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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました  作者: 志麻友紀
ならば強行突破します!~オーロラの帝都と癒やしの殿下~
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第七話 雪に閉ざされた帝宮 その1




「昼まで元気でいらっしゃったと思ったら、夕方になってお二人ともお食事が進まず、乳母が気がついたときにはすでに高熱だったと」


 広い部屋には天蓋付きの寝台が二つあった。そこにアルダリオンに似た白い髪の少年二人が赤い顔、苦しい息づかいで横たわっていた。


 診る魔力を使わずとも、ミシェルには一目でわかった。これはリンドホルムで冬期に子供達に流行る感冒と一緒だ。それもかなり重篤な状態だった。

 胸全体に炎症を起こしている。


 昼まで元気だったというが、こういう劇症があることもミシェルは数々の例で知っていた。侍医がアルダリオンに説明したとおり、朝、元気だった子供が昼に遊んでいた雪の庭でぱったり倒れて、酷い高熱だった……という話もあった。


 「陛下、ご選択を」と侍医の一人が震える声で言った。もう一人の彼より年若の侍医の眉間にも苦しげなしわが寄っている。

「選択?」

「アレクセイ様とセルゲイ様のどちらかに施術を施すかをです」


 ここまで重症化したならば施術で一旦発熱を収めたとしても、数時間後にまた熱がぶり返す。侍医だけあってかなりの腕の施術師だろうが、二人交替でつきっきりとなれば一人助けるのが限界だろう。


「もう一人を見捨てろと?」

「そうではありません。帝都の施術院から施術師を召し上げれば、もうお一人も助けることが出来ます」

「それも出来ぬだろう。帝都の施術院にも熱を出した子供達があふれていると聞くぞ」


 アルダリオンの顔が苦渋にゆがむ。皇帝という地位ならば帝都の施術師達を全員召喚することも可能だろうが、その代わりに癒し手を失った街の子供達が死ぬことになる。

 まだ冬は始まったばかりだというのに、早く来すぎた冬と同じく、感冒も秋から流行るなど異例なことだったようだ。


「たくさんお湯を沸かして、二人の呼吸を少しでも楽にすることが先決だよ」

「そなた?」


 アルダリオンの呼びかけを無視して、ミシェルはすたすたと片方のベッドに寄ると、苦しげに息を吐いている少年のひたいに手をかざす。ぽうっと指先から光があふれ、苦しげだった少年の息がたちまち楽になり始める。


「僕がこの子を癒すから。あなたたちはそちらを」

「は、はい!」


 侍医達はそれだけでミシェルの施術師としての力が自分達より上だとわかったのだろう。年かさの侍医もミシェルと同じように、もう一人の皇子の額に手をかざす。ミシェルより少し時間はかかったが、その皇子の呼吸もたちまち楽になる。


 呆然とその様子を見ていた乳母らしき女性にミシェルは「お湯を」ともう一度声をかければ、彼女はあわてて身をひるがえして部屋出ていった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 皇子達の熱は収まり、ミシェルは二人の乳母から涙ながらに感謝された。アルダリオンにもまた「そなたは皇子達の命の恩人だ。ありがとう」と頭をさげられてびっくりした。皇帝が人に頭をさげるなんてだ。


「エリザベート……あの子たちの母親のようになるかと思ったのだ。もともと身体が弱かったが、二人を産んでから、ずっと床についていてな」


 アルダリオンの執務室。白いドレスをまとった皇妃は、淡い金色の髪の美しい狐族の女性だった。どこか儚げな感じがする。


「まだ胸に炎症が残っていますから、かならず熱はぶり返します。真夜中のこともありますから、侍医達二人と僕も含めた三人、交替で皇子達を見守ります」


 執務机の前の小卓を囲む椅子に腰掛けたミシェルの言葉にアルダリオンは軽く驚いたように目を見開く。


「君も不寝(ねず)の番をすると?」

「交替ですから仮眠はとりますよ」

「客人にそこまでしてもらうわけには、侍医達だけで……」

「施術師二人で熱を出し続ける患者二人を診ることは不可能です。僕はあなたの客人である前に、施術師です。患者がいれば診るのは当然のことでしょう?」


 きっぱりというミシェルにアルダリオンは一呼吸おいて「ありがとう、重ね重ね感謝する」と言った。


「それから僕からの提案なのですが、この宮殿や帝都だけでなく、国中のすべての人々に皇帝陛下の命で、食事前と帰宅時の手洗いとうがいを徹底させてください。

 これは子供だけでなく大人もです」

「大人も?感冒は子供がかかるものでは?」


 ミシェルは大人は病にかからないが、その原因を運んでいるのだと説明した。そして病は口から入ること、そのために手洗いとうがいを徹底すべきなのだと。


「わかった。さっそく通達を出そう」

「それから、今から書く薬の配合も各所に配ってください。この薬さえあれば熱と胸の炎症も抑えられる」


 数日飲み続けていれば施術師に癒されなくとも感冒は完治するだろう。もちろん癒し手と併用すれば、それだけ治りも早くなるが、それも一人に一度で済み施術師の負担も減る。

 さらさらと羽根ペンで薬の配合を書いて、ミシェルは「はい」とアルダリオンに紙を渡せば、彼はなんとも言えない顔でミシェルを見ている。


「なに?」

「そなたを無理矢理この国にさらってきたのは、この私だぞ」

「ようやく認めた。客人なんて綺麗ごとじゃなくて、たしかに立派な拉致だね」

「それで皇子を癒し、感冒の蔓延を防ぐ手段を私に伝え、さらには薬の配合まで教えるとは、どこまでお人好しだ?」

「言ったでしょ?僕は施術師で苦しんでいる病人を目の前にしたら、それが誰であろうと癒すよ。国なんて関係ない」


 そのミシェルの言葉に「まったく噂通りの癒やしの殿下ということか」とつぶやき。


「そなたには本当に感謝しなければならないな」

「施術師ならば当たり前のことだよ」


 そう返事をして、ミシェルは「僕も皇子達のために薬を作りたいから、侍医達に薬草があるか確認してくる」と席を立った。

 部屋を出て行くミシェルのほっそりした後ろ姿が、扉の向こうに消えてもなお、アルダリオンは見つめ続けたのだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 ミシェルの薬湯の効果もあって、皇子達の胸の炎症も徐々に治り、発熱も数度あったが三日後にはベッドからもう出たいと、言いだすほど元気になっていた。


「そのお薬、変な匂いがして苦手」

「セルゲイも、もう熱が下がったのに、まだ呑むの?」


 アレクセイの言葉にとなりの寝台のセルゲイも文句を言う。熱から回復すれば、やんちゃ盛りの十歳の皇子達だ、乳母やメイド達が監視しているから寝台からの脱走はまだしていないが、時間の問題だろうとミシェルはくすりと笑う。

 まあ、それぐらい元気になってくれた証拠なのだが。


「また熱がぶり返して苦しい思いはしたくないだろう?」


 そのミシェルの言葉に乳母のウーラが「お薬が飲めたら、甘いお茶とお菓子を用意していますよ」と告げる。皇子達はしぶしぶといった風に、鼻を摘まみぎゅっと目をつぶって、同時に薬湯を飲み干した。

 ウーラとメイド達が差し出す飲み物と焼き菓子をつかんで飲み物を一口。白い砂糖菓子をかじってふうと息をつく双子の仕草がそっくりで、ミシェルは思わずクスリと笑ってしまう。


「ミシェルは綺麗で優しいけど、この薬湯だけは嫌い」


 「セルゲイも~」ともう一人が賛同する。この三日間自分達の看病をしてくれた、この異国の癒し手の王子に双子の皇子はすっかり懐いていた。

 「なら、この僕も嫌い?」と訊ねると二人ともぶんぶんと首をふる「アレクセイはミシェルのこと大好きだよ!」と続けて「セルゲイも!」とさけぶ。積極的な性格なのがアレクセ

イで、セルゲイはそれにいつもくっついている感じだ。


「とにかく、二人ともあと二日は寝台の中で大人しくしていること、薬湯も飲むんだよ。いいね」


 「え~二日も」とそろえられた声にミシェルは苦笑して、椅子から立ち上がる。するとくらりと目眩がした。そのまま床に膝をつく。

 「ミシェル!」と遠くで双子の声が聞こえた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 次に気がついたときはあてがわれた自室の寝台の中にいて、そばについていたメイドが「陛下にお知らせしてきます!」と慌てて出ていき、すぐにアルダリオンが現れた。


「まったく無茶をする。施術師が倒れては元も子もないぞ」


 ミシェルが身を起こした寝台に椅子を引き寄せて、傍らに座りながら彼が言う。少しの既視感にああ、これは自分が脱走をくり返していたときの、説教口調だと思い当たる。

 「皇子達は?」と気がかりなことを真っ先に聞けば「自分より、他人の心配か?」と言われた。


「自分が診た患者に責任を持つのは当然でしょ?」

「息子達はそなたの心配をずいぶんしていた。だが、今日、明日は身体を一日休めるように。侍医達に聞いたが、そなたは彼らの足りぬ分も癒し手を施し、その合間に薬を作っていたと聞いていたぞ」

「患者を診て、徹夜ぐらい当たり前だって言いたいけど、施術師が倒れていちゃ人のこと言えないよね。休ませてもらいます」


 ここで反論しても仕方ないとミシェルにはわかっている。


 実はリンドホルムでも昨年倒れて、クリストフにも言われたのだ。

 あれはミシェルの作った薬湯の効果もあって、王城の施術院に駆け込んでくる子供達の数も、少なくなり一段落ついた頃だった。


 ミシェルも夜中の急患でも上の王族の居室から、下の施術院に呼び出されて駆けていくことも多々あった。一緒の寝台に寝ているクリストフを起こすことになって、すまなく思っていたけど、彼はいつでも「気をつけて」と送り出してくれていた。

 だけどミシェルが倒れたら、ひどく心配げな顔をして。


「子供達の命も大事だが、俺はミシェの身が一番大事だ」


 なんて怒るでもなく「自分の身体も労ってくれ」と言われればこくりとうなずくしかなかった。


「だが、ありがとう」

「え?」


 ふと、今はどうしているのか?考えると胸が痛む、愛しい人のことを考えていたが、傍らの声に意識が浮上する。

 白虎の北の皇帝は翠の瞳で、じっとミシェルを見ていた。


「皇子達だけでなく、そなたの教えてくれた薬湯のおかげで、帝都の子供達の命も救われた。施術師達も疲労しきっていたからな。

 手洗いとうがいのふれを出してから、新たに感冒にかかる子供達の数も徐々に少なくなってきていると報告があがっている」

「そう、よかった」


 ミシェルは笑顔となった。施術師として命が助かったと聞くのがなにより嬉しい話だ。


「皇子達はすっかりそなたに懐いているし、侍医達もその知識と技術の信奉者だ。侍医長にはリンドホルムで宝を得られたと言われる始末だ」

「それは……」

「私があの国境(こっきょう)にいたのは、自分の目で現地を確かめるためだ。いつか来るだろう戦争のために」


 帝国は常にリンドホルムを狙ってきた。だが、こうして改めて言葉にされると、目の前にいる北の皇帝の白虎の迫力をいまさら感じてしまい戦慄する。

 いつもミシェルととりとめのない話をしているときと男のまとう空気は、がらりと変わっていた。その翠の瞳は北の大帝と呼ばれる男のものだ。


「もし、余がリンドホルムへの侵攻を諦めると言ったらどうする?」

「え?」


 一人称が私ではなく余と皇帝として公人のものになっていた。しかし、その彼らしくもない問いかけにミシェルは思わず聞き返す。


「そなたがここに残るというならば、リンドホルムへ手を出さないことを誓ってもいい」


 あまりに唐突な言葉にミシェルが戸惑っていると「戯れ言だ」と言い残して、アルダリオンは去って行った。


「本当に冗談だよね」


 一人取り残されたミシェルはぽつりとつぶやいた。






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