四話 寝取られたってワケ?
「さて、ルカーシュ君。早速だが、薬の作り方を覚えてもらおう」
翌日セテスは昨日までの出来事の半分くらいを無かった事にして、新たな取り組みを始めたのだった。弟子の育成である。何もなかった事になっていなかった。あくまで、気持ちの上での話である。背中で手を組み、横柄とも言える態度でルカーシュを見る。如何にも教師然として見えた。そのセテスを見て、ルカーシュはピッと背筋を伸ばし椅子に座っているのである。大変良い生徒に見える。セテスは思った。テオドアさえいなければ、真面目でいい子なんだろうな、と。そのテオドアは今不在である。よってセテスは大いに、気兼ねなく、薬師として教えを授けることが出来るのだ。茶々を入れる人間がいないので。因みにルカーシュも薬を作る事は出来る。一応薬師を名乗っている身である。だが、セテスはルカーシュが作る薬を薬とは認めない事にしていた。所謂万能な薬などこの世にはない。これである。あったら大変な事になる。つまり、ここで存在を抹消せねばならなかったのだ。責任重大である。一先ずセテスは、割と需要がある、腹痛に効く薬の作成から教えることにしたのだった。
「ルカーシュ君、腹痛を治す薬の作り方は分かるかね?」
「はい、僕の薬です」
「それはこれからなしだ」
「えっ、どうしてですか? 腹痛も頭痛も治るんですよ?」
「君が作る薬はね、世に出すとね、戦争が起こるような代物なんだよ」
「起きてませんが」
「君が無名の田舎者だからです」
「よかったですね」
「本当に君が世間知らずの無名の田舎者で助かったよ」
一々貶しているが、事実なので別段ルカーシュは腹も立てていなかった。寧ろ、そういうものなんだあ、等と呑気に思っているわけである。セテスは頭痛を堪えた。腹痛ではなく、頭痛薬から取り掛かるべきかもしれないと思いながら。生徒として、態度は百点満点なのに既に前途多難であった。因みに基礎だからと言う理由で、身近な薬から教えているが、セテスが得意とするところは美容の薬である。一番ルカーシュに不必要なものであった。だが、ルカーシュには不必要でも、それを必要とする人間は多いのだ。特に富裕層に需要があった。そもそも、セテスの薬を最初に望んだのは、この国の王である。つまり、年の離れたセテスの兄であった。
「ちょっとお兄ちゃん最近皺が増えてきてさ、若く見える薬ないかな?」
「分かったよお兄ちゃん! 作ってみるね!!」
実際にはこの会話を百倍くらい堅苦しくしたやり取りが行われたわけだが、事実ここから美容の薬が産まれたわけである。つまり、若干若返りの効果のある薬が出来上がったのだ。無論寿命が伸びるわけではない。ただ、顔が若く見えるだけである。しかし、効果は絶大だった。お陰でこの国の王は、年齢不詳である。その薬を多少なりとも薄めたものを、貴族にも流しているのだ。これで、王位継承権の放棄と安穏とした生活が保障されたわけである。尤も、これだけではない。
「ちょっとお兄ちゃん最近生え際が後退してきてね、何とかならないかな?」
「分かったよお兄ちゃん! 作ってみるね!!」
こうしてセテスは、毛生え薬の作成に成功したわけである。これまた、需要があった。誰しも、ないよりはある方がいいので。つまり、セテスの立ち位置は、盤石なのだ。誰にも邪魔される事なく平和に薬さえ作っていれば、生きていくことが出来るわけである。ただ、薬師である以上、その薬で人々を助けたい思いも確かにあるのだ。だからこそ、こうして店を構えたのだった。勿論、売っているのは、普通に需要がある薬である。美容関連の薬も置いてはあるが、売れ行きは芳しくなかった。効果の程が伝わらないのだ。
薬を作る手順と言うのは、割と単純でありながら、一般には秘匿されていた。そこら中に薬師が溢れては、商売あがったりだからである。所謂、一子相伝に近いものがある。だが、皆が皆、子がいるわけではない。だから弟子をとり伝えると言うのもそう珍しい話ではなかった。
「君さあ」
「はい」
器具と材料を準備し、手順を伝えれば、ルカーシュは手際よく作ってみせた。それを見て、セテスが呆れたような声を発した。
「普通に作ればよくない?」
「普通に作ってますが」
「いや、茶葉入れる必要とかあるかなって話でね」
「でも、それはあの本に書いてあったので……」
「茶葉を入れろとは書いてなかったでしょ」
「でも僕、闇の魔力持ってないんで……」
「普通そこで諦めるんだよね……」
確かにルカーシュは、闇の魔力は持っていなかった。それはそうである。人間にはない力なのだ。しかしルカーシュは、驚く程色々な魔力の持ち主だった。普通、持っていても、一つ、或いは二つである。それを、火だの水だの木だのと次々投入できるものだから、セテスは呆気に取られていた。恐らく、作る事の出来ない薬などないだろう。そう、思わせる程に、多才だった。
「どうして君、無名の田舎者なんだい?」
「そう言われましても……」
何方も顔を顰めて困惑していた。セテスが初めてとった弟子は、無名の田舎者だが、驚く程薬師としての資質を持った若者であったのだ。ルカーシュが作る万能とも言える薬、それはもしかすると、茶葉を入れることが重要なのではなく、色々な魔力を注ぐことが重要なのではないか。そのようにセテスが想像するほどには。
答えは現時点では出ていない。
一方その頃、追い出されたわけではなく自主的に出かけたテオドアは、冒険者ギルドにいた。薬も作れず、何より魔力もないこの男だが、剣の腕には自信があったのだ。よって、獲物を探しに来たわけである。勿論、人間を狩りに来たわけではない。魔物の情報を得に来たのだ。テオドアは余所者だった。別にこの街のギルドに足を踏み入れたのが初めてだと言うわけではない。それでも、知り合いらしい知り合いはいない。
「もしかして、テオドア?」
いない筈だった。剣を担いだ、人相の悪い男へと話しかける女がいた。思い切り顔を顰めて、テオドアは振り返った。それだけで、気の弱い人間なら怯んでしまいそうな様相である。だがここは冒険者ギルドだ。基本的には荒くれ者しかいない。性別に関係なく。
「なんだ、テメェ等か」
顔は険しいままだが、声に険はなかった。知り合いだったのだ。それはそうである。別れたばかりの、元パーティーメンバーだった。因みに、追い出されたのはテオドアの方である。
「何? 一人? とうとう捨てられたってワケ?」
どうにもテオドアが一人でいると見て、弓使いのディアナが面白がって聞いた。半分願望でもあった。この男は、捨てられて然るべきだと思っているのだ。同じく、元パーティーメンバーであったルカーシュ・ヴァベルカに。不愉快な事を言われたとばかり、テオドアは声を張り上げた。
「ハァ? ふざけた事言うなよ。ルカーシュから離れてオレが生きていけると思ってんのかよ!」
「自覚あるんだ」
テオドアから離れては生きていけないとルカーシュは思っているが、こちらもその模様である。ある意味相思相愛だった。女たちは呆れた。寧ろ別れたのは一昨日の話である。何が変わるわけでもなかったのだ。
「でも一人じゃん」
今度は戦士のアンネレが口を開いた。テオドアと同じくらい血の気が多い人間である。しかもテオドアと同じくらい力がある。腕力の話だ。
「ルカーシュは薬作ってんだよ」
「薬師だもんね」
「宿で一人置いてきたわけ? 何? アンタ出稼ぎ?」
「嫁の食い扶持稼ぐのは旦那の仕事だろうが」
「マジで気持ち悪い死んで欲しい」
「ルカーシュの薬の方が儲け出そう」
「っていうか、一人にしておくの珍しくない? どうしたの? 元々のテオドア死んじゃった?」
「何コイツテオドアの皮被った別モンなの? もっかい死んだ方がよくない?」
「死んでねえし、ルカーシュを一人にしておくわけねえだろ! 薬師のオッサンと一緒なんだよ!」
「寝取られたってワケ?」
「マジで殺すぞテメェ」
例え相手が誰であろうと、元パーティーメンバーだろうと女性だろうと、ルカーシュへの愚弄は許さない男だった。そう言うところだけは好感が持てると言えなくもなかった。無理がある。
「だってさあ、薬師の知り合いなんていた?」
「昨日出来たんだよ。何か、ルカを弟子にしてやるって」
「マジ? 危なくない?」
「もしルカに何かしたら殺すって言ってあるから大丈夫だろ」
「じゃあ、大丈夫かあ」
基本、野蛮人の集まりであった。テオドアの事はどうだっていいが、ルカーシュの事はこれで彼女たちも心配なのだ。諄いようだが、ルカーシュに対する悪感情は一切なかったのである。彼の薬に助けられたことは何度もある上に、別段足手纏いだ等と思った事もなかった。それくらい、三人とも腕が立ったのだ。ただ、可哀想だと憐れんではいたが。薬師に冒険は不向きなのだ。
「アンタの事、イカれたクソ野郎だと思ってるけど、一緒に狩りに行く?」
ふと、魔法使いのフリーダが尋ねれば、テオドアは訝し気に片眉を上げてみせた。
「剣の腕だけは確かだからね」
「言っとくが、足手纏いになったり邪魔したら問答無用でぶち殺すからな」
「こういうところなのよ」
テオドアの駄目な所が凝縮された一言であった。
剣の腕は確かだが、剣の腕しか確かな部分はなかった。寧ろ後は全部駄目だと言っても過言ではなかった。テオドアのいいところは、全部ルカーシュにしか向かないのだ。
この日テオドアは、魔物の一部と分からない植物を手に、セテスの家へと戻ったのだった。基本テオドアは、魔物と言えば、食べる頭しかなかった。魔物の部位が薬になるとは考えた事もなかったのだ。何故なら、ルカーシュが作る薬に魔物が入っていた記憶がないのである。そもそも、ルカーシュに魔物を退治する術はない。テオドアに頼めば一も二もなく請け負っただろうが、頼まれた覚えはないのだ。だから、初めて、魔物が薬になる事を知ったのだった。
「君に言いたい事がある」
「何だよ」
戻ってきたテオドアに向かい、開口一番セテスは言った。帰宅の挨拶でもない言葉が飛び出したのだ。
「魔物を持って帰るなとは言わない」
「じゃあ良いだろ」
「せめて、使えるようにしてくれないか」
「使えよ」
「うん、あの、言い方が悪かったね。死骸丸ごと持ってこられても困るんだよ」
テオドアは顔を顰めた。相手の言い分が理解出来ないとばかりに。そう、確かにテオドアは魔物を持ち帰った。そして、魔物が薬の原料になる事も事実なのだ。だが、丸ごと持って帰られても困るわけである。つまり、角、だとか、目、だとか、そう言う特定の部位、それも現物そのままではなく、大体が乾燥して砕いたものを必要とするわけである。このまま家においておき、腐るのを待つのも嫌である。はあ、と、重苦しい息を吐き、セテスは言った。
「鼠に頼むとするか」
言葉の意味が分からず、テオドアは首を傾げた。尚この間ずっとルカーシュは怯えて離れて立っていた。死んだ魔物が恐ろしかったのだ。ルカーシュは気が小さかった。
「それとこれ」
言いながらテオドアはセテスに手渡した。受け取ったセテスが顔を顰めた。
「あのね、テオドア君。植物なら何でもいい訳じゃないんだよ」
「ふうん」
テオドアが渡したのは、そこらへんで採ってきたと思しき草であった。植物が薬の原料となる事は知っていたのだ。ただ、詳しい事はまるで知らない為、こういう事になったわけである。悪意など微塵もない、只の無知からくる行動であった。
久々に、テーブルを囲んでいるな、と、セテスは思った。
その夜の事である。夕食を三人で取ったのだ。料理は、ルカーシュと二人で作った。食材には困らなかった。肉や野菜が、ふんだんに家にあったのだ。腐っても王族である。生活には全く困っていないのだ。それでも、セテスは一人だった。少なくとも、誰かと食事をするのは久しぶりである。若い二人を見れば、もし子がいればこのような感じなのだろうかと、そのような思いが浮かんだ。セテスは独り身である。今も昔も特定の相手を求めた事はなかった。血筋が血筋なので、面倒なのだ。どう生きるか幼いころから模索しなければいけない人生は、辛い。その事を誰よりも知っていた。全ての兄弟、姉妹が、無事生き延びているわけではない事も一因である。下から見れば良いかもしれないが、上の者とてそう楽な生き方はしていないのだ。
「そういや今日、アイツらに会ったな」
ふと、テオドアがそう零したので、セテスは黙って話を聞いていた。話しかけた相手が自分ではないと分かっていたのだ。
「えっと、アイツらって」
「あの三人だよ。女ども」
女。まさかの、女。セテスは少し驚いて、テオドアを見た。平然としている。寧ろ表情を変えたのは、ルカーシュの方だった。何とも、不安げな表情を浮かべているのだ。
「えっと、元気だった?」
「そりゃまあ。別れたの一昨日だしな」
「そっか、そうだよね……」
そこで話は終わった。全く何のことか分からなかったが、セテスは口を挟まなかった。何故か。テオドアがいるからである。この男がいると、真面な会話にならない事を既に理解していたのだ。ルカーシュだけなら何とかなる。でも、テオドアは駄目。これである。因みに、二人を知る人間にとって、共通認識であった。
だからセテスは、翌日、テオドアが出かけた後に聞いたのだ。
「昨夜の話だけど、聞いてもいいかな」
「えっと、はい」
薬を作る準備をしていたルカーシュは、俯いて返事をした。昨夜って何の事ですか、と、惚けたりしなかった。もしかすると、聞いて欲しい気持ちがあったのかもしれない。
「実は僕とテオドア、ちょっと前まで、五人パーティーだったんです」
「解散したと言う事かな?」
「いえ、僕が、足手纏いで、駄目だって言われて、それで」
悲壮感たっぷりにルカーシュが言えば、相貌も相まって、悲しみが空気に溶けていくようだった。部屋中に心痛が満ちているような気すらした。完全にセテスは呑まれた。早い。因みにルカーシュは、その部分しか聞いていないので、真実を知らないのだ。ルカーシュは、駄目よ。この部分しか耳にしなかったのである。これだけでショックを受けて、部屋に引っ込んでしまったので。
「それで、君だけ追い出されたのかい?」
「いえ、そう思ったんです。でも、次の日になったら彼女たちはいなくて、テオドアだけがいて、僕の所為で、バラバラになってしまったんだなって分かって……」
ある意味正解で、しかし不正解だった。彼女たちが見切りをつけたのは、ルカーシュではなく話が通じないテオドアの方である。だが話を聞いたセテスは、あの男にもいい所ってあるんだな、と、勝手にテオドアを見直していたのだ。追い出されたルカーシュを庇い、一緒にパーティーを抜けたと思ったわけである。残念ながら不正解。もし彼女たちが聞いていたら、全力でテオドアに危害を加えただろう。結局感情が向く先は其方である。好感度の差。
「だから僕、テオドアに恩があるんです。きっと僕がいなかったら、四人で魔王を倒しにいけたのに……」
「いやそれはない」
「えっ」
「えっ」
急に魔王、等と言う非現実染みた名称が飛び出したものだから、セテスは即座に否定した。いや、魔王はいるのだ。人の世に危害も加える悪の存在である。だが、個人がどうにか出来るレベルの話ではない。それこそ、軍隊のお出ましである。たかだが一介の冒険者四人組で挑むような愚を犯す必要はない。流石のテオドアもしない。分かっていないのは、ルカーシュだけだ。一緒に魔王を倒すために村を出ようの言葉を未だに信じていた。嘘である。堂々とした嘘である。
一先ず、この若い二人が何をしようとして、どうして此処に辿り着いたのかは分かった。今はこれで良しとして、セテスは新しい薬の作り方を、ルカーシュに伝授したのだった。ルカーシュは真面目な生徒だった。しかも覚えが良い。案外これなら早く独り立ちするかもしれない。でもそれはそれで寂しいな、と、早くも二日目にして思ったのだった。ルカーシュの顔が良すぎた。離れがたいくらいには良すぎたのである。
「あの子、本当に奇麗な顔してますよねえ」
自分の心が読まれたかと思った。正にそのようなタイミングで話しかけられたものだから、セテスは驚いたのだ。既に、ルカーシュは傍にいなかった。夕飯の準備に取り掛かっている。手伝いに行こうとした矢先、背後から話しかけられたのだ。全く気配など無かった。振り返り様、セテスは眉間に皺を寄せた。
「鼠か」
「御機嫌よう殿下。ちゅー」
わざとらしく、鼠の鳴きまねをする。男だった。細身で、背の高いにこやかな風貌でありながら、目が笑っていない男だった。
「殿下は止めろ。もう王族ではない。何の用だ」
「いえね、あの奇麗な顔の子じゃない方の僕ちゃんですけどね、ありゃあヤバイですよ」
「知ってるが」
「いえ、性格の話ではなく」
この男は、国の諜報員であった。セテスは鼠と呼んでいるが、無論それが名前ではない。セテスは王位継承権を放棄したとはいえ、王族である。その血筋は確かで、だが、それだけが重要ではなかった。セテスは薬師である。しかも、王が使っている、若返りと毛生え薬の考案者である。そう易々と死んでもらっては困るのだ。しかも、弟子がいなかった。だから、薬の作り方を知っているのは、セテスだけなのだ。恐らくルカーシュに伝授するとしても、その二つは最後になるだろう。その二つこそが、セテスの命だからである。
だからこそこうして、身の回りをうろつく人間がいるのだ。勿論、警護の名目で。
「いやあ、昨夜、寝首かいたんですよ」
「何をしているんだか」
「そしたらね、逆に殺されそうになりましてね」
「何だって?」
セテスは瞠目した。この鼠、飄々としているが、腕は確かである。諜報員とは言うものの、暗殺者と言っても過言ではなかった。言うまでもなく、その手のプロである。その男が、言うのだ。
「すっごいですよ。ちょっと殺意出して近寄ったら直ぐ目覚めて、真っ二つ! いや、切れてませんけども。そんで、何て言ったと思います? マジでデケェ鼠いるじゃねえか。これですよ? いやあ、怖い怖い」
セテスの表情が曇った。目は、明後日を見る色を称えている。全てからの逃避である。そもそも、最初から異常だったのだ。明らかに常人の空気ではなかった。単に性格がおかしいだけの男かと思っていたが、十二分に戦闘力もあるらしい。危険人物では? 今更だった。もう内に入れてしまったのだ。新弟子のついでだが。
「まあどう見たってね、ただの田舎者でどこぞの刺客でもなさそうですしね、あなたに悪感情もないし、別に放っておいてもいいとは思いますが」
「私に悪感情がないってところ嘘だろう」
「ないでしょ。そもそも、感情が向いてないですもん」
「あっ、成程」
一瞬納得したが、それはそれで問題だな、と、思ったのだった。別に興味を持たれても困るが。正しくテオドアの感情の全ては、ルカーシュにしか向いていないのである。やはり危険人物だった。寧ろある種の異常者だった。これまた今更である。
「ああ、丁度良かった。出て来たついでに、彼が持って帰ってきた死骸、処理しておいてくれ」
「えー。私、そう言うの専門外なんですけど」
「捨てるだけだろ」
「こう見えて完璧主義者なんで、ちゃんと捌きますけど」
「暇なんだな?」
「殿下の周りって、平和なんで」
「一番じゃないか」
「あの二人が問題を巻き起こしてくれるの楽しみにしてるんですよね」
「ふざけた事言ってないでとっとと消えろ」
「へぇい」
そうして、気のない返事を残し、男は消えたのだった。文字通り、一瞬で姿を消したのである。だが、セテスは慣れているとばかり、眉一つ動かさなかったのだ。
これにて、魔物の件は一件落着。したかに思われた。
「オッサン、魔物が消えた!」
翌日、その死骸を持ち込んだ張本人が大騒ぎするまでは。魔物が消えたの一言に、ルカーシュは目を丸くし、セテスは半眼になった。対照的だった。
「鼠が持って行ったのだろう」
「えっ!?」
この一言に大いに驚いたのは、ルカーシュの方である。何せ気が小さい男なのだ。魔物の死骸も恐ろしければ、その死骸を持ち去った鼠も恐ろしかった。最早鼠が出来る範囲を超えているので、本当にいるとするならば、それはもう魔物の一種である。そんなものが出入りする家。端的に言って住みたくない。しかしルカーシュは居候の身である。いざとなれば、幼馴染を頼ることにして、我慢する事に決めたのだった。因みにその幼馴染は、この家に矢鱈と大きな鼠が出る事は知っていたので、驚いていなかった。寝首をかかれそうになったくらいである。自分が標的である内は気にしていなかった。これでルカーシュに何かあったならば、既に室内に血の雨が降っていただろうが。セテスの事は、頭の片隅にも無かった。そう言う男である。
「何だよ、オレが捌いてやろうと思ってたのに」
不機嫌そうなテオドアの呟きに目を丸くしたのはセテスだった。
「何? 君そんな事が出来るのかい?」
「あの、テオドアのお家はお肉屋さんなんです」
答えたのは、ルカーシュだった。幼馴染である。互いの家の事はよく知っていたのだ。
「だったら、先に言い給えよ」
「聞かなかっただろ」
「居候なんだから、自主的に吐くんだよ」
「ふーん」
聞く気のない返事であった。これが弟子でなくてよかった。心底からセテスは思ったのだ。手を出さなかった自分を褒めたくなった。尤も相手に危害を加えなかったのは、テオドアが危険人物だからである。国の諜報員を真っ二つにしようとした男だ。敵うわけがない。セテスは箱入り元王族なのだ。因みにテオドアの両親が猟師である事は以前聞いたが覚えていなかった。そんなものである。