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008. 体力測定

 さて、その後の測定はというと、サクラは宣言通り反復横跳びや、背筋力、握力など、どれも平均を上回った数字をたたき出し、周りから注目を集めることとなった。


「お前の体はどうなってるんだ?」

「とっても健康」

「だろうな!」


 アスマも平均以上の体力や運動神経ではあるが、なかなかサクラに勝てずに苛立っている。


「次は運動能力だ。次こそ勝ってやるからな」

「私、走っても速いんだけど」

「余裕でいられるのも今のうちだ」


 とはいえ既に測定項目は半数を過ぎている。なんだか負け犬の遠吠えみたいな台詞だな、とは言わないでおいてあげた。

 しかしアスマは宣言通り、この後一つの種目でサクラに勝った。それは持久走である。


「速いんだね、アスマくん」

「お前、それは嫌味か」

「え、そんなんじゃないよ」


 ちなみに一キロメートルを走り、一位がアスマ、二位がサクラである。互いにまだ息が整わず、肩が上下している。


「他の競技はすべてお前が一位だっただろうが」


 五十メートル走に、走り幅跳び、懸垂と、なんなら一年の魔導士科全体を見ても、サクラはトップと言って差し支えない成績だった。


「えへへ、アスマくんに初めて褒められた」

「はあ? 誰も褒めてない、勘違いも甚だしいな」


 険しい顔で睨まれてしまった。走り終えたばかりなのにまだまだアスマは元気である。

 そこへ走り終えてきたウキも合流した。


「二人ともすごいね。アスマは分かるけど、サクラさんは本当に運動が得意なんだね」

「まったくだ。なんで魔導士科を選んだんだ、お前みたいな奴は騎士科に行け」

「騎士科かあ。嫌なわけじゃないけど、やっぱりばーんと魔術を使えるようになりたいからね」

「お前のその常軌を逸した体力を生かすには魔導士科よりも騎士科がお似合いだ。自信を持って異動願いを出してこい」

「出さないよ」


 辛辣な言葉は変わらないが、朝までよりもアスマと打ち解けた気がする。それはきっとこの体力測定で切磋琢磨したからだろう。そういえば校長が入学式でそんなことを言っていた。互いに競い合って成長するとはまさにこのことか。

 ふいに視線を感じて振り向くと、同じクラスの美少女、コデマリが遠くからこちらを見ていた。一見してか弱そうなのに、彼女もこの測定では上位に入る成績だ。一瞬目が合ったかと思ったが、すぐに別の方向を向いたので気のせいだったかもしれない。


「きゃっ」


 ホズミの声が聞こえて振り返ると、地面に尻餅をついていた。


「あら、ごめんなさい」


 この学校の女子には、気に入らなければぶつかるという風潮でもあるのだろうか。ホズミにぶつかったらしい女子は、一言だけ謝るとそのままどこかへ言ってしまった。

 すぐに近づいてホズミに手を差し伸べると、側に立っていた女子がくすくす笑った。こちらはたぶん違うクラスの子だ。


「あれくらいで転ぶなんて鈍くさいわね。猿みたいなお友達とは大違い」


 立ち上がったホズミは恥ずかしそうに服のほこりを払った。


「大丈夫?」

「うん、ありがとう」

「怪我は?」

「平気」


 相手にするのも馬鹿らしいので、一緒にアスマ達の方へ戻ろうとしたところで、ホズミを鈍くさいと評した女子に話しかけられた。


「そちらのあなたは孤児院の出身なんですってね」


 昨日、食堂でホズミと話していたことを聞いていたのかもしれない。サクラは特に返事はしなかった。


「どうしてそんな子が入学できたのかしら。この学校の品位が下がってしまうわ」


 あざけりを隠さないその言葉に、サクラは頭の芯が熱くなったような感覚を覚えた。

 孤児であることはサクラの責任ではない。それでもサクラ自身を忌避する人が、ヘキ村にもたしかにいた―――




 孤児院にはサクラ以外にも子どもがいて、近所の子どもたちもときたま遊びに来ていた。しかしある日、外から遊びに来ていた子どもが怪我を負ってしまったことがあった。するとその母親が孤児院に怒鳴り込んできたのだ。


「だから孤児院の子どもなんかと遊ばせたくなかったのよ、どうしてうちの子に怪我をさせたの!」


 その子はサクラ達が止めるのも聞かず岩場へ登り、足を踏み外して転んで怪我をした。止められなかった落ち度はあるかもしれないが、本人にも怪我の責任はある。


「あんた達が怪我をすれば良かったのに」

「子どもに向かってなんと酷いことを言うのですか!」


 孤児院の院長がさすがに抗議をしたが、あまり大事になってはまずいと村長が呼ばれ、その仲裁によって騒ぎはひと段落した。

 しかし、それは大人の間でのことだ。他の子ども達は理不尽に怒りをぶつけられたことで泣きだす者もいた。サクラだって泣きたかった。でも泣いたらその理不尽に屈したようで、意地でも泣くものかと歯を食いしばって耐えた。


 それ以外にも、何か良くない事件が起きると孤児院を疑う人達もいた。面と向かって言ってくる者もいれば、表では良い顔をして裏では違うことを言うような者もいた。

 そんな経験を重ねるうちに気づいた。孤児というだけで、理不尽な目に合うものなのだと。だからサクラは決めた。


「院長先生、私ね、一方的に見下して、酷い言葉を投げつけてくる人達なんかに絶対負けない。幸せになって見返してやるの」


 院長は、サクラの強く握った拳に手を当て、爪で傷がつかないよう指を開いていった。


「そうね。言っても分からない人には、見せつけてやるのが一番でしょうね」


 院長は孤児院の先生の中でも古株で、サクラも入ったときから面倒を見てもらっている。


「残念なことに、自分よりも不幸な者がいると思うことで、自分は幸せなのだと思い込む人間は少なくないの。でも、そういう人達の言葉に捕らわれては駄目よ」


 院長は子ども達に、感謝をすること、割り切って考えること、この世の中は善い行いだけで成り立っていないことなどを教えてくれた。子どもだましの正論など、一度も口にしたことはなかった。それはサクラ達が世間に出たときに苦労をすると思ってのことだろう。


 孤児院を出た後に、生い立ちを隠そうとする者は少なくないが、サクラは院長の思いに応えるためにも、孤児だって幸せになれるのだと周りに見せてやりたかった。だからこそホズミにも打ち明けた。自分の未来は自分で切り開くと決めて、この学校へ入学したのだ。




 ―――ここで怒るのは得策ではない。ホズミも同じことを思ったらしく、サクラの袖を引いて心配そうに首を横に振っている。大丈夫と目で合図を送る。


「入学式で校長先生が、防衛軍もこの学校も実力主義だと言っていたでしょう。どうして入学できたのかと聞かれたら、実力が認められたからとしか答えようがないね」


 相手は自分を挑発したいのだ。だったら乗ってやることはない。飄々と答えてやればいい。


「実力? まだ授業も始まっていないのに、よくそんな大きな口が叩けたものね」


 女子の顔がひきつっている。彼女にとって思いがけない反論だったのだろう。意表を突いたことで、相手のペースを崩すことに成功した。あとはどのようにこの場を切り抜けるかだ。


「ふんっ、まったくその通りだな」


 しかしなぜかここでアスマが割って入ってきた。


「アスマ様!」


 同意を得られたと思ったのか、女子が嬉しそうにその名を呼んだ。だがアスマが、女子のくだらない諍いに口を挟むような性格だとは思えない。


「始まる前ならなんとでも言えるさ」


 そう言って意地悪く口の端を上げたアスマは、絡んできた女子の方を見ていた。


「だが少なくともこの体力測定で結果を出している奴に絡むなら、それを越すか匹敵するくらいの実力がないと、俺なら恥ずかしくて声を掛けることすらできないな」

「え?」


 味方をしてもらえるものだと思っていた女子が口を開けたまま固まってしまった。


「クラスが違うから分からないが、この測定でよほどいい成績を残したんだろう? そうでなきゃ大口は叩けないよなあ」


 揶揄された女子の顔がだんだんと赤くなっていくのを見て、サクラは少し気の毒になった。しかしその子は気丈にもアスマに言い返した。


「なんであなたがそんな子を庇うんですか」


 どうして同じ一年生なのに敬語を使うのか。この子はアスマの知り合いなのだろうか。


「何を勘違いしているのか知らないが、俺は別に庇っているわけじゃない。思ったことを述べたまでだ」


 アスマは一旦言葉を切って、冷めた目で女子を見つめた。


「それにお前、今の防衛軍の幹部にどれだけ孤児院出身者がいるのか、知らないでここへ入学したのか?」

「え、まさか……」


 女の子は目に見えて狼狽えて、結局何も言わずにその場を走り去ってしまった。


「ふんっ」


 くだらないものを相手にしたとでも言いたげにアスマが鼻を鳴らした。


「えーっと、アスマくん?」

「なんだ」

「助けてくれてありがとう」


 そのつもりがあったかは分からないが、追い払ってくれたことに変わりはないので礼を述べると、アスマはじろりと睨んできた。


「なぜ俺がお前らを助けなくちゃならないんだ。勘違いするな、俺はああいう口だけは達者な奴が気にくわないだけだ」

「それでも助かったから、お礼は言わせてよ」

「うん、ありがとう」


 ホズミも一緒に礼を言ったが、アスマは気にした様子もない。


「ところで防衛軍の幹部って孤児院出身者が多いの?」

「知らん」

「え、だってさっき、どれだけいるのか知らないのかって」

「適当に言っただけだ」

「えー、あんなに上から目線で言っておいて?」

「べつに嘘は言っていない。ゼロではないはずだ」


 それも当てずっぽうで言っているだけなのではないだろうか。


「詐欺師みたいな人だね」

「喧嘩を売ってるなら倍にして売り返してやるぞ」


 振り向いたアスマは眉間に皺をよせていたが、怒っているわけではないと分かる。

 そこへウキがやってきた。


「災難だったね、二人とも。アスマもえらいえらい」

「うるさい、触るな」


 腕を叩かれたアスマが言葉通りウキの手を払った。


「まあ、ああいう人はどこにでもいるから」


 サクラが肩をすくめるとホズミが申し訳なさそうに謝ってきた。


「ごめんサクラ、私が転んだせいであんな人に絡まれちゃって」

「ホズミが謝ることじゃないよ。あれくらいなら余裕で言い返せるし、アスマくんも庇ってくれたから大丈夫」

「だから俺は庇ってなんかないと言っているだろう。お前の耳は節穴か」


 しかめっ面のアスマに、おもわずホズミと顔を見合わせて笑った。どこまでも素直じゃない。


「そういえばあの人、アスマくんのことを知ってるみたいだったけど、知り合いなの?」

「知らん」


 答えてくれるつもりはなさそうなのでウキを見ると、苦笑を返してきた。


「顔だけは知ってるってところかな」


 何かしらの繋がりはあるようだが、コデマリのときよりもそっけない言葉を聞くかぎり、仲が良いとかよく話すような関係ではなさそうである。人気者も大変そうだ。


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