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第33話 気持ちいいこと

 オーディションの結果発表は、一週間後。

 平良さんに送って貰ってマンションに戻った僕は、慣れないことをやった疲れを落とそうと、お風呂にスマホを持ち込んで長湯してた。


「……そうだ」


 ふと、あの掲示板のことを思い出す。

 メールからURLを開くと、『佐々木歩→小鳥遊歩の件』のスレッドには、レスが三百件以上ついていた。


 あんまり詳細に読めなかったけど、僕のオーディションの終わった時刻から僕の名前で検索した同グループの人が居たらしく、僕の演技を誉めるレスとやらせだとか言って中傷するレスが意見を戦わせていた。


 恐い。

 匿名で真偽も分からないのに、こんなに無責任に誹謗中傷出来るひとが居るなんて。


 その時、スマホが鳴った。

 画面に『慶二』の文字。


「もしもし!」


『歩。起きてたか』


「うん。今、お風呂」


『そうか。俺も今、風呂だ』


 確かに、声が響いてる。


「寝る暇、ある?」


『ああ。少し落ち着いたから、これから風呂の時間を使って、お前にかける』


「無理しないでね」


『ああ。何か良いことでもあったのか? 嬉しそうだ』


「慶二の声が聞けるのと……あと、今日、オーディション受けたんだ。前に言ってたやつ」


『何っ。どうだった!』


「ふふ……結果は一週間後だよ、慶二」


 時々子供っぽくなる慶二の態度が、僕は可笑(おか)しくて、愛しくて仕方がない。


『そうか。手応えは、どうだった』


「えーっとね……」


 僕はふわふわした、あの瞬間を思い出す。


「思ったようには出来た。エチュードだから、設定の解釈とかも、審査に入ると思うんだ。あ、でもね、審査員のひとに質問されて答えたら、パーフェクト、って言われた」


『上出来だったんだな』


「うん。今日、慶二が電話かけてきてくれたからだよ。僕あの時、滅茶苦茶になってたから」


『そう言えば、様子がおかしかったな。緊張してたのか?』


「ううん。その……」


 僕はひとに言って良いかどうか、ちょっと迷う。気分の良いものじゃないから。


『どうした。何かあったのか? 何でも話せ』


「うん。実は……メールがきて、URLを開いたら、僕が契約結婚したことが匿名掲示板に書き込まれてて。いつの間にか、僕がお金目当ての借金まみれってことになってて、姉ちゃんも僕の借金返す為に身体を売ってるとかいうことになってて……」


 一瞬、息を飲む音が聞こえた。あ、やっぱり言わない方が良かったかも……。


『何で早くそれを言わない! あ、いや、歩を責めてる訳じゃないんだが……平良に指示しておくから、風呂から出たら、すぐにそのメールを平良に見せろ。弁護士が警察に通報してくれる』


「え、それで解決するものなの?」


『お前を名指しで誹謗中傷してるんだ、名誉毀損で訴えられる。掲示板の責任者は、情報を警察に開示する義務があるから、消去される前に書き込みの証拠を押さえるんだ。歩、急げ』


「う、うん。分かった」


『じゃあ、俺は平良に電話する』


「あ、慶二、待って!」


『ん?』


「愛してる、って言って」


『ああ。歩。愛してる。またな』


 電話口に、チュ、と口付けが落とされた。

 僕は耳がくすぐったくて、首を竦める。


「僕も。またね、慶二」


 今度は、僕が切るまで、向こうから通話が切れることはなかった。


    *    *    *


 三日後、慎が逮捕された。

 巧妙にネットカフェから投稿を繰り返し、自作自演で僕を中傷していたけど、他人名義のメールアドレスの使用形跡から足がついたらしい。

 パソコンメール、受信拒否設定にしといて良かった。


 慎は、小鳥遊の全然関係ない部署に入り込み、充電中の他人のスマホを使ってメールを送ったって話だった。

 使われた方にとっても、恐い話だ。

 その時、ハンカチで包んで扱っていたのを不審に思った、出入りのドリンクサーバー業者が覚えていて逮捕までこぎ着けたらしい。

 凄い。お巡りさんに感謝。


 慶二にも連絡がいったようで、その日のお風呂に、また電話がかかってきた。

 お風呂のタイミングがシンクロしちゃうのが、何だか可笑しかった。


『あいつ、執念深い奴だな。でもこれで小鳥遊はクビだし、各部署に要注意人物として顔写真を回すから、もう入り込めない。徹底的に……』


「慶二。多分もう()りただろうから、あんまり社会的に抹殺とかしないで」


『お前を、社会的に抹殺しようとしたんだぞ?』


「でも、生きていくには、何処かで仕事しなくっちゃ。社会的に抹殺するのは、殺人と大して変わらないよ。憎しみに憎しみで返したら、戦争になっちゃう」


 少し沈黙が下りて、やがて目尻の優しい笑い皺が見えるような声がした。


『……優しいな、歩は。そういう所が好きだ』


「えっ」


 前触れもなく告白されて、口篭もってしまう。


『歩。今、時間あるか?』


「う、うん」


『じゃあ……気持ちいいこと、しないか』


 今度は、悪戯っぽく目をキラキラさせた慶二が浮かんで、僕はお風呂の温度ばかりじゃなく、頬を淡く染めるのだった。

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