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八話 えっ、とうとう他殺を!?


 帰り道を一人行くテオドアは完全な不審者だった。不審すぎて逆に街の入り口で止められなかった。門番も関わり合いたくなかった模様である。ママ―あの人怪我してるのー? しっ、見ちゃいけません! 等と、街の住人にひそひそ陰口を叩かれながらも全て無視して薬屋まで到達した。尚本日店は休みである。テオドアが閉めさせたので。

 開いていない薬屋のドアを勝手に開ける。こうしないと、住居ゾーンには入れないのだ。そうして一度立ち止まった。こんなものを持って帰ってしまったが大丈夫だろうか。心配するところがズレていた。どう考えても、血で汚れている事を気にすべきところである。だが現に指輪はないのだ。あるのは、牙と鱗である。ドラゴンを討伐した証としては問題ないが、求婚するには問題しかなかった。

 テオドアは覚悟を閉めた。

 ええい、ままよ!

「帰ったぞ!」

 ただいまでもなく、偉そうに宣言しながら入ったのである。最早居候と言うより家主の様相だった。聞いたセテスが顔を顰めた。

「君帰宅の挨拶おかしくない?」

「えっ、テオドア!? えっ、怪我!?」

 不快気なセテスを半ば押し退けるようにして、ルカーシュが前に出た。テオドアにべったりとついたドラゴンの血を、本人のものだと勘違いしている。いや、誰だってする。していないのは、セテス位のものである。これは怪我だと思っていないわけではなく、殺しても死ななそうだと勝手に思い込んでいるのだ。

「オレの血じゃない」

「えっ、とうとう他殺を!?」

「まあ、そうだな」

「えっ、どうしよう師匠! 騎士様に通報したら僕も死にます!!」

「新しいタイプの脅しだねルカーシュ君」

 この場合他殺の責任を取って共に死ぬのか、それとも通報した腹いせに死ぬと言っているのか、判断が難しい所である。何方にせよ正気ではなかった。だから落ち着いているセテスが対応することにしたのだ。この二人だと話にならないので。

「ドラゴンを殺ったのかね」

「おう」

「ドラゴン!? 人でなく!?」

「えっ」

「えっ?」

 テオドア・エズモンド、愛しのルカーシュにすら人を殺すと思われている模様である。ただ実際にやりかけた事があるのも事実。それもつい最近の話である。その事をルカーシュは知らない筈だが、知らずとも人を殺しそうだと言うイメージを持たれている時点で大概だった。テオドア・エズモンドはそう言う男である。

「これ、ドラゴンの牙と鱗。持って帰っても良いって言われて。言っとくけど、オレは本当は指輪を持って帰るつもりだったんだ」

「あのね、ドラゴン退治しに行って、指輪はないだろう」

「でもジジイが作れるって言ったんだ。なのに、五分じゃ無理だとか言うから」

「普通に無理だろうね考えるまでもないよね」

「牙と鱗なんて絶対ルカーシュ要らねえと思ったし」

「え、いや、そんな事ないよ嬉しいよ」

「気遣いの塊かな。そんなだから彼が付け上がるんだよ」

「だって師匠、僕は、テオドアが帰って来てくれただけで嬉しいんです」

「いや、そりゃ帰るだろ。何処へ行けって言うんだよ」

「別に帰ってこなくても全然良かったんだけど」

「オッサンは口を出すな。これはオレとルカの話だ」

「でも此処私の家なんだよね」

 帰って早々睨み合う、居候と家主の隣で、ルカーシュは俯いた。それも酷く思い詰めた顔で。言い合いを続ける二人は気付いていない。この間ルカーシュは思い悩んでいた。いや、次に言うべき言葉を考えていたのだ。思った事をそのまま口にしていいものか。それとも、帰ってきたのだから何も言わないべきか。もし言ったら、テオドアは出て行ってしまうかもしれない。でも、聞かなかったら、きっとずっと気にしてしまう。思い込みが強い自覚はなかったが、思い悩む癖がある事は分かっていたのだ。

 ルカーシュは決意した。

 ドラゴンの、牙と鱗を持って帰ってくれるくらいには、自分の事を思ってくれている。そう信じて、切り出したのだ。

「あの、テオ」

「なんだ?」

「あの、その、えっと」

「残念ながらルカ」

「えっ?」

「この牙は、ちんこケースではないらしい」

「絶対そんな事思ってないし言おうともしてなかっただろ」

「そうだね、空洞じゃないもんね……」

「ルカーシュ君も無理に話を合わせなくていいから」

「あの、テオ」

「なんだ?」

「あの、その、えっと」

「このやり取りこれで終わりにしてくれるよね?」

「オッサン一々ウルセェんだけど?」

「私が口を挟まないと君たち永遠に続けそうだから助け舟出してるんじゃないか」

「永遠に続いて何が悪いんだよ」

「こっちの不都合も考えて欲しいものだよ」

「あの、テオ、えっと」

「ルカ、言い難い事なら無理に言わなくていい。オッサンに文句があるんだろ?」

「君じゃあるまいし。えっ、無いよねルカーシュ君?」

 本当に話が進まない。恐ろしい程に進まない。だが、勝手に追い詰められているルカーシュはその事にすら気付かず、今度こそ、と、大きく息を吸ったのだ。既に緊張でか、顔に血が上り始めていた。言いたくない。聞きたくない。でも、はっきりさせなければいけない。だから、沢山沢山息を吸った。吸ったからには、吐き出さなければいけない。

「テオ! え、永遠の愛を誓った相手がいるって、」

 今日一番の大声が出た。でもそれは最初だけで、後になるにつれ、まるで風船が萎むように小さくなったのだ。だから最後まで言えなかった。永遠に愛を誓った相手の名を、聞きそびれたのだ。力なくルカーシュは俯いた。その頭上に、声が降り注いだ。

「お前だけど」

「えっ?」

「えっ?」

 余りにもあっさりとした答えだったものだから、咄嗟にルカーシュは聞き返した。目を丸くしながら。驚いたのだ。だが、驚いたのはルカーシュだけではない。テオドアも驚いていたのだった。呆れていたのは、セテスである。ほら、言わんこっちゃない。そう言う顔だった。何故ならセテスは知っていたからである。テオドアの目には最初から今までずっと、ルカーシュしか映っていないのだ。早い話が、一番テオドアを信じていないのは、その当の本人であるルカーシュだったわけである。

「僕、あの、てっきりテオドアはもう帰ってこないと思ってて……」

「だから、オレが帰る場所は此処しかないんだって」

「もしかしたら今から何処かへ行くんじゃないかって思って」

「他に行くところなんかねえよ」

「あの、僕でいいの」

「お前以外を求めた事があったかよ?」

 何処か呆れながら言えば、ルカーシュが顔を上げた。これがルカーシュ相手でなければ、きっとテオドアは酷く嫌そうな顔をしていただろう。だがそうではなかった。口調は素っ気ない癖に、不似合いな程優しげな眼をしていたものだから、なんだか堪らなくなって、もう一度ルカーシュは俯いたのだ。

「本当は、指輪持ってくるつもりだったんだ」

 そう、ルカーシュがくれた植物の輪っかは朽ちてしまう。だから、本物を持ってくるつもりだった。だが間に合わなかった。それでも心は決まっている。本当なら両肩を掴むなり、抱き締めるなりしたいところである。しかし厳つい牙と鱗が邪魔をして出来なかった。テオドアは息を吸った。例え腕が塞がれていても、口は開くのだ。

「ルカーシュ」

「だから求婚はまた今度だね」

「は?」

「えっ?」

 今正に永遠の愛を告げようとしたその瞬間、ごく至近距離から邪魔が入ったのだった。思わず二人が見てみれば、眉間に皺を寄せた薬屋の店主がそこにいたのだ。

「邪魔すんじゃねえよオッサン!」

「いいや、するね。何故なら此処にいる間は、私がルカーシュ君の父代わりだからね」

「えっ、師匠、僕のお父さんなんですか?」

「そうだとも。師兼父だね」

 完全に、住居兼店舗の言い方。テオドアが顔を引き攣らせた。

「良いかね、テオドア君。私の息子に求婚するなら、先ず私の許可を取り給え」

「良し分かった。頷け」

「断る」

「オイ、どういう了見だ」

「指輪も花も持たず求婚なんて、男が廃るよテオドア君。そんなセンスもなければ不愛想な男に息子はやれません」

 はっきりとセテスが言い切れば、テオドアが歯ぎしりをした。どうにも分が悪い。確かに現実問題、指輪もなければ花もないのだ。あるのは、ドラゴンの牙と鱗である。因みにどうせ求婚しようとしまいと、同じ家に住んでいるのだから大して変わりはなかった。無い筈だった。いや、一番その点を懸念しているのがセテスだった。要は、同じ家の中にいながら、毎晩よろしくされたら敵わないなと思っているのだ。率直に言って嫌。この一言に尽きた。部屋を分けた意味がなくなるではないか、と。

 ルカーシュはどうしたものかと二人を交互に見ていた。でも内心、これで良かったのかもしれないとも思っていたのだ。ルカーシュは今の生活に満足していたのである。急な変化が苦手だった。テオドアに他に好い人がいないと分かったし、このまま傍にいてくれると知ったし、何より求婚してくれるらしいとも分かった。だったらそれで十分だった。これ以上を望むのはきっと贅沢だとすら思ったのだ。何故ならルカーシュは、未だに自分を役に立たない人間だと思っているのである。確かに薬を作る事は出来るが、それだけだと思っていたのだ。それだけで十分だとは知らなかった。

 結局、テオドアとルカーシュの関係は現状維持にとどまった。

 これに一番胸を撫で下ろしたのは、セテスだったかもしれない。この男も又、変化を嫌う質であったのだ。

「殿下、教えてやらなくていいんですか。男同士は結婚できないって」

「いいんだよ。だってもしそんな事言ったら、誰を始末すればいいんだ? って、彼は言うよ。私はね、あんな若造に自分の兄の首が狙われるなんて御免だよ」

 この家のどこかに潜んで、あらゆる場面を見ているらしい国の諜報員は、元王族の投げやりな言い方に笑ったのだった。



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