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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました  作者: 志麻友紀
ならば強行突破します!~オーロラの帝都と癒やしの殿下~
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第三話 三年目の春 その2




 クリストフが手を出してくれない。

 これはゆゆしき問題だ。


「ねぇ、マイニ。クリスに僕のこともっと好きになってもらうには、どうしたらいい?」


 自分付きのメイドであるマイニに相談したら、兎の立った長い耳をふわふわゆらして「陛下がこれ以上、殿下のことをお好きになられるんですか?」と返された。


「うーん、無理かな?」

「いえ、わたくしに考えがあります」


 マイニに提案された、この国のお祭の衣装を着て出迎えたら、クリストフはものすごい喜んでくれた。肖像画を描かせるという話に、ちょっと大げさになっちゃったかな~と思うけど。


「君に話がある。隠し事はしたくない」


 とそのあと、愛妾の話を断ったとクリストフの口から聞いた。ミシェルは知っていたけれど、初めて聞いた顔で「話してくれてありがとう」とうなずいた。

 「俺には君だけでいい」と言われて頬を染めて、よい雰囲気になったのかな?と思ったけれど。


 夜着に着替えて寝台に入り、クリストフに抱きしめられて、ミシェルはすやすやと寝た。

 ぐっすり寝られたけれど、翌日、がっくりと肩を落としたことはいうまでもない。





 ちょっと薄着をしてみたら「春がきたとはいえ、まだ寒いぞ」とクリストフが自分の上着を脱いで肩にかけてくれた。とても温かかった……。


 夜遅くまで執務にかかっていた彼を待っていて、上目づかいに見つめたら「寝ないで待っていてくれたのか?」とひたいに一つ口付けをくれて、それからしっかり抱きしめて二人で眠った。


 やはりクリストフの腕は温かかった。






 これではダメだ!とミシェルは手紙をレティシアに出した。率直に「夫をその気にさせる方法を教えてください」と。


 返ってきた手紙は母大公らしく流麗な文字で、簡潔にまとめるとこうだ。

 あなたはなにもしなくても魅力的ですし、私もなにかした記憶もありません。


 相談先を間違えた……と手紙を読んだときにミシェルは悟った。そうだ、あの獅子族の父はそっこー手を出したのだった。一月、母の部屋の扉の前で寝た、それが受け入れられた夜に。


 さらにはその手紙を盗み読みした、ロシュフォールが婿に「ヘタレ」とひと言書面を送ったのだが、ミシェルは知るよしもない。

 しかし、偉大なる母大公はやはり偉大で、ミシェルに最大級の助言を与えてくれたのだった。




 あなたももうじき十七歳になりますね。私が陛下と出会ったのと同じ歳です。




 それで決意を固めた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 一年目も盛大に祝ってもらったけれど、二年目の誕生日はもっとたくさんの人に祝ってもらえた。すでにお礼はもらっているのに、地方の街や村々から自分への誕生祝いの品々が贈られていた。


 金脈が発見されてから発達したという金細工。木工の品に、巧みな刺繍が施された美しい衣装。

 それら一つ一つに礼状を書きながら、贈り物はなるたけ自分の誕生日のみにしてもらおうと、ミシェルは考えた。気持ちは嬉しいけれど、これがみんなの競争になってはいけない。


 そして、夜に開かれた誕生日の宴。


 ミシェルはリンドホルムに伝わる男子の晴れの日の衣装だ。金ボタンが輝く赤の上着に、下のジレ(ベスト)にはびっしりと刺繍が施されている。肩に腰丈までの白貂の毛皮のマント。金細工の耳飾りに首飾り腕飾りがまばゆい。


 クリストフもまた同じくこの国の衣だ。黒い上着に銀の刺繍が施された黒のジレ。そして黒貂の毛皮のマント。耳飾りは付けてはいないが、金の首飾りと腕飾りはミシェルとそろいだ。


 堂々としたクリストフと可憐なミシェルの姿は、似たような流行の宮廷装束をまとった貴族達の中で、ひときわ輝いて見えた。

 次の王城で開かれた宴から、貴族達がこぞって伝統の衣装をまとったことはいうまでもない。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「陛下、わたくしはずっと陛下のことをお慕い申し上げておりました」


 お祝いのリンゴ酒と人いきれに熱くなって広間の外へと、いくつかある控えの部屋の前室でミシェルは足を止めた。


 薄く開いた扉から見えるのは、クリストフとウルリッカの姿だ。王の愛妾に……という話は、クリストフがはっきりと父であるハットネン侯爵に断ったはずだが。


「父に言われたからではありません。わたくしは、幼い頃からずっと陛下のことを……」


 クリストフをウルリッカがすがるような瞳で見上げる。その表情はミシェルに突っかかってきたときの傲慢さがうそのように消えていて、ただの一人の少女に見えた。


「明後日はわたくしの婚約式が行われます。結婚式は一月後になるでしょう」


 ずいぶんと急な話だが、クリストフが彼女の父に愛妾の話をきっぱり断ったことは、王城や貴族社会にはすでに広まっている。


 ミシェルが知っているのは、自分の護衛のあの若い騎士が、名誉挽回とばかり嬉しそうにしゃべったからだ。すぐにそれもくだらぬことを殿下のお耳に入れてと、年上の騎士に怒られていたけど。


 ウルリッカの結婚話を慌ただしくまとめたのは、噂が広まって、それが彼女の疵となることをおそれたのだろう。行き遅れの娘など家の恥になると考えたとしたら、まったく勝手な父親だ。


 だが、それが貴族社会の現実だ。好きだからと、その相手と結ばれることのほうが少ない。

 そう考えると自分はとても幸運だったのだと、ミシェルは思う。クリストフと出会って、彼も自分を想ってくれて、最終的にはあの頑固な父も兄も、自分達のことをしぶしぶとはいえ認めてくれた。それはあの母大公の口添えもあったのだろうけど。


「……せめて、せめて生涯の宝として口付けを一つくださいませんか?それだけで、わたくしは他の男のところに嫁ぐことが出来ます」


 ミシェルはそれ以上その場にいることができなくて立ち去った。

 優しいクリストフならば、最後と言われれば彼女の望みを叶えるのではないか?

 そう考えるとミシェルの胸はひどく痛んだからだ。


 宴にそのまま戻る気分にもなれず部屋に戻る。マイニはさぐるような視線を向けてきたが「リンゴ酒に少し酔っちゃった」とごまかした。


 着替えを手伝ってもらい、夜着となって自分の寝室、そこに置かれた寝椅子にぼんやりと腰掛けていたら、扉が開いた。


「クリス……」


 急いでやってきたのか、彼は宴のときの装束のままだった。寝椅子の前までやってきた彼は告げた。


「ウルリッカの願いには応えていないよ」

「……あいかわらず耳がいいな。僕がいたこと知っていたんだ」

「君の足音を俺が聞き間違える訳がない」


 知らず瞳をうるませれば「信じて欲しい」と言われてミシェルは首をふる。


「クリスがいうなら信じる。うん、わかっていたのに疑ってごめんね」


 いくら最後のお願いだとしても、クリストフが自分を裏切るわけがない。たとえキス一つだって彼はしないだろう。

 きっとこの部屋に来るのに時間が掛かったのは、泣いてすがる彼女と丁寧に話したからだ。彼の誠実さはよく知っている。


 いくら優しくても最後の口付けもくれない人。

 とても残酷だけど、ミシェルにとってはだからクリストフがますます好きだと思える。


「僕、ひどいよね……」

「なぜだ?」

「好きな人と結ばれて幸せなのに、その相手に同情するなんてさ」


 クリストフが来てくれてホッとしているのに、報われない彼女の恋心に同調して切なくなるなんて傲慢だ。


「やはりミシェルは優しいな」

「それはそっくりクリストフに返すよ」


 「さあ寝よう」とふわりと腕に抱きあげられれば、リンゴ酒の酔いがまだ残っていたのか、その温かさに急速に眠りがおとずれて、寝台に横たえられたときにはもう……。


「……僕の馬鹿」


 朝、クリストフが執務に行って、起き上がった寝台で、ミシェルは頭を抱えたのだった。せっかくの十七歳の誕生日だったのに。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 数日後、今度こそと決意して「僕は十七歳になりました!」と宣言したら、あっさり「夫婦になるか?」と言われた。


 夜になり寝台でクリストフを待っていた。知らずに手短にあったクッションを抱えて、これからのことにドキドキとする。


 ミシェルとて施術師なのだから、どこをどうすれば子供が出来るかぐらい知っている。自分は男だけど、母大公レティシアの施術の記録だって見ているのだ。


 だけど自分のこととなると、緊張してしまうのは仕方ない。


「ミシェ」

「は、はひぃ!」


 裏返った声が出た。そんなミシェルにクリストフがくすりと笑う。そして寝台にそっと横たえられていよいよかと思う。


 ひたいにひとつ口づけられて、ぎゅっと目をつぶる。しばらくして彼が動かないのに目を開けば、こちらをじっと見ていた。


「クリス?」

「ミシェ、無理しなくていい。怖いならまた今度……」


 クリストフが言いかけて止まったのは、ミシェルがぽろぽろと泣いたからだ。

 「ミ、ミシェ」と自分のうえですっかり慌てている男に「馬鹿」と怒る。


「初めてなんだから怖いに決まっているじゃないか!」

「だから急いですることはないんだ。焦る必要はない」


 子供をなだめるような優しい声音に、ミシェルはますます悲しくなる。


「僕、そんなに子供?クリスが手出したくないほど魅力ない?」

「ミシェ?」

「怖くて当然で、初めてでガチガチなのも当たり前だけど、僕はクリスに奪って欲し…い……」


 その言葉はお互いの唇に吸い込まれた。いつもは触れるだけのそれなのに、舌が入りこんできて驚いたけど、それも絡め取られて吸い上げられて、ふわふわとした心地になるのは……クリスだからだ。


「あ……」

「愛するものを欲しくない訳がない」


 耳元に熱い吐息がかかってぞくりとする。そのまま首筋に口づけられて、くすぐったさに身をよじれば、そこを少しキツく吸われて「あ……」と声が出た。


 「たしかに俺はヘタレだったな。ゴメン」なんて謎の言葉とともに、そこから先は優しくもむさぼられるようだった。




 朝、くったりと横たわる幸せそうなミシェルをかいがいしく世話をやく、クリストフの姿があった。







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