要塞と剃り込み(猪俣視点)
何でこんなことになってんだろうな。
ニュースを見てたら街にモンスターが現れて、ダチ公二人が戦っていた。色々と考えたが、気づいたら体が動いちまってたんだ。
……でもよぉ、俺ゃただの足代わりとして来たつもりだったんだぜ?
それがまさか、歩くだけで地響きを起こす、外国人力士を三回り大きくしたみてえな金属の塊と対峙しちまってるなんて。
源二には悪いが、順番を譲ってもらった。どうせ戦うなら先陣だ。背中で語るのが男だしよ。
家族もどうせ見てんだろうな。っし、気張るとするか!
「お待たせしました! それでは第一試合……スタートです!」
気味の悪いオットマンとかいう化け物が、試合開始を告げる。
目の前の敵は、まだ動かない。ありゃまるで難攻不落の要塞だぜ。俺の得意なタイプだといいんだが。
"俺も猪俣さんに賭けたかった!"
"お互いの装備を賭けてるアホ二人なんとかしろw"
"猪俣! 猪俣!"
"よーし、応援するぞー!"
"猪俣さん、勝って下さい!"
源二から借りたイヤーピースから、機械の喋る音が聞こえる。リアルタイムで視聴しているコメントの衆って奴らが応援してくれてるらしい。
まあ、なんだ……悪くねえな。むしろ、一人で戦ってた時より大分いい。俺ゃ褒められて伸びるタイプだからよ!
「魔王様に挑戦しようという心意気やよし! 我が名はレイヴラス・オリーケーン。全てを防ぎ、屠る者。お主、なかなかの強者であるな! 死ぬ前に名乗ってみよ!」
「死ぬのはてめえだけどな! 古武術――穿道師範、猪俣梅華だ。かかってきやがれ!」
相手は重装備。力自慢に間違いなさそうだ。速さが未知数な以上、こちらから仕掛けるのは悪手だろう。
腕を少し曲げ、体は半身。左手を前に、右手は腰の位置に置いて、両手の平を相手に向けて腰を落とす。全身の力を少し抜いてやることで、攻守に優れた発破の構えが完成する。
「なるほど、悪くない。これまで、我の見た目から鈍重だろうと侮り、無闇に攻めこみ散っていった多くの虫ケラとは違うようだ。どれ、期待通りかどうか……確かめてみようではないか!」
体を少し前に倒したレイヴラス。……直後、奴の後方が爆発しやがった。
異常なまでの脚力が闘技場の地面を扇状に抉り、歩くだけで地を揺らす何トンあるのかも想像がつかない高重量の体を弾丸が如く前に押し出し、一瞬で距離を詰めてくる。
「――ぬんっ!」
気合いとともに放たれた双棍。速度と重さが存分に乗せられた先端の突きを左に躱す。
頬がぶるぶると震えるほどの風圧。衝撃波に近い。まるで、ジェット機が真横を通り過ぎたかのようだ。なんて武器を扱ってやがる。
腰を落として耐え凌ぐ……が、手首を返すだけの簡単な動きで横薙ぎに振り回された後端の鉄球が迫る。自由自在に操れるような物じゃねえはずなのに。
「なんて握力してやがんだよ!」
この攻撃を、あえて前に出ることで避ける。腰から先にスライドさせ、重心をずらすことで右へ軽くステップ。そのまま上体を深く沈ませて前進。柄の下に潜り込む。
「――っしゃおら!」
狙うはレイヴラスの腹部。すれ違いざまに右の掌底を放つ。
完全に隙を突いた一撃。氷龍の小手が青く輝き、濃紫色の鎧が蜘蛛の巣状に凍りつく。
手のひらの中で全ての衝撃を包み込み、銃声に似た炸裂音を響かせた。
密着は不利。前足を軸に体を半回転させ、そのまま後ろに飛ぶ。レイヴラスの背後に回る形で距離を取った。
「ぐおっ! なんだと……」
俺の穿道に派手さはない。合気道と柔術を基本としているが、大きく違うのは気に重きを置いていること。
腰を捻り込むことで、掌底の威力を乗せて相手の突進力を鎧の内側に送り返してやった。金属の厚みが分かんねえから中心近くを狙ってみたんだが、成功したらしいな。
……しかし、恐ろしい野郎だ。体が鈍ってるってのもあるんだろうが、衝撃を返しきれなかった。
掌底と同時に右肩から鳴ったボグンッという嫌な音。どうやら脱臼しちまったらしい。大したダメージは与えれてねえなこりゃ。
昔、ダンジョンの最奥で巨大な岩の巨人と戦ったことがある。三階建てのビルくれえのな。あん時ですら、真正面から攻撃を返したのにこうはならなかった。
力には技で対抗する。武術の基本なんだが、見事に破られちまったぜ。腕が千切れなかっただけよしとするか。
"おらあああああ! 猪俣さんの一撃が効いたぞ!"
"待って……猪俣さんの肩、外れてない?"
"パワーが凄すぎて、あいつの攻撃がカウンター返しになっちまってるってことか"
"片手で戦うのきつくね? リタイアあり?"
「見事! 我に痛みを感じさせるとは、なんという妙技! 見事見事見事っ!」
"うわっ! また来たぞ!"
待ってはくれねえよなぁ……。なんだか一人で楽しんでるみてえだが、こっちはおかげさまで最悪の気分だ。
レイヴラスは振り返り、頭上で双棍を竜巻のように回転させながら走り出す。
「――死ねいっ!」
地響きとともに迫る敵。
あんなもん叩きつけられた日にゃ、ぎりぎりで避けたとこで風圧に吹っ飛ばされちまいそうだ。
好き放題やらせるわけにはいかねえな!
「――【飛衝】!」
左手を突き出し、空を叩く。ほんのわずかにタイミングをずらし、腰を入れ、膝を伸ばす。その瞬間、銃声のような乾いた音が響く。
「があっ!」
レイヴラスの頭部が真後ろに弾かれ、突然のダメージに驚いたのか悲鳴とともに動きを止めた。
その隙に、痛みを堪えて右手を一気に引っ張り、肩関節をはめ込む。
穿道奥義――飛衝。手の平から生まれた衝撃を、空間ごとずらして叩き込む俺の十八番だ。技の軌跡を氷の粒が描いている。
この小手を使わなくても威力は変わらねえが、いかにも奥義って感じになるから好きなんだよな。
ちょっとでも力の加減を間違えれば外しちまう。相手の動きを読んで、点と点を合わせなきゃならねえ繊細さ。何万回と練習を繰り返したからな。
ミスるわきゃねえぜ。
「貴様……何をした?」
「あまりに頭が重そうだったんでな。肩でもほぐしてやろうと思ってよぉ! ぶん殴ってやったぜ!」
分かってねえなら、足りない頭に理解させてやるか。初見殺しのこの奥義。食らってくれるなら……しこたま喰らわせてやらあ!
「――しゃらあああああっ!」
傍から見れば、空中にただひたすら平手を打ち付けている変なジジイに映るだろう。
飛衝の連打。大気が弾け、連続した炸裂音が鳴り響く。
燕尾、喉、人中。人型でならば急所であろう正中線を狙った攻撃。一発、一発と当たるたび、レイヴラスの巨体がジリジリと後退りする。
「猪口才な! ――【全・力・解・放】!」
鼓膜が大きく震える。痛いくらいの大絶叫。
突如発生した漆黒の球体がレイヴラスを包み込む。拍動する心臓のように収縮したかと思いきや、大爆発が如く弾けて半円状に広がっていく。
……あれはやばい。対処を誤れば死ぬ。モンスター――特に最奥の魔物が使ってくる特殊能力だ。
砂塵を巻き上げながら、闇のドームがとてつもない速度で近づいてくる。
異能には異能。氷龍の小手に頼るしかねえな。この武器は、俺の意思に応えてくれる。氷であることが大前提だが、こうなって欲しいという願いが具現化するんだよな。――こんな風に!
右拳を地面に叩きつけると、地面からクリスタルの結晶を思わせる巨大な氷柱が無数に突き出し、闇へと向かっていく。
……まだ足りない。
立ち上がる動作の代わりに右肩から体を持ち上げ、上半身を捻りながら背中を大気にぶつける当身。
この衝撃を、踵と膝の連動で飛ばして叩き込む。
氷龍との合わせ技が、ほぼ同時に漆黒の半球と激突。
氷柱は飲み込まれるように砕け散り、当身の飛衝は障壁を多少押し込む程度で消えてしまう。
……まだ足りない。
「穿道奥義……」
闇が目前に迫っている。
目を閉じて刹那の集中。ヒュッと肺一杯に空気を吸い込む。
左の太腿を高く上げ、左足で強く踏み締めることで大地に根を生やす。
大臀筋を収縮させ、腰を前に。その力を胸椎で加速。肩関節を緩めて両腕を目一杯開く。
イメージするのは、大木から飛び立つ大鷲。胸の筋繊維一本一本に意識を向ける。
「――【鷹翼掌】!」
強く引き絞り、放たれた弓の弦。――ビュンッと風切り音を立てながら、両腕を閉じる。
羽ばたく翼の如く放った掌打が、氷龍の小手が発した青白い光とともに莫大な衝撃波を生み出す。
技と技の激突。
視界を埋め尽くす闇が割れる。
漆黒の欠片が、パラパラと砂地に降り注ぐ。
「驚かせおって! 猪俣、さっさと倒さんか! ワシの家が賭かっておるんじゃぞ!」
「んだぞ猪俣! 頭の悪い落武者のせいで、お前が負けたらホームレスになっちまうっぺした!」
「なんじゃと! このツルッパゲクラゲジジイ!」
「うっせ! このアホ河童!」
……ったく、小学生かよ。ありがたい応援だぜ。
自業自得って言葉を知らないのかねぇ、この馬鹿二人は。まあ、こんな見せ物に参加してる時点で俺も同類なんだがな。
三馬鹿トリオといこうじゃねえか!
"す……すげぇ……"
"鷹翼掌かっけええええぇ! ――ズパァンッ! て、とんでもない音が鳴ったぞ!w"
"今のスキルじゃなくて古武術の技なんだろ? 人間て可能性の塊なんだな!"
"ゲンジのパイアはなんだったんや……"
"アイスたーべよっとも忘れてはいけないw"
"こんな時に変なの思い出させんなw"
「……なんと、我のスキルが破られるとは。面白い……面白いぞ猪俣! そろそろ我も本気を出すとしよう! ――【邪神降臨】!」
「俺もやっと体があったまってきたとこだ!」
闘技場の上空、青空が縦に裂ける。その様は、まるでひび割れた鏡。
顔を覗かせた暗黒空間から、レイヴラス目掛けて漆黒の雷が降り注ぐ。
「終わったぞジジイ!」
「ぐひゃひゃひゃ! 殺戮ショーの始まりだぁ!」
「さっさと殺しちまいましょう! レイヴラス様!」
観客のモンスターどもが沸き立つ。
興奮して立ち上がり、馬鹿でかい歓声が圧を生む。
落雷を浴びたレイヴラスの体が、立ち昇る闇のオーラで覆われていく。稲光を纏い、まさにパワーアップって感じだ。
今んとこ冷や汗もんの攻防をしてたつもりだったんだがね。さらに強くなってくれるたぁ……嬉しくて涙が出るぜ。
「勇者を屠りし我が奥義、受けてみよ!」
レイヴラスが双棍の中程を両手で持つ。手首を返してパキリと捻れば、二つに分かれてまるで巨大なマラカスだ。
柄の部分が鎖状の黒い線で繋がっている。あれも奴の能力だろう。さらに警戒を強めるべきか。
体は正面。全身を少し丸めて小さく前傾姿勢。足は肩幅に開き、両手を前腕のあたりでクロスさせる。
空を掴み、間を制す。穿道の教えが最も生きる、攻撃を捨てた陽炎の構えだ。
見てくれはダセエけどな。
「こっちも準備オッケーだぜ!」
鎖の部分を掴み、暴風を巻き起こしながら両手の棍棒をぶん回すレイヴラス。どうやらあの武器は、鎖鎌の分銅みたいに使うらしい。
「――ずりゃあっ!」
乗りに乗った遠心力とともに、右手の棍棒を投げつけてきやがった。御大層に、闇のオーラまでこびりついてやがる。とんでもねえ風切り音だ。
しかし、単調な直線軌道。ぎりぎり反応できる速さではある。目で追えれば、躱すのは容易い。
黒い鎖に未知の力が隠されてるかもしれねえから、軌道変化を懸念して大きく左後ろに下がる。
地面と接触した球体は、ダイナマイトで掘削作業をしたかのような大爆発を起こす。地を揺らすほどの衝撃を起こし、地表を滑っていく。その直線上をなぞり、闇の炎が燃え盛る。
「――だりゃあっ!」
今度は左手の棍棒が飛んできた。まるで黒い隕石だ。
これを、右へステップして避ける。
陽炎の構えの真骨頂。体の前で組んだ両手は、移動に合わせて大気を叩くことでスラストの機能を果たす。
「――どりゃどりゃどりゃああっ!」
縦に横に振り回される棍棒。闘技場が炎で埋め尽くされていく。
こんな強えモンスターと戦ったの初めてなんだが。源二が倒した四天王ってのもなかなかだったけどよ、あれよりかは二段階くらい上だぞ。
穿道とたまたま相性がよかったから何とか戦えてるだけで、三島なら負けてただろ……多分。
「不味いなこりゃ。絶体絶命ってやつか? ……そろそろ決めねえとな」
地を蹴り、空を叩く。高速移動を繰り返し、針穴を通すように黒炎と鉄球を回避。レイヴラスとの距離を徐々に詰めていく。
あとちょっと。必殺の間合いまで、あと少しなんだ。
迫り来る左棍の横薙ぎ。ここが勝負の分かれ目。
身を屈め、クロスした両手を開いて背後を叩く。二重の加速で大きく前進。そのまま鎖の下を潜り抜ける。
……入った!
「愚か者めが! わざわざ近づいてくれるとは……返り討ちにしてくれる!」
棍棒を引き戻し、再び柄を合体させるレイヴラス。双棍を長く持ち、居合のように構える。
「馬鹿はてめえだよ……金属団子!」
左足で踏み込み、空中へ。さらに加速する。
レイヴラスが腰を捻り、双棍を振ろうとしているが……遅かったな!
「――【空歩】!」
右足で大気を蹴飛ばし、一瞬で距離を縮める。
背後で、金属球が俺の残影を叩いている。
……隙だらけだぜレイヴラス。こいつは俺のオリジナルだ!
「穿道秘伝――【包壊】!」
両手で敵の後頭部を掴み、頭突きを喰らわす。
三点から加えた衝撃を気の力で包み込み、滅茶苦茶に循環させてやる。
「ぐああああああああああっ!」
断末魔の叫び声。レイヴラスが膝から崩れ落ちる。
濃紫の兜の隙間から、果実を絞ったかのように赤い血が漏れ出す。
念の為に距離を取ると、辺りを染めていた黒い炎が消えていく。レイヴラスを包む闇のオーラも消え失せた。
「立ってください! レイヴラス様!」
「レイヴラス! レイヴラス! レイ……」
「う、嘘だろ……?」
応援も虚しく、レイヴラスの体が地中へと吸い込まれるていく。
厳しい戦いだったが、紙一重で俺の勝ちだったみてえだな。
"倒した! ……よね?"
"やったああああああ!"
"空中を蹴った?"
"忍者かよ!"
"いやいや、忍者は風呂敷が無いと飛べないからw"
"凄いけど、頭突きてw"
「へへっ。どんなもんだ? っぱよ、喧嘩の決め手はチョーパンだろ?」
コメントの衆も大盛り上がりだ。