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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました  作者: 志麻友紀
ならば強行突破します!~オーロラの帝都と癒やしの殿下~
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第二話 二年目の冬 その1




 一年目の冬を風邪一つなく過ごしたミシェルは遅い春を王城で迎えた。

 城の中庭にも色とりどりの花々が咲き乱れて、子供達が遊んでいる。


「殿下先生、これ」


 やってきた子供が差し出す花冠に、ミシェルは「ありがとう」と破顔して、その子の前にひざまづく。子供がミシェルの頭の上にそれを載せると、彼は「どう?」と、その子だけでなくその子の後ろにいる花冠を作った子供達に微笑んだ。


「綺麗!」

「春の女神様みたい!」


 はしゃぐ子供達に囲まれて微笑むミシェルは、ふわりと波打つ銀の髪に、すみれ色の瞳、頭上の花冠も相まって本当に女神のようだった。


 そんな光景を城の大人達も微笑んで見ている。クリストフももちろん微笑みを浮かべていた。






 だけど中庭から城の中に入って二人きりとなって「嫌でなかったのか?」とクリストフに聞かれてミシエルはとまどった。


「なにが?」

「いや、その花冠だ」

「似合ってない?」

「逆だ。似合い過ぎていて春の妖精ようだな」


 そこでクリストフが一呼吸おいて。


「女神に例えられていただろう?子供達だからお前は怒ることはないと思ったが」


 気遣わしげな彼にミシェルは「そんなこと」と微笑む。


「綺麗だってほめてくれたんだから素直に喜ぶべきでしょう?この花冠だって本当に嬉しかったし」


 頭の上にある花をつぶさないように、そっと手をそえて、ミシェルは小首をかしげて微笑む。クリストフが、まぶしいものでも見るみたいに目を細めた。


「そりゃまるきりか弱い女の子扱いは怒るけどね」


 「父様とか兄様とか」とつぶやけば、目の前の端正な顔が苦笑した。あの過保護な父と兄の姿が思い浮かんだのだろう。


「母様もいまさら自分や僕が狐族の男子の珍種なのは変えられないんだからって言ってた」


 ミシェルだって子供の頃から力も体格もなにもかも違う兄に、思うところがないわけではなかったのだ。そこは男子としての矜恃はある。


 だけどそんなときに母大公は必ず今の言葉を言ってくれた。

 生まれ持ったものは変えられない。無いものではなくあるもので努力すべきだと。


 だからミシェルは自分の得意な癒やしの能力に磨きをかけ、学び、施術院で経験を積んできた。

 それが今、少しでもこの国の役にたっているなら、うれしい。


「珍種などではない、君も大公殿下もとても美しいと思うぞ」

「ありがと、確かに母様は綺麗だよね」


 男とか女とか関係なく、レティシアはミシェルの手本だった。どんな時でも気高さを失わず、時に厳しいこともあるけれど本当は優しい。


「君は俺にとっては一番かわいい伴侶だ」

「っ……」


 ミシェルはどかんと赤くなった。もうこの人は恥ずかしげもなくこういうことを言うんだから!


「ク、クリスだって……」


 しかし、いつも言われて赤くなっているだけではくやしい。ここは素直な気持ちで。


「僕にとっては一番かっこいいと思う」


 本当にそう思っていた。初めて会ったときから、自分と色の違う銀の髪に銀の瞳や、精悍な顔立ちにすらりと高い背とか、当時子供だった自分にも対等に接してくれた真摯な態度とか。こんなふうに素直に思ったところを口に出す真っ直ぐなところとか。


 顔の右に残る傷は癒した自分としては後悔が残るところだけど、その男ぶりを少しもそこねていない。


 戦傷は男の勲章!なんて強がりをいう騎士達の気持ちは分からなかったけれど、今なら少し分かる気がする。


「クリスはその傷さえかっこいいし」


 ミシェルにはそう見える。自分にとっては大陸一かっこいい王様だ……なんて言ったら、父様怒るかな?と思った。


 そういえば、あれはいつだったか。王宮で招かれたバレエ団のエトワールの男性がかっこいいと、うっかり翌日の朝食の席でもらしたら、自分のほうがかっこいいと父と兄で大論争になったっけ?とミシェルは遠い目になる。


 最後には父と兄のどっちがかっこいい?になって、キレたミシェルが「小さいか大きいかで同じ顔してるんだから比べようもないでしよ!」とさけんだ記憶がある。


 そういえば春になって雪に閉ざされていた街道も開いたから、家族にもさっそく手紙を書こうなんて考えてミシェルが顔をあげれば。


「え?」


 大きな手で自分の口許を押さえて、微妙に視線を泳がせているクリストフの姿があった。

 この人照れてる?と思うと同時に、ミシェルの顔にもふたたび血が昇った。


「俺はかっこいいか?ミシェ?」

「う、うん」

「そうか、ありがとう」


 二人して赤くなっているのを、通り過ぎる城の者達の唇にはおもわずといった微笑みが浮かんでいた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 遅い春を待ちわびたように花々は咲き乱れ、やってきた新緑の夏は美しく、瞬きの間に過ぎ去っていく。


 このあいだまで花咲いていたと思ったら、もう木の葉が色付く秋で、春の花摘みから、今度はキノコと木の実採りとなった。


「ミシェが綺麗なのを見つけたと、毒キノコを見せてくるのを楽しみにしていたんだがな」

「あのね僕は施術師なの。薬草にも詳しいんだよ」


 そもそも毒キノコの中には薬にもなるものがあるのだ。


「そうだった、立派な殿下先生だったな」

「クリスに言われるとくすぐったいな」


 黄金の木の葉散る美しい森。子供達がなにかを見つけてまた歓声をあげた。







 そして迎えた冬。


 世界が白く染まり、久々の晴天の日。クリストフが手綱を握るトナカイのソリに乗って、ミシェルははしゃいだ。


 ソリで森の郊外まで行くと、城と街の子供達が雪で作られた家の中で待っていて、温めたリンゴジュースでもてなしてくれた。クリストフには温めたリンゴ酒で「冬はこれだな」なんて笑っていた。


 王城を囲む湖が凍り付いて、二度目の冬祭も二人で屋台を見てまわった。「今年は俺が」とクリストフが買ってくれたのは、綺麗な銀とスミレの石で互いの瞳の色を交換しあった。


 雪と氷に閉ざされる冬。晴れ渡る日も少なく、どんよりとした垂れ込める雲に気うつの病となる者もいる。


 主に暇を持て余した貴族の夫人に多いそうなのだが、それも今年はミシェルが考案した薬草茶が好評だという。嬉しい話だ。


 しかし、元気なミシェルも長い冬。分厚い薬草辞典をぱたりと閉じて、ふう……とため息を一つ。いつもはピンとしている耳に尻尾も、心なしかくたりと威勢がない。


 さすがのミシェルだって、王城の中から滅多に出られない冬。考える時間だって出てくる。


 最近気になるのは……。

 クリストフがいつまでたっても手を出してくれないこと!


 十五歳でこの国にきて、正式な結婚は春が来てからと言われた。

 思えばクリストフはミシェルがこの国の冬が越せるかどうか心配だったのだろう。


 優しい彼のことだ。ミシェルが冬が辛いと泣けば、きっと春になって国に返してくれるつもりだったのだ。


 それに関してもちょっと腹が立つ。

 そんな覚悟で自分はこの国に嫁いで来ていない!


 そして春になって結婚式をあげた夜。ミシェルは寝台で緊張してクリストフを待っていた。


 実はその前から二人は寝台を共にしていた。ただ、寄りそって眠るだけだけど。

 理由は簡単。

 ミシェルが寂しくなったのだ。


 いくら決意を固めてこの国にやってきたとはいえ、そこはやはり十五歳の大人なのか子供なのかあいまいなお年頃で、王家とは思えない温かな家庭で暮らしてきたのだ。


 それで一人寝が寂しくて、最初の夜からクリストフの寝台に枕を抱えて突撃したら、彼は優しく受け入れてくれた。

 あれがいけなかったかもしれない。


 そう“初夜”の晩も「今日は儀式や宴会で疲れただろう」と言われて抱きしめられて、ぽんぽんと赤ん坊をあやすみたいに背中をたたかれているうちに……気がつくと温かな腕の中、朝を迎えていた。


 あれからも一緒に眠っているけれどクリストフが手を出してくる気配はまったくない。


「僕ってそんなに魅力ないかな?」

「なにがだ?」

「わあっ!」


 我ながら、しっぽがぶわっとふくらんだのがわかった。振り返ればクリストフがいた。

 これだけ存在感がある銀狼の王様は、うらはらに気配を遮断するのも得意だ。足音を立てることはないし気がつくと後ろにいる。


「驚かせたか?すまない」

「ううん、僕こそいつまでも慣れなくて」


 ふわりと抱きあげられて、片腕に腰を乗せるような形になって、ふくらんだ拍子に毛並みが乱れているしっぽをなでなでされた。


 その感触にミシェルはほうっ……と息をついた。しっぽに触れる行為は、家族か恋人にしか許されないものだ。

 だから、それぐらいミシェルのこと思ってくれているとは思うんだけど。


「どうした?」


 じっと顔を見つめていると訊ねられた。ミシェルは「なんでもない」と首をふる。

 自分から抱いてくれなんて、やはりちょっとはしたないかな?と思う。






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