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五話 いるだけで害なんだよ


 こうして今日も、テオドアは冒険者ギルドへと出稼ぎに、ルカーシュはセテスの家で薬を作っていた。ただこの家、普通の住宅ではない。店舗兼自宅なのである。まだ来て数日だが、セテスはルカーシュを店頭に立たせることにした。今更だが気付いたのだ。このルカーシュ・ヴァベルカと言う青年、顔が良い。エルフ美女に間違われるくらい、整った相貌の持ち主であった。テオドアの心配は、し過ぎではないのだ。一人で街を歩こうものなら、人攫いの格好の餌食である。だが、店員としてはどうだろうか。正直言うと、セテスは接客が苦手であった。これでも元王族である。傅かれる方が慣れていたのだ。例え客相手と言えど、丁寧に接するのは苦手なのである。つまり、そこを弟子に任せてみてはどうだろうかと気付いたのだ。その上ルカーシュは、テオドアと違い、物腰も柔らかく、警戒心を削ぎやすかった。接客向きと言えた。

「ルカーシュ君、店頭に立ったことはあるかね」

「えっと、少し」

「では、任せたよ」

「えっ!?」

 肝心なところで、セテスは放任主義であった。いやこれは、ルカーシュに対する信頼でもあった。薬についての知識はそれなりにあり、また、値段も書いてある。だから、何とでも上手くやれると勝手に思ったのだ。しかも、ルカーシュに店を任せておけば、自分が薬を作る時間も確保できると言うわけである。セテスとて、ルカーシュにかかりきりではいられないのだ。別に金には困っていないが、販売許可証を持っている以上それなりの販売実績がなければ許可を取り消されてしまう。何よりこれで一応元王族である。民に報いたい気持ちもあった。薬と言うのは、割と生活に密接しているのだ。赤子から年寄りまで、具合の悪い人間は後を絶たない。勿論、医者に頼ればいい。だが、今すぐに、と、なった場合、やはり薬は必要なのだ。手元にあれば、安心なのである。

 こうして、ルカーシュは薬屋の店頭に立つことになったのである。

 出来るかな、大丈夫かな。そんな風に不安を抱えながら、一人カウンターの奥にいたのだ。店内はがらんとして、薬だけが静かに並んでいる。すると、日頃の行いが功を奏したのか、ルカーシュにとって初めての客が訪れた。

「い、いらっしゃいませ」

「エルフ美女!?」

「いえ、違いま、あの時の方!?」

 現れたのは、以前偶然道端で助けた女性だったのだ。ほぼ知らぬ相手とは言え、接した事のある人間が訪れた事にルカーシュは安堵を覚えたのだった。

「その節はどうもお世話になりました」

「いえ、お元気になられたのなら良かったです」

「そう言えばこのお店って、別の方がいませんでした?」

「えっと、僕今居候させて頂いてて、あの、師匠に用事なら呼んできますが……」

「いえ、そういうわけじゃないんです! あ、あの、それより、おすすめの美容のお薬ってありますか……?」

「えっ!?」

 美容の薬!? 思いもよらぬ言葉が飛び出し、ルカーシュは困惑した。だが、客の望みである。急いで探したのだ。美に関する薬など、興味もなく、また、ルカーシュには無関係であった。だが、客からすれば違う。男でありながら、一見、エルフ美女なのだ。何やら、効く薬があるのでは? そう思うのは自然な流れだったのだ。恐らく別の用事があった筈なのだが、此方を咄嗟に優先してしまうくらいには、ルカーシュの容貌は破壊力があった。しかも、セテスは確かに美容の薬を作っていた。寧ろ、得意分野と言っても過言ではなかった。但しあくまで貴族向けであり、此処では平民向けに効果を抑えたものを用意していたが、売れ行きはさっぱりだった。当然である。売っているのが、壮年の男性で、しかも売り込まなかったからである。だが、その当然が今、崩れようとしていたのだ。 

「あ、あの、此方がそうだと、思われ、ます」

 非常に歯切れ悪く、ルカーシュは勧めた。こんな事ならよく聞いておくのだったと後悔しながら。だが、客の女性はほぼ聞いていなかった。何故なら勧めた人間の外見がエルフ美女である。効果はあるに決まっていたのだ。

 勿論、ルカーシュは未使用である。

 だが、聞かれなかったので答えなかったし、薬にしては高価なそれがあっさりと売れてしまったのだった。

 確かにセテスは、ルカーシュの事を信頼していた。だが、まだ理解はしていなかったのだ。それが分かったのは、店を閉めた後である。

「あの、ルカーシュ君。売り上げ凄いんだけど」

 何処か棒読みで尋ねると、ルカーシュが困ったように眉尻を下げた。

「女性のお客さんが沢山いらっしゃって、それで、皆さん美容の薬を所望されて、それで、売り切れました……」

「売り切れ!?」

 セテスは大きく驚いてみせた。何せ、売り切れである。しかも、美容の薬が。今までほぼ売れなかったものが、たった一日で無くなったと言うのだ。驚かずにいれなかった。セテスは呆然とし、そうしてやっと、弟子の力に気付いたのだ。

 成程、この容姿で売れば、売れるのだな、と。

 確かに効果抜群である。

「ルカーシュ君、今日からこれを使いなさい」

「えっ」

 言いながらセテスは、薬が入っていると思しき瓶を差し出した。

「それで、何を使っているか聞かれたら、これを使っていると答えなさい」

「はあ」

 瓶の中身は、肌の張りが良くなり、ちょっとだけ若く見える薬だった。全くルカーシュには不要なものである。だが、実際に使っていない物を、自分も使っていますと勧める事が出来ない人間であることをセテスは分かっていたのだ。ルカーシュはそう言う若者である。簡単な嘘すら、下手なのだ。訝しみながらルカーシュは受け取り、仕方なく使う事にしたのだった。

 二人だったら、静かなのにな。

 そうセテスが呆れながら思ったのは、夕飯の時であった。最早原因は一つしかなかった。

「僕今日、お店に立ったんだ」

「へえ。ルカーシュは何でもできるな」

「そんな事はないけど、でも、一人で出来たんだよ」

「……一人?」

「うん、一人」

 にこやかに話すルカーシュとは対照的に、テオドアの表情は険しくなっていった。そうして、矛先はセテスへと向いたのだ。

「オイ、オッサン! テメェ何考えてんだよ!」

「テオドア!?」

「君よりは遥かに色々な事を考えているよ」

 騒音の原因に、悲しいかなセテスは慣れつつあった。

「こんな可愛いルカーシュ一人にして、何かあったら責任取れんのかよ!」

「いやあの、テオドア、僕別に可愛くはないから……」

 気にするところがズレているな、と、思いながら、でもルカーシュが可愛いのは事実だな、と、この数日で確実にルカーシュに落とされつつあるセテスは溜息を吐いたのだ。どうしようもなかった。でもまだテオドアほどではないので、セーフだとも思っていたのだ。自己判断程信用できないの見本である。

「何かって何かね」

「白昼堂々襲われたらどうすんだよ!」

「君意外にそんな危険人物いないと思うけどね」

「決めた。オレも明日から店に出る」

「要りません」

「えっ? あの三人と約束してるんじゃないの?」

「あの三人? 誰?」

「えっ」

 ルカーシュの問い掛けに、テオドアが心底意味が分からないと言った顔をしたので、安心してしまったのだった。勝手に、冒険者ギルドで会ったと聞いたあの日から、自分抜きで毎日会っていると思い込んでいたのだ。でも、そう言うわけではなさそうである。そもそも、テオドアの思考は全部ルカーシュにしか向いていないのだが、向けられている本人が気付いていなかった。

 結局テオドアはセテスの話など聞かないし、ルカーシュはテオドアに然程に意見をしないので、翌日から店番が二人になることが確定したのだった。

 そして目に見えて、売り上げは落ちたのである。

 ルカーシュだけなら入りやすい店内も、その隣に武器を持った危険人物がいたら話は変わる。しかも何も言わないのである。無言。ただ、無言。明らかに神経を尖らせていますと言った体で、立っているのだ。子供なら泣きだすレベル。はっきり言って、営業妨害だった。

「君さあ、いい加減にしてくれない?」

 落ちた売り上げと対峙して、セテスがぼやいた。

「何もしてないだろうが」

「いるだけで害なんだよ」

 仕方がないのでセテスは店を開ける頻度を下げた。はっきり言って傍にテオドアがいると邪魔なのだ。薬を二人で作っている分には寄ってこないので、苦肉の策であった。

 売り上げは要らないが、販売実績は欲しい。でも、売れるなら売りたい。どうせなら、自分の得意分野の薬を売りたい。だから結局、ルカーシュに接客を頼む。すると、用心棒の顔をした危険人物がセットについてくる。それも毎回、必ず。だからもしかすると、自分が案ずるより客の方が慣れるかもしれない。ふと、そのような現実逃避とも言える案を思いついた。諦めとも言う。 

 今日もルカーシュは、テオドアと店頭に立っていた。

 セテスの店の客層は、もう九割が女性になっていた。だから、訪れた男性客の珍しさに、ルカーシュは一瞬驚いたのだ。因みに、店に入った瞬間から、テオドアの表情は険しかった。ロックオンしたと言わんばかりである。それ以上近寄ったら殺す。暗にそう告げるように睨みつけたが、残念ながら客には通じなかった。

「おや、初めて見る顔だな。セテス殿は不在かね?」

「いえ居りますが。呼んできましょうか?」

「いやいや結構。どうせなら、君と話したい」

 はあ、と、困惑した声をルカーシュが発し、とうとうテオドアは剣を握った。男は小太りの中年で、見るからに金を持っていそうな風貌であった。太い指には大きな光る石をはめ込んだ指輪を幾つもし、それを見せ付けるかのようにカウンタへーと乗せたのだ。もしそこにルカーシュの手があったなら、握っていたかもしれない。テオドアには目もくれずに、男は居丈高に話し出す。

「君は薬に詳しいのかね」

「ええと、少しは……」

「では、媚薬を出してくれたまえ」

「えっ?」

「媚薬だよ。無いのかね?」

「えっと、恐らく……」

「品揃えが悪いな。では、君との情事に必要な薬を出してくれたまえ」

「じょ、え?」

「分からないのか? それとも分からない振りか? 言わせたいのか? 君の嫌らしい尻穴に儂の、」

 言葉が不自然に途切れた。そうして、噴水のように赤い液体が吹き出し、どさりと、硬い物が床に当たる音がした。それも、二体。一つは、客として現れた男の胴体。もう一つは、ルカーシュが倒れた音だった。

「ルカーシュ!」

 焦りを滲ませ、テオドアが叫んだ。

「あれ? おかしいな? 私そっちの僕ちゃんには何もしてないんだけど」

 突如聞こえた第三者の声に、テオドアが吠えた。

「馬鹿野郎! ルカは繊細なんだ!」

「でも君も殺そうとしてたでしょ」

「当たり前だろ!」

「滅茶苦茶だよ」

 姿を現したのは、鼠こと国の諜報員であった。確かにテオドアは客の男を始末しようとしていた。だがどうにも、この男がそれよりも先に手を下したらしかった。そうして、突然人の死を目の当たりにしたルカーシュが倒れたのだ。因みに赤い液体は流れ続けている。此処で漸く、店の上で薬を作っていた家主が異変に気付き、降りてきた。

「騒がしいな、一体何、わー!」

 流石の元王族も慌てる事態。何せ、自分の店で殺人事件が起きたのだ。

「待て、どう言う事、いや、店、店を閉めろ!」

「安心して下さい。閉めてから事に及びました」

「そうか、よかった。いや、全然良くない。どういうことだ説明しろ」

「落ち着けよオッサン」

「この状況で落ち着いていられるの精神異常者だけだよ!」

「だってさ、君」

「お前もだよ!!」

 思い切りセテスは声を張り上げた。叫ばないとやっていられない心境だった。因みにルカーシュの意識は戻っていない。

「この野郎が、ルカーシュを侮辱した」

「それで、この僕ちゃんが殺ろうとしたから、流石に殿下の傍に殺人犯を置いておくのは不味いと思って、代わりに私が始末しました」

「精神異常者しかいない……」

「だから、死んだじゃないですか。それに殿下、こいつお嫌いだったでしょ」

「好き嫌いで殺してたら人類死滅してるよ……」

「あ、死体どうしましょうね」

「山の上にでも捨てて、魔物に食って貰えばいいだろ」

「君、意外と頭いいね」

「精神異常者しかいない……」

 セテスが頭を抱えだした。最早今更である。既に死体は其処にあり、殺人犯もいるのだ。しかも顔見知り。

「そういやこの野郎、知り合いか?」

「領主だよ」

「ふーん」   

 確実に、ふーんの一言で終わらせていい事態ではなかった。でも済んでしまった。こうして突然領主が失踪する謎の事件は起きたのだ。尤も大変なのは此処からだった。何故なら領主である。徒歩で薬屋に来るわけもなく、店の外には馬車があり、御者と召使が乗っていた。一緒に店に入ってこなかった事だけが僥倖ですらあった。領主殺害現場にいたとなれば、共に始末された可能性がある。確かに領主は店の中に入った。それはもう、間違いがない。なのに領主は消えた。そう、店の中で突然消えたのだ。無理があった。無理しかなかった。でも、この店は、元王族の店である。その言い分が罷り通ってしまったのだ。また、その言い分が通るくらいには、領主に人望がなかった。要は、消えてもいい人間だったのだ。

「死んだ人間には価値がないよねえ」

 果たしてそう呟いたのは誰であったか。答えは闇の中である。

「あれ、僕……」

 ルカーシュが目覚めたのは、幾分か経ってからだった。与えられた自室の、ベッドの上だった。勿論運んだのは、テオドアである。しかもルカーシュが目覚める前に、領主の痕跡は全て消した。死体は鼠が始末し、血痕の後始末はテオドアが請け負ったのだ。

「オッサン、血消す薬あんだろ」

「あるよ!!」

 こうして、掃除用の薬を貰ったわけである。掃除用と言うか、明らかに犯罪の痕跡を消すための薬だった。最早何でもありである。

 目覚めたルカーシュは混乱していた。彼の最後の記憶は、薬屋の店頭で、赤く彩られていたのだ。

「テオ、あの、お客さんが、し、死んじゃったんだ」

 傍にいたテオドアの服を握りしめて言った。声はか細く、震えていた。テオドアが眉間に皺を寄せ、ルカーシュの手に、自分の手を重ねた。

「ルカ、生きてるよ」

「でも、沢山血が出て、首が、首が」

 あっさりとテオドアは嘘を吐いたが、ルカーシュの記憶は存外確かだった。あの時確かに、領主の首と胴は奇麗に離れたのだ。だがそれを、肯定するわけにはいかなかった。

「全部、夢だよ」

「夢? どうして? 確かに見たんだよ?」

「でも、ないんだ。ないんだよ、ルカ」

 全く吐き気がするほど優し気な声を出すテオドアを見て、セテスが顔を顰めた。そう、二人の空間ではなかったのである。ちゃんと家主はいたのだ。勿論、弟子を心配しての事である。

「ルカーシュ君、君は倒れたんだ」

「はい、僕、驚いて」

「そうじゃない。疲れているんだよ」

「えっ?」

「君のそれは、疲労が見せた悪い夢だ」

 無理があるな。言いながらセテスは思った。だがこの流れを貫くしかなかった。案の定ルカーシュは目を丸くしている。そんな馬鹿なと言わんばかり。それはそうだろうな、と、次の言い訳を考え始めていると、ルカーシュが唇を噛んだのが見えた。そうして眉根を寄せ、俯いたのだ。

「ごめんな、さい、師匠」

「えっ!?」

 突然謝罪され、セテスは焦った。しかも声が震えている。これはマズイ。何が不味いか、隣に殺人犯予備軍がいるのだ。

「僕、役立たずで、店番一つ、ちゃんと、出来なくて、」

 とうとう滴が落ちた。涙交じりの謝罪は、見ているセテスの良心を大きく削った。この件に関して言えば、ルカーシュの落ち度は全くない。悪いのは領主と、殺人犯予備軍と殺人犯である。はっきり言って、ルカーシュは単なる被害者であった。なのに一番心を痛めているのだ。

「大丈夫、君はちゃんとやれているよ」

「でも師匠」

「慣れない環境に突然放り込まれたんだ。誰だって疲れるさ」

 隣の殺人犯予備軍以外。相変わらず下手を打ったら殺すと言わんばかりの眼差しでセテスを睨めつけるのだ。本当にセテスを只のオッサンだと思っているに違いないのである。

「そうだ、明日は休みにしよう」

「お休み、ですか」

「うん。テオドア君と散策にでも行くといい」

「デートか。いいな」

「散策だって言ってんだろ」

「デートの事だろ」

「違います。散策です」

「オッサン、偶にはいい事言うな」

「ルカーシュ君に如何わしい事をしてみろ。家に入れないからな」

 オティウス・トゥルゲーネヴァ・アモール・ワムシカム・セテス・ケア・フェルマン、とうとう父親のような事を口走り始めるの巻。その間ずっとルカーシュは、呆けていた。二人のやり取りがよく理解出来なかった模様である。疲れているので。



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