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057. 褒めて伸ばすか叱って伸ばすか

アスマが大きなため息をついた。


「どうせお前はまたなにも考えずに軽い気持ちで言っただけなんだろう。考えがないならないとはっきり言え」

「今考えてるよ」

「それを考えていないというんだ」


策が思い浮かばない時点でサクラの分が悪い。

そのうちに女子生徒がすっくと立ち上がってサクラを睨みつけた。


「あなたに同情されるなんて冗談じゃないわ。職員室でもなんでも突き出された方がましよ」


話したこともないのにどうしてそこまで嫌われてしまったのか。

そして言われたのはサクラだというのに、血気盛んな二人が女子生徒を睨みつけた。


「だったら望みどおりにしてやる。職員室へ行くぞ、ついてこい」

「恥ずべきことをしたという自覚があるのなら自分で罪を償いなさい」


本当にこれでいいのだろうか。これではチドリの二の舞になるのではないだろうか。

チドリのときにもサクラはなにもしなかったけれど、その結果彼女は一人でずっと過ごすことになった。友達になった今ならもっと早く声をかけてあげるべきだったのではないかと思うこともある。


「お前は来るなよ。面倒くさくなるだけだからな」


サクラに釘を刺して、アスマは女子生徒を引き連れて出て行った。

あの子はどうなるのか、サクラが心配しても事態は変わらないだろう。そしてあの様子では手を差し伸べたとしても、チドリのときのように上手くいくとはかぎらない。


「サクラさん」


コデマリに呼ばれて振り返った。近くで見てもやはり人形のようにきれいな顔立ちをしている。


「あなたの優しさは美点だと思うけど、悪いことをしたら罰を受けないと、それじゃあ真面目に生きている人が馬鹿を見るだけだわ」

「でも今回のことは、誰かが被害を受けたわけじゃないし」

「受けてるじゃない、あなたが」

「私?」


首を傾げると、またため息をつかれた。


「あなた、何回予定表を書き直すつもりなのよ」

「ああ、まあそうだね。紙ももったいないしね」

「紙なんてどうでもいいのよ。それよりあなただって勉強をしなくちゃいけないのに、そんなことに時間をとられている場合じゃないでしょう」


それには反論できない。コデマリはまだ実情を知らないが、きっとすぐにサクラが座学はてんで駄目だということがばれて呆れられるだろう。


「心が広いのは素晴らしいことだけれど、あなたこそが怒るべきなのよ」

「私、心が広くなんかないよ」


即座に言い返してしまい、言い方が良くなかったとハッとした。


「あ、ごめんね、せっかく褒めてくれたのに。でも本当に私は心が広いわけじゃなくて、大事になるのを避けたいだけなんだ」

「あなたの心が広くなかったら、アスマさんなんてどうなるのよ。小麦一粒ほどの情けも持ってないわよ、あの人」

「そんなことないよ。アスマくんはなんだかんだで優しいよ。困ったときは助けてくれるし」


コデマリだけではなく、ミキにも引いた目で見られた。


「あなた、ちょっと人と感覚がずれてるって言われない?」

「ううん、とくに言われたことないけど……。あ、そうだ。これ片付けておかないとみんなが来ちゃうね」


女子生徒が破ったのは一ヶ所だけだが、大きく引き裂かれてしまっていて、裏から紙を貼って補修したところで、裂け目を見るたびに今回の出来事を思い出してしまうだろう。また書き直すのは紙がもったいない気もするが、これは新たに作った方が良さそうだ。

コデマリとミキも掲示板から剥がすのを手伝ってくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


その日の放課後、また独房行きの生徒が出たという噂が広まり、サクラは胸のあたりが重くなった。






さて本日サクラは、魔術理論の勉強会に参加している。教える側にはアスマがいて、予想通りのスパルタ指導だった。


「お前の頭はどれだけお粗末なんだ。なぜこんな問題がわからない、俺にはどうして理解できないのかがわからないな」

「ううう」


アスマに丸めた教科書で頭を叩かれサクラは唸った。


「雷魔術を使う場合に気を付けなければならないことはなにか。それに対してのお前の回答が、しゃがみこむ」


何もみんなの前で間違った答えを発表しなくてもいいだろうに、アスマはまったく容赦がない。


「その頭は飾りか。なにが詰まってるんだ。お前の大好きな米か、味噌か、醤油か」

「そこまで言わなくてもいいでしょ。それに雷魔術って三年生で習う魔術だし」


わからなくとも無理はない。なんてことはまったくなくて、アスマはさらに馬鹿を見るような目つきになった。


「実技を習うのは三年でも、理屈だけならいつだって覚えられる。むしろ覚えておいた方がいいから授業で教えられたんだ。それくらいもわからないほど馬鹿なのか。あまりにも頭が悪すぎて気の毒になるな」


ああ、言い返すんじゃなかった。アスマに口で勝てるはずもなく、後悔とは先に立たないことだと思い知る。


「頭上で雷が鳴っていたら木の側などに行かないというのはわかる。しかしながら雷魔術は、頭上から雷が降ってくるわけじゃない。目標物に雷を走らせるんだ。しゃがんだところで狙われていたら意味がないし、自分が使うたびにしゃがんでいたらただの阿呆だろうが」


馬鹿か阿呆かどっちかにしてほしい。


「雷魔術の危険なところは、目標物以外にも雷が飛んでしまうところだ。大きいものになればなるほどその危険性は上がる。敵味方入り混じったところに雷魔術を放てば、味方にも損害を与える可能性があるんだ。それくらい覚えておけ」

「はい」

「それから土魔術を使う際の注意点。お前の回答は、崩れないよう固める。この問題のどこに土を固めて使うなんて書いてあるんだ。問題をよく読め。勝手に作るな」

「はい」

「魔術で出した物質、この場合は土とそれから水もだな。魔力を変換して作り出したものを、魔力に戻すことはできない。つまりその場に残ることになる。使用する際は、出した後の処理を考えなくてはならないが正解だ」

「はい」


素直に返事をしているというのに、なぜかアスマにじろりと睨まれた。


「土魔術と水魔術を物質変化とすると、火、風はなんと言う?」

「え? そんな問題あったっけ」

「教科書には乗っていないがツクモが言っていただろう。そもそも考えれば誰でもわかる簡単なことだがな」


その誰でもという中にサクラは入っていない。しかしそれはサクラだけだろうか。周りのクラスメイトを見やると、さっと視線を逸らされた。ほら、わからない人が他にもいるじゃないか。


「さっさと答えろ」

「えーっと、自然魔術」

「現象変化だ、この大馬鹿者」


とうとう馬鹿を上回る称号を付けられた。


「お前はこれまでの授業でいったい何を聞いていたんだ」


それでも言葉はきついがアスマは、なぜ自分が誤った答えを書いたのかその理由も含めて教えてくれる。


ちなみにこの駄目だし方式はサクラだけではなく、他の者たちもぺしゃんこになるほどやられて、勉強会が終わる頃には、葬式よりもしんとした雰囲気になっていた。もちろんアスマ以外の話である。




部屋へ戻ると既にホズミが勉強机に向かっていた。


「ただいまー」

「おかえり。どうだった、今日の勉強会は」

「アスマくんの独壇場だった」

「わー、ずいぶんしごかれたみたいね」


しおしおと自分の机に座ったサクラに、ホズミが同情してくれた。


「ホズミの方はどうだったの?」

「うん、やっぱり火魔術が苦手なのはどうしようもないっていうか、マウイをつけても魔力次第では結構大きな炎が出るでしょう?」

「あー、炎が大きくなると最初は怖いよね。でも魔術で出した炎は操れるから、燃え移ったりしなければそんなに怖がらなくとも大丈夫だよ」

「練度の高い人は、熱を感じさせないように炎を出すって言うものね」


ホズミは座学は得意だが、実技はそれほどでもない。火魔術に限らず、どこか怖がっているように見える。


「大丈夫、操れるって自分に言い聞かせるといいよ」

「うん、明日もがんばる」

「明日は私が魔術基礎を教える担当なんだ」

「びしばし教えてね」

「それはちょっと……」


アスマの教え方がトラウマとなっているので、せめて自分だけでも褒めて伸ばしてあげたかった。


こうして苦手な科目を教えあいつつ、あっという間に一ヶ月は過ぎ、いよいよ試験当日がやってきた。


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