おじいちゃん、パーテーを組む
今日もまた、仏の岩窟に来ておる。
麻奈が十時くらいから配信するとスレッダーに投稿してくれたんじゃが、早くばあさんを見たいというファンの声が多く、はりきった聖子のおめかしのせいで三十分以上も遅れてしもうた。
「ちょっとおじいさん、まだ始まらないんですか?」
「化粧ノリがどうの、映りがどうのと、ばあさんの準備に時間がかかったせいじゃろ! 麻奈、いつでもええぞ!」
「はーい! じゃあ、今日はおばあちゃんの紹介からお願いね? いっきまーす!」
"うーす!"
"おせえぞゲンジ!"
"お? もしかして女弁慶か!?"
"おじいちゃんこんにちは。綺麗な奥様ですね! 昔の女性探索者がどういった戦い方をするのか楽しみです"
"え? ばあちゃんハルバード持ってるやん!w"
"おばあちゃんの装備かっけえな! 紹介して欲しいかも!"
昨日の表彰式が影響したのか、チャンネル登録者数が十五万人を超えたらしい。いちだんと賑わっておるな。
ばあさんは、ワシらの世代には珍しく盾を持っておらん。
武器は、鬼鉄の槍斧。長い柄の先には、少し歪な三日月型の薄い刃が。頂端は槍の穂先のように鋭い。
防具は、ダンジョンの深層で宝箱の中から発見した、ドレスのような革鎧じゃな。藤の花を思わせる美しい紫色で、光を反射しない不思議な黒い金属が胸部を守っておる。
「ハルバードというんですか。少し重いので、本当は薙刀がいいんですけど、鬼鉄の武器で扱えるのがこれしかなかったんですよ。慣れてさえしまえばむしろ戦い方の幅が広がるので、今では気に入っています。この防具は、おじいさんから貰いました」
「女を口説くには、気の利いたプレゼントが一番じゃ。湊大橋の女弁慶を落としたければ、花よりよっぽどいいじゃろ?」
橋を守る美しい女子の噂を聞き、一目見たいという好奇心に負けたワシは、夕暮れ時に湊大橋へと向かった。
……美しかったのぉ。次々に襲いかかるモンスターを薙刀で斬り伏せていく聖子。茜色に染まる凛とした立ち姿は、まるで一枚の絵画のようじゃった。
「おじいさんたら、私が帰ろうとする時間を狙っているかのように、毎日欠かさず会いに来るんですよ? 気持ち悪いったらありゃしません。でも、この防具のセンスだけは素敵だと思いました」
「ほっほっほ。ワシの粘り勝ちじゃ!」
"なんで俺たちはジジババのノロケ話を聞かされているんだ?w"
"あの胸当てさ、アダマンタイトじゃねえの?"
"だよね? あの異様な黒さはそうだと思った"
"オークションに出せば二億はくだらないぞ"
"てことは、あのドレスの部分もすげえ性能なんだろうな……"
そんな高価な装備だとは知らんかったわい。
結果、婚約指輪のような形となった思い出の品じゃし、何度も聖子を守ってくれたからのぉ。
さて、今日の予定じゃが、カラストカゲ――ブラックワイバーンを倒そうと思っとる。
前回の配信で、攻略法を知りたがっておった視聴者が多かったからな。
「では、お先に失礼……」
「これ、待たんか!」
聖子がポータルを潜り、ワシが後を追う。
……まったく。何年経っても、変わらんもんは変わらんのじゃな。
久々のダンジョンじゃから、はしゃいでおるわ。
「ふふふっ。おじいさん、ついて来れてますか?」
「当然じゃ! お前ごときの速さ、屁でもないわい!」
中に入るなり、無音歩法を維持したままトップスピードに乗ったばあさん。スカートの裾をたなびかせながら、一階層を駆け抜ける。
小物に用はないとばかりにスライムの横を素通りし、あっという間に二階層へ。
通路の中央には三体のゴブリン。
速度を落とす素振りすら見せず、ばあさんが突っ込んでいく。
「小鬼さん、邪魔ですよ?」
まずは先頭の一体。
真紅のハルバードが、すれ違いざまに弧を描く。
下から斜めに振り上げられた上弦の月が、ゴブリンの首を通過する。
斧の重さを利用して、両手にしっかりと握られた槍斧に導かれるように加速。長い銀髪がしなり、空を叩く。
「ゲギャッ!」
「ギギッ!」
横並びのゴブリン二体は、自分が置かれた状況をいまさら理解したようじゃ。声を発して身構えたが……少し遅かったのぉ。
ばあさんはすでに間を通り、腰を起点にハルバードを振り回す。
赤い光が、円の軌道を邪魔する二つの首を刎ね飛ばし、吹き出した紫色の血液を置き去りにする。
……まるでカマイタチじゃな。
"弁慶つっよ!www"
"速すぎんか!?"
"ちゃんと見てたはずなのに、何が起きたか分からんかったw"
"おじいちゃんがただ走ってるだけになってるw"
"その走るスピードですら、はええんだけどな……"
ゴブリンなぞ問題にならず、ばあさんの視界に映ってしまえば血の雨が降る。
殺戮を繰り返しているうちに、あっという間に五階層まで来てしもうた。
スケルトンを発見したばあさんが、ここでやっと足を止める。
「あら、ちょうどいいところに人骨がいるじゃありませんか。斧の下側が尖っているでしょう? ここを鈎のように神道に引っかけてやるだけで、簡単に倒せます。裏に回る必要がないので、この武器とすごく相性がいいんですよ?」
一息つけたのも束の間、聖子が再び走り出す。
真正面から距離を詰めるが、スケルトンはまだ反応しきれておらん。
地面と水平に傾けたハルバードで肋骨の隙間を貫き、引き抜くと同時に三日月型の斧部で神道を突く。
目にも止まらぬ早業とはこのことじゃな。
外れそうなほどにアゴを開き、声にならない悲鳴をあげながらスケルトンが地面に崩れ落ちる。
"……一瞬?"
"私もハルバード使ってみようかなw"
"やめとけ……。槍、斧、それに薙刀の技術を使いこなせて初めてスタートラインに立てるような武器だぞ? 簡単に使えて強いとか言われてたみたいだけど、大嘘だからなw"
"ばあちゃんの技術が異常なだけか……。それでもいい! 俺もハルバード使う!"
"すげえ強そうに見えるよな。でもさ、ゲンジと同じ装備にも誰か憧れてやれよw"
前に出る、突いて引く、たった三つの動作でスケルトンを倒し続け、六階層に到着した。