おじいちゃん、意地汚い
次はどんなモンスターが出てくるのか。秘孔を突き、相手の動きを制限していくのが三島の戦法。人型であれば、勝ちは濃厚じゃろう。
「それでは、第二試合と参りましょう! 人間の代表は三島様。対するは……魔王様の血を受け継ぐ、魔王軍最強の矛! |戦姫――アザミ・ヴォルデガーナ!」
……なんじゃと?
魔王め、自分の娘を戦わせようというのか?
よほど自信があるのかもしれんが、やはりズレておる。家族を守るためなら命をも賭けるワシら人間とは根本的に違うらしい。
「ここでアザミ様か!」
「太っ腹だなオットマン! 大儲け確定じゃねえか!」
「うひひひっ! 終わったぞ人間!」
また観客席が騒ぎ始めよった。さっきもそのノリで敗れたというのに。可哀想な奴らじゃわい。
今回の賭けは、ワシにとっても重要。これからの余生が決まる大勝負じゃ。オッズなんぞ関係ない。心を鬼にさせてもらおうかのぉ。
「ふらりと散歩がてらに一国を落としてしまう傍若無人な行動! その戦いぶりは修羅の如し! 人族の身でありながら魔王様に戦いを挑み、みなさまご存じのとおり、あれよあれよという間に第八夫人となったココノエ・カリン姫の娘……アザミ様のご登場です!」
鉄格子の扉が、ほんの少しだけ開く。
ぬるりと姿を現したのは、錦鯉を彷彿とさせる美しい着物を身に纏う小柄な少女。外見から判断するに、歳の頃は十八くらいじゃろうか。
左手を懐に忍ばせ、右手に持つ身の丈を超える大太刀を引きずりながら、腰のあたりで体を右に傾けている。
しなだれた長い黒髪内側から、満月のような金色の瞳が覗く。……まるで、柳の下に佇む幽霊じゃな。
「ヒヒッ……イヒヒッ……」
寒気を感じるアザミの笑い声。しかし、表情から感情が読み取れない。
泣きぼくろの上で、これでもかと見開かれた両眼。口元は、気でも触れたかのように怪しく微笑みを浮かべておる。あれでは、整った顔が台無しじゃ。
ズリズリと音を立てながら、ゆっくりと中央へ歩いてくる。
そして……三島とアザミが向かい合う。
「あれぇ? その装備って、パパの大事なコレクションだよねぇ? ヒヒッ……。貰ったってことかぁ。パパったら、いつもあたしに厳しいんだから。パパ、パパ、パパ……あぁ……大好き」
「なんだべこの気色悪いの……。お前らんとこにも着物っちゃあんだな?」
「江戸時代がね、好きなの。だから……お願いしたんだぁ。……イヒヒヒヒッ。日本を手に入れて欲しいって」
「はぁ……。見た目が人間じゃやりにくいかと思ったけども、これなら問題ねえ」
三島が腰の鞘から剣を抜き放つ。先端は尖っているが、刀身は湾曲しており、ククリ刀を思わせる形状。オットマンの説明によると、フェンリルの牙から削り出したショートソードらしい。
艶のない純白の刃は異様な存在感を示し、体毛と同じく薄らと光を纏っておる。
"残念美女"
"ああいうのが好きな人には刺さりそうだけどなw"
"お前ら……三島さんの応援しろよw
"アザミたんファンクラブはここでいいんだっけ?"
"魔王って人間と子供作れるんだな! どういう仕組みなん?w"
"もしかして、人型の魔物はいけんのかもね"
"だとしたら、わいはヘイルメリーたんと結婚したかったんやが?"
「それでは、上空をご覧ください。現在のオッズは……おっと? アザミ・ヴォルデガーナ様が四・六倍、三島様が一七・七倍となっております! 猪俣様の勝利が影響していそうですね。これを見て、さらにオッズが変動しそうな予感がしております!」
来よった!
これが……ワシの頭脳が弾き出した答えじゃ!
「待て待てーい! ワシも賭けるぞ。今回は、アザミの勝利に三島のカツラをベットじゃ! さらに、猪俣の装備を三島の勝利に賭ける!」
「はぁ? 何言ってんだお前! んなもん、俺が了承するわけねえべした!」
「だーっはっはっはっは! 問答無用。さっきワシの装備を賭けたじゃろうが! 大人しく没収されてしまえ!」
「いやいやいや、俺も賭けさせる気ねぇよ?」
どうじゃ、完璧なプランじゃろう?
三島は髪を没収され、その髪を猪俣の装備で取り戻す。当然、所有権はワシに移るというわけじゃな。
やはりワシは天才かもしれん。
「大変申し訳ありません。ハゲワシ様、同意が取れない場合は無効になります」
「なんじゃと!? おい魔王、見とるんじゃろ! お前からも何とか言え!」
「滅茶苦茶だなこいつ。タチが悪いにもほどがあんだろ。敵に頼り始めやがったぞ?」
「だから言ってっぺした。このハゲは昔っからどうしようもない馬鹿なんだ。おい裸電球、こうなった源ちゃんはもうわがまましか言わねど? さっさと試合を開始した方がいいんでねえか?」
"このジジイ終わってるw"
"どんだけ髪の毛が欲しいんだよw
"観客のモンスターまで呆れた顔してるやんw"
"てかさ、三島さんのカツラそんなに羨ましいか?"
"フサフサの俺らには分からない何かがあるんでしょう。ハゲって大変なんだね……"
"おいやめろ!"
"お、お、俺は気にしてねえし?"
魔王め、裏切りおったな。
所詮はモンスターか。話の分かる奴じゃと期待したワシが馬鹿じゃった。
「お待たせしました。それでは……第二試合スタート!」
オットマンの奇妙な力で、ワシと猪俣がリングの端にワープした。
さて、特等席から観戦させてもらおうかのぉ。
「ヒヒッ……ヒヒヒッ……。まずは……っと」
アザミが、懐から左手を抜く。
その手に持っておるのは小さなベル。左右に振ると、澄んだ音色でありながら、どこか不快さを感じさせる鈴の音が響く。
「さあ、遊びましょう? ――【壱の陣】」
狂気を孕んだ声。
敵の足元を中心に、紫色の模様が円形に広がっていき、やがて帯状の光を放つ。
一歩、二歩、三歩。危険を感じたのか、大きく後ろに飛び退き、三島が距離をとる。ワシでもそうしたじゃろう。
「いいのかこれ? ズルだっぺよ!」
砂地の中から無数の手……いや、骨が生えた。地面を掴み、地中から這い出してくる。スケルトンじゃ。
しかし、このタイプは見たことがない。体色は血のような赤。それぞれが武器を持ち、しっかりと防具で身を守っておる。
その数はおよそ六十体。カラカラと乾いた音を立てながら顎を動かすと、アザミを真ん中にして鶴の翼を彷彿とさせる陣形を組み始めた。声ではなく、あの音で意思疎通しておるようじゃ。
このままでは、三島が包囲されてしまう。




