おじいちゃん、ごねる
いつも誤字報告をいただきありがとうございます。
「そこまで! 猪俣様の勝利となります!」
バリアのような障壁が消え、いつの間にか闘技場の中央へと移動していたオットマンがマイクを握っていた。
「ふざけんじゃねえ! 人間に負けるなんておかしいだろ!」
「オットマン、てめえやりやがったな? そこのジジイどもの賭けを認めたときにおかしいと思ったんだ!」
「俺にやらせろ! ぶっ殺してやる!」
今にも飛び降りてきそうなほどに荒れ狂う観客席。目を血走らせたモンスターどもが、柵に手をかけ身を乗りだす。
一部、席を立たずにほっこりと穏やかな笑みを浮かべている。薄い望みに賭けていたんじゃろう。
「魔王様の忠臣であるこちらが、不正……ですか? 大人しく席に戻りなさい。怒りますよ?」
茹で卵を逆さにしたような顔から表情は読みとれん。じゃが、全身を押し潰されそうなほどの圧を感じる。
顔を青くして後退りするモンスターの大群。ワシらに対して、オットマンは公平の立場らしい。今のところは……じゃがな。
「それでは、払い戻しと参りましょう! お客様、まずはこちらと同じ頭の……」
「だーっはっはっはっは! 三島、呼ばれておるぞ? なかなかセンスのある口だけお化けじゃな!」
"ワロタwww"
"同じ頭てw"
"口だけお化けもなかなか酷いぞw"
"三島、お前オットマンだったのか?"
"モンスターのくせにセンスあるやんwww"
「では三島様。こちらとしまして、家を六千万ズールで計算しております。それと、ミスリル装備ですから……」
「ちょっと待て裸電球! 装備全部だべ?」
三島が腰のポーチに手を伸ばすと、盾やら剣やらとポイポイ地面に落としていく。どれだけ出てくるのやら。徐々に頭を抱えだすオットマン。
「ちょ、ちょっとお待ちを! 確認を取ります! なんでこれだけの物を持っておきながらミスリルなんて……」
「なんだぁ? そっちがいいって言ったんだべした!」
「そうじゃそうじゃ! いまさら逃げようなんぞ許されると思うなよ! おい魔王、見ておるんじゃろ? 器のでかさを示してみよ!」
革鎧にセンスの悪い指輪、ついに使うことがなかった兜の数々。ワシも負けじとポーチの中身を取り出す。
……これは懐かしい。毒々しい見た目の短剣を手に取ると、思い出が蘇る。
ワシが初めてダンジョンの最奥で戦った巨大な蛇から獲得した装備。あれは強かった。三時間は戦い続けたじゃろうか。あのときは死を覚悟したからな。満身創痍じゃった。
次から次に、二十年の歴史がこんもりと積み上がっていく。
少しオットマンの顔が青くなった気がするのぉ。
"この裸電球、省エネモードか?w"
"三島さんの装備を見て、ぼそぼそ声でなんか言ってたぞw 見当違いになるほどの物があるってことかな?"
"すごい量の装備ですね! 魔王涙目w"
"これの二十五倍て……払えるんか?w"
"最初から全部出してたらオッズ変わってたやろw"
"敵だけど可哀想w 絶対赤字じゃんw"
家の倉庫にもまだ沢山装備が眠っておるんじゃが。どれがワシので、どれがばあさんの物なのか、もはや区別がつかん。あっちは勘弁してやるか。
「余は魔王――バイス・デモニス・ヴォルデガーナである。まずは老いた人間どもに感謝しよう。よい戦いであった」
突如、闘技場に響き渡る厳かな声。
モンスターどもが口を真一文字に引き結び、背筋を伸ばす。
オロオロし始めたオットマンが、ハンカチで額の汗を拭う。
魔王と呼ばれるモンスター。部下がやられたというのに猪俣を褒めるとは。
……強がりなのか、真っ直ぐな賛美なのか。
これから戦うであろう相手。表情が分からん以上、魔王という人物についてあれこれ考えるのはマイナスに働く可能性がある。今は素直に受け取っておくべきじゃろう。
「オットマンよ、何を迷うことがある? 余が客をもてなすと言ったはずだが?」
「は、はい! ですが魔王様……お客様の装備を合計してオッズ通りにいくと、七千億ズールを超えることに……」
「宝物庫にある余のコレクションをくれてやればよかろう。遠慮はするな。客人に合わせてお前が見繕ってやれ」
「ま、ま、魔王様の!? さすがにそれは……いえ、かしこまりました。こちら、天秤のオットマン。その名に恥じぬよう、配当をお配りすると約束しましょう! まずは三島様からお渡しします」
ふむ。なんだか分からんが、魔王とやらは懐が深いらしい。あーだこーだと三島と話をしながら、オットマンが空間に腕を突っ込んでは装備を取り出していく。やはり片手剣と盾を選んだようじゃな。
ミスリル一式を脱ぎ捨て、肌着と股引きになった三島。説明を受けながらフムフムと頷き、新しい装備に着替えていく。
黒い金属鎧のようじゃ。胸元から首周り、背中から腰にかけて、白銀の獣毛で覆われておる。その毛は見たこともない美しさ。うっすらとオーラを纏い、揺れるたびに光の粒子を撒き散らす。
アクセサリーもいくつか貰ったらしい。首元には怪しく輝く真紅の宝石をあしらったネックレス。左手首には、植物を思わせる緑色の細い金属を編み込んだかのようなバングルが。
奴には珍しく、頭にも何か着けて……なんじゃと?
「そちらは、魔王様が討伐された神獣――フェンリルの素材を惜しみなく使った装備になります。鎧のベースはアダマンタイト。毛皮をあしらうことで耐性を上げました。首飾りには、心臓の近くにある魔力の源――神石を。腕輪は、魔王軍が誇る名匠の腕により、フェンリルの腰骨をミスリルに混ぜ込んだ技術の結晶で……」
「ちょっと待てい! おい三島、その頭はどうした!」
「なんも変わらんべした。……おんやぁ? 源ちゃん、寒そうな頭してんなぁ?」
こいつめ、やりおったな……。
サークレットのようなアクセサリーを頭に装着した瞬間、フェンリルの体毛が三島の頭から長々と生えてきおった。
見慣れないから違和感はあるが、羨ましいほどに自然な生え際。陽光を反射して眩しいほどに輝くハゲ頭が、神秘的な光を放つロングヘアーへと変化している。
勝ち誇った顔がなんとも憎らしいわい。
「おいオットマン! ワシにも植毛するんじゃ!」
「申し訳ありませんお客様。こちらの技術をもってしても、死んだものは元に戻せません。三島様にお渡ししたフェンリルのタテガミは、あの一つで最後ですし。次は、ハゲワシ様の装備をお選びいたしましょう」
ワシの髪が死んでおるじゃと……
毛生え薬をいくら擦り込んでも効かんわけじゃ……。
カツラを被っても、風が気になってしょうがない。自分だからこそ分かってしまう不自然さで虚しくなった。
変な粉を振りかけてみたが、大量にかけすぎたせいで黒い粉を撒き散らす有害ジジイとみなされ、家が汚れるとばあさんに叱られた。
いつしか、毛を染めるのも頭皮を隠すことも諦めて、封印されていった薄毛グッズ。その答えがここにあったとは。
三島め……なんと羨ましい。とんでもない神装備を手に入れよったぞ。
"元気だせよハゲワシ!"
"三島さんもべつに似合ってないからなw"
"なんでこいつらはずっと髪の毛でマウント取り合ってんの?w"
"ゲンジはどんな装備を貰えるんだろうね?"
"真面目に戦ってた猪俣さんだけ損してない?w"
「ハゲワシ様は、普段どのような装備をお使いですか?」
「剣と盾じゃな。この鬼鉄の剣と、鷲羽の剣くらいしか使っておらん。盾は前回の鎌女のせいで少し痛んでしもうた」
"ハゲワシを否定しろ!w"
"なんで受け入れてんだよwww"
「拝見したところ盾はゴミですが、ハゲワシ様の装備はなかなかに整っていらっしゃる。そちらの革鎧は、意匠を見るに破壊獣――ベヘモスのものとお見受けします。あれを倒すとは素晴らしい。剣はグリュプスですか。ふむふむ、ふーむ。悩ましいですよこれは! どこまでやっていいものか! ハゲワシ様の獲得された配当は三千億ズール以上。魔王様、本当にこちらにお任せいただけるのでしょうか?」
「構わんと言っているだろう。ベヘモスを倒す男ならば興味がある。オットマンよ、ハゲワシに風の神玉をくれてやれ。余の前に現れるのであれば……久しぶりに全力を出せそうだ」
オットマンの巨大な口が吊り上がる。
敵であるはずのワシが強くなることを望む魔王も相当な変わり者じゃが、自分の主人を殺しかねない客人の装備選びに力を入れるオットマンもまた異常者。
とはいえ、ワシらが強化される分には何の問題もない。くれるというなら遠慮なく受け取るとしようかのぉ。
……くそ。三島のやつ、髪を掻き上げよって。
まず出てきたのは円形の盾。艶のない不思議な白い金属で、中央に吸い込まれそうになるほど美しい翠色の宝石がはめ込まれている。金色の意匠が施され、ベヒモスの革鎧とよく合う。
次にごつめの指輪。アダマンタイトだと思われる台座に、山羊の瞳を思わせる薄黄色の宝石が。右手の中指に着けると、サイズが自動で調節された。
腕輪にネックレスにとアクセサリーをプレゼントされ、気分はファーストレディ。なんだか体の調子がいいのは気のせいじゃろうか。
「三島様とハゲワシ様にお渡しした宝石は、こちらの世界でも希少な装備です。身につけるだけで、様々な能力が大きく向上するとご理解ください。では、次の試合に参りましょう! 挑戦者は……」
「まあ、俺だべな。さてと、自分の強さに自信満々のナルシスト落武者に、毛量と格の違いを教えてやっか!」
白銀の長髪をたなびかせ、三島が前に出る。
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