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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました  作者: 志麻友紀
ならば強行突破します!~オーロラの帝都と癒やしの殿下~
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第三話 三年目の春 その1




 若い狼の騎士は真っ青になり、年かさのほうは激怒していた。ミシェルはそれをなだめるのに気を取られて、そのときはさして気にもとめなかった。


 いや、やはりぼんやりしていたのだろう。


 側女、愛妾、側室、国によって様々な言い方がある。ミシェルだって知らない訳ではない。自分の父王と母大公はともかく、他の貴族達には当然のように妾腹の子供もいた。そもそも自分達の住んでいた後宮だって、父が母を娶る前にはたくさんの愛妾がいたとも聞いていたから。


 それに自分達が生まれたあとだって、父の愛妾問題が持ち上がらなかった訳ではない。獅子族の王子が兄一人では心許ないと、機会があれば父に自分の娘や縁戚の娘を薦めようとする貴族達はいたのだ。


 そのたびに父が激怒するのに母がなだめている光景を見たことがある。それに兄が「父上は母上ひとすじなのに貴族どもはまったく懲りないことだ」とため息をついているのも。

 王家にとって血の存続はなにより大事だというのが世間一般の見方だ。レティシアも「本来ならば、私が陛下に勧めなければならないのでしょうね」とも言っていた。


 父や兄には聞かせられない話を、この母大公が自分にしてくれるようになったのはいつだろうか?たぶん十三になったぐらいだろうか?

 王族の姫ならば他家に嫁いでいてもおかしくない。そんな年齢の頃からだ。


 思えばあれはもしかしたら他家に嫁ぐかもしれない、自分に対してのさりげない母大公の教えだったのだと今さら思う。


「それで母様、父様に愛妾を勧めるの?」

「まさか、陛下が聞き入れるとは思いません」

「だよね」

「それに私もあの人に他の者など、勧めたくもありませんから」

「……意外と母様って父様のこと好きだよね?」

「もちろん愛していますとも、だからあなた達が生まれたのでしょう?」


 そう言って微笑んだ母大公は、いつもよりさらに綺麗だった。






 ミシェルだって当然クリストフに愛妾など勧めるつもりはない。

 クリストフのことだって信じている。


 だけどもやもやするのだ。


 ミシェルは自分の胸に手を当てて、そこがぺったんこなことに気付く。いや、当たり前だけど。

 見下ろした自分の身体は、細くて小さくて薄い。この年頃の女子ならば同じ細さでも、もっと柔らかくて胸だってある……いや、男だからないんだけど。


「母様もぺったんこだったしなあ」

「なにがですか?殿下」


 施術院長に声をかけられて、目を見開く。ぼんやりしていたようだ。

 今はいないが、患者だって診なきゃならないのに、自分がこんな態度ではいけないと、ミシェルは気をひきしめたのだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 王の書斎。壁面に作り付けられた本棚にはびっしりと革張りの本で埋められている。歴代の王の蔵書であり、クリストフが王位についてからは、その本があふれ出して、所々に積まれていた。


 そろそろ王城内に図書室を作るべきか?とクリストフは、傍らにたった男の言葉を聞き流しながら思う。飴色の光沢を放つ机に腰掛けたその姿は、とても上の空には見えない。相手の話を真摯に聞く態度ではあるが。


 戦う王に書物など必要なのか?と祖父スタイフを大半の狼の戦士達が笑ったそうだ。知識と教養は大国と戦う武器となると祖父は答えた。


 その祖父と同じくクリストフも読書家だ。バーデルベルクの大学への留学経験もあり、書棚からあふれているのは、その留学時代に集めてせっせと国に送ったものだ。


 これにミシェルの輿入れで彼の蔵書も加わった。医術や薬学の本も無数にあったが、それだけでなく科学に歴史、人文と多岐にわたっていた。


 急きょ、ミシェルのためにも書斎を作ったが、やはりあそこからもあふれているようだ。本当に図書室の必要はあるだろう。ならば王家の者だけでなく、城の者なら誰でも閲覧出来る様にすれば、文字など張り紙にしか目を通さないような、戦闘馬鹿の狼どもも少しは読書習慣がつくだろうか?と考えていると。


「なにをお迷いになっているのです?北の銀狼ともあろうお方が、大国サランジェの顔色をうかがうなど情けない」


 どうやら沈黙していることで、こちらが迷っていると誤解されたようだ。

 目の前にいるのはハットネン侯爵だ。王家に次ぐ最大の部族の族長であった男で領地も大きい。


 かつては銀狼であろうともおそれはせず、銀の森の覇権をかけて争った……その黒狼の面影はもはやなく、目の前にいるのは美食ででっぷりと肥え太り、金ぴかの宮廷服をまとった男だ。

 これでは乗る馬も嫌がるのではないか?と思ったが、最近の移動はもっぱら馬車だとあとで聞いた。


「ハットネン侯、俺は他の妃を(めと)る気はない」


 この侯爵には内々に使いの者から打診はされていたのだ。自分の娘を妃として差し上げたいと。


「サランジェの殿下にお手をつける前に、他の妃をもらうなど外聞が悪いですか?

 しかし、いくら大国サランジェから押しつけられたとはいえ、あのような子供で男では、その気にもなれんでしょう。

 ならばうちの館にお越しになられませんか?正式に妃とするのも外聞が悪いというのならば、子が出来た頃に子共々認めて頂ければ、我らは陛下の忠実なる(しもべ)。不満などございません」


 自分の娘とのあいだに子供という“事実”を作ってしまえば、サランジェ側も文句を言えないだろうと侯爵の言葉を、クリストフはかすかな怒りとともに右から左に聞き流す。


 まったく、父親ではなく娘に恥をかかせてならないと、打診をのらりくらりとはぐらかしてきたが、とうとうこの執務室までやってきて、なにを言いだすかと思えば。


 自分がサランジェの顔色をうかがっていると思うのはいい。しかし、ミシェルがいるのに妃をとれだの、さらにはあれに魅力がなくて自分が手を出さないというのはいただけない。


「ミシェは、王妃は美しいだろう?」

「は、はあ、顔だけは……いやいや、たしかにかの有名な銀狐の大公殿下譲りの美貌ですな」


 さすがにこれは認めざるをえないか。しかし、顔だけとはなんだ。


「心根もとても綺麗で優しい。施術師として腕も一流だ。この王城や街で彼が、どう呼ばれているか侯は知っているか?」


 「は、はあ?」と訊ね返す声にしらないのかと思う。祖父の代から三代にしてすでに馬にも乗れず剣もろくにふるえず戦士でもない、中央の軟弱貴族の“文化”だけ取り入れたこの男には、下々の声も暮らしなどどうでもいいのだろう。


「癒やしの殿下だ。子供達は殿下先生と呼んで王妃をとても慕っている。

 それに侯もこれは知っているだろう?冬期、子供達にたびたび流行る病。ミシェの薬で今回の冬はほとんどの子供が命を失うことなく越すことが出来た」


 さすがに自分の領地のことは知っているだろう?と、クリストフがその銀の瞳で見つめれば「も、もちろん大変助かりました」と不承不承答えている。

 「それにな」とクリストフはたたみかける。


「俺はミシェがかわいい」

「は…い?」


 真顔で告げるクリストフに侯爵はほうけたような顔となる。いきなりこの若い王はなに言ってるんだ?という顔だが、彼は気にせず続ける。


「正直最愛だ。そのロシュフォールの大王よりさらってきた得がたい宝だぞ。


 ああ、侯は“おしつけられた”となにやら妙な誤解をしているようだが、俺がミシェをあの大王から奪ってきたんだ」


 「剣を交えてな」とは嘘ではない。かの金獅子王の勇猛さは大陸にとどろいている。自分が戦った訳でもないのに、ひゅうっと息を呑んだ侯爵に、クリストフはらしくもなく口の片端をあげて人の悪い笑みを浮かべた。


「かの大王の試練を越えて迎え、いまもこの気持ちが衰えるどころか、ふくらむばかりのかわいいミシェがいるのに、どうして他の妃を迎えろと侯はいうのか?」


 クリストフの言葉に侯爵はすごすごと書斎を退出して行った。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 執務を終えて奥の居室へと戻れば「お帰りなさい」の声にクリストフは軽く目を見開いた。


「ミシェ?」

「似合う?」


 にっこり微笑んだミシェルの姿は村々から届いた民族衣装だった。

 だがいつもの男子用のものではない。やはり辺境では情報が上手く伝っていないのか、クリストフが異国から美しい王妃を迎えたと、それで作られた若い娘用の晴れの日の装束だ。


 造花の花がたくさんついた髪帯が銀の髪にはえて色鮮やかだ。耳の横で揺れるリボンも愛らしく、清楚な白いブラウスに、びっしりと刺繍が施されたジレから、ふわりと広がる空色のスカート。透ける白のエプロン。

 男にしては小さな足を包む、赤い布の靴。


 しかしなぜ女物を?とクリストフが訊く前にミシェルが口を開いた。


「せっかく送ってくれたんだからさ、もったいないからクリスには見せようと思って、マイニに手伝ってもらったんだ」


 「とてもお似合いですよ」とミシェル付である兎族のメイドの少女が微笑む。


「よくない?」


 いつまでも無言で見つめているクリストフにミシェルが不安そうに訊く。それにクリストフが無言で腕を伸ばして抱きあげた。


「わあっ!」

「いいや、とても素敵だ。このままさらってしまいたいほどだな」

「もう、さらっているじゃない」


 頬を染めるミシェルに、クリストフは目を細める。


「絵にして残したいぐらいだな」

「ならクリスも一緒がいいな」


 ミシェルとしては彼も民族衣装姿で自分達を描いてもらいたいという意味だったのだが。


「ならば俺はサランジェ王国の衣をまとわねばならないな。義父上殿から贈られたあの白いくるくるのカツラに王都で流行っているという、あの紫のガウンをまとって」

「かっこ悪いクリスを見たくないからやめて!」


 「あれ全然流行ってないから!」というミシェルの言葉にクリストフは思わず笑い声をあげたのだった。

 ミシェルの肖像画は本当に描かれて、クリストフの秘蔵品となった。





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