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断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました  作者: 志麻友紀
断罪エンドを回避したはずなのに今度は王妃になれと言われました
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第一話 災いは唐突に扉をたたく その2




 パオラ・デ・リガウド王太后はロシュフォールの父である先王の正妃である。彼女が王国は北の離宮に幽閉されていたのは、十年前に彼女の兄である大公と計り、起こした事件にある。


 血の一角獣(リコルヌ)とよばれるそれは、今も閉鎖されたままの、後宮は一角獣の間と名付けられた部屋で起こった。父王の危篤の知らせに集まった王子達が、そこで王太后と大公一派の私兵によって、惨殺されたのだ。

 しかし、王宮の外にて邸宅を賜っていた、エグランティーヌ・ラ・ジル伯爵夫人の子、ロシュフォールがそこにいなかったために、この計画は失敗し、大公は処刑、パオラは、王都から離れた北の離宮に幽閉されたのだった。


 彼女は愛妾の中でもとくに王に愛されて、伯爵夫人の称号まで与えられた、エグランティーヌとその子を一番憎んでいたというから、ロシュフォールだけが生き残り、王となったのはまったく皮肉であったと言えるだろう。


 そして、その王太后がギイ将軍の反乱の混乱の余韻もまだおさまらない、国内の混乱のすきをついて脱走したというのだ。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「それで追っ手は向かわせたのか?」


 楕円の大きな卓が置かれた、会議の間。一番奥の席、窓の光を背に受けて腰掛けるロシュフォールの、肩までの金の巻き毛は獅子のたてがみのように輝いている。このあいだまで十歳の姿であったが、威厳ある金獅子の姿となった、この若き王に金の瞳で見据えられて、額の汗をふきふき内務大臣が「はい」と返事をした。


「ですが、幽閉されていた王太后様は、このところ塞ぎがちということで、私室の外には滅多にお姿を表さず、離宮内の警備兵が気付いたときにはもう……」


 十年もの幽閉生活にも忠実に仕えていた小間使いとともに、その姿は消えていたのだという。


「つまりは王太后様がいつ離宮を離れたか、わからないのですね?」


 ロシュフォールの隣に座るレティシアが訊ねる。その氷のような冷ややかな眼差しにさらされて「は、はあ」と内務大臣はますます冷や汗をかいた。周りの席を受ける他の大臣達は、自分がその視線を受けずによかった……と内心で胸をなで下ろした。王の参謀殿は、その視線一つで相手の心臓を凍らせると評判なのだ。さらに辛辣な言葉は氷柱のように全身に突き刺さるとも。


「王太后様はすでにボルボン国へと入られたでしょう。これ以上の追跡は無駄なこと。ただちに追っ手の部隊に帰還命令を」


 レティシアの進言に、ロシュフォールがうなずき「部隊に伝令を出せ」と内務大臣に命じるのに彼は「かしこまりました」とうなずいたまま、うなだれた。『無能』などと王より、罵られない分だけ、余計つらい立場だ。


 十歳の姿のままだったときは、あれほど、わがまま駄々っ子と評判だった、ロシュフォール王は、大人の姿になったとたんに落ち着いた。

 まず大臣達の失態にも声を荒げることなどない。隣にいる氷の参謀の影響なのか。彼の助言は的確であり、それにうなずき自分の意見も交えて口を開く態度は、王のおおらかさと威厳があり、彼を二十歳の若造とあなどる大臣などいない。


「それより、王太后様の逃亡を手引きした者達がいるはずです。いつから彼らが準備をしていたのか、何者なのか突き止めることが必要でしょう」

「すべて捕らえると?」


 それには美貌の参謀は静かに首をふった。その顔の半分が白いレースの眼帯に覆われているのが、さらに倒錯的に見えると評判だ。どんな美姫を見るよりゾクゾクするのは、その氷の眼差しのせいなのかなんなのか?とも。


「おそらくは王太后の逃亡と共に彼らも姿を消しているでしょう。ですから、その“痕跡”の調査です。ボルボン国の手引きに違いないでしょうが、これほど鮮やかな逃走劇は、おそらく国内の混乱に乗じての突発的なものではなく、前々から準備していたのでしょう」


 そして、この王の氷の参謀が、後宮の王妃の間にていまだに暮らしていることを、みんな知っている。王と彼の関係もまた公然の秘密だ。

 とはいえ、王を身体で籠絡したなどとは、少しはそんな陰口を叩く者はいても、大きくは誰も騒げない状態だ。なにしろ、“彼”を後宮に迎えたその日に、王はその他のすべての愛妾に暇をとらせた、溺愛ぶりだ。


「とはいえ、男ではお世継ぎが望めないからな。事実上の王妃はあの方にしても、胎は別に借りるしかあるまい?」

「今の陛下に、新しく愛妾をお迎えしろと、貴殿はお勧めできるのか?」


 宮殿の一角でささやきあっていた貴族の紳士達は、気まずげに押し黙りあい「お世継ぎの問題は、いずれおいおいに……」と先延ばしにしたのだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 一方、その頃会議の間から出て、王の執務室にて、椅子に座るロシュフォールを前に、レティシアは机をはさんで立っている。


「王太后の逃亡の目的はわかるか?」

「さて、ご本人ではないのでなんとも。ですが、お聞きしている王太后様のご性格からすれば、外に出て自由に遊び回りたかったというのと、一度、破れた夢をもう一度というところでしょう」


 レティシアらしくもない詩的といえる表現にロシュフォールはくすりと笑う。机に両肘をついて、指を組み、そこにあごを乗せて。


「夢を見るだけはタダだが、それが現実になると思ってもらっては迷惑だ」


 王太后の夢とは、自分の思い通りとなる者を王位につけて、己が影の実力者としてサランジェ国を操ることだろう。夢というにはあまりにも即物的だ。

 十年前の王子達の暗殺は、子の無い彼女の王子と愛妾達憎しという感情もあっただろうが、その野望もあったのだ。実際、彼女は次の王として、自分の甥にあたる赤ん坊をボルボン国から呼び寄せようとしていた。


 そこで「あ……」とロシュフォールは気付く。当時、赤ん坊だったその子は、王太后の反乱の失敗によってボルボン国に留められたまま。年齢は十歳だろうから、今、王位についたとしても後見人は必ずいる。そう王太后とかだ。


「ボルボン国の狙いはそれか?」


 今さら王太后の脱走に手を貸したのは、その子供を利用して、我が国に揺さぶりをかける目的か?と、目の前の氷の瞳と目が合えば、切れ長の大きな瞳が、ふっ……と気まぐれなネコのように細められる。いや、とびきり美しい銀狐か。


「よく、おわかりになられましたね」


 まるきり家庭教師に正解だと言われた気分だと思いながら、ロシュフォールは腕組みをする。


「しかし、俺が王位について十年だぞ。いまさら蒸し返すか?」

「戦争の理由をつくるのに今さらもありませんよ。どんな言いがかりでも、とにかく、切っ掛けがあればいいんですから」


 過去の大陸の戦争の原因のほとんどは領土問題にあり、そして、その争いの大義名分は王位や爵位の継承権にともなう問題だと、レティシアはつらつらと語る。


「大陸の争乱の歴史の基礎の基礎ですけど?」

「どうせ、俺は家庭教師の授業をすっぽかしていたよ」


 ロシュフォールは唇を子供のようにとがらせるが、内心では少しは真面目に聞いておけばよかったと、こんなとき思う。


「しかし、また戦争か?」


 ギイ将軍の反乱の直後に、サランジェと北東の国境を接するゲレオルクと戦ったばかりだ。それで今度は南西のボルボンを相手にするのか?とロシュフォールはゆううつに眉根を寄せる。


「いえ、戦争はしません」


 レティシアがあっさりと言う。「戦争は悪手中の悪手です」とも。


「ゲレオルクとは戦ったではないか?」

「すでに剣をふり下ろそうとしている相手に、交渉をしたところで、むざむざと斬られるだけです。それにゲレオルクは、前々から戦の準備をしていたわけではない。ギイ将軍の反乱に乗じた火事場泥棒のような動機でしたから。

 短期決戦になることを見越して応じたまでです」


 「それに今回は絶対に戦を避けたいのです」というレティシアが語った理由に、ロシュフォールは片眉をあげた。







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