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第11話 思い出

「何で起こしてくれなかったのよ、歩ちゃん!」


 翌日、姉ちゃんは怒っていた。自慢の肌を守る為に、どんなに眠くてもお化粧を落として半身浴するのが日課だったから、無理もない。


「ごめん。起こしたんだけど、姉ちゃん起きなくて」


 僕は苦しい言い訳をする。

 創さんのことは、凄く心配するだろうから、襲われたっていうのは話さないでおいた。姉ちゃんまで巻き込みたくない。

 その代わり、姉ちゃんが傷付かないように事実を告げる。


「姉ちゃん、創さんのことだけど」


「ん? 何?」


「慶二に確認したら、慶二のお兄さんだった。僕がどんな奴か、偵察に来たみたい。既婚者だよ」


「えーっ!?」


 姉ちゃんは、露骨にガッカリした叫びを上げる。

 姉ちゃんが離婚した理由も、旦那さんの浮気だった。


「あの男!」


 途端に、ハートマーク付きの『創さん』から、『あの男』に格下げだ。姉ちゃんは、分かりやすいな。その調子で、思いっきり嫌って欲しい。


「男って、本当にケダモノね! やっぱりあたし、歩ちゃんと二人で生きてくわ!」


「うん。姉ちゃん、慶二も入れて」


「ちょっと歩、慶二さんは大丈夫なんでしょうね?」


「大丈夫だよ。昨日、電話したんだけど……」


 恥ずかしくて、瞼を伏せる。


「『好きだ』って言ってくれたし……今日から一緒に住むんだ、僕たち」


「あら、そうなの? じゃあ、あんまり気軽に会えなくなるわね」


 僕が中学の頃から二人で支え合って生きてきた姉ちゃんは、僕のことが大好きだ。勿論、僕も。


「慶二と話し合うよ。姉ちゃんとまた、呑みに行けるように」


「慶二さんが許してくれたら、二人っきりで呑みたいわね。いつもみたいに、スカート履いて」


「うん。僕も、姉ちゃんと呑みたい」


 女装することを慶二が本当に嫌うなら、やめても良いけど。姉ちゃんと二人で呑むのは、慶二とは別次元の楽しみなのだった。


    *    *    *


 つけられてないか確認しながら、ワンピースにメイクして、アパートまで帰った。もっとも、身辺調査が当たり前の小鳥遊なら、とっくに住所なんて知られてるだろうけど。

 姉ちゃんは新宿で仕事だから、直行していった。

 送って貰うっていうのは、慶二を心配させない為の嘘だ。


 ワンピースを脱いでメイクを落とし、いつもの仕事用の量産スーツに袖を通す。

 自信のない僕に戻って、食パンをかじりながら慶二を待つ。

 八時半きっかりに、チャイムが鳴った。


「はーい」


「歩、俺だ」


 僕はしっかりかけてたチェーンを外し、スーツ姿がピシリと決まってる慶二に飛び付いた。慶二も、柔らかく抱き留めてくれる。嬉しい。


「おはよう、歩。あのあと、ちゃんと眠れたか?」


「おはよう。うん。慶二の声聞いたら、安心してグッスリ寝ちゃった。もう大丈夫」


 これは嘘じゃない。自然と笑顔で見上げると、慶二も目元で笑んだ。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


「おはようございます、歩様」


「おはようございます、平良さん」


 ロールスロイスのドアを開けてくれる、鉄壁のポーカーフェイスの平良さんに、僕は笑顔で話しかけた。


「ありがとう。平良さん、いつも慶二と一緒なんですか?」


 チラと平良さんが慶二を見る。


「ああ、許す。これから歩とは長い付き合いになるから、好きに会話しろ」


「は。ありがとうございます」


 深々と礼をしてから、僕に向き直った。


「慶二様には、生まれる前からお仕えしております」


「生まれる前……ですか?」


 僕が小首を傾げると、微かに口元が緩んだように見えた。

 良かった。平良さんも、笑ったりするんだな。


「慶二様が、お母様のお腹の中にいらっしゃる時からです。慶二様専属の運転手兼ボディガードとして、総帥が選んでくださいました」


「へぇえ……ボディガードも兼ねてるんだ。何か武道やってるんですか?」


「合気道と空手を、少々」


「凄い!」


「これからしばらくは、歩の運転手兼ボディガードにもなる。それから、話相手にもな」


「申し訳ございません。歩様のお年頃の方と、どのようなお話をして良いか……」


 心底申し訳なさそうにまた深礼をするのを見て、僕は右手を差し出した。


「ううん。今みたいに、僕の話に付き合ってくれるだけで良いんです。これから、よろしくお願いします」


 平良さんはちょっと目を見張った後、しずしずと右手の白いドライバーグローブを外して、


「失礼します」


 と断ってから、僕の手を柔らかく握った。

 わあ。ホントだ。拳ダコがある。細身なのに、強いんだな。


「至らない点があるとは思いますが、こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」


 そうして僕らは、ロールスロイスに乗り込んだ。


「歩。心配であまり眠れなかった」


 ドアが閉じた途端、慶二が肩を抱き寄せてくる。僕も身を寄せて、慶二の顎に髪を擦り寄せた。


「ごめん、慶二。会えて嬉しい」


「恐かっただろう。これからは、俺が守ってやる」


 それが例え比喩だとしても、凄く嬉しかった。辞表を出したら、慶二とずっと一緒。

 ぴったりくっついていると、両の二の腕を掴まれて、身を離された。

 真剣な、慶二の目。あ……キスされる。

 そう思って、瞳を閉じた。


「……歩」


「ん?」


 いつまでも訪れない感触に、僕はぱっちりと目を見開いた。

 親指の腹で、下唇をなぞられる。


「唇が切れてる……兄さんに、やられたのか?」


 静かなバリトンが、怒気をはらんで微かに震えてる。

 あ……僕、夢中で、自分の唇も噛んじゃったんだ。

 食い入るように、間近で傷を見詰めて、慶二は怒りのオーラを立ち上らせる。

 僕は覚悟して、怒られる恐怖と戦いながら、せめてもと正直に話した。


「いきなりキスされて……だから僕、思いっきり噛んだんだ。創さんは、もっと大きな傷になってると思う。ちょっと、触れただけ」


「そうか……それくらいで済んで良かった」


 あれ? 怒られない。僕はドキドキしながら、訊いていた。


「怒らないの?」


「言っただろう。歩を守れなかったのは、俺の完全なミスだ。俺が怒ってるのは、自分と兄さんにだ。歩は悪くない」


 そして不意に、傷をペロリと舐められた。一拍あって真っ赤になると、慶二が悪戯っぽく言った。


「消毒だ」


 普段は大人の余裕を見せてる慶二だけど、時々凄く子供っぽい表情を見せる。ギャップ萌えが追い付かなくて、僕はますます真っ赤になった。


「歩」


「んっ」


 今度こそ唇が触れて、僕は瞼を瞑った。柔らかいものを食べるように、角度を変えてchu、chuと愛おしまれる。ただのキスじゃなくて、優しさが溢れるようなキスだった。僕も応えて、不器用に慶二を真似る。


 僕が女性と上手く話せなくなった原因の、大学時代に一度だけ出来た彼女は、すぐに舌を入れてきた。嵐に揉まれる木の葉のように僕は翻弄されて、初めてを奪われた後は、煙草を一本ふかしてから素っ気なく帰っていった。

 そして、次の日には噂が広まっていた。


『可愛い顔してるけど、キスの一つもまともに出来ないの! 今までで最低の相手だったわ』


 僕に聞こえるように、彼女は声高に話した。それ以来、僕は女性とまともに話せなくなった。


「歩……何考えてる?」


 そんなことを思い出していたら、慶二に伝わってしまったらしい。僕は慌てて、言い募った。


「あ……大学時代、遊ばれて酷いこと言われたの、思い出して……。でも慶二とのキスは、凄く気持ちいい」


「そうか。じゃあ、いっぱいキスしよう。もっとしていたい所だが、着いたようだ」


 相変わらず僕は、車が動いてるか止まってるか分からなかったけど、スピーカーから平良さんの声がする。


『慶二様。到着致しました』


    *    *    *


 会社に着いて、慶二が社長に、僕と結婚したことを話す。これからも贔屓にすることを約束して辞表を提出すると、社長はペコペコして愛想笑いを浮かべた。


「佐々木くん、おめでとう。寿退社とはお目出度いね。これからもよろしくお願いします」


 後の方は、慶二にかけられた言葉だ。

 目立つから、ネックレスに通していた指輪だけど、今は薬指に嵌めている。慶二も揃いのデザインを嵌めていた。


 会社を早々に切り上げて、僕のアパートに向かう。


「どうしても欲しいものだけ、持ってこい。日用品は、全てこちらで揃えるから」


 少し迷って、誕生日プレゼントに、父さんに貰った腕時計と、母さんに貰ったオルゴールを持ち出した。高価なものではないけれど、思い出が詰った大切な品だった。


「良い選択だな、歩」


 両親から貰ったものだと話すと、甘やかに慶二は微笑んだ。

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