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金獅子の王子と林檎姫 その4




 宵闇に浮かぶ白く駆ける姿を追い掛ける。

 驚いたことに馬で追い掛けてなお、追いつけない。


 風の魔法だろうことはわかっている。母であるレティシアもよく使う。またミシェルも。

 狐族はもとから俊敏だ。魔力で補助すれば、一時的にでも馬と同じ速度で駆けられる。


 それも限界はあるが。


 行く先はやはり、あの小さな畑と林檎の木のある家だった。たとえ、姿を見失ったとしても、真っ先に捜索される場所だろうに、どうしてここに真っ直ぐ帰ったのか?とランベールは思ったが。


 だが、家に飛び込んだ姿を追い掛けて入って、その光景に息を呑んだ。


 元騎士の祖父と祖母……いまとなっては本当にそうだったのかわからないが、二人の死体が転がっていた。毒杯をあおったのか、口から血を流した姿で。


「お爺様!お婆様!」


 その嘆きのさけびは本当だった。そして、涙を流し、ガーターに残っていたダガーの一本を自分の喉に突き立てようとした。


 決意とか覚悟もない。まるで機械仕掛けの人形のようだった。

 まるでそうすることが当たり前のように。


 ランベールは白い喉にダガーが突き立てられる寸前で白い手を掴んだ。そして、その黒い瞳をのぞきこんでゾッとする。


 虚無だ。


 そこにはなんの感情どころか、なにも映っていないようだった。まるで心を無くしたように。

 きっとこの手を離しても、別の手段でこれは命を断とうとする。それも自分の意思ではない。仕掛けられたものだと直感した。


 今、目の前に転がる二つの遺体もまた、定められたように毒杯を煽ったに違いない。

 もしかしたら暗殺が成功しようと失敗しようと、彼らは死ぬように定められていたのか?捨て駒そのものではないか。


 死なせたくないと思った。死なせてたまるかと、輝きさえない黒い深淵のような瞳をのぞきこんで、ランベールは思う。


「まだお前の任務は終わっていない。俺は生きている」


 その言葉に黒い瞳にゆらりと意思がよみがえる。ランベールは続ける。


「お前が暗殺に失敗したから、お前の祖父母は死んだんだ。俺が憎くないのか?」

「殺して、殺してやる!」


 その言葉とさけび、白い手が己の首元に伸びてくるのに、胸がひき裂かれるように痛んだ。だが、同時にほの暗い歓喜がわく。

 これでこの存在は死のうとはしない。自分を殺すまでは祖父母の敵を討つまでは。


 暴れる身体を押さえつけて、自分の首元に巻き付いたクラバットをしゅるりと解いて、猿ぐつわをかませた。己の肩のマントを外してその細い身体を包みこんで肩にかつぐ。

 そうして、再び馬上に。なにか物言いたげな護衛の近衛達にも答えず王宮へと戻った。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 そして向かったのは、自分の寝室。寝台にマントにくるんだ身体を放り投げれば、マントから抜け出した身体は猿ぐつわを自ら解いて、そして寝台から飛び降りようとする。

 その身体を上からのしかかり押さえつけた。「離せ!」とさけぶ。最初の大人しい印象とは裏腹に、ずいぶんと元気がいい。


 だが、油断は出来ない。ここから逃げ出して一人となれば、また、あの不気味な暗示が発動して死のうとするかもしれない。使い捨ての道具のように、そんなことはさせない。

 ならば、それが発動しないぐらいの激しい感情を与えよう。今、黒い瞳に燃える炎にやどる憎しみを。己のそばに常にいて命を狙わずにいられないように。


 寝台の上に組み敷いて、下着の胸をはだけてランベールは目を見開いた。雪のように白い胸は平らで膨らみはない。

 それにクスクスと組み敷いた相手はおかしそうに笑う。そして暗く燃える瞳で「わかったならば、殺せ!」と言った。


 今度はランベールが声もなく口の両端をつり上げる番だった。意外な反応に、相手が怯えたような顔をする。そんな表情さえも良いと思う。あんな、死のうとしたうつろな顔より。

 そして、その紅を塗らずとも赤い唇に口づけた。大きく黒い瞳が見開かれるのをランベールもまた、目を閉じることなく近づきすぎてぼやけた視界で見つめ続けた。身体の下の細い身体はもがき、そして、一旦顔を離す。


 ランベールの唇から血がこぼれた。だが、彼は構わずまたシエナに口づけた。血に濡れた舌をその口中に割り込ませて、からめとればもがく身体の抵抗が徐々に弱々しくなる。

 そうして、白い首筋に己の血で線を引くように滑らせる。


 「狂ってる……」とそんな小さなつぶやきに、胸のうちで「ああ」と答える。

 最初の出会いよりも、つい先ほどまでの舞踏会での己の浮かれ具合さえ馬鹿らしくなるほど、今のランベールの胸の中には激情が燃えていた。己の中にこんな見境のない感情があったのか?と。


 死のうとするシエナ。あのうつろな瞳に許せないと思った。自分を置いて逝くことなど。どうしても生きろと。

 男だと知ってなお、この執着に揺らぎはなかった。ならばさらに、これからの行為は屈辱となって、彼は自分を憎むだろう。


 自分を殺すまで死なないと。


 白く薄い平らな胸、祈るように己の額をおしあてて、ランベールは声に出さず繰り返した。




 俺を憎んで生きろ……と。






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