第09話 「魔法を見たのはこれが初めてね?」
なぜだろう・・・私の部屋のはずなのに、全然そんな感じがしない。
「そんな所に立っていても疲れるでしょう? 座って、お茶にしましょう?」
「あ・・・はい・・・」
ローゼリア様に勧められるまま、私は恐る恐る椅子に腰かけた。
細い蔦が絡み合うかのように脚の部分が中空になったデザインの椅子は、座ったら壊れそうで不安になる。
もちろん椅子である以上は、人が座れるくらいの強度があるんだろうけれど。
座る部分のクッション性は良好で、繊細な見た目に反して座り心地はとても良かった。
さすが王女様の持ってきた家具・・・運んできたのは長久保さんだけど。
そのローゼリア様はと言うと、食器棚の前で・・・紅茶の用意をしている・・・のかな。
王宮の時もそうだけど・・・どうやって紅茶を淹れてるんだろう。
あの時の部屋も、この部屋も・・・水道らしきものは見当たらなかった。
ローゼリア様はこちらに背を向けているので、その手元で何をしてるのかは見えない。
しかし、振り向いた瞬間には手にポットを持っていて・・・ポットからはしっかり湯気が立ち上っていた。
・・・手品?
コトン…
テーブルの中央に、やっぱりお高そうなティーポットが置かれ。
続いて、これまた高級な雰囲気のする上品なティーカップが置かれる。
どちらも薄紅色の・・・王宮の時とは別のデザイン・・・しかし私はポットの湯気が気になって仕方ない。
「どうしたのナデシコ? そんなに食い入るように見つめて・・・このポットが何か?」
「え・・・いや、その・・・か、かわいい・・・ポットだなって」
「ありがとう、私のお気に入りなの」
気を良くしたのか、ローゼリア様は可憐な笑顔を浮かべるとポットを手に取り・・・その中身をカップに注いだ。
・・・うん、しっかり抽出された色、温度も適温。
すぅっと息を吸うと、紅茶の良い香りが鼻腔いっぱいに広がって来る。
「さぁ、いただきましょう」
「はい・・・いた、だきます・・・」
あ・・・美味しい。
渋みなくすっと入ってくる紅茶の味わい・・・前回はハーブが効いていたけれど、今回はシンプルに紅茶の味。
お砂糖も入っているのかな? 仄かに甘さがあって・・・とても飲みやすい。
「ふふっ・・・お代わりはいるかしら?」
「お・・・お願いします」
飲みやすいのでゴクゴクと飲んでしまった・・・しかもお代わりまで。
ローゼリア様はお代わりの紅茶を淹れる為に席を立ち・・・よくよく考えると一国の王女様に何をさせてるんだ私。
そうでなくとも普通は何かしら手伝うべきでは?
「あ、あの・・・わたっ・・・私も・・・」
慌てて私も席を立つと、食器棚の方へ向かったローゼリア様を追う。
そして彼女の隣まで来ると・・・その手元が見えた。
「て、手伝・・・ふぇっ?!」
蓋の開けられたポットの上から、お湯が注がれている・・・水ではなく、お湯だ・・・湯気がしっかり出ている。
ポットの中には既に新しい茶葉が入れられていて、注がれたお湯の中で踊り始めた・・・紅茶の淹れ方としては何も間違っていない。
半開きの引き出しの中には茶葉の容器が入っているのが見えた・・・特別な仕掛けだとか、そういう物はない。
なんてことはない、ごく普通の淹れ方で、ごく普通に紅茶が淹れられている。
そのお湯が・・・何もない空中から出ている点を除けば。
「あわ・・・あわわわ・・・」
「・・・ナデシコ? どうしたの?」
「だ、だだって、おゆが・・・がが・・・」
そう言いながら私が指差すと、まるで見えない蛇口をひねったかのようにお湯が途切れた。
もちろん透明な蛇口がそこにあるわけではない・・・断じてない、何もない。
「な、ななんで・・・」
「?・・・あっ」
ローゼリア様は不思議そうに首を傾げ・・・かと思うと、突然何かを思いついたような顔で指を一本立てて見せた。
「ナデシコ、これを見てもらえる?」
「・・・?」
ええと、その指を見てれば良いのかな?
白く細長い指先・・・ピアノとか弾くのに向いてるんだっけ。
なんとなくそんな事を考えていると・・・
「・・・『着火』」
「!!」
立てた指の爪の先に火が着いた。
爪に火を灯す、なんて言葉があるけれど・・・もちろんそんな比喩表現じゃない、そんなのは王女様とは無縁だし。
あくまでも文字通りに、火がメラメラと燃えている・・・念のため私も指先を近付けてみ・・・
「熱っ!」
「ごめんなさい! 大丈夫?!」
すぐに手を引っ込めたから火傷はしていないけど・・・本物の火の熱さだった。
そして、心配そうにこっちを見てくるローゼリア様の指先からは、もう火は消えていた。
「だだ・・・だいじょうぶ・・・です」
「・・・良かった・・・でも、これではっきりしたわ」
うん、私の方もさすがに理解したよ。
そうだよね・・・異世界、だもんね。
私ももっと早く気付くべきだったけど・・・現実味がないと言うか、実感が湧かないと言うか。
「ナデシコ・・・魔法を見たのはこれが初めてね?」
「・・・」
コクコク…
ローゼリア様のその言葉に、私はライブ客のように首を縦に振って答えたのだった。