おじいちゃん、初コラボ配信 前編
「おじいチャンネルの視聴者のみなさん、こんにちは! イシスのエリカです! パーティの仲間に活動休止をお願いして、自分を磨きに来ました!」
「ザ・ビーストチャンネルのビースト北村だ! 今日も熱く燃え盛るぞ! ゴーフレイム!」
"待ってました!"
"コラボキタァアアア!"
"ビースト北村でけえなwww"
"エリカちゃん可愛すぎ!"
"楽しみすぎて仕事休んじまったw"
短髪の男がビースト北村。はち切れんばかりの筋肉で、まるで小さなオーガのようじゃな。
軍人のような緑色のズボンに、黒のタンクトップ姿。両肩は小山のように盛り上がり、引き締まって見えるが、厚みのある見事な体をしておる。
肌は日に焼けて黒く、白い歯を見せながら笑う好青年じゃわい。
エリカは、肩まで伸びた美しい黒髪じゃ。髪をかき上げると、内側が緑色になっておる。
袖のない革鎧に鉄の胸当て。腰に佩いた細剣に施された装飾は立派なもんじゃ。
両手には皮の手袋をはめ、長いブーツで脛を守っておる。背に担いだ細長い袋は、おそらく薙刀じゃろう。
ばあさんのように気の強そうな顔じゃが、今のところは人当たりがいい。
「ところで北村よ、装備はどうした?」
「自分はいつもこの格好ですが。生身の体でモンスターを倒す配信をしてます」
「さてはお主……馬鹿じゃな? ほれ、これをやるから装備せい! お嬢には、ばあさんからプレゼントじゃ」
ポーチからロングソードと盾を取り出し、北村に渡す。エリカには蜻蛉切に似た剣槍じゃ。
どれもよく研磨された銀に見えるが、青空を混ぜ込んだかのように不思議な青を帯びている。
たしか、空銀と呼ばれておったな。鉄より軽いのに、丈夫で切れ味がいい。ワシもばあさんも、鬼鉄の武器にする前は空銀を使っておった。
昨晩、せっかく戦い方を教えるのじゃからと武器を選んでみたが、まさかビースト北村の頭に筋肉が詰まっておるとは。
防具を着てこないなんぞ誰が想像できようか。
「おばあ様、ありがとうございます。……え? いやいやいや、こんな貴重な物いただけませんよ! ミスリルじゃないですか!」
「この剣と大きめのバックラーもミスリルですよ? 三つ合わせれば五千万円を超え……」
「細かいことを気にしていると、おじいさんみたいにハゲますよ? エリカさんは、腰の剣と背中の長物をおじいさんに預けておきなさい。では、行きましょうか!」
「そうじゃな。邪魔になるといけないから、ポーチにしまっておこう。……皆の者、ばあさんに続けーい!」
"いいなぁ……"
"お土産の感じでミスリル渡すとかw"
"一番言われたくない人に馬鹿って呼ばれてたなw"
"ビーストの配信を知らなければ、まさか普段着で来るとは思わんだろw"
"北村に武器使わせていいのか?w アイデンティティー潰してる気がするけどw"
まずはマラソンじゃな。普段下層まで潜っておる二人ならば、中層で動きを見てやるべきじゃろう。
もう道は覚えておるから、最短ルートを走っていく。
「おばあ様……速すぎる……」
「実際に経験してみると……これはきつい。喋る余裕はないな」
北村もエリカも無音歩法ができんから、スライムとすれ違うたびに絡まれておる。
ほほっ。体当たりを右に左に躱しながら、必死になって追いかけて来よるわい。
二階層からは、道を塞ぐ邪魔な障害物をばあさんが瞬殺していく。
ついさっきまで地上に居たのが嘘だったかのように、オークがいる六階層に到着じゃ。
「北村からでええか? ワシの戦い方は覚えておるじゃろ?」
「はぁ……はぁ……もちろんです。……少し休んでも?」
「あたしも……はぁ……今すぐは無理です」
朝早くダンジョンに潜り、夕飯時には家に戻る。昔はこれが当たり前じゃったからのぉ。今の若いもんには、ちときつかったかもしれん。
ばあさんの体力はバケモンじゃからな。
「エリカさん、真似ぶという言葉を知ってらっしゃる?」
「学ぶ……ではなくてですか?」
「最も早く上達する方法は、模倣することです。武器を構えて、私を見ていなさい。相手との間合い、対応や体の動かし方を……あなたが戦っている気持ちでね? 口で伝えて五を知るより、目で見て十を理解してください」
「……なるほど」
ワシは実戦から学んだが、ばあさんは道場に通っておったからのぉ。師範からの教えなんじゃろう。
聞いてさえおれば、英語を覚えられるなんて教材もあったくらいじゃし。
ワシのじいさんも高い金を払って購入しておったが、アメリカの映画を見て「これはロシア語か?」なんて言っておった。……これは悪い例じゃな。
「足裏から伝えた力を腰で増幅し、武器の先端に乗せて遠心力とともに叩きつける。これが長物の基本です。……行きますよっ!」
ばあさんが地を這うが如く駆け出す。
対する敵は一体のオーク。鋭く蛇行しながら、姿を捉えられないように近づく。
安全な距離を保ちながら戦闘できるのが長物のええところじゃな。
オークが腕を振り下ろすが、ばあさんはもうそこにおらん。左へ回ると見せかけて、右から背後へ回る。
――シュッ
空気を切り裂く音。ハルバードの先端が、オークのアキレス腱を通過した。
「ゆっくりやりましょうか。こちらへいらっしゃって」
動きを止めたオーク。
ワシら三人は、遠回りしてその背後へと移動する。
「今から見せる一撃に、全てが詰まっています。エリカさん、必ず何かを掴んでくださいね? 師匠の動きというのは、一瞬でさえ安くはありませんから」
「おばあ様、お願いします!」
気合いを入れたエリカが、剣槍を構えた。
全身の力がほどよく抜けて、自然体になっておる。
小さく頷いたばあさんが、左足で地面を踏み込む。
向けられた先に穴が開いてしまうのでは……というほどに強いエリカの視線。全部残さず吸収してやるという熱い気概を感じるのぉ。
膝を大きく曲げ伸ばし、ばあさんが高く飛び上がれば、連動するようにエリカの左足がピクリと動く。
……まるで竜巻の中心じゃわい。
流れるように腰を捻ると、力を伝播させたハルバードが加速し、長い柄は弓のようにしなる。
ばあさんが腕を振り抜くと、遅れてやって来た刃が目で追えんほどに速度を増す。
真紅の処刑人と化した斧が、オークの首を刈り取ってしまう。……同時、その動きを体へ入力したかの如く、エリカの腰が小さく回っておった。
"お見事です先生!"
"相変わらずの鮮やかさw"
"これが……ゲンジより一段上のBランクか!"
"一度見たくらいで真似できるもんなん?w"
"昨日よりもゆっくりやってくれたおかげか、分かりやすかったような気もしないではないw"
次はエリカの番じゃな。
七階層への階段を通り過ぎ、あえてオークを探す。
「おったぞ! お嬢、レッツラゴーじゃ!」
「レッツラ……はいっ!」
なぜかぎょっとした表情を浮かべたエリカが、オークに向かって走っていく。ばあさんのようにはいかんが、その姿勢は低い。
なかなかにいい動きで左右に体を振り、オークを翻弄すると、あっという間に背後へ。
すれ違いざまにアキレス腱を断ち切る。
「――たぁっ!」
そのまま助走をつけて大きく左足で踏み込むと、空中を舞うエリカは、細い腰を起点に刃を回す。
オークの延髄に剣先が滑り込み、抵抗を感じさせない切れ味で頭部を刎ね飛ばしおった。
及第点ではあるが、体の固めがまだまだじゃな。遠心力に負けて、威力が逃げてしもうた。
しかし、初めて使う武器とは思えんあっぱれな一撃じゃ。
「お見事です!」
「すげえな……」
「感心しとる場合か! ほれ、来よったぞ! 北村も行けい!」
エリカが倒したオークがダンジョンに吸い込まれると、通路の奥からおあつらえ向きの一体が顔を見せた。
腰を屈めた北村が走る……が、不格好じゃな。高い身長と発達した筋肉が邪魔をして、速度が出ておらん。
「ぬおっ!」
あの臆病者、オークが突き出した右手を防ぎよった。盾を掴まれて、綱引き大会の始まりじゃ。
流石は北村、力では負けておらん!
そうじゃ、その調子! 背中で引くんじゃ!
……注意してやらんとな。
「手なんぞ持ち上げて体を起こすからそうなるんじゃ! 姿勢を低くしておれば、攻撃は届かんと言ったじゃろ! 盾なんぞくれてやれ! 距離を取ってやり直しじゃ!」
「……ぐっ! 分かりました!」
"へっぽこコンビw"
"エリカたんのAランクは伊達じゃない!"
"ゲンジが悪いわけじゃないけどさ……結果、評価が下がってるっていうねw"
"あれ見ちゃったら、オークソロがどんだけ難しいか分かるなw"
"そもそもさ、ビースト北村の戦い方ってスキルメインじゃなかった?"
"そうだよ! 拳闘士だからね!"
「腹の下に潜り込むんじゃ! オークは片足で立てんから、蹴りを怖がる必要はない! 肩で肉を押しのけるようにして、後ろに回り込め!」
「潜る……そうか! やってみます!」
盾を手放し、後ろへ三歩飛び退いて距離を取る北村。挑発するように、だらりと両腕を下げた。
頭を振りながらゆっくりと近づいていく。
「フゴッ!」
鼻息荒く、北村の頭を狙ったオークの左手。ワシの三倍はある巨大な手のひらが、横薙ぎに迫る。
水中に潜るアヒルのように体を前屈みに倒した北村は、攻撃を躱して脇の下を潜り抜けた。
背後を取ってしまえば……終わりじゃな。
「なんか違うが、まあええじゃろ。しかしのぉ、でかい体にノミの心臓では格好がつかん。自信を持って戦えるように、下層までの道中で練習せんとな」
「スキルを使わないと、こんなに大変なんですね。精進します!」
スキルを使うなとは言わん。じゃが、頼りすぎれば成長を止める。あれはそういう力じゃ。まずは自分の強さを正しく認識して欲しいとワシは思う。
こればかりは個人の自由じゃから、口には出さんがな。
さて、先へ進むとしようかのぉ。
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