラチラと・・・
一度思いっきり目を合わせてやると、随分と間抜けな表情を浮かべて・・・なんだろう、この生物。
「・・・何よ」
「え・・・その・・・あく、あちゃんの目・・・綺麗だなって」
「・・・」
いきなり何を言うのかと思えば・・・ニホン国の大和撫子とやらも、私の魅力の虜ってわけ?
ローゼリア王女殿下ならともかく、悪いけどニホン国には興味ないの。
でもこの感じ・・・どこかで・・・
「・・・ナデシコさん」
「!!」
授業そっちのけで私の方をジロジロ見てるものだから、担任に見つかって・・・
そんなに私を見るなら、少しは見習った方が良いんじゃないかしら。
「授業は、しっかり受けてください・・・ね?」
「ひ・・・」
担任に詰め寄られて、身を縮こまらせるその姿を見て、私は既視感の正体に気付いた。
ああ・・・そうかこの子、似てるんだ。
「授業内容としてはニホン国のものよりも遅れているのかも知れませんが・・・復習も大切だと思うの」
「は、はい・・・ごめんなさい」
ビクビクと怯えるナデシコの姿があの子と被って、私は思わず吹き出してしまった。
「・・・ふっ」
あの子・・・怖がりのケティ・・・おととし売りに出したバッフターロの雌に、ナデシコはよく似ていた。