おじいちゃん、オーガを倒す
「さて皆の衆、七階層へレッツラゴーじゃ! オーク、オーガの他にも多種多様なモンスターが入り混じり、危険度が一気に増すからのぉ。ここからが本番じゃぞい!」
"じーさんはスキル封じるんだろ? ゴーレムが出たらどうすんの?"
"オーガなんてソロでどうやって倒すんですか?"
"それ言い始めたら、オークでさえソロで倒せてんのおかしくなるからwww"
"いやいや、ちょっと待って。なんでみんな気にならないわけ?w 今ドロップした肉、あきらかにポーチの二倍以上あったよな?"
"たしかに、言われてみればそうだな! 動きが自然すぎて気づかなかったわw ……てことは、マジックバッグか!?"
このウエストポーチもダンジョン産なんじゃが、宝箱から出た気がするのぉ。
物をしまおうとすれば吸い込まれてくれるし、逆さにしても中の物が落ちない。取り出そうとすれば中に何が入っておるか分かるから、忘れっぽいワシには手放せん。不思議なカバンじゃわい。
小さくて動きを阻害しないちょうどええサイズ感なのに、いくらでも物が入るから重宝しておる。
「お目が高い! この見た目で大容量じゃから、買い物に行ってもエコバッグ要らず。どういう仕組みかは分からんが、収納スペースがたくさんあるんじゃろうなぁ。オーガやゴーレムについてじゃが、それは出会ったときに説明しようかのぉ。ワシはもったいぶる男じゃからな!」
"そんな小さなポーチが大容量でたまるか!w"
"収納スペースでどうにかなる問題じゃねえだろw"
"どのくらい入るんだろう? 一トンサイズで八千万円とかしたはずだけど……"
"おじいちゃん、それマジックバッグっていう魔道具だよ。魔石だけは中で吸収されちゃうから、取り出せなくなってると思う"
「魔石とは、ゴブリンが落とす小石じゃったな? あれは全部踏み潰しておるからのぉ。もっと綺麗なオニキスに似た宝石であれば、いくつも入れておいたはずじゃが……ん? 無くなっておるぞ!」
"……は? それ魔宝石じゃね?w"
"一個あたり最低でも二百万円の魔法石をマジックバッグの燃料にしたんかwww"
"何個くらい食わしたんだろ?w 時代が違うとはいえ、無知って怖いな……"
"下手なホラーより鳥肌立つわw"
もういい!
ワシは拗ねたぞ!
此奴ら、寄ってたかってワシをいじめよってからに!
岩壁から発せられる青白い光に照らされながらぷりぷり歩いておると、七階層へ続く階段を見つけた。その手前で二体のオークが門番のように仁王立ちしておる。
「そういえば、複数のオークに襲われたときの対処法を教えておらんかったな。今回の相手は、右側の巨大な斧を持った一体と、左におる素手。危険性が高い武器を所持している方から無力化してやるのが基本じゃ。簡単に言えば、長物から狙っていく」
当然じゃが、自分の背に敵がおる状況を作ってはならん。右側のモンスターを狙うのであれば、反時計周りに攻める。
オークに関しては、武器を持ってくれておる方が戦いやすい。斧や槌、大剣など、高重量な武器しか持っておらんからな。
振り回す動作が大きい分、躱してしまえば簡単に背後を取れる。
先も言ったが、オーク戦では速度を維持することが重要じゃ。奴らよりも素早く動いておれば、攻撃を食らう心配がないからのぉ。
「では、行くぞい!」
全身をバネと化し、一気に最高速へ。
斧持ちに接敵してやれば、ワンテンポ遅れて斧を振り下ろしてくる。
右へ飛んでやれば……ほれ、隙だらけじゃ。誰もおらん地面を叩く巨大な刃を横目に、背後に回り込む。
あとは右足のアキレス腱を切ってやればよい。
しかし、トドメは刺さずに放置する。素手のオークが迫っておるからのぉ。
動きを止めた斧持ちを尻目に、もう一体のオークの腹下に潜り込む。こうなれば勝ったも同然じゃな。
背後に回り込んでアキレス腱を切り、今度はジャンプして首を飛ばす。
大回りしながら斧持ちの背後に再び移動し、まだアキレス腱の傷が癒えてないことを確認する。
念のために左足のアキレス腱を切ってから、こちらの首を刈り取ってやる。
「ようは、事故を減らすように立ち回ればええ。戦う順番さえ間違えなければ、ワシのように無傷で倒せるはずじゃ」
"まるでゴブリンでも相手にしているようだなぁ"
"鮮やかすぎるw"
"オークがこんな簡単に倒されるなんて、同じCランクとしてはショックなんだがw"
"このペースで狩れるなら月収二百万超えるな!"
"じいちゃんはその二百万円をカバンに食わせてるけどねw"
"ワロタwww"
7階層へ下りると、遠くで戦闘音が聞こえた。
指示を出す声には焦りが感じられる。おそらく苦戦しておるのじゃろう。
……助太刀が必要かもしれんな。
緩やかに曲がる道の先を覗いてみると、四人のパーテーが石巨人――おそらくゴーレムと、オーガの二体を相手に戦っておる。
中層では最悪といってもよい組み合わせじゃ。
リュックを背負った男が作戦を伝えておるが、盾役の太った男がオーガに吹き飛ばされてしまったらしく、非常にまずい状況に陥っておる。
ワンドを持った女子が魔法を撃つタイミングを窺い、二刀流の剣士がオーガとゴーレムのあいだに割って入り、必死に攻撃をしのいでおるようじゃが……あれではもう、パーテーの全滅は時間の問題じゃろう。
"うわっ……あれやばいぞ!"
"あの盾役、気を失ってるっぽい?"
"ゲンジ、助けてやってくれ!"
"無理言うなよ! いくらおじいちゃんでも、あの状況はさすがに死んじゃうって!"
当然じゃわい。
ワシに任せておけ!
「ポーターの若造、オーガはワシが引き受ける! 女子は太っちょをスキルで飛ばして離脱させよ! ポーターは太っちょを回復、剣士はそのままゴーレムの攻撃を避け続けておれ! 自分たちの安全だけを最優先に考えるんじゃ!」
寝転がった大男を庇いながら、あの二体を倒すのは無理じゃからな。ゴーレムの攻撃だけであれば、二刀流の男でも捌けるじゃろう。
「すまん、助か……暴れ納豆!? みんな、おじいさんの指示に従ってくれ!」
「おう!」
「はいっ! 【風弾】!」
風の魔法で盾役が吹き飛び、地面を転がっていく。無防備に全身を打ちつけておるが……大丈夫だと信じるしかないのぉ。
「ほれ赤鬼、ワシが相手じゃぞ! こんな老人すぐに倒せるじゃろ? ほれほれどうしたー?」
すぐさまオーガに近づき、剣と盾を打ち鳴らしながら挑発する。
「グォオオオオッ!」
地響きのようなオーガの唸り声。
パーテーの小僧たちとは反対方向に移動しながら、舌を出したり変な顔をしたりと散々小馬鹿にしてやったからのぉ。
ターゲットをワシに変えてくれたようじゃ。
……こうなればこっちのものよ!
「得意のパンチを撃ってこい! ここに当てれるかのぉ?」
ボクシングのミットのように盾を構えてちらつかせておく。
オーガは大きく一歩を踏み出し、右拳を振り上げる。
皮膚が張りつき、太い筋繊維の一本一本が浮きでた丸い筋肉。力の脈動を伝えるように体が大きく膨らみ、打ち下ろしの右が繰り出された。
少しだけ体を仰け反らせて距離を調整してやれば、オーガの肘がちょうど伸び切ったあたりで盾が震える。
「ここじゃい!」
鬼鉄の剣をオーガの手首に押し当て、ボコボコとミミズのように浮かび上がった太い動脈を引き切る。赤鬼の皮膚が如き赤い刃が走ると、青い鮮血が吹き出した。
「グガァアアアアッ!」
オーガは、血を止めようと手首を押さえて後退る……が、深追いはせん。ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべて眺めておけばよい。
「やーいやーい! ワシはまだ生きておるぞー! 鬼さんこちら、手のなる方へー!」
再び剣と盾を打ち鳴らす。
尻を振りながら馬鹿にしてやると、オーガの顔面が怒りに歪む。
背後から別のモンスターが迫ってきていないか確認しながら、拳がギリギリ届かない距離を維持。挑発を繰り返してやれば、オーガは我を忘れて暴れ回り、血液を撒き散らす。
……やがて、力なく膝から崩れ落ちる。
あと一分もかからず死ぬじゃろう。
剣士の方を見ると、まだゴーレムの攻撃をしのいでおる。魔法使いもタイミングを見てスキルを撃っておるが、まだまだ時間がかかりそうじゃな。
これも何かの縁じゃし、ゴーレムの倒し方を教えてやるとするかのぉ。
「おーい若いの! オーガは終わったぞーい! どれ、その剣でゴーレムを倒してみなさい」
「……へ? いったいどうやって……」
二体並べば道幅を塞いでしまうほど巨大なゴーレム。細長い長方形の石材が複雑に組み合わさった体をしており、砕くことが難しい。
じゃが、その構造に弱点がある。
「これは、筑波大学に通っておった数学の得意な探索者――因数分解の久保田が発見した攻略法じゃ。ゴーレムの体をくまなく探すと、どこかに一つだけ押し込めば外れるブロックがある。……あったあった、これじゃ! ほれ、突いてみい!」
「……こうですか?」
ゴーレムの攻撃を掻い潜り、剣士の小僧が鋭い突きを放つ。
長い金髪を揺らしながら後ろに飛び退くと、押し込まれた左足の付け根あたりのブロックが、ゴーレムの体から滑るように外れていく。
「……ォオオ」
動きを止め、短いうめき声を発したゴーレム。
……直後、石材の隙間から光が漏れ出し、それはどんどん強くなる。
やがて、ゆっくりと歪み始めたゴーレムの体は、ガランゴロンと音を立てながら瓦解していった。
「ほっほっほ! どんなもんじゃい!」
"すげえええええええ!"
"オーガの倒し方、クソダサかったなw ……あれ、目から汗が"
"分かるw でもさ、あの絶望的な状況から探索者を助け出すなんて、かっこよすぎるよ……"
"俺も感動してたけど、因数分解の久保田で正気に戻ったわ。だってさ、中学で習うやつじゃんw"
助けたパーテーは、『風神の加護』という名前で配信しておるらしい。
泣きながらお礼を言われたが、当然のことをしたまでじゃからな。
「どれ、今日は帰るとする……」
「お、おじいちゃん! とんでもないことになっちゃった! あのね……」