第11話 「・・・アクア」
___異世界生活、2日目。
「撫子、起きなさい」
「むにゃむにゃ・・・あと5分・・・5分だけだから・・・」
お布団を引き剥がそうとするお母さんに対して、ぎゅっとお布団を抱きしめて抵抗した。
あと5分だけ・・・一見短いようでも、この5分が今日の私のコンディションを左右するんだよお母さん。
「そう・・・5分ね」
おや・・・いつもなら5分も待たず、あの手この手で容赦なく起こそうとして来るお母さんが、手を止めた。
いや、油断させておいて、気を抜いた瞬間にお布団を引っぺがすつもりかも知れない。
ふふふ・・・残念だけど私は油断なんてしない・・・抱きしめたままでもお布団を堪能出来るからね。
ふわふわのお布団は私の大事なパートナー、誰も引き離す事は出来ないのだ。
しかしお布団くん、今日の君はいつにも増してふわふわじゃないか・・・それに何とも言えないフローラルな香り。
まるで別人・・・いや、別布団のようだよ・・・すっかり惚れ直してしまいそうだ。
「5分経ったわ、撫子、起きなさい」
結局お母さんは何もせずに5分待っていてくれたらしい。
私とお布団くんの固い絆の前に降参したのかな・・・ならもうちょっとこうしていよう。
「う~ん・・・あと5分・・・」
「・・・」
もう5分、私はお代わりを要求した。
何故か知らないけど、今日のお母さん相手ならいつまでも寝ていられそ・・・あれ。
今、私って・・・たしか異世界に・・・じゃあ、あの声は・・・私にそれ以上考える時間は与えられなかった。
「・・・『電撃』」
「あばばばばば・・・」
その瞬間、私の全身に電流が駆け巡った。
いや、比喩でも何でもなく・・・本物の電気を流され、私の手足がベッドの上で飛び跳ねるのが見えた。
電撃・・・その名の通り雷を発生させて敵を攻撃する魔法だ。
「ふぅ・・・目は覚めたかしら?」
「は・・・はい・・・お、おはようございます・・・」
電撃はすぐに収まり・・・全身に痺れを感じながら顔を上げると。
私のベッドの傍には、フレスルージュ王国第一王女であるローゼリア様が厳しい表情を浮かべて立っていた。
「おはようございます・・・まさか本当に電撃を使う事になるなんて・・・」
「お、おかげで・・・目覚め・・・バッチリです」
実はこの電撃、前もってローゼリア様に頼んでおいたのだ・・・私が目を覚まさなかったら魔法で叩き起こすようにと。
昨夜は遅くまで例の創作ノートを読んでいたので・・・こうでもしないと寝坊してしまうと思って。
その試みは見事功を奏した、おかげで今日は遅刻せずに登校できそうだ。
「手加減はしたつもりなのだけど・・・身体は大丈夫?」
「は、はい・・・貴重な、体験でした」
ローゼリア様に魔法を教わる事は出来なかったけれど、攻撃魔法を受けるというのも得難い体験だ。
手加減もバッチリ利いていて、身体にダメージらしき感覚はない・・・むしろ肩が軽くなった気がする。
目が覚めた所で学園に行く支度をしたら、寮の食堂で朝食を食べる・・・ローゼリア様も一緒だ。
朝の食堂は多くの生徒達がごった返していて、改めてここが学生寮だという事を感じさせてくる。
・・・昨日は寝坊して朝食どころじゃなかったからね。
トレーを持って列に並ぶと、食堂のおばさん達がトレーの上にパンにスープ、目玉焼きといった料理を乗せていってくれた。
「あそこの席が空いているわ」
「あ・・・まっ・・・」
窓際にちょうど2名分の空席を見つけたらしい。
ローゼリア様が足早に歩いて行く・・・鈍くさい私は1テンポ遅れてそれに気付いて、慌てて追いかけ・・・
ドン…
・・・誰か他の生徒にぶつかった。
「あ、わわ・・・ご、ごめんなさ・・・い」
ぶつかった衝撃でトレーからパンが転がり落ちそうになるのを・・・なんとかバランスを取って・・・セーフ。
スープは少し零れてしまったけど・・・と言ってもトレーの中だ、被害は少ない。
改めてぶつかった相手に謝ろうと目線を向けると・・・そこには誰もいなかった。
「・・・あ、あれ・・・」
「ナデシコ、何をしているの?」
「い、いえ・・・」
なんだか釈然としない気持ちのまま、ローゼリア様の向かいの席に着いた。
・・・今のは何だったんだろう。
そしてローゼリア様と一緒に朝食を食べる・・・けれど、どうにも落ち着かない。
「どうしたのナデシコ?」
「いえ・・・なんか、視線を感じる、と言うか・・・」
王女であるローゼリア様が注目を集めるのは当然なんだけど。
・・・どうもそれらとは違うような・・・どっちかと言うと私の方に・・・ひょっとして私も注目されている?
異世界人だから・・・昨日の質問攻めが否応なしに思い出された。
「私はもう慣れているけれど、ナデシコには辛いかしら?」
「いえ・・・大丈夫、です」
やっぱり私も慣れないと・・・いけないんだろうな。
注目されるのは苦手なんだけど。
遅刻しないように早めに朝食を食べ終えると、私達は学園へ・・・教室へと向かった。
例によって教室での私の席は一番前・・・対して席決めの時には居なかったローゼリア様の席は一番後ろになっていた。
「じゃ、じゃあ・・・」
「うん、またね」
席に着いたローゼリア様と別れ、教室の前の方に向かう。
まだ他の生徒とは打ち解けていないので少し・・・いや、だいぶ心細かった。
幸いな事にここは男女しっかり分けるようで、私のすぐ隣の席は女子生徒だった。
「お、おは・・・よう・・・ござ・・・い」
勇気を出して挨拶を試みる・・・隣の席だし、仲良くしないと・・・でも私の声はどんどん小さくなっていく。
挨拶もちゃんと聞こえたかどうか・・・やっぱり無理かもしれない。
「・・・?」
しかし私の声が届いたのか、その子はこちらを振り向いた。
私と同じくらいの低身長で・・・別に席順は背の順というわけではないけど、少し親近感が湧く。
肩の上で切り揃えられた髪は綺麗な水色をしていて・・・そこはまさに異世界人といった印象を受けた。
「・・・」
「・・・」
互いに無言で見つめ合う・・・何とも言えない、気まずい時間が流れる。
いや、声を掛けたのは私なんだから、私が喋らないと。
ええと、名前は・・・まずい、記憶にない・・・昨日は色々あり過ぎて、クラスの誰の名前も覚えていなかった。
「あ・・・その・・・な、名前を・・・教えて、もらえないかなー、なんて・・・わ、私は、なで・・・」
「・・・アクア」
「あ、あく・・・あ、ちゃん?」
プイ…
アクア・・・確かにそう名乗った少女は、それだけ言うと顔を背けてしまった。
こ、これはまさか・・・私・・・ウザがられた?!
その後も私は勇気を振り絞り、彼女に声を掛けようとしたけれど・・・
「あ、あくあ、ちゃん・・・」
「・・・」
プイ…
「きょ、教科書の・・・ここ、なんだけど・・・」
「・・・」
プイ…
一切口をきいてくれない?! やっぱりウザがられてる?!
そ、そんな・・・これじゃあ中学の時と同じ・・・クラスの誰とも打ち解ける事が出来ずに孤独に過ごした私の3年間。
班行動なのにいつの間にか1人になってたり、配られたプリントが私にだけ回って来なかったり・・・
「あ・・・あわわ・・・」
・・・私の異世界留学生活に、早くも暗雲が立ち込めていた。