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第12話 引っ越し

 慶二の家は、六本木のタワーマンションだった。億ションっていうやつ。

 白い大理石で出来た床で、映画とかでしか見たことなかったけど、靴のまま部屋に入る。

 それだけでも驚きなのに、最上階ワンフロアが全て慶二のものだと聞いて、僕は改めて小鳥遊の凄さを思い知った。


「僕、ホントにこんなとこ住んでも良いの?」


「こんな所だから、大歓迎なんだろ。部屋が余ってる。俺の隣が空いてるから、使うと良い」


「布団ある?」


「客室用だから、ベッドもバスもトイレもついてる。自由に使え」


「ほぇえ……」


 思わず変な声が出てしまって、慶二が笑った。


「歩、お前は本当に飽きないな。いつまででも、見ていたい」


 切れ長の瞳を見上げると、軽く拳を握って、右の指の甲で左頬を撫でられる。僕は、慶二の落ち着いたバリトンと、この仕草が好きだった。


「ん……くすぐったい」


「感じやすいんだな、歩は」


 僕は頬を火照らせて、恥ずかしさに顎を下げる。上目遣いになってしまって、慶二が目を眇めた。


「よせ、歩。これから仕事なんだ。煽ってるのに、気付いてるか?」


「え……そんなんじゃ……」


「他の男にはするなよ」


 甘い雰囲気を振り切るように、一度目を閉じて、慶二は声の調子を変えた。


「リビングのテーブルに、小鳥遊傘下の企業パンフレットがある。退屈だろうから、それで職を探せば良い。あと、家の中にあるものは何でも気兼ねなく使え。シネマスクリーンでも、トレーニングマシンでも。使い方が分からなかったら、平良が控えてるから訊け」


「えっ? 平良さん?」


「ああ。下に居るから、各部屋についてるインターフォンから呼べる」


「平良さんって、慶二のお付きの人じゃないの?」


 小首を傾げると、頭をポンポンと撫でられた。


「俺の運転手は平良以外でも務まるが、歩の話相手は平良以外には務まらない。しばらく、歩を優先させる」


「良いの?」


「ああ。お前は何も気にしなくていい。ほら、ここの鍵とお守りだ。なくすなよ」


 カードキーと、首から紐でかけるタイプの紺色のお守り袋を渡された。


 その時、慶二のスマホが鳴った。内ポケットから取り出し、耳に当てる。


「……ああ。分かった、すぐ行く」


 短く言ってスマホをしまうと、僕の両肩に掌を置いた。


「歩。もう行かなくちゃならない」


「うん。行ってらっしゃい」


 慶二は僕をジッと見下ろしてる。


「何? 慶二」


「行ってきますのキス、しても良いか」


「うっ」


 そんな改めて訊かれたら、恥ずかしくて嫌だって言っちゃいそうだよ。


「歩」


「い……良いよ……」


 僕は消え入りそうな声で返事した。chu、と下唇が吸われる。


「じゃあ、行ってくる。この後、平良が来るから開けてやってくれ」


「い……行ってらっしゃい」


 慶二はオーダースーツの裾を翻して、エレベーター直通の玄関から出て行った。

 嵐のような慌ただしさと、急に静かになった広い空間に、しばしポカンと玄関ドアを見詰める。


 慶二……ホントに忙しそう。それなのに、僕に時間割いてくれたんだな。

 そう思うと、申し訳ないような、くすぐったいような気持ちになって、僕は心臓の辺りでそっと掌を握った。


 ――ピンポーン。


 「あ!」


 平良さんが来るんだっけ。僕は慌ててドアを開けた。

 平良さんは、キッチリと制服を着て、制帽は被っていなかった。短く刈り込まれた髪に、チラホラ白髪がまじってる

 あれ? ポーカーフェイスで分かりにくいけど、平良さん、驚いてる?


「……歩様」


「何ですか?」


「差し出がましい口をきいて申し訳ありませんが、来客があった際は、必ず映像と音声で相手を確認した上で、解錠してください。歩様は、小鳥遊の人間になられたのです。誘拐や、良からぬことを企む輩が常に周りに居るものと思って、お過ごしください」


 表情は堅いけど、心底僕の事を心配してるのが分かる、諭すような口調だった。

 僕の方が申し訳なくなって、ペコペコと頭を下げる。


「あ、すみません。インターフォンのついてる家になんか、住んだことなかったから……。気を付けます」


「謝罪はご不要です。歩様、お気を付けくださいませ」


「はい!」


 努めて良い返事をすると、平良さんの目元が僅かに緩んだ。


「慶二様から、各部屋の説明と、着替えをお渡しするよう、言いつかっております。こちらへ」


 僕は平良さんに着いていって、説明を受ける。

 本棚だけの部屋、シネマスクリーンのあるオーディオルーム、マシンの並ぶパーソナルジム、部屋にあるのとは別にスカイビューのバスルーム、食材がギッシリ詰った冷蔵庫のあるカウンターキッチン、色んな高級品がガラスケースに収められてるコレクションルーム等々。

 覚えきれないほど広かったけど、コレクションルームであるものを見付けて、僕は思わず噴き出した。

 

「歩様、如何なさいました」


「これ……あはは」


 そこには、赤いビロードのクッションに乗ってガラスケースに収められた、空色のピカルくんのアクリルキーホルダーがあった。

 高そうな宝飾品や刀剣なんかのコレクションにまじって、その百円で取ったピカルくんは異質だったけど、慶二にはそれらと並ぶ宝物だってことなんだろう。

 くすくすと笑っていると、平良さんも穏やかに言った。


「ああ……慶二様は、そのキーホルダーを、それはそれは大切になさいまして。ケースとクッションは、オーダーでございます」


「中身より、ケースの方が高いんですね」


「値段ではなく、『価値』なのだと思いますよ。歩様と出会われてからの慶二様は、物心がおつきになって以来、とても楽しそうにしてらっしゃいます」


 そして最後に、僕の使う部屋に案内された。優に十五畳以上はある部屋に、セミダブルのベッド、バストイレ、猫足の机なんかが配置され、まるでホテルみたいだ。

 ホテルと一つ違ったのは、ウォークインクローゼットがついている所で、中には洋服や靴がギッシリと詰っていた。


「平良さん、これ……」


「慶二様が揃えられた、歩様のお洋服でございます。家の中でスーツでは少々窮屈でございましょうから、お好きなものにお着替え頂ければということでございました」


「凄い……」


「ご質問はございますか? なければ、私は下がらせて頂きます」


「あ、平良さん。お願いがあります!」


    *    *    *


 ヴィン……とエレベーターが、最上階に着く音がした。鍵を開けて慶二が入ってくる。

 

「歩、ただい……」


 言いかけて、慶二は固まった。


「おかえりなさい、慶二! 早かったね」


 僕はソファセットから立ち上がる。


「何をやってるんだ!?」


「慶二様、申し訳ございません」


 ティーカップを下ろし、お茶とケーキを一緒に楽しんでいた平良さんが、直角よりもっと深く(こうべ)を垂れた。


「あ、平良さんを叱らないで! 僕が平良さんに頼んだの。一緒にお話ししましょうって」


「な……何故だ?」


「いきなりこんな広い部屋に一人とか、寂しいし。慶二の子供の頃の話とか、訊きたかったし」


「話したのか!?」


「だから慶二、僕がどうしてもって頼んだんだよ」


 唇に拳を当てて、笑いを堪える。


「慶二が小一までおねしょしてた話、聞いちゃった」


「平良!」


「申し訳……」


「平良さんを叱ったら、嫌いになるぞ、慶二!」


「うっ……」


 慶二の顔! 大人の余裕は何処へやら、物凄く動揺してる。

 本当はこれから、慶二が遊び人かどうか確かめたかったんだけど、機会ならいつでもある。

 ちょっと心配だったけど、慶二の顔は確かに僕に嫌われるのを恐れてたから、駆け寄って逞しい胸に頬を擦り寄せた。

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