やったか?(三島視点)
ちょっと後ろに下がってみたが、驚くほどに体が軽い。裸電球から貰った装備の力なんだべか。
イメージした体の動きはそのままに、筋力だけちょうどよくブーストされているような。
どこまで力を引き出せるかは分からない。だけども、戦略の幅は広がった。よっぽどいいもんくれたんでねえの?
さて、どうすっぺ。雑魚から削るべきか、ボスを狙うべきか。
スケルトンロードに似てるけども、あれとはまた違う。例えるなら、向こうは夕焼け空の茜色。こっちはルビーを思わせる怪しい赤。おそらく別種だべな。
鎧を着けているとはいえ、所詮はスケルトン。剣を脇の下から通して弱点を突いてやれば、同じように倒せるはず。
しかしまあ、数が厄介だ。ご丁寧に陣形まで敷いてくれちゃって。不気味な女の強さも未知数ではあるしな。
あぁ……。雑魚を倒したとこで、また増やされる可能性もあんのか。
「イヒヒヒヒッ……。みんな、あのおじいちゃんを捕まえて?」
はい承りましたとばかりに顎を震わせ、スケルトンどもが陣を広げながら近づいてくる。
これなら、片翼を潰しながらアザミに近づく方が楽か?
「やめだやめだ。考えたってしゃあね」
俺は源ちゃんとは違う。頭のいい方ではねえからな。
「おーい、三島ー! スケルトンなんぞ無視して、幽霊女を倒せば終わりじゃぞー! 天才すぎて気付いてしもうたわい。だーっはっはっはっは!」
んなの分がってるっつの!
前言撤回、こいつは馬鹿だ。
"ゲンジ……お前天才か……?"
"知将暴れ納豆"
"え? てことは、実質一対一じゃん!w"
"ダメだこいつらwww"
"三島さん、ゲンジはアホやから気にしたらあかんでw"
はいはい、この配信を見てる奴らも馬鹿と。
んでも、あながち悪い作戦ではねえかもな。そう考えちまう俺も馬鹿なんだべか。
……乗ってみるか!
「流石だな源ちゃん! 名案だべした!」
まずは速度を抑えて走り出す。
囲い込まれる前に、自ら囲われてやる。これで俺も仲間入りだ。
「おいおい、自殺か?」
「ギャハハハハハ! 犬っころがアザミ様に遊んで欲しいってよ!」
「飛んで火に入る夏の虫ってか! 配当は貰ったぜ!」
モンスターどもが嘲笑うのも当然。今の自分を客観視したら無謀に見えるもんな。
だけども、これでいい。
距離を詰めるにつれ、相手も動きを見せる。四体のスケルトンが、アザミの前で壁を作った。
二体は大楯を地面に固定して腰を落とし、二体は長槍を突き出す構え。止めて刺す、基本的な戦術だ。
明らかに誘われたと分かる。引くか迂回するか、逃げの選択肢を取るべきだろう。誰だってそうするべきだし、俺もそれは同じ。さっきまでの俺ならな。
「甘いべ!」
大きく踏み込み、フェンリルの牙から作られたショートソードを横薙ぎに振るう。
あえて狙ったのは、左右揃って一枚の壁と化した大楯。分厚くも重たい金属の表面に傷をつけながら、車のボディをガードレールで擦ったかのようなけたたましい音を立てる。
手首、肘、肩に伝わる衝撃が、これまでとは比べ物にならない。二倍……いや、三倍か。それほどまでに強化されている。
まるでボーリングのピン。盾ごと吹き飛んだスケルトンが後方の長槍部隊にぶつかり、道が開けた。ストライクだ。
抑えていた力を解放し、右足で強く地面を蹴る。
自分のものとは思えないほどの炸裂音とともに、体が大きく前に進む。
咄嗟に大太刀を体の前に構えて守りの姿勢をとるアザミ。
防ぎたいなら、やっぱ盾だっぺよ。生涯のほとんどをツボ押しに捧げた俺に、貫けない秘孔はない。
「――【神封】!」
狙うは左胸の胸椎横、肋の隙間にある神封。ここに剣を突き刺せば、骨を押し広げて砕きながら心臓を抉ることができる。
左足で大地を踏み締め、突きを放つ。喉を打つと見せかけ、剣先を持ち上げておく。
すぐに反応を見せたアザミが、振り払おうと大太刀を持ち上げる。……騙されやがった!
手首の動きで軌道をずらしてやれば、牙が肉を食い破る。緩やかに厚みをます刃先が肋骨の隙間に入り込み、そのまま砕……けない……だと?
引き抜こうにも、凄まじい力で圧迫されているらしく、剣が動かない。へどろのように粘ついた黒い血が刀身を伝う。
「痛い……痛い……ウヒヒッ。あたしの中にパパの剣が……パパがあたしの中に……。パパ、パパ……!」
骸骨兵が群がり始めている。完全に囲まれてしまった。
いったんフェンリルの剣は諦めるしかない。早く距離を取れと、脳が警笛を鳴らしている。様子がおかしいイカれ女を無視して、落ちている長槍を拾う。
走りながら柄を長く持って振り回し、迫り来るスケルトンを蹴散らしていく。怪力無双の戦国武将になった気分だ。倒せはしないが、これで時間を稼げる。
振り返ってアザミを見ると、胸に剣が突き刺さった状態で不気味に天を仰いだまま。ピクピクと小刻みに体が痙攣しており、生命力が感じられない。
「……殺ったんだべか?」
"あっw"
"言っちゃダメなやつw"
"三島さん! それフラグ!"
「ヒッ……」
アザミの右こめかみが膨らむ。内側から何かが飛び出したかのように、巨大な瘤となった。
「アギッ……」
次に首。
「……パパァアアアアアッ!」
左肩、肘、腰。関節の付近から、ボコボコと。
暗い雰囲気の美女であったが、その面影はもはや消え失せた。
全身から、黒い霞が立ち昇っている。もはや立派なモンスターだ。
"うげっ……気持ち悪っ!"
"アザミファンクラブ、現在をもって解散します"
"そう? 俺はまだ推せるけど?"
"嘘でしょ!?w"
"えー、おじいチャンネルには変人がおります"
"平常運転やなw"
神封ってのは、美容効果のある女性に人気のツボ。ホルモンの分泌を整えたり、バストアップが期待できるから、エステなんかじゃよく押されるんだが……今回は色々と膨らみすぎたな。
剣じゃ刺激が強すぎたんだべか?
「エヒッ。苦……じぃ……。早ぐ……死ねぇえええええええ!」
再び、アザミが懐からベルを取り出し、不気味な音を鳴らす。色も形も別物のようだ。
あの女を中心として、複雑な紋様が浮かび上がる。また何か召喚しようとしてるんだべな。
今度のは赤色。血のように赤黒い。
「――【弍の陣】」
砕け散り、再生を始めていたスケルトンどもが魔法陣に吸い込まれていく。まるで、同じ色に溶け込むように。
代わりに現れたのは蜘蛛……いや、下半身が蜘蛛のバケモンだ。毒々しい紫色の巨大なタランチュラに似た下半身から、半分ほどが同色の体毛で覆われた人型の上半身が生えている。
「おーっと、ついに出ました! 素早い動きで相手を翻弄し、糸で絡めとる。アザミ・ヴォルデガーナ様のアラクネー部隊です! これに対して、三島様はどう立ち向かうのでしょうか!」
オットマンのマイクパフォーマンスで、会場が沸く。
相手の攻撃手段を教えてくれるとはありがたい。
装備のおかげで、アザミとの勝負は俺に分がある。もちろん、さっきまでは……だが。
あの邪悪なオーラ、何かある。油断はできない。
「エヒャヒャッ! 行げぇえええ!」
声の質まで変わってしまったらしい。魑魅魍魎が吐き出され、言葉に乗って鼓膜を揺らしているかのよう。
アザミの指示で、アラクネーが動き出す。その数は、スケルトンと同じく六十ほど。性別に違いはあるが、みな一様にロングソードと菱形の盾を持つ。
俺への警戒からか、半分は二列に並び、守りに徹している。残りは飛び上がり、腹部の突起から糸を吐き出した。
太く束ねられた直線状のもの。躱すのは容易い。
遠距離攻撃は厄介だからな。こいつらに関しては、一体ずつ倒していくしかねえべ。
糸を潜り抜け、まずは右端から狙う。蜘蛛のツボは知らんけども、上半身が人型なら話は別。空中から降りてきたところを……って。
「んだこの!」
地面にくっついた糸を手繰り寄せることで、軌道変化しやがった。
俺が元いた位置に集結して、群れとなって襲いかかってくる。
「話が違うっぺした!」
錐形の陣を組み、迫り来る敵に長槍を投擲する。空中で柄をブルンとしならせながら、大気を切り裂いていく。
自分のものとは思えない凄まじい力だ。 大型弩砲から撃ち出された矢弾よりもはるかに速い。
先頭のアラクネーの胸を貫き、その威力のまま後方へ吹き飛ばす。
長槍はなおも勢い衰えず、後続にまで突き刺さる。串団子のようになって他のアラクネーを巻き込み、陣を縦に割った。
「挟み込め!」
驚いた。あの蜘蛛は喋れるらしい。揃いも揃って日本語なのはなんでなんだべ。……考えてもしゃあねえな。
左右に分かれて、挟み撃ちを仕掛けてくるようだ。だとしたら、こちらも好きにさせるわけにはいかない。
長槍を追うように前に出て、敵が落としたロングソードを拾う。
アラクネーどもがカサカサと後を付いてくるが、俺の方が数段速い。
「はぁ……時間かかんなこりゃ。今んとこ問題ねえけども、こういうのの相手は源ちゃんだべよ」
振り返り、ハズレクジの景品どもと対峙する。