表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/37

第10話 電話

 創さんが出て行って、部屋には僕の小さくしゃくり上げる声と姉ちゃんの深い寝息だけが、やけに大きく響いていた。


「姉ちゃん」


 揺すってみるけど、起きる気配はない。薬で眠らせたって言ってたな。きっと凄く強い睡眠薬なんだろう。

 諦めて、僕より大きい姉ちゃんの身体を苦労してずらして、ジャケットを脱がせてハンガーにかけ、ウエストを緩めて布団をかけた。


 ふと気付いて、玄関に走っていってロックをかけた。これでもう、創さんも誰も入ってこられない。


「……慶二」


 とてつもなく、慶二に会いたくなった。でも時計を見ると、午前零時。連絡を取るには、躊躇われる時間だった。


「慶二」


 また、ポロポロと涙が溢れ出した。恐い。慶二の声が、聞きたい。

 バッグから慶二の名刺を出すと、裏返して手書きの電話番号をプッシュする。

 十コールくらい待って、諦めてスマホを耳から外した。


『歩』


 もしもし、とは言わずに、直接名前が呼ばれるのが、細く聞こえた。落ち着いたバリトンに、涙が止まらなくなる。


「慶二……っく、遅くに、ごめっ……」


『歩? どうした、何を泣いてる』


 ただ声が聞きたかったなんて言ったら、怒られるかな。

 創さんのことは、言わない方が良いのかな。

 その二つが、喉の奥で渋滞する。


『歩、何でも話せ。寂しいのなら、今すぐ行くから』


「駄目……忙しい、んでしょ。来なくて良っから……声だけ聞かせて」


『俺も、歩の声が聞きたい。何で泣いてるのか、話してくれ。どんなことでも聞くから』


 ああ、創さんと慶二が似てるのなんて、雰囲気だけだ。慶二は、創さんとは違う。


「慶二……創さんってお兄さん、居る?」


『兄さんが、どうした? 何かされたのか!?』


「ホテルで……襲われそうになった」


 スマホの向こうで大声が爆発して、僕はちょっとスマホを耳から遠ざけた。


『あの野郎……!!』


 基本は上品な慶二から、罵りの言葉が飛び出して驚く。


「待って、慶二。兄弟喧嘩させたい訳じゃないんだ」


『無事か、歩!?』


「う、うん。慶二とはまだキスもしてないって言ったら、出て行った」


 よっぽど息を吐いたのだろう。ザザ、とノイズが入った。


『良かった……今、何処に居る。安全か?』


「うん。部屋にロックかけたから、誰も入ってこられないし、姉ちゃんと一緒」


 姉ちゃんは眠ってるけど、心配をかけたくなくてついでに言う。


『すまない、歩。俺と兄さんは仲が悪い。だけどまさか兄さんが、お前に手を出すとは思わなかった。完全に俺のミスだ。明日迎えに行くから、一緒に住もう』


「えっ?」


 僕は耳を疑って、思わず訊き返す。聞き違いじゃなく、確かに慶二は言った。


『仕事は辞めろ。一緒に住めば、もう恐い思いをすることはない』


「でも……」


『今の職場では、安全が確保されない。仕事がしたいなら、小鳥遊は多岐に渡って企業展開してるからやりたい職業を選べ』


 仕事を辞めて慶二に頼り切りになるのは気が引けたけど、それなら良いかもしれない。

 押しの強さだけじゃなく、もうこんな恐い思いをしたくなくて、頷いた。


「うん」


『落ち着いたか?』


「あ……」


 気付くと、涙は止まってた。慶二の声が、僕を安心させてくれたんだ。


「うん。ごめんね、遅くに」


『何かあったら、いつでもかけろ。就寝中でも、仕事の電話で起こされるのは慣れてるし、俺は毎日寝てる時間がまちまちだ』


「うん。ありがと」


 言ってから、ふと慶二の言葉が気になった。


「あの……」


『ん?』


 電話で、火照った顔が見えないのが幸いだと思った。


「何かあった時だけじゃなく、何にもなくても、かけちゃ駄目?」


 慶二が笑った。優しい笑い皺が、脳裏に浮かぶ。


『ふふ。随分と甘いことを言うな。勿論、何もなくてもかけてこい。明日からは、一緒に住むけどな』


 創さんが言った言葉がチラと頭を掠めたけど、そんなの嘘だと思った。慶二が、金に任せた遊び人だったなんて。

 もし仮にそうだとしても、これからは僕だけを好きになってくれるんだ。だから、何にも心配ない。

 慶二と話してると、女の子が恋愛対象だという意志とは裏腹に、愛しさがこみ上げる。僕はありのままを口にした。


「慶二……好き」


『ああ。俺も好きだ、歩』


 生まれて初めて好きと好きが重なる喜びに、押さえようとしても口角が上がってしまう。

 これが、幸せっていう気持ちなのかな。


「おやすみ、慶二」


『ああ。明日迎えに行くから、ホテルの名前を教えてくれ』


「えっ」


 もう一つ、創さんの言葉が蘇った。


『慶二は、女が本当に駄目なんだ。君に女装癖があるなんて知ったら、契約を解除するかもしれないぞ?』


 どうしよう。僕、ワンピースだ。


「だ、大丈夫。家まで姉ちゃんに送って貰うから、アパートに来て。八時半に」


『本当に大丈夫か?』


「うん。姉ちゃん、僕より大きいし気が強いんだ。姉ちゃんと一緒なら大丈夫」


『そうか。じゃあ、八時半に迎えに行く。そのまま勤め先に行って、簡単に事情を話して辞表を出そう』


「うん。わかった」


『おやすみ、歩』


「おやすみ、慶二」


 慶二が切るまで待とうと思ったけど、通話が切れる気配はない。僕は気恥ずかしくなって、こちらから終話ボタンを押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ