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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

前世のある人ばかりで世界をつくりたいと願った僕

作者: 桔梗ノ雨

 ねぇ。


 もしぼくが異世界に転生したら、ぼくみたいな子どもはいないような世界をつくりたいよ。


 ボロアパートは音が筒抜けだ。


「あぁ! ざまぁキター!」

「転生悪役令嬢素敵すぎるわ」


 いつものようにベランダに出されていた子どもは、隣人のお姉さんの大きな独り言を聞きながらそんなことを思う。

 ベランダに出されるたびに聞かされていたお姉さんの独り言のおかげで、異世界転生系の小説を読んだこともないその子どもはすっかり内容や傾向を把握していた。

 前世があればきっと幸せな世界が創れるんだろうと思っていた。


 隣のお姉さんの声が筒抜けになっているように、ベランダで泣いていればなおさら、隣近所に聞こえてしまう。

 周りからの通報で誰かが来てくれたとしても自分を助けてくれるわけでもなく、そのあとで自分が母親からさらに酷い扱いを受ける、ということを既に学習していた子どもは静かに膝を抱えて寒さに耐えていた。


 今日はとても寒い。ちらちらと雪が降ってきた。


 今回は随分長く外に出されているからいつも以上にお腹も空いている。


 座っている気力もなくなりベランダの冷たい床にコロンと横たわる。


 ――きっとお母さんはぼくをベランダに出したことも覚えていないのだろう。


 **********


 今日は儀式の日。

 今年十歳を迎えた子たちは昨日、学園の初等科を卒業した。


 今日は一旦学園に登校してから卒業生全員で儀式に向かうのだ。




 この世界の住人のほとんどは前世持ちである。


 魂の呼び人様、と呼ばれる存在がいて、ここではない世界から魂を連れてきて新しい器に入れている、それがこの世界の住人となる、と言われている。

 それとは別に、神様、と呼ばれる存在もいて、神様はごくまれに全く新しい命を誕生させるのだと言う。


 この世界は神様が魂の呼び人様の要望を受けて創られたものであり、魂の呼び人様は魂を連れてくるだけではなく、この世界に降り立ち実際に住人の様子を見てまわっているらしい。


 住人のほとんどが前世持ち、というのは魂の呼び人様が連れてくる魂とは別に、神様が創る新しい命があるからだ。

 必ずしも全員が前世持ちというわけではないが、前世持ちが普通である。

 前世のない人は多くはなく、この世界に生まれてから一度も前世のない人に会わずに一生を終える人の方が多いくらいだ。


 ただし、前世の記憶は生まれながらにして持っているわけではない。


 学園の初等科の卒業式の次の日には記憶を思い出すための儀式があり、儀式の後は記憶が馴染んでくるまで中等科の寮に併設されている専用の場所、ホールと呼ばれる建物の中にある小部屋でそれぞれが一人で儀式から三か月程度を過ごす。

 一人で過ごすとは言っても、食事の支度や洗濯はホールの職員がしてくれる。その期間は部屋から出ず、他の子と関わらずに一人で過ごす、という意味だ。

 学園の初等科は自宅からの通学だったが、そのあとの中等科は寮生活だ。

 初等科を卒業したら儀式を経て、まずはホールの小部屋で個々に過ごしたあとで中等科の授業と寮生活が始まる。


 中等科で最初に行われるのは試験だ。

 これは、前世の知識によってのクラス分けが必要になるためであり、試験の結果次第ではごくごくまれに卒業を認められる場合もある。

 とは言え大半はクラスに分けられて中等科を卒業できるレベルまで学習する。

 卒業試験を合格すれば卒業なので、中等科からは年齢ではなくあくまで習熟度によって卒業できる歳が変わってくる。


 **********


「はぁ。ドキドキするね」

「ほんと。私、どんな人だったんだろう」

「楽しみだな」


 ここ、アルナの町はさほど子どもの人数は多くない。学園の初等科は一か所だけである。

 今年の儀式を受ける年齢の子どもは八名。

 大きな町では初等科が数か所あり、子どもの人数も百名程度になるそうなのでここはかなり少ない。


 人数が少なく、全員が生まれた時からの知り合いで兄弟のように育っているため、儀式の日も親元を離れる不安や緊張よりも楽しみが勝る子が多いようだった。


 儀式が行われる場所についてから、全員で儀式のことやこの世界のことについての説明を受け、それから一人ずつ儀式の行われる部屋に呼ばれる。


「やべぇ。さすがに緊張してきた」

「チータでも緊張なんてすることあるんだ」


 チータと呼ばれた男の子をからかうのは髪が長くて勝ち気な顔をした女の子。


「マルルちゃんひでぇ! 誰だって緊張くらいするわ」


 マルルと呼ばれた女の子は自分の隣にいる、ふわふわの髪の毛をした小柄な女の子を見る。


「ノイは平気そうだけど?」

「なんでだよぉ!」


 チータはノイを見る。小柄な女の子、ノイの方がよほど緊張してそうなイメージなのにいつもと変わらず、彼女の髪の毛のようにふわふわした笑顔で座っている。


「あたしは……説明聞いてもよく分からなかったんだよね」


 あはは、と首を傾けながら気の抜けた笑いを浮かべているノイを見てみんなもつられて笑う。


「もう。ノイのそういうところが好き」


 ノイの頭を撫でまわしながらマルルが言う。

 ふわふわというよりぐしゃぐしゃになってしまった髪の毛をあわあわと直すノイを見て、またみんなで笑った。

 そんなみんなを見てノイは呟く。


「前世が分かってもみんなでこうやって楽しく一緒に過ごせたらいいなぁ」


 当たり前じゃん! 大丈夫だよ、と口々に言うみんな。

 願いが叶わないなんてこのときは誰も思っていなかった。


 **********


「やだ、こんなことも分からないの?」

「分かるわけないっす」

「そうよねぇ。だって前世なしなんだから」


 クスクスと嘲笑が広場のあちこちから聞こえる。

 言われた方の女の子は俯いていた。

 僕のいるところから表情は見えないが、俯いた女の子のふわふわした髪の毛が陽の光を浴びてキラキラと光っているのが場違いにきれいだなと思った。


 魂の呼び人様が連れてきた子ではない、と儀式で告げられた彼女はどうやらこの世界では要らない子だ、そんな認識がここでは広がっているらしい。

 あんなにみんな仲良しだったのに、という声を聞いた。

 前世を思い出す儀式の後から変わってしまったようだとホールの職員は言っていた。


 見た目だけ十歳で中身はそれ以上の人間が、見た目も中身も十歳の子ども一人を取り囲んで口々に馬鹿にする。

 僕には、大人が集団で一人の子どもを虐めているようにも見える。


 僕はぐっと拳を握りしめて気合を入れると集団に近づいていった。

 傍らにいた学園長も無言でついてくる。


「あれれ? みんな、儀式の時の説明、ちゃんと聞いてなかったのかな?」


 パンパンと手を叩いてみんなの注目を集め、つかつかと歩きながら大きな声を張る。

 一人の女の子を取り囲んでいた集団は驚いたのか、円を崩してガタガタの一列のようになった。


 囲まれていた女の子と集団の間に入るような形をとる。

 学園長は小声で女の子に何かを伝えているようだが、僕は集団に向かって続けて話しかける。


「前世のない子は、確かに魂の呼び人が連れてきた魂じゃないけれど、神様が直々に創った子だからとても大事な存在ですよって説明されたでしょう? ホールの職員も中等部の先生方も説明は全員にきっちりしましたって言ってたよ。誰も説明、聞いてなかったの?」


 言いながら並んでいる全員の顔を見る。

 気まずそうに目を逸らしている子もいれば、こちらを強く睨んでくる子もいる。


 僕は一つため息をつくと並んでいる子どもたちの名前を順番に呼ぶ。

 七名分呼んでから後ろを振り返る。


「そして君、ノイ。この町で今年儀式を受けたのはこの八名だったね」

 こくり、と頷くノイ。

 ノイに頷き返すと再び僕は前を見る。


「まずは、マルル」

 ずっとこちらを睨んでいるマルルから話を聞きたいと思った。


「は? ってかあなた誰?」

 眉をしかめて嫌悪感丸出しの顔で聞かれる。

 マルルの側にいる男の子、チータが慌ててマルルを袖を引っ張りながら小声で言う。

 小声で喋ってはいるがしっかり聞こえる。


「マルルさんまずいっす。あれ、魂の呼び人様っすよたぶん。小さい写真、遠くから見たじゃないっすか儀式の時」


 それを聞いて思わず、へぇ、と声が出る。

 僕の写真や絵姿は世の中には出回っていない。

 変にどこかに飾られて崇拝されるのは気持ち悪いからだ。

 儀式の説明で見せるものだけは必要だと泣きつかれたので用意しているけれど、持ち出すのは禁止だし、写真を撮ったり、記憶を元に絵にすることも禁止している。

 だから僕の顔を記憶している人はおそらく少ない。

 学園長や国の中枢部の人間ならともかく、一般的な人間では稀だろう。

 チータは人相を覚えることに長けているようだ。


 学園長がチータの小声を拾って僕を手で示す。

「チータの言う通り、こちらは魂の呼び人様だ。私がお願いして来ていただいている」


「そう。学園長から相談を受けてね。今日は僕、学園の様子を見に来たんだよ。もちろん生徒の顔と名前はしっかり把握しているよ」


 僕が魂の呼び人だと分かってもマルルの態度は変わらない。こちらをずっと睨んだままだ。

 他の子は目に見えて焦っているのに。


「マルル、君はどうしてノイを虐めているんだい?」


 元々の性格なのか、前世の性格なのかは分からないがマルルはずいぶん気が強いみたいだ。

 回りくどいことをするよりストレートに聞いた方が早い気がする。


「なんでそんなこと言わなきゃならないの?」

 鼻で笑うかのように言うマルルに周りが慌てている。

 僕はマルルの態度を気にしていないかのように淡々と答える。


「そうだね。君の事情が知りたいからかな。どうしてマルルのように聡明そうな子がそんなことするんだろうって、気になるからね」


 ふーん、と腕を組んだマルルは斜め上を見る。少し考えているようだ。


「……だってずるいじゃない」

 こちらを睨み直してマルルが答える。


 思ったよりも子どもっぽい答えが返ってきたな、と思った。

 確かマルルは前世で成人してからも十数年は生きている。それを考えると子どもっぽい答えだと思わざるを得ない。


「私、前世苦労して働いてきた記憶があるの。異世界転生系の小説が好きでよく読んでたけれど、もし転生できたら前世チートでバラ色人生を送りたいってずっと思ってた。なのに私が特別なわけでもなくて、ほとんどの人が前世持ちで逆に前世のない人が大切にされるなんて納得いかない!」


 このところ転生がメジャーになってきた弊害なのか、前世の記憶が戻った途端、過剰な期待をする人間が出てきているような報告が上がってきてはいた。

 ただ、そのすべてにおいて、ホールで過ごす三か月の間に前世の自分と今世の自分が馴染んで落ち着いてくるという追加報告があったので油断していた。

 マルルは一人で過ごすホールでの期間は特に問題がなかったはずだ。部屋の中で暴れたりしているという報告も受けていない。

 中等部が始まってから急に、ということだろうか。


「魂の呼び人様はご自分が特別な存在だからお分かりにならないでしょう? 前世で埋もれて生きてきて、せめて今世では特別な存在になりたかったのに、結局今世もその他大勢の人生を送ることになった私の気持ちなんか!」


 僕は思わず弱く首を振った。

 特別になりたいと願う人間はどのくらいいるのだろうか。

 たくさんいるのか、少ないのか僕には分からない。

 でも、自分が特別な人間になる努力をするのではなく、特別に見える人間を引きずり降ろそうとする方向に注力するのは間違っている。


 **********


「僕はね、マルル。前世は普通の子どもだった。いや、普通じゃないのかな。僕は親から虐待されていたんだ。ご飯も満足にもらえなかったし、学校もほとんど行かせてもらえなかった。ある冬の寒い日、ベランダに出されてね。凍死だったのか餓死だったのかは分からないけれど、そこで僕の生は終わったんだ。今の君たちと同じ十歳だったよ」


「え……」


 僕が苦労することなく、たまたま神様の目に留まって魂の呼び人様って呼ばれるような特別な存在になれたのだと思っていたのだろうか。


「人生が終わる瞬間、神様がいるならってお願いをしたんだ。僕みたいな子が生まれないような世界が欲しい。前世がある人間ばかりの世界だったら、苦労して生きた記憶があるからきっと他の人の痛みも分かるから、そういう世界が欲しいですってね」


 確かに、お願いを聞いてもらえたことは特別だったと思う。とても幸運だ。

 でも、世界を創ってもらうために神様のお願いをたくさん聞いて他の世界でも色んな経験をしてきた。

 何度も死んだし、うまくいかなくて苦労してきたりもした。

 色んな世界で数百年、色んな命で生きてきたんだ。

 そこはわざわざ言わないけれど。


「神様に言われたんだ。前世のある人だけの世界は決まりがあるから創ってあげられない。だからたまに神様が創った新しい子も生まれるようにする。僕の完全に望む形に世界の準備をすることはできないけれど、神様が創った新しい命の子もきっと役に立つからって」


 そこで後ろのノイが僕の服の裾を掴んだので後ろを振り返る。

 ノイはドヤ顔をしている。

 まるで、役に立つからね、とでも言っているかのようだ。


 僕は思わず笑ってノイの頭をそうっと撫でてから前に向き直る。


「生まれてすぐから前世の記憶があると色々障りがあるから、儀式をしてから思い出すことにしようって神様が決めたんだ。そうして思い出した知識をこの世界の発展に役立ててもらおう、きっと暮らしやすいシステムもすぐできるから」


 何人かは下を向いて何かを考えている。


「でもね」


 僕がそう言うと、全員がこちらを見る。


「僕の望むような世界は、仮に前世がある人間だけで世界を創れたとしてもきっと難しいだろうって言われたんだ」


 僕の目はマルルをじっと見据える。


「がっかりしたよ」


 マルルの目が丸く見開かれる。

「あの……」


 マルルが何かを言おうとしたのを僕は手を挙げて制する。


「もう、今更だよ。ノイをここに置いておくのは良くなさそうだから彼女は僕が連れて行く」

 じゃぁね、と振り返ってノイの手を取る。


 何歩か進んでから、あ、そうだ、と足を止める。

 学園長にノイをお願いして、二人が広場から出るまで見送ってから後ろを振り返った。


 少々怯えたまま期待を込めた目でこちらを見る子どもたちに向かって僕は冷たい声で伝える。

「神様が創った子を虐めた例はこの世界ではこれが初めてだ。おめでとう。君たちも特別な人間になれたね」


 子どもたちが冷ややかな目でマルルを見る。

 だが。


「君たち、直接何かをしてたわけじゃないからって自分たちは関係ないって思ってる? 傍観者も同罪だよ」


 僕は踵を返すとスタスタとその場を去った。


 僕と入れ違いに中等部の先生方が数人入ってくる。

 あとのことは全部任せよう。



 数日後、僕はノイを連れて首都の家に戻ってきていた。

 ノイの保護者にも話を通して、一旦僕が首都の家で直接面倒を見ることにしたのだ。


 他にも神様が創った子がいる箇所はいくつかある。

 年齢は様々だが、今まで問題が起こったという報告が上がってこないため確認もしてこなかった。

 これを機に直接見に行った方が良さそうだ。

 各地の報告書に改めて目を通しながら思う。


 とは言え、ひとまずはノイに少しずついろんなことを教えてあげなくては。


「呼び人様ー。休憩の時間にしようよー。お茶入れたよ!」

 居間からノイの声が聞こえる。


「早く来ないとおやつ食べちゃうよー」

 はいはい、と言いながらノイのいる居間に行く。


 僕はまだ未熟だ。

 自分の理想と現実にこれからも悩むのだろう。

 でも僕は、僕の望むような世界をきっと創れるとまだ信じている。

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