おじいちゃん、ダークマターを倒す
「ここからは、ワシとばあさんが戦う。お主らは絶対に手を出すなよ? 強くなったのは認めるが、深層に挑むにはあと一年以上かかるじゃろう」
「今日教えたのは基礎ですからね。私とおじいさんの動きを見て、足りない技術を学んでください。下層のモンスターをまとめて五体相手にしても問題ないくらいになれば、深層でも通用するでしょう」
"うへぇ、そんなに違うのかよ……"
"そりゃそうか。深層で活躍してるパーティなんて、八組くらいしかいねえし"
"そんな場所で、老人二人が戦おうとしているわけなんですがw"
"Aランクの近接で構成されたフライングビートが最近深層に挑戦してたけど、たった一体のダークマターにボコボコにされて逃げ帰ってたぞ?"
"バランスが悪いわなw"
"いやいや、ランサーズの奴らは全員槍持ちなのに深層潜ってるやんけ!"
"ランサーズにはSランクの風神がいますから……"
「深層に入った瞬間から鳥肌が止まりません。自分には無理だと第六感が言ってますよ」
ふむ、見た目に似合わずいい感覚をもっておる。
君子、危うきに近寄らずとはよく言ったもので、探索者にとって大事な感性じゃ。太く長く続けておれば、自然と実力がついてくるからのぉ。
「伸び悩んでたあたしが、今日だけで壁を越えたって実感があるの。お二人から技術を吸収して、いつか絶対リベンジしてやるんだから!」
そして、お嬢のように強い気持ちも必要。何事においても、向上心とは上達を助けてくれる。
この二人の成長が楽しみじゃわい。
どれ、そろそろ進むとしようか。
深層も下層と同様に大部屋が存在し、通路でモンスターと遭遇することはない。ここ――仏の岩窟は未踏破ダンジョンじゃから、まだ深層が一階層しかないはず。
どこかに潜む最奥の魔物を討伐することで、しばらくダンジョンのポータルが塞がり、再び入れるようになると新たな階層ができておる仕組みじゃからな。
それほど時間をかけずに帰れるじゃろう。
当てられるだけで成仏してしまいそうな紫色に照らされながら歩いておると、最初の大部屋に到着した。
まず見えたのは黒酢羅衣霧。スライムよりも二倍ほど大きく、強力な消化液を包む皮膜は丈夫で分厚い。
体当たりをしてこない代わりに、光を通さない漆黒の体表を変化させ、先端を鋭利に尖らせた細い触手を何本も打ち込んでくる。
これがまた恐ろしい速さで、刺されれば消化液を注入されるし、触れられたら張り付かれて溶かされてしまう。何も知らずに戦えば厄介な相手じゃ。
"あれだよあれ! ダークマター!"
"あいつスキル効かねえんだよな……"
"近づいちゃえば楽勝っぽいけど、触手のせいで無理なんよ。盾で守ろうとしても溶かされるし"
"あぁ、フライングビートの盾役だっけ? 大盾に穴あけられてたもんなw"
"ダンキンとか風神とかは触手全部避けるけど、ゲンジはどうすんだろ?"
「ワシのやり方を見せよう。エリカと北村は待機しておれ」
ダークマターと呼ばれておるようじゃが、此奴はスライムと同じ。体の仕組みが少し違うだけで、それさえ理解しておれば攻略も見えてくるというもの。
無音歩法で近づきながら盾を放り投げ、ダークマターの側で立ち止まる。盾は大きく放物線を描き、遠くに落ちてガランガシャンと音を鳴らす。
異変に気づいたダークマターが、十を超える触手を伸ばして盾に襲いかかる。……これが弱点じゃ。
五メートルは離れた場所を狙って体表を変化させれば、中が透けるほどに皮膜が薄くなってしまうからのぉ。
消化液がかからんように、横から剣で刺す。鋭い切れ味を持つ鬼鉄を以ってしても、水ヨーヨーを爪楊枝で突いたかのような弾力を感じる。
力を加えて破いてやれば、中身は消化液じゃ。そのまま魔核を砕いてやればよい。剣先が触れた途端にぱきゃりと二つに割れてしまう。
腰のポーチから、水が入ったペットボトルを取り出して刀身を洗浄していると、ダークマターは黒い霧と化し、ダンジョンへ溶け込むように消えていく。
「強い酸じゃから、すぐに武器を洗う必要がある。鬼鉄は頑丈ではあるが、長く使うもんじゃから大切に扱わねばな!」
"いやいや……え?"
"Aランクパーティを壊滅させた、あのダークマターだよな?"
"おかしいって! そんな簡単に倒せるモンスターじゃねえから!"
"倒しちゃってるんだけどねw"
"そういうことか……。だから無音歩法を習得しとけって言ってたんだ!"
コメントの言う通りじゃな。下層までは必要のない技術かもしれんが、深層では無音歩法が必須となる。
ダークマターが複数おったとしても、音を消しておれば触手が追いかけてくることはないからのぉ。
盾を拾い上げて、周囲の安全を確保してから北村たちを呼び寄せる。
奥へ進んで行くと、今度は骸骨戦士が現れた。
上背は二メートルほど。五階層のスケルトンと似ているが、骨は太く、鬼鉄のように赤い。
全身鎧を身につけ、左手にタワーシールド、右手にロングソードを装備しておる。おそらく全てミスリル製じゃろう。
"うわっ、またやべえの来たぞ!"
"スケルトンロードだ!"
"あれ? こいつってイシスがやられた奴じゃ……"
"魔法は盾で防がれて、盾役は剣の一振りでぶっ飛ばされて、エリカの攻撃が全く通じなかった"
"おじいちゃんと同じ大魔道士がいるパーティ『ジャガーノート』は、三十分くらいかけて倒してたよ"
"ジャガーノートは、盾役のサイクスが上手いんだよな。あいつの立ち回りのおかげで、火力の凛花が魔法を連発できる!"
正面から戦って、あの恐ろしく頑丈なモンスターを三十分で倒せるとは。今の時代にも優秀な探索者がおるんじゃなぁ。
まともに攻撃したところで、ワシではあの赤い骨に傷一つ付けられんからのぉ。
エリカの表情に不安の色が入り込んでおる。コメントの言う通り、惨敗してしもうたんじゃろう。
「スケルトンロードを倒すには、『鎧通し』という技が必要なんじゃ。スケルトンと同じく、神道という秘孔が弱点じゃからな。お嬢、そんな怖い顔では美人が台無しじゃ。笑って見ておれ」
「あれの鎧は、ちょっとやそっとじゃ破壊できませんからねぇ。エリカさん、安心しなさい。私の攻撃でさえ、普通にやればスケルトンロードには通じませんから。おじいさん、私も手伝いましょうか?」
「ばあさんは二人を守ってやってくれ。深層じゃから、万が一があるといかん」
「そうですね。分かりました」
北村くらい体が大きければ分からんが、下層から下のモンスターに、人間が力で対抗しようなんぞ無理な話じゃ。
スケルトンロードの剣を盾で受け止めようもんなら、革鎧で衝撃を吸収したとしても骨が砕けるかもしれん。最悪は吹き飛ばされ、岩に体を打ちつけて死んでしまうじゃろう。
……では、どうするか。
奴らよりも優れている武器を使うしかない。
知恵と技、経験と心で戦う。
今からワシが使う鎧通しもまた、経験と技術によるもの。無音歩法と同じじゃな。
鎧を纏った相手の生身にダメージを与える古武術の奥義で、実戦で使えるようになるまで五年を要した。
「行くぞい!」
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