おじいちゃん、笠間稲荷神社に行く
アクアワールドを満喫して翌日。
昼飯を食べ終わり、ばあさんが淹れてくれたコーヒーで一服しておったら、ガラリと玄関のドアが開く。
「おーい、源ちゃん! 来たっぺよー!」
三島とその家族が来たようじゃな。
昨晩、家に帰ってしばらくすると三島から連絡があった。
明日は魔王と戦うことになるじゃろうから、その必勝祈願をすることになったんじゃ。
日本三大稲荷の一つ、笠間稲荷神社でお参りをしようと思う。神様も少しくらい力を貸してくれるかもしれんしのぉ。
夏休みの期間はそれぞれの家族で過ごしておったから、この誘いは珍しい。
三島の孫の玲央くんと麻奈が仲良くなれたらよいのではということで、ワシの家族も了承してくれた。
せっかくなので猪俣も誘ってみたが、あやつは家でゆっくりするらしい。
「なんじゃ、ずいぶん早いのぉ! まあ上がって少しゆっくりしていけ!」
大声で呼び寄せてやると、居間にやってきたのはまず三島。
センスの悪いハイビスカス模様のアロハシャツに、これまたセンスの悪いベージュのズボン。頭には、ワシに見せつけたい一心でかぶってきたであろうフェンリルのタテガミが。
チラチラとこちらを見ながら、わざとらしくブラシでとかしておるわい。
触れてはならん、悪趣味な奴め。
次に、娘の輝子。
三島に似て困り顔じゃが、パーツパーツは嫁の幸恵さん譲りで整っている。
今日の髪型はお団子頭。白のブラウスに紺のスカートがよく似合う。
三島の店は夏休みであろうと営業しておるから、幸恵さんと輝子の旦那――オーストラリア人のデイビスさんはお留守番のようじゃな。
ワシとばあさんは、よくマッサージをしてもらいに行くから三島の家族とは顔見知り。しかし、麻奈は今日が初めて。上手く馴染めるとよいのじゃが。
「ほら玲央、麻奈ちゃんに遊んでもらったらいいべ」
「うんっ! 麻奈お姉ちゃーん!」
最後に、来年から小学一年生になる孫の玲央くん。
くりんくりんと癖のある金髪に、透き通るような青い瞳。純粋な日本人とは違うハーフらしい目鼻立ち。芸能事務所からスカウトされたことがあるとか。
納豆の柄がでかでかとプリントされた黒のTシャツにジーンズ姿が子供らしさを際立てている。
三島にポンと背中を押されると、足元から放たれたロケットみたいに麻奈の元へと元気一杯に駆け寄り、抱きついてほっぺにキスしおった。
「わあ、玲央くん可愛いねー!」
ほっほっほ、麻奈はもうお姉ちゃんじゃのぉ。玲央くんの頭をよしよしと撫でておる。
しかし、挨拶代わりにチューとは微笑ましい。デイビスさん譲りのスキンシップじゃろうか。
……ん?
この小僧、ワシの麻奈に何をした?
「コリャアアアアアッ! このマセガキめ、いったいどういう了見じゃ! ……あ痛っ」
子供であれば泣き叫ぶほどの剣幕で叱りつけてやったら、ばあさんに後頭部を引っ叩かれてしもうた。
「あははっ、セイコちゃんつよーい!」
「ごめんなさいね玲央くん、うちのカッパジジイがうるさくしちゃって。気にしなくていいですからね?」
玲央くんから無垢で輝くような笑顔を向けられて、いつもセイコちゃんと呼ばれるもんだからばあさんもメロメロじゃ。
ちなみにワシはゲンちゃん。三島がそう呼ぶから玲央くんも真似しておる。
どこかよそよそしく親同士が挨拶を交わし始めると、和樹も大人になったものだとしみじみ思う。
輝子を見る三島の優しげな目も、ワシと同じ気持ちからじゃろう。
「玲央くんはダンジョン配信者だと誰が好き?」
「えっとねえ、じぃじとゲンちゃん! 僕、探索者ってよく知らないんだ。モンスターがやられるのとか怖くて見れないから」
麻奈と玲央くんが携帯を見ながら楽しそうに話しておる。
最近の子は大人しいのぉ。コミュニケーションの方法が昔とは違うのかもしれん。
ワシが子供の頃、夏休みなんかは学校に忍び込んで、エアガンの撃ち合いをしておったな。
ルール無用じゃから、顔に当てただの集中して狙ってきただのとくだらない理由をつけて、あちこちで殴り合いのケンカが起こる。
しかし、家に帰るころにはみんな肩を組んでおった。
今になれば、なんと危ない遊びをしていたのかと不思議に思うが、あれは楽しかったのぉ。
蜂の巣をエアガンで撃ち落として逃げ回り、近所のじいさんに迷惑をかけたときはゲンコツを食らって叱られたが、腹を抱えて笑ったもんじゃ。
「なんだ源ちゃん、ニヤニヤして気持ち悪ぃ。混むのもやだし、早めに出た方がよくねえか?」
「仕方ない、老い先短い三島に従うとしよう。皆の者、レッツラゴーじゃ!」
冷やかな視線が集まる中、ワシの号令に玲央くんだけがオーッと右こぶしを突き上げて応えてくれた。
「玲央くんもパパの車に乗ったらいいのに」
「うんっ! 僕、麻奈お姉ちゃんと一緒に行く!」
三島家と工藤家で車二台に分かれようとしたところ、麻奈が玲央くんの手を引く。
人懐っこい玲央くんの性格もあってか、二人はもう仲良しになったようじゃな。
和樹が輝子に許しを得ると、みんな車に乗り込んでいく。
運転席に和樹、助手席に千枝さん。その後ろにワシとばあさんが座り、そのまた後ろで玲央くんと麻奈がはしゃいでおる。
「和樹、冷房をマックスにしろ! ワシとばあさんが干からびても知らんぞ!」
「はいはい……」
空は青々として、灼熱の太陽に照らされた車内は額に汗が滲むほど蒸し暑い。夏真っ盛りという感じじゃな。
ばあさんに左のほっぺたをつねられたと同時に車が走り出す。
ここから笠間稲荷神社まではだいたい一時間くらいか。
歩道には人がいて、夏休みらしく車の数も多い。
あんなことがあったのにもかかわらず、いつもと変わらぬ日常が目の前に広がっておる。
麻奈と玲央くんがシートに膝立ちして後ろの車に手を振ると、優しそうな家族が手を振り返す。車内はキャッキャと楽しそうな二人の笑い声に包まれて、自然と目尻が下がり口元が緩んでしまう。
この平和な時間を失ってはならんのぉ。
「ねえゲンちゃん、明日はじぃじと一緒に魔王を倒すんでしょ?」
「そうじゃよ。魔王だろうがしょんべん小僧だろうが、ワシのゲンコツで泣きべそかかせてやるわい! だーっはっはっは!」
「ゲンちゃんすごーい! じゃあ、じぃじとゲンちゃんはどっちが強いの?」
「そ……ひぃっ! うーむ、それは難しい質問じゃな。ワシと三島の昔話でもして、玲央くんに判断してもらうというのはどうじゃ?」
ばあさんの目が光っておったから、そんなものワシに決まっておるとは言えんかった。
次は次はとせがまれて若い頃の話をしていると、ふと時間の存在を忘れていたことに気づく。
いつの間にやら公営の笠間稲荷駐車場に着いてしまっていたようじゃ。
車から降りて三島たちと合流し、目的地へと向かう。
神社へと続く道――門前通りを歩く。
ここは、ノスタルジックな商店街といった感じ。秋の夕方なんかに来ると雰囲気が素晴らしい。
食べ歩きも楽しくて、例えば笠間いなり寿司。そばやクルミが入っていたりと、他では味わえない変わった風味がある。
幸せだんごはおみやげに喜ばれるじゃろう。味がいいのはもちろんのこと、見た目が可愛らしいのも人気の一つ。
八百屋が経営する古風な店構えのカフェでしっかり飯を食うのもありじゃな。ここの野菜は質が違う。
「おじいちゃん、鳥居が見えたよ!」
「これ、走ったらいかんぞ」
指さしながら走りだした麻奈に注意する。
転んだり人にぶつかったりしては危ないからのぉ。
どんと聳え立つ巨大な朱色の鳥居の前で一礼。麻奈と玲央くんに歩き方やらお祈りの仕方など参拝のルールを教えながら仲見世通りを進んでいく。
まずは笠間稲荷神社の魅力でもある自然豊かな美しい境内を楽しむ。
夏は青々とした樹木……特に御神木である苔生した胡桃の木の逞しさが感じられる。見ているだけで神聖な気が体の中に入ってきて、心が洗われること間違いなし。
春には桜が咲き、少しすると樹齢四百年の藤棚が見ごろとなる。秋には紅葉で木々が色づく。冬は寒さも相まって少し寂しげな雰囲気になるが、それもまたよい。
四季折々の風景を満喫できるというわけじゃな。
あちらこちらで狐の像やお散歩中の猫さんを見つけては、麻奈と玲央くんが指を刺しながら駆け寄り、キャッキャと楽しそうにはしゃいでおる。
最後に訪れた重要文化財である本殿は、自然の中に佇む歴史そのもの。壁面にはめこまれた彫刻は実に見事なもので、思わず感嘆のため息が漏れてしまう。気づくと無意識に頭を下げておった。
さて、ようやくお参りじゃな。
夏休みということもあり、魔王が日本を脅かしているのも影響しておるのか、いつにも増して参拝客が多い。
後ろに並び、順番を待つ。
「じぃじ、キレイなお家だね!」
「神様が住んでんだ。わりことしたら罰当たっかんな」
三島に脅されて玲央くんの顔が引き締まる。ヒュッと息を吐き、背筋を伸ばして気をつけの姿勢で固まってしまう。
朱色に金の意匠が施された拝殿は荘厳な印象を受ける。
三島の言う通り、神様が住んでいると聞いてもなんの不思議もない。
三島が祈り、輝子と玲央くんが続く。
次は千枝さんと麻奈の順番……そのとき、背後で人々の悲鳴が聞こえた。
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