おじいちゃん、オークを倒す
"それって……秘孔突きの三島はもうこの世にいないってこと?"
"おじいちゃん世代なら死んでてもおかしくないか"
"ダンジョンにロマンを求める探索者って感じだね。ゲンジよりイケメンだったんだろうなぁ"
"ご冥福をお祈りします"
「これこれ、勝手に殺すでない! 探索者は引退しとるが、まだ生きておるぞ。なんなら三島とは同級生じゃし、毎月あやつの整体院で秘孔を押してもらっておるわい。スケルトンと違ってワシゃ死なんがのぉ! ちなみに、あいつはツルッパゲでワシより不細工じゃ。だーっはっはっはっは!」
"うざwww"
"整体行って殺されたら事件だろw"
"三島さん、来月ゲンジが店に来たら息の根を止めてやりましょう!"
"このジジイ、調子に乗りやがってw"
次に目指すは六階層。五階層から先は中層と呼ばれ、モンスターの強さがグンと上がる。
討伐目標にしておるオーガも中層の魔物じゃ。
すれ違いざまにスケルトンを屠りながら、変わり映えのしない景色の中を進んでいく。
……懐かしいのぉ。昔の思い出がよみがえってくるわい。
三島が攻略法を見つけるまで、ワシらは何度倒しても復活するスケルトンの対処に困っておったからな。
そこで立ち上がったのが近所にある寺の息子。お経を唱えながらスケルトンに挑んだのじゃが、ボコボコにされて帰ってきおった。「木魚を忘れたからだ!」とか、「あいつら、俺のありがたいお経を聞き終わる前に襲ってきやがる!」とか、変な理由で悔しがるもんじゃから、あのときは腹を抱えて笑ったのぉ。
……そうじゃ。ワシとしたことが、大切なことを忘れておった。
知恵を絞り、技を磨き、相手の動きを分析する。探索者とは、そうでなくてはならん。スキルなんぞ過ぎた力じゃ。
ワシが間違ってるおるのかもしれんが、探索者としての二十年間に誇りを持っておるからのぉ。
「……魔法について、皆に伝えておかねばならんことがある。アイスカーペットを使った時、まるで命を吸い取られたかのような脱力感に襲われた。その後に発現した凄まじい光景を、ワシは素直に恐ろしいと思ったよ。剣と盾では倒せん相手がおるなら、その時はスキルに頼るのもありじゃろう。古い考えの老人だと笑ってくれても構わんが、ワシは魔法を封印しようと思う」
"自分を貫き通すのもまた探索者の姿。私はおじいさんの考えを尊重しますよ"
"かっけえぇ……"
"大魔導士ゲンジが見れないのは残念だけど、俺たちは暴れ納豆が見れたら満足だよw"
配信を見ておるのは、ふざけるのが大好きな若者ばかりと思っとったが、なかなかどうしてしっかりしておるではないか。
こうも応援されては、この者たちの期待に応えられるように頑張ろうと思えてくるのぉ。
"そういえばさ、他にも異名を持ってる探索者はいるの?"
"あ、それ気になるかもw"
「たーっくさんおるわい。マタギのマサヨシじゃろ、五本指靴下の加藤じゃろ、ひたちなかのデスタクシーなんてのもおったな。死と隣り合わせの状況で、二つ名が広がる。そうすれば、他の探索者が別の場所で戦っておると励みになるじゃろ? ワシの妻は、湊大橋の女弁慶と呼ばれとったしのぉ」
ダンジョン配信にも近いものがあるかもしれん。トップを走る探索者の姿を見て、自分も強くなりたい、この人に近づきたいと鼓舞される。
耳で伝わるあだ名と、視覚で伝える配信者。違いはあれど、探索者に与える影響は大きい。
"みんな気になるんだがw"
"加藤さんだけ弱そうwww"
"やっぱりおばあちゃんも強いんだ!? ゲンジの胸ぐら掴むくらいだもんなw"
"暴れ納豆と女弁慶でパーテー組めばいいのに"
"女なんですけど、男性に勝てる気がしません。奥様にいろいろと聞いてみたいです!"
いまのところ、性別に関係なく使える攻略になっとるとは思うんじゃが、モンスターによっては力任せなやり方があるからのぉ。
とくにオーガなんぞは、女子には難しいかもしれん。ばあさんならまた違ったアドバイスができるのは確かじゃろう。
……しかし、聖子が人前に出たがるとは思えんな。
「マナティや、ばあさんはおるかの?」
「うん、いるよ! なんかね、おばあちゃんも一緒にやるって張り切ってる。昔の装備を探しに倉庫に行っちゃった。私は女性探索者の味方です……だってさ!」
"うおおおおおおお!"
"面白くなってきたーwww"
"老夫婦のカップルチャンネルやんw"
"おばあチャンネルになったりして……w"
"ゲンジ、今までありがとうな!"
「うむ。皆の衆、短い間じゃったが世話になったのぉ……って、ワシゃやめんぞい! お主らは勘違いしておるようじゃが、ワシの方が強いはずじゃぞ! ばあさんに敵わんのは家だけじゃと思うんじゃからな!」
"年季の入ったノリツッコミだなw"
"日本語めちゃくちゃw"
"はず……思う……結果は出ましたね"
"おじいちゃんお疲れ様ー!"
"あんまり言ってやるなよw おじいちゃん泣いちゃうぞwww"
コメントどもめ……聖子とワシ、どちらが優れておるかはすぐに分かるじゃろう。目に物見せてやらにゃいかんな。
内に秘めた怒りをスケルトンにぶつけながら、六階層へ到着。洞窟内の岩肌が、白からうっすらと青みがかった色へと変わっておる。
さっそく通路をうろつくモンスターの姿を捉えた。
その体長は二メートルをゆうに超える。
でっぷりと太った大樽のような腹。全身が黒く硬い体毛で覆われており、手足は体型のわりに短い。
外国人力士を彷彿とさせる二足歩行の巨大な怪物――豚人間じゃ。それが一体。
イノシシに似た顔面は、脂肪が詰まった太いシワでたわみ、フガフガと鼻を鳴らしながら真紅の眼をぎょろつかせておる。
鋭敏な嗅覚で、すぐさまワシの存在を捕捉したようじゃ。
腹の肉を揺らしながら、重量を感じさせる足取りで、のっしのっしと歩いて来よるわい。
「あの豚人間はなんと呼ばれておるんじゃろ? なかなかにタフなモンスターじゃから、皆も苦労しておるのではないか?」
"オークですよー!"
"動きが遅いから、距離を取ってスキル使いながら戦えば時間はかかるけど倒せる!"
"ダメージ与えても怯まないから、カウンター食らっちゃうんだよね"
"距離開けたら突進してくるやろ。うちのパーティの盾役は、ぶっ飛ばされて肩外れたぞw"
"探索者になって二年経つけど、ゴブリンしか倒したことないや。オークに捕まって右腕を潰された探索者の動画見てから怖くて……"
オークというモンスターは、浅い傷であれば瞬時に塞がってしまう驚異的な治癒力を備えておる。
その回復力を盾に距離を詰め、剛腕を振り回す。コンクリートの塀を粉々に砕き、軽自動車を横転させるほどの怪力じゃ。
突進なんぞ生身で受けた日には……想像したくもないのぉ。
「時間がないので簡単に説明すると、オークの弱点はバランスの悪い体型じゃ。奴らは腹の肉が邪魔して下が見えん。脂肪は関節の可動域を狭め、重い体を二本の足で支えておるから小回りが利かぬ。それさえ分かっておれば、前に進むだけ。大事なのは……心に宿した踏み出す勇気じゃ!」
オーク戦はスピードが命。空に体を預け、前のめりに駆け出す。
奴も戦闘態勢に入ったようじゃ。腰を落とし、両腕を広げてプロレスラーのように構えておる。甲高い威嚇で鼓膜が痺れよるわい。
体を低く、深く沈めて距離を詰めたら、恐怖心を胸の奥底に閉じ込める。
ワシの姿はすでに視界から消えておるじゃろうが、念の為に左へ右へと鋭くステップをはさみながら、巨体の懐に潜り込む。
足元まで来ればこっちのものじゃ。ワシを掴もうと
、乱暴に振り回される手のひらが空を切り裂く音がしておる。
オークの右脚に体を擦りつけるようにして背後へ。
狙うはアキレス腱。振り向こうと動き始めた右脚の動きに注意を払いながら、軸となった左足首を斬りつける。
これでしばらく此奴は動けない。
……大気を揺るがす断末魔の叫び。
その場で飛び上がり、腰の捻りを加えた大振りの一撃で頭部を切り離す。
「硬い毛皮と厚い脂肪で守られた体に刃は通じにくいが、アキレス腱は別じゃ。首を落とす自信がなければ、頸動脈とアキレス腱を交互に斬っておればそのうちに死ぬ。武器を持ったオークもおるが、やはり真下に攻撃は届かんし、背後に回れば同じように倒せるというわけじゃ。……簡単じゃろ?」
"凄すぎて言葉を失ったんだがw"
"動きが洗練されすぎてて魅入っちまったw"
"大事なのは勇気って意味が分かったよ……"
"これさ、二人で挟み撃ちにして背後の奴がアキレス腱を狙えば、普通に戦うより安全に倒せないか?"
"天才おるな! ジジイのおかげでどんどん攻略が進んでいくなw"
"オーク狩りパーティ激増するぞこれwww"
ふむ、よいことじゃな。
ワシの戦い方がパーテーにも応用できるとは。
なおさら知識を共有せねばならんのぉ。
「これは……オークから肉が落ちよった! 今夜は生姜焼きじゃあああああ! この肉がまたうまいのなんの。ほほほっ、最高じゃわい」
オーク肉を腰のポーチにしまい、次の階層を目指す。
六階層に出現するモンスターはオークと決まっておるが、そこから先で何が出るかはダンジョンによって異なる。
七階層にオーガがおることを願うとするかのぉ。




