断罪エンドはとっくの昔に回避したはずなのに、今さらですか? その1
尊敬する大叔父の言葉は三つ。
「破滅の時は必ずやってくる」
「悪手を打っても生き残れ」
「おのれが誇りに準じて死ね」
破滅の時はやってきたが、なぜか通り過ぎ。
悪手を使って生き残り。
誇りに準じて死ぬ覚悟はしたがしぶとく生きている。
しかし、今度ばかりは難しそうだ……とレティシアは考えていた。
今の彼の姿はジュストコールの上着にジレもはぎとられシャツにズボンの姿。レースの眼帯は情けとばかりそのままにされた……というより、それも取られようとしたが、レティシアは冷たく刑吏に告げたのだ。
「これも取るのなら、私を裸にして刑場に引っ立てなさい」
そのレティシアの冷たい気迫に、刑吏達は気圧され、そのままとなった。
逆に眼帯だけ残して裸にされてもいいとさえ思っていた。これだけはとられたくなかったのだ。一番最初にロシュフォールが自分に贈ってくれたものだから。眼帯の数は今では増えて、すべてレティシアにとって大切なものだが、それでも一番最初のこれは特別なものだった。
「魔女レティシア・エル・ベンシェトリ。これが最期の機会だ。己の罪を認め、神に許しをこい懺悔するか?」
「もっとも、魔女であるお前がいくら懺悔しようも、いく道は地獄と決まっているがな」と目の前で下品に笑う異端審問官の顔をレティシアは冷ややかに眺め口を開いた。
「私は恥じ入る罪などなにもありません。あなたこそ、無実の罪を着せてなぶり殺した人々の数を思えば、いくら神の御前で許しを請おうとも地獄行きと決まっているのでは?」
とたん異端審問官の顔が怒気に染まる。「ええい、じっくり拷問して、この魔女が悪魔と姦通していた事実を認めさせられなかったのが残念だ!」と叫ぶ。
投獄されて、その三日後には弁護士も傍聴人も無しの宗教裁判で本日には死刑なのだから、拷問も自白の暇も確かになかった。
もっとも、手足の爪を剥ぎ取られ指をすべてそぎ落とされたって、悪魔と姦淫し生まれた双子の王子がその子供など、レティシアが認めるはずもないが。
愛する人との間に生まれた愛しい愛しい子供達をどうして己の苦痛と引きかえに貶めることが出来ようか。
火刑台へと縛り付けられる。少し離れた場所から、まるで舞台を眺めるがごとく、椅子にゆったりと座った派手なドレス姿の女がいた。歳でだいぶ容色が衰えているが見間違うはずもない。
パオラ・デ・リガウド元皇太后だ。サランジェ国の前国王の正妃で、ロシュフォール以外の王位継承者の王子を皆殺しにした血の皇太后とも呼ばれる女。
事件を起こした彼女は離宮に幽閉されていたが、それも十年後に脱出、隣国ボルボン国に亡命、再びサランジェに舞い戻りロシュフォールへの憎しみと王国を手中にしたいという野望を諦めきれず、次々に騒動を起こしたあげく国外へと逃亡した。
風の噂に縁故を頼っての亡命の果てに、カヴァッリ地方の小公国の領主の後妻におさまったと聞いていたが、まさか、いまだ恨みを忘れず復讐の策を練っていたとは、その妄執には畏れ入ったものだ。
そうレティシアはカヴァッリにある飛び地の視察の途中で、いきなり賊に急襲されとらわれの身となり、この公国に連れ去られた。一方的な宗教裁判の末に、男の身で子供を身籠もるなど異端であると魔女の烙印をおされて火刑にされようとしている。
火刑台に縛り付けられて、周りに薪がつまれようとも、その白い顔にはまったく恐怖などなかった。真っ直ぐ前を見つめる蒼く冴え冴えとした瞳。風になびく青みがかった銀の髪。狐族らしい頭の上のとがった大きな耳に、ふわりとなびく尻尾の毛並みの艶やかさは、三日間牢に繋がれていたとは思えない。かがやくばかりの美しさだ。
そう美しい。シャツとズボンのみすぼらしい姿で柱にくくりつけられていようとも、その凜とした気高さは誰にも穢せるものではない。
火刑台を見上げる民達もそうだ。公国の小さな街の広場。魔女の火刑という見世物に集まった市民は、その魔女にぽかんと見とれた。
それに一段高い見物席にいたパオラが、いらだたしげに扇を椅子の肘掛けに打ち付けて、次にその扇を開いて、そばに立ついかにも彼女が好みそうな美男の犬族のフットマンに耳打ちし、その若い男が物見台の下にいる、ならず者風の男になにやら命ずる。
男が群衆の中に紛れ込めば、とたん人々の中から「男の魔女なんて気持ち悪ぇ!」「異端者だ!」「男で悪魔とまじわって子供産んだってよ!」「本当はいい年なのに、あの若さだ! 悪魔と契ったとしか思えねえ!」そんな声が次々とあがる。
レティシアの美しさに気圧されていた群衆は、その美しささえ魔女への恐怖と憎しみとなり、一つの石が投げられたのを切っ掛けに、次々と人々は石を投げ出す。
昔、その石打ちの刑だけで罪人が死んだという。無数に投げられた石は本来、広場にあるような数とは思えなかった。
「これでは火刑の前に、魔女は無辜の民の石に打たれて絶命しそうですな」と異端審問官が嬉しげにいう。それに物見台にいたパオラもかざした扇の内側で、ほほほと声をあげて笑う。
だが、その直後に異端審問官の嫌らしい笑みも、パオラの声もぴたりと止んだ。
民衆が投げつけた石は、レティシアに少しも届いていなかったのだ。そのひたいやほお、肩に当たる直前で、ぴたりと止まりぽとりと薪がつまれた足下に落ちる。
石はすべて凍り付いていて、パキンと砕けたその小石に民の一人が「ひぃいい!」と声をあげた。
「魔女の呪いだ!」
「呪いにやられるぞ!」
呪いなんてとんでもないと内心レティシアは思う。風の魔力で防御をつくり、それに触れた石が凍り付いて落ちただけなのに。
混乱はとたん広がって、広場に集っていた民達が散り散りに逃げていく。本来なら残酷に行われる火刑に民衆が騒ぐ様に酔いしれるつもりだっただろう、異端審問官とパオラの思惑はまるハズレだ。
ついにパオラが「とっととあの穢らわしい銀狐を燃やしておしまい!」と叫ぶ。処刑執行の権限は異端審問官が持つはずなのにだ。異端審問官は、パオラの剣幕に「はひっ!」と裏返った声で返事をし「火をつけよ!」と叫ぶ。そして。
「薪火と火は聖なるもの。魔女の邪悪な魔法などきかぬわ!」
と笑う。レティシアは冷静に「たんに魔力が効かない処刑用のものでしょう」とたんたんと告げる。
そして、火がつけられる。薪は煙が出ない、罪人がそれを吸い込んで気絶しないような、残酷な作りとなっている。身を炎で焼かれて絶命する瞬間まで、意識を保っているように。
ぼっと薪が燃え広がり、レティシアの足を焼こうとした瞬間。




