おじいちゃんと魔王
燃え盛る火炎を意志の力で消滅させる。
どれほどの熱量が発生したのか。荒野はすでに溶岩と化し、魔法に削り取られた大地の傷痕に流れ込んでいく。
魔王の体は真っ黒に焦げて、赤熱した地面の上で佇んでおった。
"……やったか?"
"これが大魔導士ゲンジや!"
"やってないやってない、フラグ立てんな! ……でも、やってて欲しいよねw"
"あれ、ただのファイアーボールよな?w"
"前のパイアよりやばくなってない?"
まだ奴は死んでおらん。あんな姿になってもなお、変わらず恐ろしい圧を感じるわい。
「……奥の手を隠していたか」
低い声で呟いた魔王が、溶岩を踏み潰しながら歩きだす。
一歩進むたび、焦げた皮膚だと思っていたものが頭から順にパラパラと剥がれ落ちる。そして、漆黒の霧へと戻っていく。
全身を覆っていたのは、あやつが纏うオーラを固めたものだったらしい。
火傷の一つも負っておらんとは。生身に当てねば効果はなさそうじゃ。
……また振り出しか。
「――【ヴァルダード】!」
魔王が左手の双刃剣を天高く掲げると、舞い上がった闇が平らに伸びていく。……それは墨色の雲となり、空を覆い隠す。
みるみるうちに辺りが暗くなってしまった。
「動け!」
ワシとしたことが、なにを呑気に突っ立っておるのか。
自分に喝を入れ、前に出る。
――直後、すぐ後ろで地面が弾けた。
ワシの周囲に無数の黒い稲妻が降り注ぐ。
行くてを阻むように落ちてくることから、おそらく魔王がコントロールしておるのじゃろう。
横がダメなら今度は縦というわけか。敵に注視せねばならんのに、上空からの攻撃とはたまらんな。ベヒモスとの戦いで味わった嫌な思い出を彷彿とさせる光景じゃ。
雷ごときワシのハゲ頭で反射してやりたいところじゃが、まだ磨き込みが足らん。今だけは三島が羨ましい。
「かーっ! ドッカンバッカンと鬱陶しい雷じゃのぉ!」
暗い世界に影が落ちてくる。見えにくいったらありゃせんぞ。
空気の揺れや僅かな音。ヴァルダードはもはや、産毛の逆立ちや鼓膜の振動などの感覚に頼って対処せざるをえない。
しかし、前進ばかりの単調な動きでは撃ち殺されてしまう。
早く接近戦に持ち込みたいのに、避けることで精一杯じゃ。
「フハハハハ、楽しそうに踊るではないか! そろそろ……」
「――【パイア】!」
勝ち誇った顔で笑う魔王に向けて、パイアを放つ。
まだ距離があり、当たるとは思っとらん。そもそも、直撃させることが目的ではない。一時的にでもあやつの思考を奪い、魔法のコントロールを甘くさせることで、少しでも近づくため。
紅蓮の火球が魔王に迫る。
奴は、余裕をもって大きく左に回避した。
その一瞬、雷鳴が鳴りやむ。
……狙い通りじゃ。
パイアをわざと直角に曲げ、地面に着弾させる。
豪快な火柱が立ち昇り、ワシはその陰に潜む。
ヴァルダードも、敵の姿が見えねば当たるまいて。
「小癪な真似を!」
炎の裏から魔王が叫ぶ。
知恵を絞ってこそ人間というもの。
魔法を解除してやれば、一息の距離に魔王が見える。
「――そこじゃ!」
灼熱の大地を飛び越えて、鷲羽の剣で左脇腹を狙う。
「甘いわ!」
しかし、一筋縄ではいかないのがこの魔王という男。
完全に隙を突いたというのに、反射的に体を動かしたのか、双刃剣の前刃を真下に叩きつけることでカウンターを合わせてきおった。
せっかく掴んだチャンス。ワシとてみすみす逃すつもりはない。
鷲羽の剣による横薙ぎを中断し、体を捻りながら敵の刃先に盾を沿わせる。
魔王の縦斬りを、地面と水平になったワシの体を横方向へ回転させる力へと変え、その場に留まることに成功した。
「――【パイア】!」
まるで空転するドリル。高速できりもみ回転しながら、天地が激しく入れ替わる視界の中で魔法を放つ。
至近距離で炸裂したパイアの衝撃で、ワシも魔王も吹き飛ばされてしまう。
「……ぐっ!」
じゃが、今度は確実に食らわせてやった。プライドの高い魔王の口から悲痛の声が漏れたことからも分かる。流れる景色の中で、奴の左肩が燃え盛っておった。
体を広げて空気抵抗を増やし、四つ足で着地。酔っぱらった三半規管が歪んだ世界を作りだす。
装備のおかげか、内臓まで鍛えられているらしい。あれほど散らばっていた焦点はすぐに定まり、敵を見据える。
「ふむ、困ったのぉ」
また闇の衣じゃ。
まとわりつく炎をあれで消火したらしい。
「……余に膝をつかせるとは」
忌々しそうにワシを睨みつけるライムグリーンの瞳。魔王もまた右膝を突いてこちらを注視しておる。
さすがの魔王もダメージを無効化とはいかなかったようじゃ。
左の頬には火傷の痕。パイアが命中した部分は鎧が砕け散っておる。
自慢の防壁を解いたところから、プスプスと煙が立ち昇っておった。
"あれでダメなのか……"
"他の魔法は使わないの?"
"パイアだけじゃ勝てないって!"
"アイスも食べなきゃ!"
コメントめ、好き放題言いおって。こんなときになにがアイスじゃ馬鹿たれめ。
ワシだって、パイアだけでは無理だと分かっておる。
「他の魔法なんぞ一つも覚えとらん! ぜーんぶすっかり忘れてしもうた! 分かるかコメントの衆……これが老人の記憶力じゃ!」
"いや、自信満々に言われてもw"
"ジジイほんまw"
"初めまして、ダンキンと申します。おじいさん、魔法は想像力です。イメージしやすい言葉とともに、それを具現化してみてください!"
"その通り! 自分で作ればいい……って、ダンキン!?"
"ダンキンキター!"
ダンキンとは、若く優秀な探索者じゃったか。前に麻奈が言っておったな。
魔法はイメージ。初めて動画を見ながら学んだときも、そんなようなことを教わった気がするのぉ。
「魔族の王として、貴様ら人間に合わせた装備で戦ってやったが……それもここまでか。ジジイ、認めてやる。武器も鎧も必要ない……貴様は余が全力を出すに相応しい相手だ! ――グオオオオオォ!」
耳をつんざく魔王の咆哮。大気は震え、荒野が裂ける。
あれだけ苦労していた敵が、まだ本気でなかったとは……。
頭を抱えて丸めたくなる背筋を気合で伸ばす。それほどのプレッシャー。
魔王が姿を変えていく。
顔面を除いた皮膚が灰色の鱗に置き換わり、膨らんだ筋肉に耐えきれず鎧が爆ぜる。
淡い紫色の体毛が首元から真っすぐ下まで生え揃い、翼に尻尾まで……あれではまるで二足歩行のドラゴン。それとも、龍人と呼ぶべきか。
「――【ヴァルグアンデ】」
盾も双刃剣も投げ捨てた魔王が唱えた魔法は、絶望を呼び寄せた。
逃げ場もないほどの広大な闇。荒野を飲み込まんとする新月の海が、津波となって襲い掛かる。
地上に居座れば死ぬ。かといって、飛び上がってしまえば格好の的。今こそダイコンの言葉を思い出せ。
天高く聳える無数の足場を作るしかない。盛り上がる大地の支柱を作り出す!
「――【もっこり地面】!」
盾を腕にはめた左手を荒野に叩きつけ、イメージを注ぎ込む。
全身から膨大な何かが抜け落ちて、太古の森を彷彿とさせる巨大な石柱の雑木林が出現した。
"もっこり地面!?"
"すげええええぇ! ……けどダセエ!w"
"他にもっとあったっしょw"
"なんで魔王との戦いで笑わされなあかんねんwww"
"緊張感とは無縁の男w"
羽のように軽い体でジャンプして、横向きの大地で跳ね返る。
大都会の高層ビル群が足場になった気分じゃ。スーパーボールみたいに空中を縦横無尽に飛び回る。
安心した。魔法で固めた支柱は崩れない。時間稼ぎをしていると、漆黒の濁流が通り過ぎていく。
魔王は無表情で棒立ちのまま。ただワシの軌道をライムグリーンの瞳で追いかけている。
あれを隙と考えていいものか。やかましい羽音を立てるハエを叩き潰そうとしているようにも思えるが。
……いや、地の利があるのはこちらの方じゃ。
ここは素直に攻め込む!
「ぬおおおおおぉ……っ!」
加速、加速、加速……!
体が軽いからこそ、蹴れば蹴るほど速度が増す。
平らな地面では、足に込める力の向きを誤るとすぐに浮き上がってしまう。三次元的に動けるこの場所ならば、気を遣う必要がない。
いくら魔王といえど、もはやワシの姿を捉えることなど不可能。空気の摩擦で肌がチリチリと火傷し始めている。
直感で体を操っているにすぎず、自分でも訳が分からんほどに速い。この勢いに任せて、全身全霊の一撃をお見舞いしてやろう。
「――そりゃあっ!」
自分の体を隕石と化し、地面に向かって急降下。魔王の脳天に鷲羽の剣を叩き込む。
「人間にしてはよくやった」
眼前で、魔王が呟く。ワシの体が空中で止まった。
……灰色の鱗に覆われた魔王の左手が、ワシの剣を掴んでおる。なのに、かすり傷すら負っておらん。
「……だが、ここまでだ!」
鷲羽の剣が握り潰されて、飴細工の菓子みたいに砕け散ってしまう。
すぐさま盾を構えると、おそらく魔王が振り抜いたであろう右拳の衝撃で吹き飛ばされた。
右手を添えていたにもかかわらず、左上腕骨にヒビ……いや、折れているかもしれん。痺れて感覚がない。
体を丸めて後頭部を守ると、ワシの背中が石柱を次から次に砕いて突き抜けていく。
肋は軋み、背骨が歪む。
地面と水平に宙を舞いながら、まだ無事な右手でハイポーションを取り出す。
たったそれだけの動作なのに、痛みで気を失いかけた。
「……がっ」
何本目かの柱にぶつかり、やっと空の旅が終わる。
声にならない悲鳴が漏れた。
肺を膨らませることすらしんどい。喉の力で瓶の中身を無理矢理に飲み干す。
全身がポッと温かくなり、痛みが引いていく。肉が抉れた傷口は塞がって、骨も一瞬で紡がれてしまう。
さて、どうするか……などと、考える暇もない。
すぐそこに魔王がいる。
龍の羽ばたきとともに加速して、足の裏を突き出す前蹴りが放たれた。
あまりに速く、もっこり地面を解除する余裕はない。
壁を背負っては、威力を殺すこともできん。
再び盾で受け止めてはみたものの、胃が背中を貫いて外に飛び出してしまったのかと錯覚するほどのダメージ。
石の柱がへし折れて、全身から嫌な音が響く。
意識が体を離れようとした瞬間、舌を噛みちぎる。奥歯がひび割れてもなお歯を食いしばり、心を繋ぎ止めた。
もうワシを受け止めてくれる柱はない。
何度も地面に打ち付けられ、天も地も分からなくなるほど転がっていく。
なんとかポーチから取り出したのは、一対の翼があしらわれた青い小瓶。生命力を感じさせる葉や花の模様が刻まれている。
いつだったか、命の危機を感じたら使えと聖子から貰った大切な薬じゃ。
最後の力を振り絞り、これを一息で飲み込む。
……驚いた。
ワシの体は薄い光を纏い、失った舌も、歯も、髪の毛さえも生えてきた。
全部元通りじゃ。
空中で体勢を整えて着地する。
"ごめん、もう見れない……"
"やめろ魔王! おじいちゃんが死んじゃうだろ!"
"あ……"
ついにコメントが止まってしもうた。
みんなには、ワシの顔がどう映っておるのじゃろう。
魔王に勝てぬと、悔し涙でも浮かべておったか?
絶体絶命じゃと、下でも向いておったか?
子供のころ祖父が死に、命には終わりがあると理解した。
そのときから、死ぬのが怖かった。
家族も、友人も、周りからいなくなるのが恐ろしいと思った。
だからこそ、ワシが守らねばならん。
人生の最後には、どんな姿が相応しいのじゃろう。
そんなことばかり考えていたら、いつのまにか老人じゃ。
神様が惜しい者を亡くしたと後悔するような終わりを見せてやりたい。悔しい悔しいと思いながらあの世に行く……そんなのはワシの死に様ではない。
胸を張って、精一杯生きたと笑って終わる。生き様こそがその人間の価値じゃ。ワシはまだ心の底から笑ってはおらん。
「ワシを見ろ! コメントの衆よ、ワシはまだ生きている! 工藤源二……いや、暴れ納豆という男を見てくれ! 頼む、もう少しだけ付き合ってくれんか?」
漆黒のショートソードを抜く。
しかし、今の魔王に対抗する術がない。打つ手がないのは確か。
全力は出している。
命だって賭けているのに。
「余の攻撃を二度も受けてまだ立つか。胴から首を離してやらねば死なぬようだな」
魔王がゆっくりと近づいてくる。
時間がない。
ベヒモスのように全身から雷を放出して身を守るか?
……いや、意味がない。あやつは構わず攻撃を仕掛けてくるはず。
鎧通しも、波衝撃も、相手との実力差がなければ使い物にならん。
何かないか?
鷲羽の剣のように、ワシの力を底上げしてくれる何かが。
考えろ!
人生を振り返るんじゃ!
"負けないで……おじいちゃん、負けないで!!"
"そうだよ、みんかゲンジを見ろ! 戦ってる本人が諦めてないのに、俺らが逃げてどうするんだ!"
"僕、最後まで応援する! 頑張れゲンジ!"
"魂を燃やせ、俺たちの声を届けるぞ! 暴れ納豆! 暴れ納豆!"
"ダンキンに最強の探索者はお前だって見せてやれ! ゲンジ! ゲンジ!"
ほっほっほ、これじゃこれじゃ。なんと頼もしい。
さすがコメントの衆、主らの声でワシまで……魂を……燃やす?
そうじゃ、その手があったか。人魂じゃ!
「魔王よ、お主は強い。これで勝てぬならワシの負けじゃ。……全て持っていけ! ――【鬼火】!」
全ての魔法を解除し、新たに作り上げた。ワシの体を青白い炎が包み込む。
かつて最奥の間で、死霊使いと名付けたモンスターと戦ったことがある。
そやつは、辺りに散らばった死骸の腕や脚を宙に浮かせて、体の一部のように自由自在に操っておった。今のワシと同じく、青白い炎を纏わり付かせてな。
力が足りぬなら加えてやればいい。
速さが足りぬなら後押ししてやればいい。
鬼火とは、そういう魔法じゃ。
ワシがワシの体をイメージ通りに動かしてやろう!
「バイス・デモニス・ヴォルデガーナは、魔族の中の魔族! 誰も余に勝てぬからこそ魔王! 何をしようと無意味だ!」
魔王は両手を掲げ、どこからでも掛かってこいとばかりに構えておる。
その顔は、自身の強さに微塵も疑いを持っておらず、余裕に満ちて憎らしい。
この鬼火は、もっこり地面よりも消耗が激しい。恐ろしい勢いで持っていかれよる。
いつまで魔法が保つか分からん。
ならばこその短期決戦。こちらから仕掛けさせてもらう。
「残念じゃったな魔王とやら! 上を知らんのもまた弱さ。ワシが想像したのは、お主を超えるワシじゃ!」
気持ちを吐き出し、頭をフル回転。思い描けば体が動く。
地面を蹴ると、稲妻なんて置き去りにしてししまいそうな速度で飛んでいく。
「――ぬんっ!」
一息で肉薄し、胴狙いでショートソードを横に薙ぐ。
魔王は左腕の鱗で受け止めた。
じゃが、今までのワシではない。黒い刃のその先で、メキメキと音が鳴る。
そのまま剣を振り抜いて、体ごと吹き飛ばす。
龍人は翼を動かし、空を泳いで体勢を整えている。
「――【ヴァルボーラ】!」
魔王は闇のオーラを巨大な球体に変え、大空を舞いながら軌道上に一つ、また一つと産み出していく。その数は九つ。
その全ての球体から、漆黒のレーザービームが放たれた。
独立した電信柱ほどに太い直線が九本、荒野を削り取りながらワシに迫る。
奴が使ってきたどの魔法よりも威力が高く、そして速いはず……なのに、遅い。感覚に頼らずとも、目で追えてしまう。
魔王が飛ぶならワシも飛ぶ。できると信じれば、鬼火がそれを可能にしてくれた。
空中で闇のレーザーを掻い潜る。
「鬼ごっこならワシの得意分野じゃ!」
あっという間に接近。逃げる魔王の背中側から剣を振り下ろし、右翼を切り裂いた。
「……ぐあっ!」
片翼だけでは飛べぬらしい。浮力を失った奴は、悲鳴を上げて真っ逆さまに落ちていく。
ワシは弧を描きながら地面に迫り、荒野のすれすれを滑空。落下中の魔王に速度を乗せた斬撃を放つ。
腕を十字にガードされてしまったが、金属の鮫肌でも切りつけたかの如くけたたましい音とともに、地面に叩きつけることに成功した。
まだ止まらん。
勢い殺さず大地を駆ける。
弾んで宙に浮かんだ無防備な魔王の左脇腹に突きをお見舞いじゃ。
「――【鎧通し】!」
あやつは脇を締めてダメージを最小限にとどめようとしたが、そうはいかん。
剣の先端で発生した衝撃を、背筋の力で空間ごと押し込む。
鱗を、腕を通過し、肉を貫ぬいてその内側へ。硬質な金属音が発生し、左脇腹から鮮血が噴き出した。
あまりの威力に、魔王の体は吹き飛んで、荒野の上を転がっていく。
「人間ごときがあああぁ!」
血を吐きながら、片翼の龍人が吠える。
なんとか膝をついて立ち上がろうとするも、ワシの攻撃で参っておるようじゃ。動きが鈍い。
「これで終わりじゃ! 覚悟しろ小童!」
一気に加速し、トドメの一撃。加藤から貰った漆黒のショートソードで、心の臓を貫く。
「余は……魔王……」
だが、こやつはまだ諦めておらん。
右拳を振りかぶり、最後まで足掻くつもりじゃ。
こうなれば……。
「コリャアアアアアッ!」
奴の右ストレートより早く、左手でゲンコツを叩き込んだ。
その衝撃で、魔王の顔面が地面に沈む。剣は深々と突き刺さり、体を大きく引き裂いた。
……魔王が光の粒子となって消えていく。
"っしゃあああああああ!"
"おじいちゃんの勝ちだよね? もう終わったんだよね?"
"倒したあああああああ!"
"ゲンジが負けるわけねえじゃんか。まったく、お前らってやつは……"
"ほんとにすげえよ。俺たちのヒーローだ!"
ここで、ワシの意思とは無関係に鬼火が解けてしまう。
こちらも限界がきたらしい。
この戦い、ワシ一人の力では負けておった。コメントの衆に、幾度となく助けられた。
これもまたパーテーというやつかのぉ。
「お見事です」
突如、背後から聞こえた拍手。
不気味な声に振り向くと、オットマンが現れた。
こいつめ、主人が死んだというのに笑っておる。
「次はお主が相手か?」
「いえいえ、まさか。死力を尽くした末に魔王様は敗れました。抜け殻みたいな貴方を倒して敵討ち……なんて、そんな恥ずかしいことはできません。魔族にもプライドがあるのですよ、工藤源二様」
正直なところ、今のワシでは剣を振れるかすら怪しい。全てを出し切ってしもうた。
立っていることすらやっとじゃ。
オットマンに挑まれては、何も出来ずにやられておったじゃろう。
「では、そろそろお帰りに……」
「待て、この城はどうなる?」
オットマンが手を叩こうとしたところを遮り、疑問をぶつける。
またモンスターが溢れ出しては大変じゃからな。
「魔界へ引き返すことになるでしょう。誰もが認める魔王というのは、なかなか育ってくれないものなのです。……それでは、ごきげんよう」
オットマンの手拍子で、ワシの視界が歪む。
気づくと水戸城跡に立っておった。
もう空が明るくなり始めておる。
"ゲンジお疲れー!"
"あれ、魔王城なくなってんじゃん!"
"明日も配信あんの?"
"気持ちよく感想戦でもしてくれやw"
コメントの衆と喋りたい気持ちはあるが、もう限界じゃ。
イヤーチップから流れる無機質な声を聞きながら、膝から崩れて地面に倒れ込む。
……意識が遠のいていく。
面白いと感じて頂けた皆様にお願いです。
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