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第01話 「そうか『大和撫子』だな!」


ああ、どうしてこんな事になったんだろう・・・



「それでは、新入生の皆さんには席の順に自己紹介をお願いします」


自己紹介___


それは入学式が終わって最初に訪れる試練。

同じ教室に集められた生徒達が「これから1年間、クラスの仲間として仲良くしましょう」という儀式であり。

名前も知らない初対面のクラスメイト達に自分の名前を憶えて貰うというプレゼンの場でもあり。


「あ・・・あぅ・・・う・・・」


教室に並べられた人数分の机・・・その一番前の列。

棒立ちの姿勢で、震える口から、言葉にもなっていない謎の音を一生懸命に発する、何とも言えないシュールな生き物がいた。

それが私だ・・・霊長類ヒト科、個体名を田中撫子という。


・・・私にとって自己紹介という場は、持ち時間一杯ひたすら好奇の視線に晒される、罰ゲームの場だった。


思えば小学校中学校と、この自己紹介の時間が一番苦手だった。

平凡普通を絵に描いたような田中さん一家に生まれた一人っ子の撫子ちゃんだ・・・それ以上の何を紹介しろと言うのか。

名前を名乗ってはい終わり、で何故いけないのか?

もしもそれで許されるのなら・・・私もこんな苦しみを味わう事もなかったに違いない。


何か言わないと・・・何か・・・何か。


真っ白な頭の中に、その言葉だけが無限にループしていく。

突っ立っているだけで都合よく面白い言葉が浮かんでくるわけもなく・・・それでも何か言わないといけない義務感が私の口に謎の音を発生させていた。


「・・・ナデシコさん? 大丈夫ですか? どこか具合でも?」


しばらくの間そうしていたので、さすがに担任の先生が心配して声を掛けてきた。

私の身体は生まれつき丈夫で風邪をひいた事もないくらいなんだけど・・・このままでは本当に具合が悪くなりそうだ。

いっそ仮病を使ってこの場を逃れようか・・・そんな事が脳裏を過った・・・その時。


「ナデシコ・・・そうか『大和撫子』だな!」

「え・・・」


その声を上げたのは眼鏡をかけた男子生徒だった。

同学年にしては大人びた雰囲気で、頭も良さそうに見える。


大和撫子・・・それは日本の古風な美人を指す言葉だ、私の撫子という名前もこれに由来している。

両親としてはそんな風に育ってほしかったのかな・・・残念ながら名前負けも良い所なんだけど。

もちろん名前ネタとしてからかわれる事は、これまでの学校でもよくあった事・・・でも『この学校』では事情が違った。


「ライゼン、知っているのか?」

「ああ、文献で読んだことがある・・・たしかニホン国の高貴な姫を指す言葉だ」


神経質そうに眼鏡を弄りながら、ライゼンと呼ばれた男子生徒が言葉を続ける。

後で知った事だけれど、彼の親は外交官で幼い頃から日本の文献に触れる機会があったのだとか。


「決して我を主張せず、常に物静かだと・・・本者を目にしたのは私も初めてだよ」

「我を主張せず、物静か・・・ハッ、確かに!」


彼の言葉を受けて、クラス中の視線が再び私に集まった。

さっきまでとは違う、敬意のようなものが込められた視線・・・それはそれで緊張するんだけど。

ここはやっぱり仮病を・・・助けを求めて先生の方を見ると・・・え・・・先・・・生?


「ごめんなさい! ニホンの文化も知らずに、自己を主張するような事を強要して・・・」


先生は平身低頭、身体をくの字に折り曲げて私に謝ってきた。

おそらくはその角度まできっちり計算された謝罪の姿勢・・・いや、そこまでされる事じゃないんだけど・・・


「そ、そんな・・・あた、頭をあげて・・・くだ・・・さい」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」


たどたどしい私の言葉を受けて、先生がピシっと姿勢を正す・・・もう教師と生徒のやり取りじゃないよ。

ニホン国の高貴な姫・・・先程の言葉が思い出される・・・どうやら私は、やんごとなき身分の姫だと思われてしまったらしい。


「それでは、代わりに私から紹介させて頂きます、ナデシコさんはニホン国からいらっしゃった留学生で・・・」


そう、私は留学生・・・ここは日本の学校ではない。

それどころか、地球上のどこでもない・・・ここは、異世界の学校だった。



・・・本当に、どうしてこんな事になったんだろう。

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