054. 勉強会の準備
放課後になるとさっそくアスマと手分けして教師達の元を訪れた。試験の範囲と、試験までの日付を黒板へ書いて教科を割り振っていく。
勉強会は一日三教科、このクラスの者であれば誰でも自由に参加できる。また休息日は各自で好きに使えるように予定は入れなかった。
「アスマくん、参加したいけど教えなきゃいけない日はどうすればいいの?」
「後日の勉強会に参加しろ。というかお前はペンタスと同室なんだから、あいつに聞けばいいだろうが」
「そうなんだけど、一方的に迷惑しかかけないのは心苦しいんだよ」
ホズミだって自分の勉強があるのだ。
「代わりに実技を教えてやればいいだろ。まあ、お前の説明が通じればの話だがな」
ふんっと意地悪く笑うアスマに泣きたくなってきた。
「なあ、さっきから何してるんだ、お前ら」
「それってもしかして期末試験の範囲か?」
まだ教室に残っていたクラスメイトが集まってきた。
「明日の昼休みにあらためて説明をするが、試験に向けて勉強会を開くことにした」
「わざわざそんなことまでするのか? 大変だな、クラス委員も」
「言っておくが他人事じゃないからな。このクラスから赤点が出たら、赤点一つにつき行進十週だ。連帯責任でクラス全員でな」
話しかけてきた男子達が固まった。サクラもその反応にうんうんと頷く。誰だって行進なんてやりたくない。ましてや自分のせいでクラスメイトに迷惑をかけるなんて、申し訳ないやら情けないやらで合わせる顔がなくなりそうだ。
「その勉強会は誰でも参加できるの?」
「ああ、だが得意科目では教える側に回ってもらうぞ」
「教えられるほど頭良くねえよ」
「どんなに馬鹿でも何か一つくらい人並みにできることはあるだろう。それを、よりできない奴に教えてやれ」
アスマの言い方がきつすぎる。しかし言われた方は、あれならなんとかなるかもとかこれならと必死に考えている。
「明日の昼休みに教える役を決めるから、食事は早めに済ませて教室に集合するよう他の奴らにも広めておいてくれ。女子にはサクラ、お前が伝えろよ」
「うん、わかった」
赤点者が出たら行進となれば、みんな嫌とは言わないだろう。
サクラはまずコデマリとミキの部屋に向かった。扉をノックすると返事があった。
「失礼しまーす」
「あらサクラさん、どうしたの?」
二人は課題に取り組んでいたのか、並んで机に向かっていた。サクラも今日中に終わらせたい課題があったが、期末試験のせいでそれどころではなくなってしまった。
「試験のことで連絡に来たの」
「まあひとまずお入りなさいな」
招かれるままに足を踏み入れると、同じ間取りの部屋だというのに妙に女の子らしさを感じた。壁にレース編みなどが飾ってあるからかもしれない。
「うわあ、すごく細かいレースだね」
「きれいでしょう?」
コデマリが得意げに答えた。
色とりどりの糸を使った花もきれいだが、白一色で編んだ木も見事である。
「コデマリさんが作ったの?」
「いいえ、ミキが作ったものよ」
「へえ、すごい。器用なんだねえ」
ミキに感心した視線をむけると、つんとした表情で「べつに」と返された。しかしその頬は少し赤い。
「それで、試験の連絡ってなんなの?」
うっかりレースに見惚れてしまい、なにをしにここまで来たのか忘れるところだった。
「そうそう、放課後に勉強会をすることになったからその連絡に来たの」
五十点以下が赤点で、赤点を取るとクラス全員で行進をしなければならないと説明すると、二人とも嫌とは言わなかった。
「教えられる科目を考えておけばいいのね」
「うん。被るかもしれないから、三つくらい用意してもらえると助かるな」
「三つ……」
ミキは少し不安そうだ。
「教える役は複数人用意するからから、そんなに気負わなくても大丈夫だよ」
そうでなければ教える役の責任が重すぎて、みんな腰が引けてしまうだろう。
「それじゃあ明日までに考えておくわ」
「うん、お願いします」
コデマリ達の部屋を辞して次の部屋へと向かった。
さて翌日、全員が昼食を早めに食べて教室へと集まった。行進をやりたくないのは誰しも同じで、勉強会に反対する者はいなかった。
「まずそれぞれの苦手分野を確かめるぞ。何回でもいいから、不安だと思う奴は手を挙げろ」
昨日のうちに作っておいた勉強会の時間割にはわざと空白部分を設けていて、苦手な者が多い教科をそこへ当てはめていく。
「次は教える役を決める。魔術理論を教えてもいい奴は手を挙げろ」
ぱらぱらと手が上がった。それをできたばかりの予定表へ割り振っていき、なんとか昼休みのうちに教える役を決めることができた。サクラは魔術基礎と薬草学と体術を担当することになった。
「勉強会は明日から始めるが、教える側じゃなければ無理に参加はしなくていい」
ニクマルの言う通りであればこれから課題の量は減っていくはずだが、少なくとも今日の放課後を自由に使えるのは助かる。
サクラは出来上がった予定表を紙に書き写し、放課後に清書をして教室の後ろにある掲示板へ貼ることにした。
放課後の教室にはまだクラスメイトが残っていて、課題に取り組んでいる者もいる。
「アスマくんはすごいねえ。私一人じゃこんなスムーズに勉強会を決められなかったよ」
「あれくらいできて当たり前だ。おい、右が下がってるぞ」
言われてみれば貼った紙が少し曲がっている。サクラ的には許容範囲内だが、アスマは変なところで細かいので貼り直すことにした。
「連帯責任で行進なんかやってられるか」
「自分が赤点を取るかもって考えないところがアスマくんだよね」
「半分を当てればいいだけなんだぞ、なぜ赤点の心配をする必要があるんだ。今度は右が上がり過ぎだ」
「半分を当てる自信がないからかな」
「はんっ、馬鹿は大変だな。まだ右が高い」
「えー、ほとんど同じ高さだよ」
「いいや、右が高い」
もう自分でやったらいいのに。サクラがため息をつくとアスマにじろりと睨まれた。
「将来さ、アスマくんが結婚して、子どもができて」
「は?」
「その子どもが結婚したとき、その奥さんや旦那さんに、うるさい小姑だなって思われそうだよね」
「それは今お前が思っていることだろうが。今度は左が高い」
「もうこれでいいよ。曲がってたって読めればいいんだから」
逆さまになっていたら読みにくいだろうが、これくらいなら目的は達している。
「その雑な性格がお前の魔術に現れているんだぞ」
「アスマくんが神経質すぎるんだよ」
予定表を張り終えて口うるさいアスマと共に教室を出ると、廊下で他のクラスの女子とすれ違った。たしか入学して間もない頃、サクラのペンケースを落として、アスマに拾えと言われた子だ。
その子はサクラとアスマの姿を見るなり、そそくさと去って行った。そういえばあれ以来、他のクラスの女子がアスマの周りをうろつくことはなくなったように思う。
「アスマくん、モテ期が終わったみたいだね」
哀愁を込めて軽口をたたくと、アスマはふんと鼻を鳴らした。
「関係ないな。俺が望んで呼びつけたわけじゃない。それよりもお前は、自分がモテ期の気配すらないことを心配しろ」
「何を隠そう村ではモテモテでしたよ」
「どうせ三歳とか四歳のガキにだろう」
「五歳もいましたけど」
「そうか、それは良かったな」
ひどい棒読みである。アスマは人の神経を逆なでするのが上手すぎやしないだろうか。
そんなことを話しつつもアスマとサクラは寮の前で別れた。明日からの勉強会に向けて、今のうちに課題などを進めておかねばならない。
しかし次の日の朝、試験とはまた別の問題が起こってしまった。




