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君こそが俺の輝ける星~You're My Only Shinin' Star~ その1




 父が死んだという知らせを受けたのは、クリストフが十七歳のとき。ゲレオルク国にある自由都市であり、大陸有数の大学都市の一つであるバーデルベルクの寮の一室にてだった。


 貴族の子弟用のそこは、主人用の居間と寝室、使用人達が詰める部屋があり、そこから伝書鳩の知らせを受けた壮年の従者イェランが、慌てた様子で出てきた。


 「どうした?イェラン」とクリストフは呼びかけた。

 従者達のまとめ役であり、幼い頃からのクリストフの守り役でもある落ち着いた彼が、こんな青ざめた顔色なのは見たこともない。


 このときクリストフは居間にて、自分と同年代の従者であるヨーンとユーハンと談笑していた。身分の違いはあれど、軽口をたたき合うような気さくな幼なじみ達だ。ともに遊びともに勉学にいそしみ、自分の留学にもこうして付いてきてくれた。


「ハインヒ様が崩御なされました」

「なんだと!?」


 留学に出て二年になるが、父はそのとき元気であったし、病床についたという知らせも受けていない。重い病になればすぐに知らせが来るはずだ。


「事故に遭われたのか?」


 だから、そう訊いたイェランは静かに首を振り「“表向き”急病にて死去されたことになっております」と答えた。“表向き”という言葉が気になる。


「もう一つお知らせがあります。エーリック様が王位に就かれたということです」

「な!?」


 クリストフは再び驚き、ヨーンが「そんな馬鹿な!」とさけぶ。「殿下を差し置いて王位など!」とユーハンが憤ったように言う。


 “表向き”という理由をクリストフは一瞬にして理解した。そして口を開く。


「他の者達は叔父が王位につくことに反対しなかったのか?」


 他の者とは貴族達のことだ。祖父の代までは各部族長を名乗っていた彼らが、国の近代化に応じて爵位を授けられたもので、私兵も抱えているし権限も強い。よく黙っていたものだ。


「それが、ほとんどの者がエーリック様の王位を認めたようです」


 「各領地の自治と引き替えに」とのイェランの言葉にクリストフは「なるほど」とつぶやいた。


 リンドホルムが一つにまとまり国となったのは祖父の代からで、それまでは各部族長の連合のようなものだった。叔父は祖父が爵位の代わりに貴族達からとりあげた領地の自治を、再び認めると餌をちらつかせたのだ。


「エーリック叔父は国をバラバラにする気か?」


 クリストフはうなるようにつぶやく。おそらく父も叔父単独か貴族達によって謀殺されたのだろう。


 目を閉じて父の冥福をクリストフが祈ったのは一瞬。


「急ぎ国に帰る」


 彼は立ち上がり従者達に告げた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 しかし、馬を駆り黒の森を抜ける途中で、刺客達に襲われた。


 いずれも手練れの狼族達だ。クリストフは従者達と分断されて、バラバラに逃げるしかなかった。


 刺客達の狙いはクリストフ一人だ。彼らは何日も自分を追い掛け続け、クリストフは黒の森をさまよった。


 ゲレオルク国に助けを求めることは出来なかった。現在の状態では誰が味方で敵なのかわからない。なにより彼らの領地である黒の森で、自分達は襲われたのだ。


 刺客に追われているため休息を取るのも浅い眠りにしか付けず、温かな寝具もなく地面に身を横たえるのも堪えた。


 森の木の実と水で飢えを満たし、サランジェ国との境の河を越えた。まさか自分と同じく渡河してまで、刺客が追ってくるとは思わず完全に油断していた。


 不意打ちを食らいしたたかに顔を斬られた。視界の半分が血で染まり次に暗闇となる。ああ、目をやられたか。


 それでも誇り高き北の銀狼の血を引く者として、地面に膝をつくようなことは出来なかった。「あなただけでも生き延びてください!」という別れぎわ、口々にさけんでいた従者達の声が耳に蘇り、死ねないと思う。


 自分を斬りつけた刺客の胴をその長剣でなぎはらい(ほふ)った。一人が倒されても刺客達はひるまない。むしろ、己こそがクリストフの首をとるとばかりに斬りかかってくる。


 それを全力で退けクリストフは逃げた。森を本当の狼のように駆ける。そのあいだにも顔から血は流れ続け、彼はふらりと木に寄りかかりずるずるとその根元にうずくまった。


 自分はここで死ぬのか?と思う。


 国に帰ったところで叔父に貴族達はなびいた、従者達の行方も知れず自分の味方など誰もいない。


 ならばこのままふらりとどこか遠くへ……と考えたところで。


「大丈夫!?」


 甲高い声が頭の上の耳に届いた。同時にぽうっと温かな何かが傷ついた顔に触れる。


 みるみる傷口が塞がる。流れた血の分だけ癒されたこともわかった。閉じていた両目を開けば目の前には心配そうにのぞきこむ子供の顔があった。


 クリストフが自分の傷を癒してくれたのが、こんな小さな子どもであったことに驚いた。礼を言うあいだに、こちらに近づいてくる嫌な気配をクリストフは感じた。


 この子をこの場に残しておくことも危ないと、判断して子供を抱きあげて森を再び駆けた。彼の癒やしの魔力は素晴らしく、疲れていた身体は羽のように軽かった。


 追っ手をまいて古い小屋を見つけて中へと入った。子供はクリストフが一日なにも口にしてないと言えば「全部あげる」と自分が持ってきたカゴを差し出した。


 とても優しい子だ。そのスミレの大きな瞳を見つめて首をふる。この子の貴重な昼食を全部食べるなんて卑怯者にはなれない。


 食事を二人で半分にすることにして昼をとる。少量であっても、木の実ではない人の手がはいった食事に腹は温まった。葡萄の絞り汁の飲み物に酒ならば……とつぶやけば、こてんとかわいらしく首をかしげられてしまったけれど。


 そういえばと子供の名も聞いていないことに苦笑して自分から名乗った。「クリストフ・ベルツ」とフォンを取ったのは自分が王侯貴族と知られないためだが……。


 玉座を奪われた王太子になんの意味があるのか?と自分を笑う気持ちもあったかもしれない。


 ミシェル・エル・ベンシェトリと名乗った子供に、クリストフは静かに目を見開いた。その名前ならば良く知っている。


 ロシュフォールの大公をこの大陸で知らぬものはいない。その知略と男でありながら王の子を産んだ、美貌の銀狐。


 そして産まれた双子の片方は母そっくりの銀狐のそれは愛らしい王子だと。


 女の子だと思っていたとは口に出さなかった。この小さな冒険者の気持ちを傷つけてしまうと思ったからだ。


 しかし、同時に彼を心配しているだろう、父王と母大公の元へと戻さねばと思った。この森にある離宮へと。


 とはいえ刺客や野獣がうろつき、日も暮れようとする夜の森を移動するのは危険だ。


 何事もなければこの小屋で一晩過ごすことにして、ねだられるままに国の話をした。もちろん国名は伏せてだが。


 珍しいのだろう。懐かしい故郷の祭りの話をしてやると、ミシェルは瞳を輝かせて、自分も行ってみたいと言った。


 それにクリストフは連れて行けない、戻れないからだと生真面目に告げれば、ミシェルは悲しげな顔をして「帰れないの?」と告げた。


 子供が家に帰れない。それはとても辛いことだと目の前の少年の顔は告げていた。それにクリストフは一つの決意をする。


────かならず故郷に帰ろうと。


 刺客に襲われ傷を負い、気弱になってこのまま逃げようか?と馬鹿なことを考えた。


 だが、自分は北の誇り高き銀狼の血を引く者。父を殺され玉座を奪われて、どうしておめおめと逃げられようか?


 だからこの少年に誓おう。自分は故郷に帰り王国(いえ)を取りもどす。そして、この少年をいつかあの白い森へと招待しよう。


 「クリス」と今は亡き母と同じ名で呼んでくれた、すみれ色の瞳の彼を。

 「ミシェ」と呼んで誓い(ゲッシュ)を立てた。






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