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三話 なんでもなおるまほうのくすり! です


 気を取り直して、男性は自宅まで案内することにした。薬を作って販売しているだけあって、自宅は商業エリアにあった。そう、割と近かったのだ。商会が立ち並ぶ区画もあれば、薬や武器、防具、はたまた、食材や日常雑貨などの小売り店が並ぶ区画もある。人通りは多く、賑やかだった。その中で、男性の家は、一階が店、二階が住宅になっている仕様だった。

「お一人なんですか?」

 建物を見たルカーシュが思わず尋ねたのも無理はない。大きかったのだ。明らかに一人暮らしのサイズではなかったのである。

「そうだとも。寂しい一人暮らしさ」

 肩を竦めながら、店の鍵を開けた。家主がいないと、店番もいない。何せ同一である。しかも、住宅に上がるためには、店内を通り裏側にある階段へと回らなければならなかった。割と不便である。人気のない建物内を歩く。当然男性は自宅なのだから、慣れた様子で進んでいく。キョロキョロと、落ち着かない様子で歩くのは他の二人である。階段を上がって扉を開ければ、玄関があり、成程、自宅だ、と、思ったのだ。それも、一般の家庭より上のレベルの住居だった。漂う空気が、上流階級のそれ。まるで、貴族みたい。そんな風に感じた。傍から見れば、只の大きい自宅であるが、中は明らかに洗練されていたのだ。案内されるがままに居間へと入れば、値段の想像がつかない長椅子があった。何だこれ。内心での感想が一致した瞬間であるが、答えは椅子である。ちょっと知らないくらい豪華だっただけだ。

「適当に掛けていてくれ」

 言い残して男は部屋の奥へと消えた。

「あの、テオドア」

 姿が見えなくなると、小声でルカーシュが話しかけた。

「おう」

「大丈夫かな」

「なにが」

「いやだって、絶対普通じゃないし」

 超がつく鈍感であるルカーシュにも、この部屋が異常な事は分かるのだ。しかも運が悪いときている。最初から、ちょっと出来過ぎた話だと思っていたのだ。偶々街中で声をかけてきた人間が薬師で、後継者を探していると言い出して、良かったらなってくれと誘いを受けて、ついてきた先は、どう見てもお金持ちのお屋敷の風情である。駄目だ。ルカーシュは首を振った。これ、絶対ダメなやつだ。ルカーシュは己が不運だと言う自覚があった。これ絶対何か大どんでん返しが待ち受けているやつだ。下手したら内臓取られて売り捌かれるかもしれない。ルカーシュは気付いていない。内臓より、見てくれの方が価値がある事に。どう考えても皮の方が高く売れる部類である。

 眉尻を下げて俯くルカーシュの肩を、テオドアが叩いた。ふと、つられて顔を上げる。目に映った相手の顔は、いつも通りだった。

「心配するな。もしあのオッサンが裏切ったら、オレが始末する」

 安定の危険人物だった。ルカーシュは思った。やっぱり、賊の類かもしれない。でも幼馴染なのである。もしテオドアがやってしまったら、一緒に罪を償おう。先ず止める頭がない当たり、同じ賊加減である。

 ふと微かに物音が聞こえ、二人同時に其方を見た。男が、戻ってきたのだ。手には、ティーセットが乗ったトレイがある。自らしている所を見るに、本当に一人らしい事が窺える。室内の雰囲気から言えば、ちぐはぐだった。

「どうぞ」

 慣れた手つきで配膳する。思わず目を凝らして見てしまった。鑑定眼が備わっているわけではないが、それでも、いいものだと言う事は分かる。全てがお高そうな逸品なのだ。ティーポット、ティーカップ、トレイ、いや、注がれた琥珀色の液体ですら。湯気が揺らめくカップに口を付ける。一口含んで、深く息を吐いた。

「アンデルバリですね」

 ルカーシュが言えば、家主が目を丸くした。突然唎酒ならぬ、唎茶を披露したからである。

「詳しいのだね」

 しかも正解だったものだから、余計に驚いたのだ。感嘆の言葉を前に、ルカーシュが口元を綻ばせた。

「僕の家、お茶を取り扱っているんです」

「へえ。商会なのかい?」

「いえ、村で茶葉を作って売っているだけですよ」

「茶葉だけ?」

「はい」

「ご家族で?」

「はい」

 聞きながら男性は違和感を覚えていた。街ではなく、村。恐らく田舎の方だろう。商店らしい商店もなさそうな辺鄙な集落をイメージしていた。そこで、茶葉を作り、生計を立てている。果たして、売れるものだろうか。何せ、茶である。酒ほどではないにしろ、好事家にとっては、贅沢品である。そこでふと気づいたのだ。

「どうして、アンデルバリが分かったのかね」

 そう、唎茶である。アンデルバリは、高級茶葉である。それを一口で当ててみせたのだ。いや、もしかすると香りの時点で分かっていたのかもしれない。だとすれば、田舎暮らしの平民では有り得ない事である。日常的に飲むようなものではない筈だ。もしや、それなりの血筋なのでは。急に考えもしなかったことが脳裏を過ぎった。隣の男は、幼馴染だと言っているが、もしかすると従者なのでは。

「家で作ってるんです」

「アンデルバリを」

「はい」

「と、言う事は、君たちの出身は、アイオンかい?」

「いえ、レラスカです」

「アンデルバリは、アイオンでしか採れない筈なんだけど」

「そうなんですね! でも家でも出来るんですよね」

 愛想よく答える様に嘘や疚しさは一切感じられない。頭が痛くなってきたので、無言で茶を啜るもう一人を見たのだ。尚、レラスカ、と、言う地名には全く覚えがなかったものの、大した問題ではないと気にしない事に決めた。もっと大きな問題が目の前に立ち塞がっていたのだ。

「彼の家は、アンデルバリを作っているそうなんだけど」

「おう、他にも、ネリハやムーナ、グラムヴタとか、色々作ってんぜ」

「全部産地違うんだけど」

「へー」

「君も詳しいね」

「ルカの家の事だし」

 あっさりとテオドアは答えた。将来家業を継ぐ可能性があるので必死に覚えたのだった。因みに今はその予定はない。帰らないと心に決めたのだ。

 招いておいて何だが、本当にこの二人を誘って良かったのかどうか今更ながら心配になってきていた。まさかここまで理解の範疇を超えた田舎者だとは思っていなかったのだ。兎に角、と、男性は心を決めた。訳の分からない話は、後日きちんと聞こう。これは恐らく、有耶無耶にしてはいけない話だ。本音を言えば、無かった事にしたいが。誰だって面倒事は御免である。

「そうだ、遅くなって申し訳ないが、自己紹介といこうか」

 二人の向かいに座って、笑みを浮かべながら言う。完全に仕切り直しの様相だった。

「あ、そうですね。ルカーシュ・ヴァベルカと言います」

「テオドア・エズモンド」

「私は、オティウス・トゥルゲーネヴァ・アモール・ワムシカム・セテス・ケア・フェルマンだ」

 二人が目を丸くして、呆気にとられた顔をする。その様を見て、漸く胸が空いたと、男は笑ったのだった。

「どれが名前だ?」

「全部だよ」

「ど、どの部分をお呼びすればいいんですか」

「セテスの部分を呼ぶ人が多いね」

「分かったぜオッサン」

「分かってないよね」

 もうどうでもいいや。そんな気持ちで、溜息をついた。恐らく話が通じるタイプではないのだ。正確には、ルカーシュ以外の話を真面目に聞く気がないタイプである。余計厄介。

「次にこれからの事を話そう」

 この言葉を聞き、勝手にルカーシュは固唾を呑んだ。臓器売買の可能性から逃れられていないのだ。片やテオドアは、茶菓子がないな、等と図々しい事を思っていた。遠慮と言う言葉を知らない男である。

「先ず、ルカーシュ君、君は誰に薬の作り方を習ったんだい?」

「え、習ってませんけど」

「なんて?」

 特別難しい事を尋ねたわけでもなければ、変わった事を言ったわけでもない。だが、ルカーシュの返答が異常の一言に尽きたものだから、セテスは呆気にとられたのだった。目を丸くして己を見る壮年の男を見て、ルカーシュがきょとんと首を傾げる。忌々しい程無邪気で、幼く見えて苛立った。落ち着く為、セテスは自ら入れた茶を飲んだのだ。

「もう一度聞くよ、ルカーシュ君」

「はい」

「君の師匠は?」

「いません」

「どうして?」

「えっ」

 ルカーシュが返答に窮する。どうして、と、問われても、いないものはいないので、困ったのだ。だが、セテスの方も困っていた。薬師と言うのは、さてなろうと思ってなれるようなものではない。大抵、師がいるわけである。その師から、薬の作り方を習うのだ。門外不出だとか、一門秘伝だとか、そう言う薬もあるわけである。だからセテスは、このルカーシュを後継者にするならば、其方にも話を通さねばならないと思っていたのだ。ただ、生きていると仮定して、である。このセテスもそうだが、大抵ちょっと寿命が減って来たな、と、そう、思わないと、中々弟子など取ろうと思わないのだ。血気盛んな年の頃は、自分の技術を人に渡そうと言う考えに至らないのである。早い話が、惜しいのだ。

 だが、セテスはその時期を人より早く通過してしまったのだった。

 しかし、いざ次代を探そうと思うと、見つからないものなのである。そこへ偶々現れたのだが、このやたら見目のいい、若い薬師だったと言うわけだ。

「じゃあ、聞き方を変えよう。君はどうやって薬を作る術を学んだんだい?」

「本です」

「本」

「はい、家にある本で」

「君の家には、薬師がいたのかな?」

「いえ、代々、茶農家です」

「じゃあ、何て言う本を読んで学んだのかな」

 薬の作り方が書いてある書物がないわけではない。著名な薬師が、世に広く薬の事を伝えようと書き記す場合もある。それが、代々続く茶農家の自宅にあることも、ないとは言い切れないだろう。だからこの時点ではセテスは落ち着いていた。茶を喉に流し込み、息を吐いたのだ。

「なんでもなおるまほうのくすり! です」

 飲み切った後で良かった。心底セテスは思ったのだ。口に含んだ瞬間聞いていたら、吹き出していたかもしれない。危ない。助かった。ふう、と、安堵の息を吐き、いや、何も助かってないな? と、我に返ったのだった。セテスは平然としている若い薬師をじっと見たのだ。

「すまないが、もう一度言ってもらえるかな」

「なんでもなおるまほうのくすり! だろ?」

「アッ、君には聞いてないし、今口を挟まれると更に面倒な事になる予感しかないから黙ってくれないかな」

「あの、セテスさん、なんでもなおるまほうのくすり! です」

 何故三回も聞く羽目になったのだろう。テオドアが口を挟んだからである。セテスは内心で頭を抱えた。ここからどう話を進めて良いものか、ちょっとよく分からなくなっていた。もう一度、脳内で思い返してみる。

 なんでもなおるまほうのくすり!

 そんなタイトルの薬の本、聞いたことが無い。もしかすると、この若い薬師におちょくられているのでは。そんな疑惑で以て視線を送ってみれば、きょとんとした顔で見返されたものだから、考えを改めた。あれは、何も考えていない顔である。

「どういう本か聞いてもいいかな」

 仕方がないのでセテスは、もう少し深入りすることにしたのだ。どうせ聞いても無意味だろうと思いながら、である。

「ええと、黒い表紙なんです」

「へえ」

「それで中を見ると、薬の作り方が書いてあるんですけど、骸骨が薬を作ってるんです」

「なんて?」

「だから、黒いフードを被った骸骨が、薬を作ってる絵が描かれてて」

「……絵本?」

「はい!」

 いや、はいじゃない。絶対肯定するところじゃない。痛む頭を堪えて、目を閉じる。すると不思議と瞼の裏に、ルカーシュが言ったような映像が出てきたものだから、ハッとセテスは目を開けたのだ。

「なんでもなおるまほうのくすり!」

「はい」

「黒い表紙で」

「はい」

「死神が、薬を作ってる」

「あれって死神だったんですか!? アレ? セテスさんご存じなんですか?」

「……知ってる」

 ぼそり、と、呟いた。その顔は呆然としている。いや、唖然としていると言った方が正しいかもしれない。セテスはマジマジとルカーシュを見た。平然としている。何故、そのような顔で見られるのか分からないと、そう言外に告げるかのように。

 まさかあの本が、民間に残っているとは。

 セテスは内心で呟いた。つまり、問題のある本だったのだ。

 オティウス・トゥルゲーネヴァ・アモール・ワムシカム・セテス・ケア・フェルマンは、その立派な名が示す通り、やんごとなき血筋であった。具体的に言うと、現国王の、腹違いの弟である。尤も国王には、弟、妹が十人以上いるわけである。先代が種を撒き散らした結果であった。首尾よく一番上が玉座に就いたからいいようなものの、本来であれば血で血を洗うようなことになったとて、何ら可笑しくはなかったのだ。残念ながら、と、言うよりも、幸運な事にセテスには王としての才覚はほぼなかった。よって、早々に戦線離脱を図ったのである。つまり、王位継承権の放棄であった。身に潜む魔力もそれなりで、日常生活に必要な魔法は使えるものの、戦闘においてはからきしであった。剣や槍と言った、武器の扱いにも向いていなかった。何より性格が、争いに向かなかったのだ。だから、割とすんなり退場出来るだろうと高を括ったものの、それだけではいけなかった。問題はその後、である。王子で無くなった身で、今度は生きる術が必要だ。何とか平和に生きる道を見つけなければいけないと、王宮の書庫に籠り道を模索した。そうして、薬師を知ったのだ。王の血筋だけあって、魔力の有無には困っていなかった。特別な薬を作ろうとすれば、必要になる。ただ煎ずればいいと言うものではないのだ。そう、セテスも又、最初の師は本だったのだ。兎に角本を読み、知識を蓄えたのである。その際、ある一冊の本が目に留まった。黒い表紙の、薄い本だった。不思議に思い、パラパラとめくる。目に飛び込んだ挿絵にギョッとしたのを思い出した。死神と思しき骸骨が、薬を煎じていたのである。その時セテスは、書庫の主に尋ねたのだ。この本は一体何かと。なんでもなおるまほうのくすり! と、書かれた、明らかに子供向けの絵本である。だが、普通の本が王宮の書庫にあるはずがないのだ。書庫の主は言った。

「殿下、これは、呪いの本です」

 そう、確かに言ったのだ。

 その事を思い出し、セテスはルカーシュを見た。あの、王宮に保管してあるような本が、何故この男の家にあったのか。全く以て分からないにしろ、曰くつきの古い本である事に違いはなかった。なんでもなおるまほうのくすり、その言葉通り、確かに薬の作り方が載った本なのだ。しかし、大きな落とし穴があった。セテスの脳裏に、古い記憶が蘇る。書庫の主は言った。

「この本の執筆者は、魔王だと言われています」

「魔王が?」

「ええ、人間が飲むと死に至る薬の作り方が書かれているそうです」

「誰も試していないの?」

「殿下、ここをご覧ください」

 薄い本を捲って、老人が指を差す。セテスは思い出している。そう、こう書いてあったのだ。

「闇の魔力を注ぎます」

「殿下、闇の魔力をお持ちですか」

「人間は持ってないよ」

「そうなのです。ですから、人間には作れません」

 結局、そう言うオチだったのである。人間には作る事が出来ない魔法の薬の作り方が書かれた本。しかし、執筆者が魔王の可能性があると言う事で、市場に出回らないよう王宮で保管されていたのだった。確かに、一冊しかないとは聞いてない。だからと言って、茶農家の元にあるとは誰も思わない。その上、実践するとも。ふと、セテスは気付いた。実践。人間には、闇の魔力はない。だが、この男は、あの本を見て、薬の作り方を学んだと言う。おかしいのでは?

「ルカーシュ君」

「はい?」

「君、闇の魔力、ないよね?」

「ないですね」

 第一段階突破である。いつの間にやら設けられる関門。人生とはチャレンジの連続なのだ。

「じゃああの本の薬作れないよね?」

「そうなんです。闇の魔力って何だろうって思って、テオドアに相談したら」

 セテスは思った。どう考えても人選ミス。薬のくの字も知らなそう。大正解である。

「茶でも入れてみろよ」

「って言うから」

「わあ」

 己の口からこんなに意味のない言葉が咄嗟に出る事があるんだな。我が事でありながら他人事の感想を抱く。人生とは驚きの連続なのだ。良くも悪くも。セテスは黙って、己が用意したティーカップを傾けた。中には琥珀色の液体がある。勿論茶だ。この目の前の得体の知れぬ若い薬師が、薬に混ぜていると思しきものである。そんな馬鹿な。

「そんな馬鹿な」

 思うだけでなく、口からも出た。それもうドストレートに。真偽を確かめるかの如く真っ直ぐに視線を送るセテスとは裏腹に、見られた方は不思議そうな表情である。何かおかしなことがありましたかと言わんばかり。ありました。全部です。だがそう言ったところで絶対に理解されない事は分かっていた。だからセテスは、根気強く向き合う事にしたのだ。相手は、人間の皮を被った別の生き物だと仮定したわけである。

「話を纏めてもいいかな」

「アッハイ」

「君の家は、代々茶農家で」

「はい」

「偶々家に薬の作り方を書いてある本があって」

「はい」

「試しに作ってみて」

「はい」

「闇の魔力はないけれども、代わりに茶葉を入れたらうまくいった」

「はい」

「はいじゃないんだよ」

「えっ」

 思わず突っ込んでしまったが絶対に己は悪くないと思ったわけである。文字通り頭を抱えだした壮年の男性を見て、若者二人はきょとんとしていた。王族の心平民知らず。

「あのね、ルカーシュ君」

「はい」

「薬を作るってね、そんな簡単なものじゃないんだよ」

「はあ」

「ちょっとそこらにあった茶葉入れたら何とかなりましたってんならね、そこら中に薬師がいるはずなんだよ」

「いませんね」

「大体、何故茶葉が、闇の魔力の代わりになるんだと言う話でね、そもそも君魔法は使えるのかい?」

「えっと、少し」

「どうして?」

「えっ」

 どうしてと言われましても。完全にルカーシュは困惑している。何故と言われても、使えるのだから仕方ない。しかし、セテスが咄嗟に尋ねたのも無理はないのだ。魔力はあれども、魔法が使える人間ともなると少数派なのである。魔法とは、魔力を持つ全ての者が発動できるわけではないのだ。魔力を持った者が、正しい手順で以て研鑽を続けた上で手にする力なのである。それをどうにも、絶対に修行などした事がないであろうこの惚けた薬師が使えると言うのだから、それは疑いもすると言うものだった。

「因みにテオドア君は?」

「オレは魔力がない」

「どうして?」

 興味本位で隣にいる危険人物にも尋ねた結果、やはり同じ台詞を吐くに至ったのだった。大抵の人間、魔法は使えずとも、魔力は持っているものなので。だがこちらはもう人外の何かだと思う事で、深く追求しない事にしたのだった。セテスの興味は、ルカーシュにだけ向くべきで、他まで気に掛けていては本当に話が進まない事を危惧したのだ。今更である。大体、ルカーシュだけでもこれである。想定外の事態。

「因みに、茶葉なら何でもいいのかな」

「家の物が一番ですが、他の物でも薬にはなります」

「効能を聞いてもいいかな」

「基本何にでも効きます!」

「どうして?」

 それを薬と言い張るのもうやめて欲しい。心底セテスは思った。普通、薬と一口に言えども、種類がある。何にでも効く薬など、ない。頭痛なら、頭痛薬。腹痛、怪我、風邪、それはもう色々と、症状に見合った薬が存在するわけである。それを、何にでも効くと言われたら、果たして薬と呼んでいい物か分からない。これはもう絶対他に何か理由があるのだ。考えずとも分かる。例の本に書いてあった手順が重要なのか、それともやはり茶葉なのか、或いは別の要因か。頭が痛い。だがこの頭痛は、薬で治るタイプのものではない。セテスは悩んだ。この後の事である。兎に角顔を顰めて、下を向いて、そうして、目を閉じて、やっぱり開けて、前を見た。

「よし、私が教えよう」

 そうして、全てを諦めたのだった。

 これ以上は恐らく聞いても理解出来ないし、聞かない方がいいような気がしてきたのだ。もう止めだ止め。セテスは自棄になった。

「私は今、ルカーシュ君と言う新しい弟子をとった。これでいい。そうしよう。これから私の事は師匠と呼びなさい」

「ハイ師匠!」

「受け入れが早すぎて引いています」

 セテスの新しい弟子は流されやすく何も考えないタイプだった。

「大体弟子ったって、もうルカは薬作れるだろ」

「私の弟子の友人であるだけの部外者の人外は黙っていたまえ」

 長い。一息で言い切ったが、本名よりも大分長かった。ルカーシュの友人であるだけの部外者の人外ことテオドアは顔を顰めた。急に二人が睨み合ったものだから、ルカーシュは慌てた。この新米薬師は気が小さいのだ。

「あの、あの、テオドアも弟子にして下さい!」

「無理です」

「えっ」

 即答だった。考えるまでもなく言い切ったのである。そもそも、考えたところで答えは同じである。何せ見るからに薬師向きではない。しかも魔力もない。薬など作れよう筈がなかった。

「いえでもあの、テオドアはやればできるんです!」

 しかしルカーシュは諦めなかった。幼馴染の事となると、常にはない根気強さを発揮するわけである。単純に迷惑。

「いやいいんだ、ルカ」

「えっ」

 どう諦めさせようかとセテスが思案し始めたところで、まさかの張本人からの助け舟が出てきた。だがセテスは喜ばなかった。何が裏があると踏んだのだ。この短時間で、理解した。この人外脳筋剣士、頭がおかしい。正しくは、幼馴染が絡むと正常な判断力が死ぬ。これである。ある意味似たもの同士のお互い様だった。

「元々オレは魔物狩ったり草採ってお前を助けようと思ってたんだ。だから薬師にならなくてもいい」

「テオドア……」

「その前になれないからね?」

 取り敢えずいい空気を打ち壊したのだった。腹立たしかったので。

「それでいいよなオッサン」

「全然良くないけども君が薬師を目指すよりは全然いいんだよね困った事にね」

「世話になるぜ」

「私が断る可能性ゼロだと思ってる?」

「うん」

「普通に百だよ」

「お願いします師匠! テオドアはこう見えて本当に頼りになるんです! 僕よりずっと頼りになりますから!」

「君本当に騙されてない?」

 もしルカーシュ・ヴァベルカの顔が平々凡々であったなら、セテスはあっさりと跳ねのけていただろう。だがこの男、エルフ美女に間違えられる程整った相貌の持ち主であった。流石の元王族もエルフ美女に泣き付かれたら心が揺れる。もしこれが芝居ならば、主演女優賞間違いなしである。男だが面が女性染みていた。つまり、セテスはテオドアではなくその幼馴染である新弟子に負けたのだった。大体頼りになるとして、テオドアが助けるのはルカーシュだけである。そう言う男だとセテスは見抜いていた。いや、察せない方がおかしいレベルだった。最初からセテスの事等ほぼ見向きもしていないのだ。

 こうしてオティウス・トゥルゲーネヴァ・アモール・ワムシカム・セテス・ケア・フェルマンは厄介な二人組を受け入れてしまったのだった。確かに手を出したのはセテスの方だが、こうも予想できない展開になるとは想定外の事態である。後悔先に立たず。

「オイ、オッサン」

「オティウス・トゥルゲーネヴァ・アモール・ワムシカム・セテス・ケア・フェルマンだが」

 余りにも普通に呼ばれたものだからついフルネームで返す大人げなさを発揮する始末。だがその嫌味すらスルーするのがテオドア・エズモンドである。

「もしルカーシュに危害を加えようってんなら許さねえからな」

「テオドア!」

「どう考えても一番危険なの君じゃない?」

「いや、ルカ最初が大事だ」

「セテスさんは良い人だよ!」

「ルカ、この世でお前以上にいい奴なんていねえんだ」

「いるだろうよ」

「そ、そんな事言ったらテオドアより優しい人もいないよ」

「星の数ほどいるから目を覚ましなさい」

「ルカ、オレはルカさえ無事でちゃんと生きていてくれればいいんだ」

「そんな、僕はテオが一緒じゃないと嫌だよ」

「そうだな。オレたちはずっと一緒だ」

「君の寝床、鼠と一緒ね」

 己の存在を奇麗さっぱり無視する若い二人を見てセテスは決意した。絶対に寝室を分けることをである。非常に腹立たしかったので。こんなにも己を苛立たせる存在が市井にはいるのだな、と、現実逃避染みた感想を抱いたのだった。



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