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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました  作者: 志麻友紀
断罪エンドはとっくの昔に回避したはずなのに、今さらですか?
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断罪エンドはとっくの昔に回避したはずなのに、今さらですか? その2




 どんっ! と雷がレティシアの火刑台すれすれに落ちて、詰まれた薪が崩れる。同時に着いた火が周囲へと飛び散って、周りを囲んでいた刑吏や兵士達の服に引火して、大騒ぎとなる。


 そこに疾風のごとく駆けてきた馬に乗った黄金の姿が二つ。金色のたてがみのごとき巻き毛をなびかせて、ランベールが剣をふるって雷の衝撃で傾く火刑台にレティシアを縛り付ける縄を切れば、ロシュフォールが落ちるその細い身体を、太い腕で軽々とさらっていく。見事に息があっている。


 「無事か?」と訊ねるロシュフォールにレティシアはうなずく。すとんと鞍の前におろされて、振り返る。


「よく三日で来られましたね。まさか……」

「知らせを受けて全軍あとに続けと言い捨てて、単騎で飛び出した。ついて来られたのはランベールともう一人ぐらいだったな」


 「どうせ他はあとから追いつく」と豪快に笑うロシュフォールにレティシアは、痛む眉間に指を当てた。


「王と皇太子が護衛も付けず単騎で来るなんて、あなたたち馬鹿ですか!」


 そのレティシアの叱責にロシュフォールは「その前にお前がこんがり焼けていた心配をしろ」と顔をしかめ、ランベールが「すみません、母上」と素直に謝る。


「だいたい、当然、敵が待ち受けているはずです」


 そのレティシアの言葉をかき消すように、小さな街の外に出たとたん、待ち受けていただろう兵士達の声があがる。

 そろいの軍服ではない、ちぐはぐで派手な服装は、山国ルグラン国の傭兵のものだ。狭い山国の最大の輸出品は人……つまり兵士だ。


「言った通りじゃないですか!」

「大丈夫だ。強力な四つ足の援軍がいるからな」

「はい?」


 ドン! ドン! とロシュフォールとランベールが同時にはなった雷が、目の前をふさごうとする兵士達を吹き飛ばす。二人の金獅子のたてがみのごとき、金の巻き毛が揺れ、レティシアの銀髪と銀色の尻尾もふわりと爆風になびく。


「あれが大王と将来の賢王」

「ひるむな! 獅子族とはいえ、たった二人だぞ!」


 その雷光と轟音に一瞬ひるんだ兵士達だが、さすが契約者には忠実で有名なルグラン傭兵。逃げ出そうという者は一人もおらず、二人の乗った馬の周りを囲もうとする。


 味方ならばこれほど頼もしい兵はいないが、敵となるとやっかいだ。

 しかし、そこに飛び込んできた幾つもの灰色の残像に兵士達がまた声をあげる。


「うわっ! なんだ!? 狼!?」

「ぎゃっ! 足をかまれた!」


 茂みに潜んでいた狼たちの群れが次々に飛び出して、兵士達の足に噛みついたり、体当たりして転ばせて、足止めするなかをロシュフォールとランベールの馬が駆けていく。


 そして、その後ろからまた、もう一騎が、ヒュイ! と指笛を鳴らせば、狼たちが兵士達を牽制しながらも、灰色がかった銀髪の男の馬に併走する。ロシュフォールが言っていた“もう一人”の正体をレティシアは瞬時に悟る。

 「クリストフ王も来てくださり感謝します」とレティシアが言えば「今回は災難でしたな。大公殿下」と礼儀正しい銀狼の王は返す。ロシュフォールは上機嫌で笑い声をあげ。


「我が義理の息子の狼たちはまこと働き者だな。勲章をやらねばなるまい」

「狼たちは勲章よりも、肉が欲しいと言っておりますよ、義父上」

「よしよし、腹一杯食わせてやると約束しよう」


 レティシアを抱えたロシュフォール。ランベールにクリストフを乗せた三騎は、狼たちを後ろに従えて駆けていく。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 狭い公国だ。馬車を急がせれば国境沿いまで半刻(約一時間)もしないで着く。


 それでも、その馬車は中からの「早く、早くしなさい!」という声に急かされるように、御者は常に馬に鞭を入れ、二頭の馬は宝石やらドレスやらを満載した馬車の重みにあえぎながら進む。


 ロシュフォールとランベールの乱入でレティシアの処刑が失敗したと知ったパオラは、すぐさま屋敷に戻ってありったけの宝石とドレスをかき集めて馬車に放り込んで、国境へと走らせた。


 またもやの逃亡だ。


 あの憎い金獅子と銀狐を必ず殺してやると歯がみしていると、馬車がガタリと音を立てて止まった。「なにをしてるの……」とさけぶ前に見知らぬ兵士達によって馬車の扉が開かれ、そこに立つ馬上の姿に「ヒッ!」と小さな悲鳴をあげる。


 黒い巻き毛に金の瞳の美丈夫。成長した姿は別人のようだが黒獅子族の男の横に白い髪に赤い瞳の、白狐の男子がいるのだ。見間違えるはずもない。


「パオラ・デ・リガウド。あなたにはサランジェ国王より捕縛命令が出ている」

「わ、わたくしはこの公国の公爵夫人よ。国外の者が勝手に捕縛など」

「その公爵に確認したところ、あなたとは“ただの女友達”とのこと。今回のことにも全く無関係であるとも」


 内縁の夫に見捨てられたと知ったパオラは「あの裏切り者!」と叫ぶがもう遅い。馬車の扉は再び閉められ鎖が巻き付けられて、御者は別の者へと代わる。逃げようとしていたのと逆方向へと向かう馬車の窓を開けて、パオラがわめく。


「わたくしに逆らうというのですか! マルタ! アーリーも扇でまた打ちすえられたいの!」


 かつての美しさなど色あせて、顔をゆがめてさけぶ女に、美丈夫に育った黒獅子が冷めた金色の瞳を向ければ、己がたった今ひどい言葉を投げかけたというのに、彼女は怯えたように馬車の窓から付き出していた顔を引っ込める。

 その窓のそばに乗っていた黒馬を寄せたマルタは「言葉を慎まれたほうがいい」と告げた。


「私はもう、あの頃のあなたに怯えていた子供ではない。そして、あなたが私の最愛の妻であるアーリーにしたことへの怒りも忘れていない」


 マルタは「囚人であってもかつてはサランジェの皇太后であった方だ。丁重にお運びしろ」と馬車の周りを取り囲んで護送する騎士達に告げる。

 そしてすっかり大人しくなったパオラを乗せた馬車が去って行くのを見送り「ふぅ……」と息をつく。そこに馬を寄せたアーリーが「ご立派でした」と告げる。


「私憤はあれど、あの方の裁きはサランジェの法によって成されなければなりません」

「いくら性根が腐っていても御婦人を殴る趣味はないよ。しかし、今回は我が領地に迎えた大公殿下を拉致されるなど……」


 マルタは三年前にサランジェ国の親衛隊長の座を辞した。カヴァッリ地方にある領地を受け継ぐためだ。今回はその領地に国王の名代としてのレティシアを迎えてのこの騒動だった。


「しつこい、かの女性のことです。もう何年も前から計画を練っていた不意を突かれたのだから、しかたないと陛下もおっしゃっていました」


 肩を落とす、黒獅子の夫の背にアーリーはそっと触れる。そして「私達も帰りましょう」と微笑む。


「ジョルディが待っていますよ」

「ああ、そうだな」


 五歳の息子の名を出せば、ようやくマルタが笑顔となる。二人は馬を並べて領地の城館へともどったのだった。







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