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ならば駆け落ちします!~銀狼王と赤ずきんの王子~ その3




 リンドホルムはサランジェ王国から見て、北。ゲレオルク国の黒い森を越えた先にある、白き森の国だ。冬は雪と氷に閉ざされて、近年まで人々は狩猟と牧畜で暮らす後進国と見られていた。


 また、大陸の王のほとんどが獅子族というなかで、唯一の狼族の“長”を頂くということも、北の未開国よと一段低く見られる原因となっていた。


 しかし、その銀狼が率いる北の狼たちの勇猛さは有名で、彼らは度々他国の戦の援軍、つまりは傭兵として名をとどろかせていた。


 こちらも傭兵稼業で有名な山国ルグランの屈強な男達よりも、その統率力や戦闘力で一段上だとも。


 その長に治められていた部族集団が、長が王となって王国を名乗りだしたのは、三代前の初代王スタイフから。白き森に広大な金脈が発見されたのがきっかけだった。


 その資金で急速にリンドホルムは発展したが、金脈の利権を狙い周辺国も蠢動し始めることとなった。


 北の大国であるスタニスラワ帝国、黒き森でつながるゲレオルク国。さらには海峡を隔てた島国のタイテーニア女王国。


 しかし、元から武を誇るリンドホルムはこの三国をことごとく退け、北の銀狼王の名は一斉に大陸にとどろくこととなった。


 二代目の王も父の偉業を継いで、文化の遅れていた国を近代化させ、跡継ぎの皇太子であるクリストフをゲレオルク国内の自由都市であり、大陸有数の大学都市の一つであるバーデルベルクに留学させた。


 が、これが仇となって二代目の父王は彼の留学中に急死。噂では暗殺されたとも言われているが、その犯人ともされている弟エーリクが、皇太子であったクリストフを差し置いて、王となることを宣言する。


 さらには急ぎ国へと戻ろうとしたクリストフにも刺客を放ち、彼は少ない供ともその襲撃の混乱の中で離れて、一人逃亡を続けなければならなかった。


 五年前にミシェルが出会ったのは、そんな逃亡中の彼だったのだ。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「顔に傷、残っちゃったね」

「両目が見えるから十分だ。君には感謝している」


 「戦闘にも支障がない」という言葉に噂に聞くとおりの、北の勇猛な銀狼なのだとミシェルはくすりと笑う。


 サランジェ王宮の広大な敷地の一角にある迎賓館。そこにクリストフは滞在していた。


 正式に面会を申し込んだわけではなく、ミシェルは気になってこっそり覗きに行ったのだ。そこは勝手知ったる自分の王宮。抜け道はいくらだってあるから。


 窓から姿を見られないかな?と。そしたら、いきなり王様自らが庭へと出てきて、木の陰に隠れていたミシェルにずんずん歩み寄ってきたのだ。


 「久しぶりだな。約束通り会いに来たぞ」なんて微笑んで。うれしくなって「クリス」と呼びかければ。


「ああ、ミシェも大きくなったな」

「もう十五だよ。子供じゃない」


 いつも周囲にそんな扱いばかりされるので、ぷくりとふくれれば「ああ、大人になった」とまぶしいものでも見るみたいに、目をすがめられて微笑まれた。


 変わらない精悍なその姿と、笑うと木漏れ日が射したみたいに優しい、その表情にドキリとした。


 そして、迎賓館の中に案内されてサロンにて二人は再会を喜びあった。


「あのときは大変でしたね。僕はよく知らなくて……」

「あれは俺が君を巻き込んだんだ。本当にすまなかった。ご両親も周りも心配されただろう?」

「はい、父様は真っ青で、母様からは怒られて、あの休暇のあいだ中、部屋で謹慎を申し渡されました」


 「それは君の離宮での楽しみをうばってしまったな」とクリストフがすまなそうな顔をするのに。「あなたのせいじゃありません」とミシェルは首を振る。


「元から母様以外は過保護なみんなから脱走したくて、あの森にも一人で来たんですから、結局怒られたと思います」


 ペロリと舌を出せば、クリストフが銀の瞳を見開いて、そしてクスリと笑う。


「勇敢な王子の冒険だな。君は俺の顔の傷にも怯えないで治療してくれた」

「治癒魔法は得意なんです」


 ミシェルの魔法の属性は水と風。母大公のレティシアもそうであるが、あちらが氷と風での攻撃魔法が得意なのに対して、ミシェルは癒やしと防御が得意だ。


「あれから魔法もそれから薬学も勉強しました」


 完全にクリストフの傷を治せなかったことが、ずっとひっかかっていた。それと同時に母大公の顔に残る傷と目も治せないか?と。


 強い魔力で傷つけられたものには癒やしの魔法も効かず、古傷となってしまえばそれも消せないと、勉強すればするほどわかってしまって、うなだれたミシェルにレティシアはいつになく優しく微笑んで言ってくれた。


「優しいミシェル。それがあなたの長所ですね。その気持ちだけで十分に私は嬉しいのですよ」


 ミシェルの治癒魔法と薬学の知識の深さは、今や宮廷の侍医長と並ぶものとなっていた。施術院にも出向いて侍医長や自分でないと、治癒が困難な者を担当していた。


「慈悲深き愛すべき殿下と君は民から慕われていると聞く」

「僕には父様や兄様のような武勇や母様のような知略はありませんけど、癒すのは得意ですから」

「俺には十分すごいと思うぞ。ミシェは俺の目も治してくれたし、今も人々を癒し続けている。

 俺は剣を振るうしか能は無いからな」

「そんな!銀狼王の名は僕もよく知っています。あなたが国を取りもどしたのも」


 そう、暗殺者の手から逃れたクリストフは秘密裏に国へと戻った。そして彼こそが正統なる王と認める少ない味方達とともに、偽王である叔父のエーリクに戦いを挑み勝利した。


 たった三百人の味方で五千の大軍を打ち倒したのは有名な話だ。


「約束、覚えていますか?」

「ああ、忘れてはいない。しかし……」

「ええ、わかってます。でも、いつかあなたの国を見たいです」


 ミシェルも今は十五、十歳の子供ではない。だから、王子の自分が他国へと気楽に行くことなど出来ないのはよく分かっている。様々な手続きが必要なことも。


 だけど、いつか、白い冬の森の幻想的なお祭りを見たいと思うのだ。

 この人と二人で。


「国を取りもどせたのは、君との約束のおかげだ」

「え?」

「帰らなければと思ったんだ。帰って、俺の家と国を取りもどすと」

「…………」


 「正直、二度と国に戻りたくない気持ちもあった」とクリストフは語った。「父は殺され、大半の家臣は裏切り叔父についたと聞いていたからな」とも。


「だが国に帰れば、俺の力になってくれる者達はたくさんいた。そのおかげで叔父に勝利することが出来たんだ」


 王位を取りもどした若き銀狼は叔父のエーリクを討ち取ったが、彼になびいた家臣たちをすべて許したと聞いている。それは母大公であるレティシアから。


 サランジェ王国にも過去、反乱があった。その時、同じように父王ロシュフォールは、参謀である母大公レティシアの助言を受けて、反乱に荷担した親衛隊の者達を許している。


 王の親衛隊は今や、サランジェ軍の主力部隊だ。隊長は黒獅子のマルタで副官の白狐アーリーとともに、ミシェルは兄とも慕っている二人だった。


 そして、リンドボルグの若き王が王冠を取りもどした事件を、二人の王子に語ったレティシアは、この銀狼王をとても賢明な君主だと評した。


「厳しい粛正をすれば一時期は恐怖によって人々を支配できるでしょう。しかし同時に今度はその矛先が自分達にいつ向くのか?と家臣や民は恐怖します。

 その疑心はやがて裏切りや反乱に繋がります。どこかで断ち切らなければ血の連鎖は止まらないのです」


 母大公は自分達に詰め込みの学問ではなく、こうした時勢の話などを語って、(まつりごと)とはなんなのか教えてくれる。


 将来は王となるランベールに対してで、自分はオマケだろうとミシェルは思っていたけれど、母はそんな自分の考えを見透かしたように、あなたにも語っているのですよと言われて、ドキリとした。


「あなただって、政に関わることになるでしょうから」

「もちろん、兄様の助けになるならそうするつもりだけど……」

「それだけではなくて……他国でということもあります」


 母大公にしては少し歯切れの悪い言葉に、ミシエルは首をかしげたのだけど。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「また明日来ていいですか?この時間に」


 去り際にミシェルが訊ねるとクリストフがうなずいた。


「ああ、待っている。俺も会いたい」

「ありがとう」






 約束通りミシェルが訪ねると、クリストフはまっていて、お茶菓子にリンゴのパイが出た。


「リンゴ、半分こして食べましたね」

「ああ、うまかったな」

「丸一日食べて無かったって……」

「ああ、暗殺者に追われて、なにも持たずに留学先の街を飛び出したからな。供ともはぐれてしまったし」


 「彼らも俺と同じように無事だった」という言葉にミシェルはホッとした。密かに戻った国で再会し、彼らが一番に力になってくれたとも。

 でも、あのときのクリストフの苦境を今となって良く知ったミシェルは思うのだ。


「……全部あげればよかった」

「ミシェ?」

「一日食べなくたって、僕は離宮に戻れば、美味しい食事だって、ケーキだってあったんだから」


 子供の自分の持って来たお昼なんてパンが一個にチーズが一欠片にハムも一切れ、リンゴ一個に葡萄を絞った飲み物。クリストフは葡萄酒だったらよかった……なんてつぶやいていたのを覚えている。


「全部食べたって、クリスはお腹いっぱいにもならなかったかもしれないけど、だけど」

「ミシェ、それは違う」

「クリス?」

「君の優しさはとても嬉しい。あのときも嬉しかった。だからこそ、俺は君と全部分かち合いたいと思ったんだ。一人だけ腹いっぱいになるような卑怯者にはなりたくなかった」


 「それに食料の乏しい厳しい冬は、どんな小さな獲物でも仲間で分け合うのが、俺達の掟だ」と北の狼らしいことを彼は続けて言う。ミシェルにもそれはわかる感情だった。


 喜びはすべて家族で仲間達で分かち合う。


 政略結婚が普通の王族や貴族と違い、ミシェルの両親は本当に愛し合って結ばれた。おおらかで大きな金獅子の父王と、常に冷静な母大公。二人は正反対に見えるけど、とてもお似合いで子供達から見ても自慢の父と母だ。


 二人とも自分達を愛してくれているのもわかる。政務で忙しい中でも、朝食と夕餉はなるべく家族一緒に。そして夏の離宮でのひととき。


 十歳で始めての冒険でミシェルはクリストフと出会った。


「僕ね、だからクリスが大好きになったんだよ」






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