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062. 悪事は暴かれる

 もちろんサクラがその挑発に乗ることはなかった。


「先輩達が私に強要されたとして、従う理由がないよ」

「何か弱みでも握られていたんだわ! そうじゃなきゃおかしいじゃない」


 おかしいのはどちらか。答えは既に出ているような気がする。


「モカラさん、もう立っていいわよ」


 レモンに言われてモカラが立ち上がった。きれい好きなのだろう、床についた手や制服を払っている。


「モカラさん、階段のどの辺から落ちたのか、もう一度やってみてくれる?」

「はい」


 ここが正念場だと言うように、モカラは意気込んで階段を上がった。それは足を怪我した者の動きではなかった。


「どうやら捻挫はたいしたことなかったようね」

「え?」


 レモンの言葉でその場にいた誰もが自分の足を注視していることに、モカラはようやく気づいた。


「腕をぶつけたかもしれないと言っていたけど、袖をまくって見せてもらえる?」

「ここでですか?」

「そうよ」


 有無を言わせぬレモンの返事に、モカラはためらったが袖をまくってみせた。


「腕もなんともなさそうね」


 レモンが大きく息を吐いた。

 そもそも手や腕が痛いなら、さっき制服を払ったときになんらかの痛みを感じたはずだが、そんな様子はまったく見えなかった。


「ツキユキさん、もう部屋に戻っていいわよ。あなたは今回の一件に巻き込まれただけだと判断します」

「はい」

「そんな、どうしてですか! 私は突き落とされたのに」


 モカラが必死の形相で訴えたが、レモンの視線は冷たいものだった。


「あなた達にはこれから私と一緒に校舎へ行ってもらいます」


 有無を言わせぬ迫力ににモカラがひっと息を呑んだ。その仲間達も顔面蒼白である。


「一人ずつ取り調べるので、そのつもりで。誰か付き添いを頼めるからしら」


 サザンカを始め何人かが前に出た。呆然とするモカラ達がレモンに先導され、寮を出たところで体に衝撃が走った。


「サクラ!」

「わっ」


 駆け寄ってきたホズミに抱きつかれたのだ。


「もう、心配したんだから」

「本当よ。あれだけ注意しなさいと言ったでしょう」

「どうせのんきな顔して歩いてたんでしょ」


 チドリやコデマリ達も集まってきて、次々に声を掛けてくれた。途端に体の力が抜けてへたり込んでしまった。


「どうしたの、サクラ」

「なんか思ったより緊張してたみたいで、気が抜けたら立ってられなくなって」

「あら、まったくそんな風には見えなかったわよ」


 チドリがいたずらっぽく笑った。


「先輩達が私に強要されたとして従う理由がないでしょう。そう堂々と言い返してたじゃない」

「それは本当にそうだから」


 クラスメイトは誰もサクラのことを疑っておらず、それどころか心配して信じてくれたことに、うっかり泣きそうになってしまった。


「ほら、立って」

「うん」


 ホズミに手助けされて立ち上がると、見物人も散ろうとしていたところで、その中にはモカラ達に言い返してくれた人の姿もあった。


「あの、証言してくださってありがとうございました!」


 その人達に向けてぺこりと頭を下げると、みんなが口々に疑いが晴れて良かったと言ってくれた。

 モカラ達のようにサクラのことを気に入らない者もいれば、こうして善意から行動してくれる人もいる。また泣きそうになったけれども、鼻の頭に力を入れて堪えた。




 その後はチドリを筆頭にクラスメイトがサクラ達の部屋に押しかけ、事の成り行きを説明することになった。


「つまり、すれ違いざまに転んだ振りをして、サクラに突き落とされたって騒いだわけ? どうしようもない連中ね」


 チドリは呆れつつも、むぅっと頬を膨らませた。


「でもそのときはびっくりして、ほとんど言い返せなかったの」

「そんなの、アスマくんみたいな人じゃなきゃ誰だって驚いてまともに話せないわよ」


 ホズミも眉間に皺を寄せている。


「たしかにアスマくんならその場で完膚なきまでに叩き潰しそうだよね」


 教師を呼ぶ前に相手の言い分をすべて封じてしまいそうだと、想像して笑ってしまった。


「でもそのサザンカ先輩だったかしら。その方がレモン先生へ知らせた他に、その場に居合わせた人達を集めてくれて良かったわね」

「うん。あ、そうだ、後でお礼に行かないと」


 あの場ではモカラ達を連れて校舎に行ってしまったため、まだありがとうと伝えられていなかった。


「その先輩の部屋はどこかわかるの?」

「ううん、わかんない」

「レモン先生に聞けば教えてくれるんじゃないかな」


 最初はクラスメイト達もサクラのことを快く思っていなかったはずだが、今ではこうして部屋に集まり心配してくれるぐらいの仲になった。

 二人部屋に八人も入ったので中はぎゅうぎゅうだが、それがまたサクラにとっては嬉しくもあった。


 ひとしきりみんなで話をして、モカラ達の自滅を喜ぶわけではないが、もしまたなにか事件を起こそうとしても、疑われるのは向こうだろうということで話は落ち着いた。






 次の日の朝、教室へ入ると男子が揃ってサクラに声をかけてきた。


「災難だったな、ツキユキ」

「でもすぐに解決して良かったね」

「女って怖いよなあ、相手をとことん追い詰めたがるんだから」


 昨日は休息日だったというのに、なぜかあの一件が知れ渡っているようだ。


「あー、レモン先生のお裁き、俺も見たかったなあ」

「俺も俺も。美人教師が生徒の嘘に騙されず、事実を突き止めるとかカッコいいよなあ」

「馬鹿じゃないの、あんた達」


 一部の男子がうっとり語ると、これまた一部の女子から冷たい視線が向けられた。


「どうして昨日のことをもうみんなが知ってるの?」


 女子寮の中でのことだったのだが、他の女子から聞いたのだろうか。


「昨日、演習場で自主練した帰りに見ちゃったんだよ。レモン先生に隣のクラスの女子が連れて行かれるところを」


 山菜採りで同じチームだったカライトが言った。


「そうそう、お前に嫌がらせした女子だってこいつが言うから、俺らで後をつけてさ、二年の先輩達が出てきたところで、何があったのか聞いたんだ」

「それ、ただ女子の先輩と話したかっただけだろ」

「騎士科の先輩が特に美人だったな」

「ばっかじゃないの!」


 鼻の下を伸ばしている男子に、またもや女子からきつい罵声が浴びせられた。


「サクラ、そろそろ座ろう。このままニクマル先生が来たら怒られちゃうよ」

「うん」


 いつもの席に着くと、アスマに不機嫌そうに睨まれた。


「まったく話題に事欠かない奴だな」

「私が望んで話題を提供してるわけじゃないよ」

「でも毅然と言い返してたって聞いたよ。すごいね、サクラさん」

「そう見えただけで、かなり必死だったよ」


 ウキは褒めてくれたが、サザンカに落ち着いて話すよう言われていなければ、あんなに早く解決していなかったかもしれない。そう思ってついため息を吐くと、後ろからアスマに髪を引っ張られた。


「痛いよ」

「お前、このごに及んでまだ平和的に解決できたらとか思ってるんじゃないだろうな」

「そこまでお人好しじゃないよ」


 勉強会の予定表を書き直すくらいならまだしも、モカラ達は明らかに悪意を持ってサクラを嵌めようとしていた。疑いが晴れたから良かったものの、そうでなければ独房に入っていたのはサクラの方だったかもしれないのだ。


「でもあの子達、あれからどうなったのかな」

「やっぱり気になってるんじゃないか」


 呆れたようにアスマが言った。


「そりゃ気にはなるよ。当事者だもん」

「ニクマルにでも聞いてみればいいだろう。当事者だっていうなら教えてくれるはずだ」

「そうだね」


 しかし確認するまでもなく朝のホームルームでニクマルが昨日の出来事について話し出し、どんな処罰が与えられたかも教えてくれた。

 モカラ達の行動は悪質とみなされ、独房で五日間も反省をさせられるそうだ。


「退学という話も出たが、まだ更生の余地はあるということでそこまでの処分は下されなかった」


 ニクマルが厳しい目をして全員を見渡した。


「あいつらに限らず、こういった問題を起こせば退学ということもありうる。中央でのハナロクショウの生徒を思い出せ。揃って卒業したければ馬鹿なことはするなよ。俺はこのクラスから一人の退学者も出すつもりはないからな。わかったな」


 全員の返事が揃った。


 ちなみに今回問題を起こした女子達は、独房から出て来た後もレモンにたっぷりしごかれ、担任であるツクモからはかなりの課題を出されたと聞いた。

 それ以降、彼女達と廊下ですれ違ってもまったく目が合わなくなったので、ひとまずこれで嫌がらせは落ち着いたようだ。


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