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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました  作者: 志麻友紀
断罪エンドを回避したはずなのに今度は王妃になれと言われました
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第二話 おつかれでご苦労様な裏事情 その1




 マルタ・カルロス・オルテガ王女の輿入れは、一月後と決まった。


「それでどうして、あの女もくっついて来るんだ?」


 王の執務室のとなりの休息の間。そこをイライラと往復するロシュフォールの姿に、ゆったりと腰掛けたレティシアは「落ち着きがありませんよ」とひと言。さらには「お茶でもお飲みになりませんか?」と自ら、ポットを手にとってカップに注げば、ロシュフォールはどっかりと腰掛けて、ぐびりと茶を飲んだ。


「レティシアの煎れてくれた茶はうまい」

「私はたんにお茶をカップに注いだだけですが」

「それでもうまい!」

「気のせいでしょう」


 力一杯うなずくロシュフォールにたんたんとしたレティシア。それを後ろに控えた侍従二名は、生温かいもとい、微笑ましく見ている。


 十歳の子供の姿のままであったロシュフォールは、とにかくわがままできまぐれな扱いにくい方であったのだ。ギイ将軍の反乱には驚き、己の仕える小さな王の命が助かったと聞いたときには、ホッと胸をなで下ろした侍従達であったが。

 幼い姿のままの王の境遇を思えば同情心もわくというものだ。だが、同時に彼らは戦慄もした。あれだけ扱いにくかった子供の姿をした王が、大人の姿となったなら、誰も抑えられる者などいないのではないか?なにしろ、彼は王家の正当なる血筋を表す黄金の獅子なのだ。その魔力と力でかなう者などいない。


 が、ここに救世主?が現れた。いくら美しいとはいえ男だ。彼が王妃の部屋に銀狐の参謀を住まわせたときはどうなることか?と思ったが。

 しかし、この王の扱いにおいて、美しい参謀殿ほど心得ているものはいなかった。「あなた馬鹿ですか?」との言葉を聞いたときには一瞬ギョッとしたが、しかし、参謀殿は相手が王といえど、容赦なく理詰めでぴしぴしと指導した。


 とはいえ厳しすぎる鞭だけではない。飴を与えるのも絶妙なのだ。今のようにさりげなく手づから茶をいれる。「いいですか」と説教をかましながら、その手がごくごく自然に伸びて、その衿元を整えたりするのだ。

 そうするととたんロシュフォールのイライラとした態度が、すとんと落ち着くのは、魔法としかいいようがない。「あれはレティシア様しかお出来にならないことです」と侍従長が感心したように語っていたのが、よくわかる。


 今も「お茶だけでなく、焼き菓子もどうぞ。これは美味しいです」と葉っぱの形の小さなパイを差し出している。それをばりばりと食べ、また茶を一口飲んだロシュフォールはぼそりと言った。


「あの女は母上を殺したんだぞ」


 その言葉に侍従達ははっとした顔になる。


 あの女とはパオラ王太后のことである。十年前に 

ロシュフォールの兄弟であるすべての王子どころか、側室達も殺し、ロシュフォールも危うく彼女の兄である大公が屋敷に差し向けた私兵に殺されるところだった。

 そして、ロシュフォールの母エグランティーヌ伯爵夫人は彼をかばい亡くなっている。


「王太后様が憎いですか?」

「当たり前だ。目の前にいれば八つ裂きにしてやりたいぐらいだ」


 レティシアの率直すぎる物言いに、ロシュフォールの怒鳴り声ではない、むしろ苦しげに絞り出すような声にこそ、侍従達は内心で青ざめた。

 小さな子供の姿では出来なかったが、今のロシュフォールならば、王太后が目の前にいれば剣など使わずとも、片手で白い首をへし折って終わりだろう。この方にはそれだけの力がある。


「それでも王ならば耐えねばなりません。怨敵を前にしても笑顔で歓待の杯をあげることも、時には必要です」

「……わかっている。顔を見るのも嫌なあの女を前に、我慢しろとお前は言うのだな」


 白くなるほど握りしめられたロシュフォールの手に、レティシアの手が重ねられていることに侍従達が気付いた。腹の中の怒気を吐くかのように、ふう……とロシュフォールが大きく息をつく。


「あの女には飛びかからないが、とても笑顔など浮かべられないぞ」

「それでよろしゅうございます。小さな王女さまをせいぜい怯えさせないようにしてくだされば」

「それで、どうしてあの女が、その王女の輿入れについてくるんだ?」


 そして話は元に戻る。


 そう、今回のマルタ姫の輿入れに、パオラ王太后が出戻ってくることになったのである。すでに夫である前王を失った婦人に、出戻りという表現は正確かどうかはわからない。そもそも、彼女は幽閉されていた離宮から逃げ出した。サランジェ王国からすれば、立派な逃亡犯である。


「表向きは、マルタ王女の後見としてですね」


 かの姫君は母親はすでに早世している。そのうえに生家は歴史はあれど力はない。さらにいうならば、パオラ王太后と姻戚関係にあると。

 とはいえ、この大陸の王族貴族は政略結婚をくり返しているから、それをたぐればどこかで血は繋がっているし、誰でも高貴な血筋の子供の後見として、大叔父や大叔母は名乗れるような状態だ。


「お前が表向きと言うことは、裏があるということか?」

「政治にはなんでも裏があるものですよ。それも一つどころか、二つ三つぐらい狙って小石を投げるものです。

 まずパオラ王太后がこの国に戻ってきたならば、当然様々な波紋がおこるでしょう」


 マルタ姫の後見人である王太后は、ボルボン国の代表でもあるのだから、さすがに再び北の離宮に閉じこめる訳にもいかない。

 そしてあの王太后がマルタ姫の後見人として、ただ大人しくしている訳もないから、色々画策し出すだろうことは目に見えている。十年前の反乱は失敗したとはいえ、彼女の影響はまだあちこちの貴族達に残っているだろう。


「めんどくさいなあ。国境であの女だけ追い返せないか?」

「そうもいかないでしょう。ボルボン側としては、予想以上に金食い虫の王太后を、ぜひこちらに押しつけたいでしょうからね」

「金食い虫?」

「十年の幽閉からの解放で、そうとう鬱屈が貯まっていたようですね。王太后様はそのうさ晴らしを新しいドレスに宝石に、あげく連日の夜会からの博打と、そうとう散財なされたそうで。

 その金は当然、ボルボン国が出した訳ですから、面倒を見切れないと、こちらに戻したいというのが……」

「結局、やっかいごとをすべてこちらに押しつけてきた訳か?」


 「いっそ本当に、あの女、国境の森の峠に放り出したほうが、両国のためじゃないか?」ロシュフォールがそんなぼやきを漏らした。







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